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ドラゴンズクラウン賞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ドラゴンズクラウン賞
スポーツ 野球
リーグ セントラル・リーグ
種目 日本のプロ野球 (NPB)
受賞対象 その年に一番活躍した中日ドラゴンズの選手[1]
協賛 愛知トヨタ自動車[1]
日本の旗 日本
歴史
最新受賞 髙橋宏斗[2][3]
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ドラゴンズクラウン賞(ドラゴンズクラウンしょう)とは、中日ドラゴンズの現役選手のうちその年で最も活躍した選手を選出し表彰する賞である[1]。ドラゴンズの親会社・中日新聞社から発行されている『中日スポーツ』が主催し、愛知トヨタ自動車(愛知トヨタ)が協賛する[4][1]。略称は「クラウン賞」。愛知トヨタが創立40周年を記念して1982年に制定し[5]、同年は田尾安志が最優秀選手受賞者を受賞した[6]。当初は愛知トヨタ40周年記念企画という名目だったが[7]、翌1983年(第2回)以降も2024年(第43回)まで毎年ファン投票による選考・表彰が行われている[2][3]

概要

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毎年ファン投票で候補選手が選ばれ、ファン投票上位数人の中から選考委員会がシーズン成績を分析し[8]、1名の最優秀選手と数名の優秀選手を選出する[9]。最優秀賞はいわば、同年の中日のチームMVPである[10][11]。ただしファン投票の結果はあくまで参考であり、最多得票者が必ずしも最優秀選手賞に選ばれるとは限らない[注 1][12]。最優秀選手賞に次ぐ選手に贈呈される賞の名称は1982年(初代)から1997年(第16回)まで「敢闘賞」だったが[13][6][14]、1998年(第17回)以降は「優秀選手賞」になっている[15]。また、それ以外に特別賞が設定される年もある。

最優秀選手には協賛する愛知トヨタより賞品として、賞名にも冠された高級乗用車のトヨタ・クラウンでも上位車種となるトヨタ・クラウンマジェスタなどが[注 2]、優秀選手と特別賞には金一封が贈られる[注 3][4]。またクラウン賞および、毎月の『中日スポーツ』月間賞への投票者にも抽選で賞品(1988年、1996年時点ではトヨタ・カリーナなど)が贈呈される[17][19]

表彰式は中日の本拠地(1996年まではナゴヤ球場、1997年以降はナゴヤドーム)で開催されるシーズン最終戦の試合後に開催される[注 4][10][14][15]

ドラゴンズ広報の足木敏郎は、自身が1982年当時現役だった星野仙一や、当時の愛知トヨタの社長・山口直樹(初代社長である山口昇の娘婿)、同社専務の古田公徳とともに麻雀をした際、星野が山口に提案したことをきっかけに制定された賞であると述べている[20]。また山口は熱心なドラゴンズファンであり、会社の装置る40周年を記念し、ドラゴンズを応援する意図でこの賞を創設したと報じられている[5]。クラウン賞が制定される以前にも、『中日スポーツ』がドラゴンズ選手の活躍を称える「月間賞」「昇竜賞」を制定しており、またセントラル・リーグ連盟からも「月間シルバー賞」が贈呈されていたが、民間企業からの豪華賞品贈呈を伴う賞が制定されたのは初めてだった[5]。1980年代には、当代の最優秀選手賞受賞者を「ミスタードラゴンズ」と呼称することがあった[13][21][22]

なお、1954年から2006年までに開催されたプロ野球日本シリーズではマツダが球団スポンサーの広島東洋カープ以外の球団が日本一になった場合、シリーズ最優秀選手 (MVP) 賞としてクラウン賞と同様トヨタ自動車からトヨタ車が贈呈されていたが、中日が初の日本一に輝いた1954年の初代受賞者・杉下茂に贈呈されたのはクラウンシリーズの前身のトョペット・スーパーであり[注 5]、それ以来中日は同賞が廃止された初の年である2007年の日本シリーズで53年ぶりの日本一を達成するまで日本一を達成したことがなかったため、日本シリーズにおいて中日の選手にクラウンシリーズが贈呈されたことは一度もない。

