シャープール1世

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降服するウァレリアヌス帝らと騎乗のシャープール1世。ナクシュ・イ・ルスタムの磨崖像より

シャープール1世(Shāpūr, ? - 272年?)は、サーサーン朝ペルシア帝国の皇帝シャーハーンシャーフ、在位:241年 - 272年)。初代皇帝アルダシール1世の子。中期ペルシア語ではシャープフル(š'(h)pwhl / Šā(h)puhr)、マニ教文書ではシャー(フ)ブフル(š'(h)bwhl / Šā(h)buhr)。ペルシア語資料ではシャープール(شاپور Shāpūr)、アラビア語資料ではサーブール(سابور Sābūr)と表記される。「シャープフル」とは中期ペルシア語で Šāh(王)+puhr (息子)であり「王子」を意味する。

生涯とその政策[編集]

生年不詳。ペルシアの国家的伝統に愛着をもつ祭司サーサーンからは孫、君主バーバク英語版の子にあたるアルダシールは、パルティア王国要塞指揮官を務めていたが、3世紀初頭、パルティアを統治していたアルサケス朝に対し反乱を起こした[1]。アルダシールは、メセネカラケネ地方を占領して224年にパルティア王アルタバヌス4世を破って、これを殺害し、226年、パルティアの都クテシフォンでアルダシール1世を名乗り、サーサーン朝を創始した[1]。アルダシールは、アルメニアを攻撃してローマ帝国と衝突した[1]

シャープール1世は、アルダシール1世の子として生まれ、ある期間を共同統治を経て241年、父のアルダシールの死を受けて王に即位し、単独統治にうつった[1]

ウァレリアヌスと戦うシャープール1世
シャープールの宮廷で制作されたカメオ

シリア・メソポタミア戦争[編集]

対外戦争に尽力し、西方ではローマ帝国と何度か戦い(シリア・メソポタミア戦争イタリア語版242年 - 260年)、これに勝利した。243年レセナの戦いイタリア語版英語版でローマに敗北したが、244年にはマッシナの戦い英語版でローマ軍を破り、ローマ皇帝のゴルディアヌス3世はこの戦いで敗死している[2]。また、253年にもバルバリッソスの戦い英語版でローマ軍を降している[2]260年にはローマ軍をエデッサの戦いで破って皇帝ウァレリアヌス帝を捕虜とした[1][注釈 1]。このときの勝利の記念として、ナグシュ・エ・ルスタムの岩壁に、ウァレリアヌスが馬上のシャープール1世に降伏しているレリーフがある。261年にはカッパドキアに進出して勢威を示したが、都市国家パルミラ(現シリア)の抵抗に遭って大敗してしまい、勢力拡大は結局ユーフラテス川以東までにとどまることとなった。ちなみにこのときに捕らえた捕虜を使って、スシアーナ地方に灌漑用の堤(皇帝堤)を建設している。

東方ではクシャーナ朝と交戦し、これを破ってアフガニスタンに進出している。また、ソグドサカなどの脅威に備えて、東方境域フワラーサーン(ホラーサーン)の防衛のため城塞都市「ネーウ・シャープフル」(Nēw Šāpuhr:「善良なるシャープフル」の意味)を建設したと伝えられる。これが後のニーシャプールの前身となった。これらの征服事業によってシャープールは、ナグシェ・ラジャブ英語版碑文や貨幣銘文において父アルダシールの「エーラーンの諸王の王」を超える「エーラーンと非エーラーンの諸王の王」(Šāhān-šāh Ērān ud Anērān)の称号を初めて名乗った。以後これがサーサーン朝歴代君主たちに継承されて行く。

文化[編集]

文化面においてはギリシアインドの医学や天文学哲学などに深い造詣を示し、その研究と翻訳を進めた。宗教面においては、ゾロアスター教を国教に定める一方、242年に預言者のマニと会見し、彼の唱える新興宗教のマニ教に強い関心を示して、これを保護した[2]。このことにより、マニはペルシア王国全域およびその周囲に伝道して信者を増やし、教会を組織し、弟子の教育に努め、またローマ帝国領内にも宣教師を送ることができた[2]。マニがシャープール1世に捧げた宗教書『シャープーラカン』では、王とマニのあいだの宗教上の相互理解について記述されている[2][注釈 2]

年譜[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ ローマの皇帝が敵の手に落ちたのは初めてのことであった。『ラルース 図説 世界人物百科I』(2004)p.210
  2. ^ シャープール1世の死去後、マニ教は弾圧され、マニ自身も277年頃、第4代バハラーム1世によって投獄され、刑死ないし獄死している。『ラルース 図説 世界人物百科I』(2004)p.216

参照[編集]

参考文献[編集]

先代:
アルダシール1世
サーサーン朝の君主
第2代:241年 - 272年
次代:
ホルミズド1世