チェシャ猫

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チェシャ猫(ジョン・テニエル画)

チェシャ猫(チェシャねこ、: Cheshire Cat)は、ルイス・キャロルの児童小説『不思議の国のアリス』(1865年)に登場する架空のである。つねに顔ににやにや笑いを浮かべ、人の言葉を話し、自分の身体を自由に消したり出現させたりできる不思議な性質を持つ猫として描かれている。チェシャ猫は、当時はありふれていた「チェシャ猫のように笑う」という英語の慣用表現をもとにキャロルが作り出したキャラクターである。

作中での描写[編集]

第6章「豚とコショウ」に初登場。公爵夫人の家を訪れた主人公のアリスは、料理人のせいであたりに充満しているコショウも気にせずに、かまどの上で「耳から耳まで届くような」にやにや笑いを浮かべているチェシャ猫を目撃する。その後アリスが公爵夫人の家を出ると、不意に樹の上にチェシャ猫が出現し、アリスに帽子屋三月ウサギの家の方向をそれぞれ教えたあと、「笑わない猫」ならぬ「猫のない笑い」 (a grin without a cat) となって消えてゆく。

第8章「女王のクロッケー場」では、ハートの女王のめちゃくちゃなクロッケー大会の中で退屈していたアリスのもとに再登場し、アリスの話相手になる。かんしゃく持ちの女王はチェシャ猫の不敬を難じて首をはねるように命じるが、チェシャ猫は空中に首だけを出現させているので処刑人は困惑する。アリスの助言によって、女王はチェシャ猫の飼い主である公爵夫人を牢から連れてこさせるが、公爵夫人が到着するころにはチェシャ猫はすでに姿を消している。

「チェシャ猫のように笑う」[編集]

テニエルによる、笑いを残して消えていくチェシャ猫の表現

「チェシャ猫のように笑う」 (grin like a Cheshire cat) という英語表現は、キャロルが作品を書いた当時はありふれた慣用表現であった。この成句の由来ははっきりとわかっていないが、雑誌『Notes and Queries』では1850年から1852年にかけて、この成句の由来について盛んな議論が戦わされている。この際に提示されていた説は以下のようなものである[1][2]

  1. チェシャ州はあごの形をしており、そのためあご州と呼ばれることもある。
  2. チェシャ州で作られていたチェシャチーズは一時期猫の形をしていた。
  3. チェシャ州のある看板描きが宿屋の看板に吠えるライオンを描いたが、笑っている猫の顔にしか見えなかった。

上記の説を紹介しているロジャー・グリーンは3番目がもっともそれらしいと述べている。チェシャ州はキャロルが生まれた地方であり、またリデル家の紋章は三頭のライオンであった[1]

『ルイス・キャロル伝』(1979年)の著者アン・クラークは、チェシャ州の首都チェスターに住んでいたジョナサン・キャザレルという人物に関する説を紹介している。キャザレルの紋章には猫が1304年という年号とともに描かれており、キャザレル自身は怒ると歯をむき出す (grin) 癖があった。チェシャチーズが猫の形をして、かつ笑って (grin) いるのは彼の貢献をたたえてのものであるという[1]。しかしチェシャ州の住民がもっとも好んでする説明は、「チェシャ州には酪農家がたくさんあり、ミルクとクリームが豊富にあるので常に猫が笑っている」というものである[3]

着想[編集]

何人かの研究者は、キャロルがリッチモンドにあるクロフト教会の彫刻からチェシャ猫のキャラクターを着想したという説を唱えている[4] 。キャロルの父は1843年から1868年にかけてこの地方の牧師を勤めており、キャロル自身も1843年から1850年までこの地で生活していた[5]

アリスの注釈者であるマーティン・ガードナーは、キャロルが月の満ち欠けからチェシャ猫のキャラクターを着想したのではないかという説を紹介している。月の満ち欠けは昔から狂気と結びつけて考えられてきたものであり、また三日月の形はにやにや笑う口の形そのものである[6]。フィリス・グリーンエイカーは、その精神分析的な研究書の中において、チェシャ猫のキャラクターは「チーズに化けた猫が、チーズを喰うねずみを喰うところを想わせるから、まさにキャロル的な魅力を持つ」と指摘している[2]