歴代受賞者

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回数 最優秀選手賞 優秀選手賞
(1997年までは「敢闘賞」)
特別賞 出典
第1回 1982年 田尾安志 平野謙中尾孝義都裕次郎 [13][6]
第2回 1983年 大島康徳 谷沢健一、田尾安志、宇野勝 [23][6]
第3回 1984年 谷沢健一 牛島和彦、宇野勝、ケン・モッカ鈴木孝政[注 6] [21][6]
第4回 1985年 小松辰雄 宇野勝、川又米利郭源治 ケン・モッカ [6]
第5回 1986年 平野謙 杉本正、鈴木孝政、上川誠二 [24][25]
第6回 1987年 小松辰雄[注 1] 落合博満、郭源治、仁村徹 近藤真市 [12][26]
第7回 1988年 郭源治 落合博満、仁村徹、小野和幸 立浪和義中村武志 [27][28]
第8回 1989年 西本聖[注 7] 落合博満、彦野利勝鹿島忠 鈴木孝政 [29][16][30]
第9回 1990年 与田剛 立浪和義、バンスロー今中慎二 落合博満 [31]
第10回 1991年 落合博満 郭源治、立浪和義、森田幸一 川又米利 [32]
第11回 1992年 該当者なし 立浪和義、山本昌広山田喜久夫 [33]
第12回 1993年 山本昌広 今中慎二、仁村徹、アロンゾ・パウエル [34]
第13回 1994年 大豊泰昭 山本昌広、今中慎二、アロンゾ・パウエル 郭源治 [35]
第14回 1995年 アロンゾ・パウエル 立浪和義、古池拓一 [36]
第15回 1996年 山崎武司 大豊泰昭、アロンゾ・パウエル、ダーネル・コールズ 野口茂樹門倉健 [19][10]
第16回 1997年 宣銅烈 山本昌、レオ・ゴメス 川又米利 [14]
第17回 1998年 野口茂樹 川上憲伸落合英二正津英志 李鍾範 [15][4][37][38]
第18回 1999年 関川浩一 野口茂樹、岩瀬仁紀レオ・ゴメス 福留孝介 [39][40]
第19回 2000年 メルビン・バンチ 山本昌、種田仁、立浪和義 エディ・ギャラード [41]
第20回 2001年 野口茂樹 立浪和義、井端弘和、荒木雅博 [42]
第21回 2002年 福留孝介 立浪和義、川上憲伸、朝倉健太 谷繁元信 [43]
第22回 2003年 立浪和義 福留孝介、山本昌、落合英二 [44]
第23回 2004年 川上憲伸 岡本真也、井端弘和、荒木雅博、アレックス・オチョア 川相昌弘 [45]
第24回 2005年 井端弘和 岩瀬仁紀、福留孝介、荒木雅博 中田賢一 [46]
第25回 2006年 岩瀬仁紀 福留孝介、タイロン・ウッズ、川上憲伸 山本昌、井上一樹 [47]
第26回 2007年 森野将彦 タイロン・ウッズ、朝倉健太、中田賢一 岩瀬仁紀、中村紀洋 [48]
第27回 2008年 山本昌 和田一浩、森野将彦、吉見一起 [49]
第28回 2009年 吉見一起 チェン・ウェイントニ・ブランコ、井端弘和 立浪和義、川井雄太 [50]
第29回 2010年 和田一浩 岩瀬仁紀、浅尾拓也、髙橋聡文、森野将彦 堂上直倫 [51]
第30回 2011年 浅尾拓也 谷繁元信、吉見一起、荒木雅博 岩瀬仁紀、平田良介 [52]
第31回 2012年 大島洋平 吉見一起、山井大介、山内壮馬、田島慎二 [53]
第32回 2013年 谷繁元信 岩瀬仁紀、大野雄大、岡田俊哉 [54]
第33回 2014年 山井大介 エクトル・ルナ又吉克樹福谷浩司 [55]
第34回 2015年 大野雄大 若松駿太平田良介 和田一浩 [56]
第35回 2016年 田島慎二 大島洋平、堂上直倫、ダヤン・ビシエド [57]
第36回 2017年 大島洋平 又吉克樹、京田陽太アレックス・ゲレーロ 岩瀬仁紀、荒木雅博 [58]
第37回 2018年 ダヤン・ビシエド 平田良介、オネルキ・ガルシア 松坂大輔 [59]
第38回 2019年 柳裕也 高橋周平ジョエリー・ロドリゲス 阿部寿樹 [60]
第39回 2020年 大野雄大 高橋周平、祖父江大輔、ライデル・マルティネス [61]
第40回 2021年 柳裕也 又吉克樹、木下拓哉、大島洋平 ダヤン・ビシエド [62]
第41回 2022年 ライデル・マルティネス ジャリエル・ロドリゲス岡林勇希 [63]
第42回 2023年 岡林勇希[注 8] 細川成也、ライデル・マルティネス 大島洋平 [1]
第43回 2024年 髙橋宏斗 細川成也、松山晋也清水達也 [2][3]

