コンテンツにスキップ

1999年のJリーグ ディビジョン2

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jリーグ ディビジョン2
シーズン 1999
優勝 川崎フロンターレ
昇格 川崎フロンターレ
FC東京
試合数 180
ゴール数 490 (1試合平均2.72)
得点王 神野卓哉大分・19得点)
最大差勝利ホーム試合
札幌 6-0 甲府(第9節・5月2日)
最大差勝利アウェー試合
甲府 0-4 大分(第23節・8月31日)
最多得点試合
甲府 3-5 FC東京(第25節・9月10日)
最多観客動員
17,427人 - 札幌vsFC東京
(第23節・8月29日)
最少観客動員
619人 - 甲府vsFC東京
(第25節・9月10日)
平均観客動員 4,596人
1998(旧JFL)
2000

この項目では、1999年シーズンのJリーグ ディビジョン2(J2)について述べる。

概要

[編集]

Jリーグが2ディビジョン制になって初めてのシーズンである。参加クラブの大半はジャパンフットボールリーグ(旧JFL)参戦組で、早くからJリーグ入りを目指した準会員組のみならず、エクスパンションを機にJリーグ参入を目指して実業団やクラブチームから衣替えしたクラブが数多く参加し、J1への切符を賭けて戦った。

1999年シーズンのJ2のクラブ

[編集]

初年度のJ2参加クラブは10クラブ。この内コンサドーレ札幌川崎フロンターレは前年のJ1参入決定戦の結果J2入りが決まったクラブで、札幌は唯一の「前年のJリーグからのJ2参戦クラブ」である。川崎Fを含む9クラブは前年の旧JFLに参戦していたクラブで、準会員は川崎Fとベガルタ仙台の2クラブのみ。他の7クラブは(準会員だった鳥栖フューチャーズの事実上の受け皿となったサガン鳥栖を含め)準会員資格を取得せずに直接Jリーグ参入を果たしたクラブである。

なお、FC東京と大分は、将来的にホームスタジアムとする予定であった東京スタジアム大分スポーツ公園総合競技場がそれぞれ建設中だったこともあり、共にホームスタジアムを暫定的な本拠地としている。

チーム名監督所在
都道府県
ホームスタジアム前年度成績備考
コンサドーレ札幌日本の旗 岡田武史北海道札幌厚別公園競技場Jリーグ14位参入決定戦の結果により降格。
ベガルタ仙台日本の旗 鈴木武一宮城県仙台スタジアム旧JFL7位ブランメル仙台から改称。
モンテディオ山形日本の旗 植木繁晴山形県山形県総合運動公園陸上競技場旧JFL3位
大宮アルディージャオランダの旗 ピム・ファーベーク埼玉県埼玉県営大宮公園サッカー場旧JFL12位
FC東京日本の旗 大熊清東京都国立西が丘サッカー場
駒沢オリンピック公園総合運動場陸上競技場
江戸川区陸上競技場
旧JFL1位ホームスタジアムは暫定。
川崎フロンターレブラジルの旗 ベット神奈川県等々力陸上競技場旧JFL2位
ヴァンフォーレ甲府日本の旗 勝俣進山梨県山梨県小瀬スポーツ公園陸上競技場旧JFL4位
アルビレックス新潟日本の旗 永井良和新潟県新潟市陸上競技場旧JFL11位
サガン鳥栖日本の旗 楚輪博佐賀県鳥栖スタジアム旧JFL8位
大分トリニータ日本の旗 石崎信弘大分県大分市営陸上競技場旧JFL6位大分FC(大分トリニティー)から改称。
ホームスタジアムは暫定。

レギュレーション

[編集]

当時2ステージ制を取っていたJ1と異なり、年間4回戦総当り(ホーム・アンド・アウェー2試合ずつ)の1シーズン制で行われ、上位2チームがJ1自動昇格することになった。

