ニーシャープール

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ニーシャプール
نیشابور
Attar mausoleum0.jpg
ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟
座標 : 北緯36度12分 東経58度48分 / 北緯36.2度 東経58.8度 / 36.2; 58.8
人口
人口 (2006現在)
  市域 270,972人
その他
等時帯 IRSTUTC+3:30

ニーシャープール(Nishapur)(ペルシア語: نیشابور‎)は、イラン北東部のラザヴィー・ホラーサーン州の都市。肥沃なビーナールード山脈の麓に位置し、州都マシュハドに近い。人口は270,940人(2005年)。地震活動が活発な地帯にあり、近年では1986年1997年に地震に見舞われた。

穀物綿花栽培が盛んでホラーサーン地方第二の産業都市であるが、アフガニスタンからの麻薬の密売で荒廃も見られる。

[編集] 歴史

ニーシャープールは地中海アナトリア中国を結ぶシルクロードに位置しており、戦略的に重要な町でイラン高原中央アジアを分ける境界であった。

町は3世紀サーサーン朝シャープール1世によって創建され、その名が付けられた。近くに豊富なトルコ石を産する鉱山があった。その後、一時期衰退するが、9世紀ターヒル朝がこの地に生まれるとニーシャプールはその都となり、バグダットカイロに比肩するほど盛隆し、ヨーロッパに輸出する陶磁器の生産で再び重要な町に返り咲いた。

セルジューク朝の祖・トゥグリル・ベグ1037年、この地に宮殿を造営し、ここでスルタンを名乗った。 1221年チンギス・カンの娘婿がこの地で殺されると、モンゴルはこの地を破壊、住民を皆殺しにした。陶芸の窯ももちろん失われた。

詩人ウマル・ハイヤームはニーシャープールで生まれ、郊外に葬られている。12世紀の詩人・ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟もある。

[編集] 姉妹都市

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