関連項目

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脚注

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注釈

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  1. ^ a b 1987年の場合、ファン投票では落合博満(9890票)が小松辰雄(9823票)をわずかに上回ったが、選考時点で小松がセ・リーグ最多勝を当確にしていたことや[12]、また同年10月10日時点で16勝のうち優勝した巨人相手に5勝(2敗)、3位の広島相手に6勝と好成績を残していたこと、連敗のピンチを再三救ったことなどが高く評価され、小松が最優秀選手賞を受賞した[8]
  2. ^ 例:1989年は最優秀選手賞受賞者の西本聖にクラウン4ドアハードトップ4000ロイヤルサルーンGV8が[16]、1998年は最優秀選手賞の野口茂樹にクラウンマジェスタCタイプが贈呈された[4]
  3. ^ 1988年は特別賞受賞者にも敢闘賞(後の優秀選手賞)受賞者と同様に賞金が贈られていたが[17]、1989年時点では特別賞には記念品が贈られていた[18]
  4. ^ ただし1982年は中日がシーズン終盤まで激しいセ・リーグ優勝争いを繰り広げていたため、ナゴヤ球場のセ・リーグ最終戦ではなく、日本シリーズ閉幕後の11月12日に愛知文化講堂で開催された「中日ドラゴンズ選手とファンの夕べ」で開催された[13]
  5. ^ クラウンシリーズの贈呈は初代の発売年でもある翌1955年読売ジャイアンツ(巨人)・別所毅彦からである。
  6. ^ 当時の敢闘賞枠は3人だったが、宇野(得票数2位)・牛島(同3位)・モッカ(同4位)の3選手に加え、選考委員会が開かれた10月1日時点でセ・リーグの最多勝争いをしていた鈴木(同10位)を特例として加え、計4人を表彰した[21]
  7. ^ 移籍1年目での最優秀選手賞受賞は初[18]
  8. ^ 21歳での受賞は史上最年少[1]

出典

[編集]
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  7. ^ 『中日スポーツ』1982年9月12日付(第10293号)第5版1頁「ドラゴンズ・クラウン賞 MVPへ最高級乗用車贈る ファンにカリーナ 10月5日ナゴヤ球場で発表」(中日新聞社)
  8. ^ a b 『中日スポーツ』1988年10月11日付(第12107号)第5版2頁「クラウン賞選考事情 光るGCから11勝 小松の実績 文句なし」(中日新聞社)
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  10. ^ a b c 『中日スポーツ』1996年10月5日付(第15304号)第5版3頁「クラウン賞 特別賞受賞 奇跡Vへ誓い新た 野口 門倉」「敢闘賞にコールズ、パウエル、大豊」「山崎文句なしの受賞」(中日新聞社)
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  17. ^ a b 『中日スポーツ』1988年10月12日付(第12466号)第5版2頁「郭、抑えで活躍 Vに大きく貢献 クラウン賞選考事情」(中日新聞社)
  18. ^ a b 『中日スポーツ』1989年10月13日付(第12824号)第5版2頁「ドラゴンズクラウン賞 移籍1年目では初」「ファン投票が物言った西本 選考事情」(中日新聞社)
  19. ^ a b 『中日スポーツ』1996年10月5日付(第15304号)第5版1頁「山崎まず一冠 「クラウン賞」初受賞」(中日新聞社)
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  24. ^ 『中日スポーツ』1986年10月9日付(第11748号)第5版1頁「キラリ全試合出場!! 平野だ走りのクラウン賞 屋鋪と足比べ“ラストスパート”」(中日新聞社)
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  26. ^ 『中日スポーツ』1987年10月14日付(第12110号)第5版2頁「期待料込みだ小松 “3勝”の借りは必ず返す クラウン賞表彰式」(中日新聞社)
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  28. ^ 『中日スポーツ』1988年10月15日付(第12469号)第5版3頁「郭、足が震えた場内一周 喜び二重奏 クラウン賞表彰式」「大喜びまだ早い あとひと仕事へ 不敵な笑みも」(中日新聞社)
  29. ^ 『中日スポーツ』1989年10月13日付(第12824号)第5版1頁「西本にクラウン賞 敢闘賞は落合、彦野、鹿島」(中日新聞社)
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