試合の開催方式については、この年一部改正されたJ1と同一方式が採用された。90分で同点の場合は延長Vゴール方式の延長戦を行い、延長でも決着がつかない場合は引き分けとする。勝ち点は90分勝利で「3」、Vゴール勝ちで「2」、引き分けで「1」、敗戦は延長の有無に関係なく「0」として、年間の勝ち点の優劣により順位を決定する。

スケジュール

[編集]

3月14日開幕、11月21日最終節の日程(全36節・180試合[注 1])で開催された。中断期間はなく、ほぼ毎週末に開催された。

平日のミッドウィーク一斉開催はなかったが、会場の都合等で平日開催となった試合が15試合ある。14試合はナイトゲームだったが、第25節のヴァンフォーレ甲府vsFC東京は会場の関係(照明設備のない韮崎中央公園陸上競技場で開催)もあり「平日のデーゲーム」となった(この試合の観客動員数は619人で、これは1999年シーズンでもっとも少ない観客数である).。

リーグ概要

[編集]

経営規模が10億円を超える札幌と川崎F、10億円弱のFC東京は昇格を目標としたが、6億円以下に留まるクラブは地力を付け再来年以降の昇格に照準を合わせた[1]

札幌、FC東京、川崎Fが昇格を有力視されていたが[2]、川崎FとFC東京を大分、新潟が追う展開となった。川崎Fは終盤まで調子を落とさず、優勝して念願のJ1昇格を確定させた。また、2位争いは最終節までもつれた結果、FC東京が大分をかわして2位に入り、J1昇格を決めた。

この年から「ホームタウン制度」が一部改正され、同一都道府県内の複数の市区町村をまたぐ「広域ホームタウン」(全県ホームタウンも含む)が認められ、一部クラブでそれが実施された。

順位表

[編集]

チーム延勝出場権または降格
1 川崎フロンターレ (C) (P) 36205386934+3573 J1 2000へ昇格 
2 FC東京 (P) 361923125135+1664
3 大分トリニータ 361833126242+2063
4 アルビレックス新潟 361642144640+658
5 コンサドーレ札幌 361526135435+1955
6 大宮アルディージャ 361441174744+351
7 モンテディオ山形 361414174753648
8 サガン鳥栖 3611122252641237
9 ベガルタ仙台 367342230582831
10 ヴァンフォーレ甲府 364142732855318

最終更新は1999年11月21日の試合終了時
出典: J.League Data Site
順位の決定基準: 1. 勝点; 2. 得失点差; 3. 得点数.

得点ランキング

[編集]
順位 選手 所属 得点
得点王 日本の旗 神野卓哉 大分トリニータ 19
T2 日本の旗 真下佐登史 モンテディオ山形 18
ブラジルの旗 ウィル 大分トリニータ
4 ブラジルの旗 ツゥット 川崎フロンターレ 17
5 日本の旗 竹元義幸 サガン鳥栖 16
T6 日本の旗 吉原宏太 コンサドーレ札幌 15
ブラジルの旗 アマラオ FC東京
8 オランダの旗 ヨルン 大宮アルディージャ 9
T9 ブラジルの旗 アシス コンサドーレ札幌 8
ブラジルの旗 アウミール FC東京
ブラジルの旗 ティンガ 川崎フロンターレ
日本の旗 久野智昭 川崎フロンターレ
日本の旗 鳴尾直軌 アルビレックス新潟
日本の旗 鈴木慎吾 アルビレックス新潟

1999年11月21日
出典: J. League Data

脚注

[編集]
注釈
  1. これは2010年J2(=19チーム・38節だが、奇数チームであり1チームが必ず休みとなるため)と並んで、J2における年間最少試合数となった。
出典
  1. 活性化 自動入れ替え制(Jリーグ・2部制元年:上)『朝日新聞』1999年2月21日 朝刊 1スポ
  2. 新生J2サッカーが14日開幕 2位以内はJ1へ 各チームの戦力評価 『読売新聞』1999年3月12日 朝刊 スポC 23頁