津軽海峡・冬景色

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津軽海峡・冬景色
石川さゆりシングル
リリース 1977年昭和52年)1月1日
1991年平成3年)7月1日(再発)
1994年(平成6年)5月20日(再発)
2005年(平成17年)12月7日(再発)
規格 シングルレコード
8cmシングル
マキシシングル
ジャンル 演歌
レーベル 日本コロムビア
チャート最高順位
  • 週間最高順位6位(オリコン
  • 1977年度年間売上16位(オリコン)
石川さゆり シングル 年表
花供養
1976年
津軽海峡・冬景色
(1977年)
能登半島
(1977年)
竜飛崎近くにある津軽海峡冬景色歌謡碑
青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸横にある津軽海峡冬景色歌謡碑

津軽海峡・冬景色』(つがるかいきょう ふゆげしき)とは1977年昭和52年)に石川さゆりが歌い、日本でヒットした歌謡曲である。

作詞は阿久悠、作曲・編曲は三木たかし(新録音版の編曲は今泉敏郎)。

石川はこの曲で同年の第19回日本レコード大賞歌唱賞、および、第6回FNS歌謡祭最優秀グランプリを受賞し、同年末の第28回NHK紅白歌合戦への初出場も果たして一気にスターダムへとのし上がることになる。

目次

[編集] 概要

に破れて東京を去り、北海道へと帰郷する女の辛い心情を、真津軽海峡青函連絡船で渡る人々の情景描写と共に哀調をこめて切々と歌った。津軽海峡と港町青森、そして青函連絡船(1988年3月13日青函トンネル開通で廃止)をも象徴する歌としてカラオケなどでも長く歌い継がれている。

なお1995年平成7年)7月には青森市青函連絡船メモリアルシップ八甲田丸横、1996年(平成8年)7月には竜飛岬と、歌詞に登場するゆかりの地にそれぞれ歌碑が建立されている[1]

2005年(平成17年)にNHKが実施した「スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜」では、紅組39位にランクインされた。

カラオケチェーン・ビッグエコーJOYSOUNDでこの曲をリクエストすると石川さゆり本人も出演するPVの中で、青函連絡船現役時代の風景を一瞬であるが見ることができる。

[編集] 歌詞

多作で知られた阿久悠の作品中でも、この曲の歌詞は代表的な傑作とされる。

当時の東北地方などへの東京側の始発駅となることが多かった上野駅から夜行列車に乗り、雪の青森駅で降りて、ボーディング・ブリッジで連絡船へと乗り継いで行く描写がある。東京と北海道との間の交通手段は1970年代初頭までは鉄道・連絡船の乗り継ぎと航空機利用が拮抗していたが、この頃から航空機転移が顕著になってきた。当時ヒットしたこの曲は、連絡船の全盛期を偲ばせる歌である[2]

連絡船の利用率がまだ高かった当時、実際の青森桟橋では席取りのために駆け足で移動する乗客が多く、混雑時には非常な混雑ぶりで騒々しかった。そのため、歌詞の中で「無口」であると歌われるのは連絡船乗船後の乗客たちの姿である。

竜飛岬」など青函連絡船から見える光景が描写される(ただし青函連絡船が通常航路をとった場合、竜飛崎は船内から見ることはできなかった。なお、青函連絡船最末期の航海では船長のサービスにより竜飛崎が見える航路をとったこともある)。交通の便がきわめて悪いため、観光地としてはマイナーであった竜飛岬はこの歌によって全国的な知名度を得た。

歌詞は函館への到着までは描写せず、船上での女の心情を吐露させて終わる。

歌のタイトルの「津軽海峡」の後に中黒(「・」)を入れた理由を阿久自身は覚えておらず、後には「津軽海峡冬景色」という1つの象徴語なので中黒は不要だと考えるようになったという[1][3]

[編集] その他

  • この曲は、元々1976年に発売された『365日恋もよう』というLPレコード(アルバム)に収録された1曲だった。大阪の新歌舞伎座でコンサートを開いた時にファンの前で『津軽海峡・冬景色』を歌った。コンサート終了後、「ぜひ『津軽海峡・冬景色』をシングル(レコード)で出して欲しい」との多くのファンから要望があったことから、翌1977年にシングルカットされたと本人が語っている[4]
  • 1988年昭和63年)3月13日青函連絡船が最終運航を迎えたとき、青森出航時には誰からともなくこの歌の大合唱が起こったと言う。この便が函館港に着岸する時には同様に北島三郎の「函館の女」の大合唱が起こった。
  • かつて、中近東方面に赴任するビジネスマンたちの間で『ホルムズ海峡砂景色」という替え歌が歌われていたことがある。日本から遠く離れた砂漠の国での勤めを嘆いた戯れ歌である。また、「筑波大学・冬景色」という替え歌もあり、同大学で歌い継がれている。つくばエクスプレス開通以前、発展途上の筑波研究学園都市の様子が窺い知れる。
  • 日本やアメリカのフィギュアスケート選手の一部が、ピアノヴァイオリンで演奏された歌詞なしのヴァージョンを競技曲として使ったことがある。世界選手権出場経験のある南里康晴も、2008-2009シーズンのエキシビションで競技曲に採用している。
  • 2006年平成18年)10月3日にはバンダイナムコゲームスのゲーム『THE IDOLM@STER』のオフィシャルグッズとして、ネット通販限定で販売されたカバー曲CD『Your Song』にキャラクターの1人「萩原雪歩(落合祐里香)」のカバー曲として収録された(2007年10月3日発売の「MASTER ARTIST 09」に再収録)。
  • 2007年(平成19年)の『第58回NHK紅白歌合戦』では阿久の追悼として、石川がトリで同曲を歌唱した(大トリも同じく阿久が作詞の『契り』を、五木ひろしが歌った)。また2009年(平成21年)の『第60回NHK紅白歌合戦』でも三木を追悼し同曲を歌唱した。
  • 2009年(平成21年)に、あがた森魚がカバーした(アルバム『歌鬼2~阿久悠 vs. フォーク~』収録)。
  • 2011年(平成23年)に、アンジェラ・アキがカバーした(アルバム『WHITE』収録)。こちらはアンジェラが出演するユニクロのCMでも歌われている。
  • 2011年(平成23年)に、山崎まさよしがカバーした(アルバム『Concert at SUNTORY HALL』収録)。映像ソフト化もされている。
  • 石川はNHKNHK紅白歌合戦』で6回歌唱しており、うち3回がトリでのステージであった。現時点で紅組における同じ曲でのトリ回数では最多記録である(白組を含めたものでは北島三郎の『まつり』の4回に次ぐ2位)。
  • 2011年現在、上野発青森行きの夜行列車は「あけぼの」のみとなっている。

[編集] 脚注

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  1. ^ a b 阿久悠 『愛すべき名歌たち -私的歌謡曲史-』(岩波書店 1999年7月19日ISBN 978-4004306252
  2. ^ 作詞当時、東京から青森への特急・急行列車は青函連絡船への接続を前提にダイヤが組まれており東北本線経由の「はくつる」、常磐線経由「ゆうづる」などの夜行列車が多数運転されていた。これについては東北本線優等列車沿革を参照。
  3. ^ 初版レコード盤(日本コロムビア AK-43、600円)のジャケットでは「津軽海峡 冬景色」は左上に縦2行に書かれ、中黒はない。
  4. ^ 関西テレビ『宮根誠司の青春ソング~ボクの憧れスター~』

[編集] 関連項目

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