小乗

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小乗(しょうじょう)とは仏教教義の区分のひとつ。サンスクリット語のヒーナヤーナ(हीनयान Hīnayāna, : Hinayana)で、劣った(ヒーナ)乗り物(ヤーナ)の意味。声聞乗と縁覚乗の二乗の他、これに菩薩乗を加えて小乗三乗とすることもある。[要出典]

個人の解脱を目的とする教義を、一人しか乗せられない小さな乗り物に例えたもの。衆生の救済を目的とする教義(大乗、大乗仏教、偉大な乗り物)と対比的に用いる。これは大乗仏教の側からの蔑称であることに配慮して、現在では部派仏教、特に南伝仏教における分別説部大寺派系統の流れを上座部仏教、上座仏教、テーラワーダ仏教などと呼ぶ。

なお、「偉大な乗り物」を自称した初期大乗仏教(般若経の論師たち)が当初批判の対象としたのは説一切有部(せついっさいうぶ)という部派で、必ずしも部派仏教全体を批判したわけではなかった。また、大乗仏教側が「劣った乗り物」と相手を貶める呼び方をしたのもかなり後世になってからのことである。[要出典]

また、似たような表現として古代中世において延暦寺の僧侶が自寺の戒壇を「大乗戒壇」と呼び、大乗戒壇を認めようとしない東大寺の戒壇を「小乗戒壇」と呼んで非難していたことがあった。こうした表現も今日では避けられて、東大寺などの南都(奈良)やその系統の戒壇は「南都(系)戒壇」などと言い換えられる場合が多い。

歴史上の文献に現れる小乗の語を全て上座部仏教に言い換えられるわけではないことに注意が必要。例えば南インドの大衆部は中国や日本では小乗と呼ばれてきたが部派仏教ではあっても、上座部仏教ではない。

ダライ・ラマ14世の著作では、曖昧な歴史による不快な用語なので避けた方がよいとされる[1]。代わりに声聞乗の方がよい[1]

出典[編集]

  1. ^ a b ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ 『ダライ・ラマ 智慧の眼をひらく』 菅沼晃訳、春秋社、2001年、73頁。ISBN 978-4-393-13335-4 全面的な再改訳版。(初版『大乗仏教入門』1980年、改題『智慧の眼』1988年)The Opening of the Wisdom-Eye: And the History of the Advancement of Buddhadharma in Tibet, 1966, rep, 1977。上座部仏教における注釈も備える。

関連項目[編集]