『不思議の国のアリス』以前に、アリスと同じマクラミン社から出版されてヒット作となったチャールズ・キングズリー英語版の『水の子英語版』(1863年)には、水中から顔を出したカワウソがチェシャ猫のようなニヤニヤ笑いを浮かべていた、というくだりがある[1]。『不思議の国のアリス』を出版する際、その版形は『水の子』に倣って決められている[7]。「チェシャ猫」のキャラクターとそのエピソードは、『不思議の国のアリス』を正式に出版する際に付け加えられたもので、物語の原型である手書き本の『地下の国のアリス』には登場しない。

翻案と影響[編集]

チェシャ猫をかたどった、1988年頃の玩具(インディアナポリス子供博物館より)
  • ディズニーのアニメ映画『ふしぎの国のアリス』(1951年)では、チェシャ猫は紫色の縞模様の毛皮をもつ、知的だが悪戯っぽい猫として描かれており、アリスに助言を行う一方で彼女をトラブルに導きいれたりする。
  • ティム・バートン監督の翻案映画『アリス・イン・ワンダーランド』(2010年)では、森の中を一人で歩いていたアリスの前に現われて彼女の傷を治癒する。彼は他のキャラクターから「チェシャー」(Chessur) と呼ばれており、白の女王を裏切ったとしてマッド・ハッターから非難を受けるが、のちにはその体をマッド・ハッターの姿に変えて彼の窮地を救う。
  • サンフランシスコのエクスプロラトリアムでは、1978年にボブ・ミラーによって「チェシャ猫」という展示物が作られている。入場者は鏡を仕込んだ接眼レンズを装着し、それからチェシャ猫の顔を描いた絵を見ると、一方の目にはチェシャ猫が見え、他方の目には脇にある白いスクリーンが見える[8]
  • 1990年に日本人によって発見された火星横断小惑星チェシャキャットと名付けられた。
  • アメリカのパンクバンド・ブリンク 182のデビュー・スタジオアルバムは『チェシャー・キャット』(1994年)である。チェシャ猫はメンバーのトム・デロングの好きなキャラクターであるという[9]
  • セガのテレビゲームソフト『ベヨネッタ』(2009年)では、ルカというキャラクターが、鉤爪のフックを使って様々な場所に出現するために、主人公のベヨネッタから「チェシャ」と呼ばれる。

脚注[編集]

参考文献[編集]

  • ルイス・キャロル 『不思議の国のアリス』 マーチン・ガードナー 注、石川澄子 訳、東京図書、1980年4月15日ISBN 4-489-01219-5
  • ルイス・キャロル 『新注 不思議の国のアリス』 マーティン・ガードナー 注、高山宏 訳、東京図書、1994年9月3日ISBN 4-489-00446-X - 原タイトル: More annotated Alice.
  • 平倫子 「登場人物・事項インデックス チェシャー猫」『ルイス・キャロル小事典』 定松正 編、研究社出版〈小事典シリーズ 4〉、1994年7月。ISBN 4-327-37404-0
  • マイケル・ハンチャー 『アリスとテニエル』 石毛雅章 訳、東京図書、1997年2月。ISBN 4-489-00510-5 - 原タイトル: The Tenniel illustrations to the "Alice" books.
  • Clark, Ann (1979), Lewis Carroll: A Biography, London: J. M. Dent & Sons, ISBN 0-460-04302-1 
  • Carroll, Lewis (2000), Gardner, Martin, ed., The Annotated Alice: The Definitive Edition, New York / London: W. W. Norton & Company, ISBN 0-393-04847-0 
  • Shooman, Joe (june 2010), Blink-182: The Bands, The Breakdown & The Return., Independent Music Press. </ref>。

関連項目[編集]