エドワード・ウォーレン・クラーク

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エドワード・ウォーレン・クラーク(Edward Warren Clark、1849年1月27日 - 1907年6月5日)は、アメリカ合衆国教育者牧師明治時代の日本で、教育者として活動し、その経験を帰国後に著書『Life and Adventure in Japan』(1878年)にまとめた[1]。ミドルネームは「ワレン」と表記される場合もある。

経歴[編集]

逸話[編集]

  • 彼は、1873年8月末と9月に富士登山を行っている。1回目は天候が悪く頂上に行くことができていないが、2回目では成功している。彼は山頂の標高を自分で測定したいと考えて観測機材を用意していた。しかし荷物を運んでいた案内人が山頂まで登ってこず、合流できたポイントで測定している。このとき測定したポイントの標高は約11000(3353m)フィートで、山頂は11560フィート(3523m)強であろうと推測している[9]
  • 彼は、自分を静岡学問所に導いた勝海舟の事を非常に尊敬していた。そのため、1873年に自ら撮影した静岡の風景写真集を勝海舟へ贈っている。これは現在『静岡風景』として早稲田大学図書館に保存されていて、画像データもダウンロード可能になっている。

出典・脚注[編集]

  1. ^ Life and adventure in Japan (c1878)”. University of California. 2013年6月11日閲覧。邦訳『日本滞在記』飯田宏訳、講談社、1967年
  2. ^ E.Wクラーク 飯田宏訳 (1967年10月20日). 『日本滞在記』. 講談社. p. 281. 
  3. ^ 6「静岡学問所之碑」~明治初期の最高学府~ - 静岡県立中央図書館
  4. ^ a b E.Wクラーク 飯田宏訳 (1967年10月20日). 『日本滞在記』. 講談社. p. 238. 
  5. ^ 『静岡英和女学院百年史』(百年史編纂委員会、1990年) P36
  6. ^ 守部(2011)64頁
  7. ^ a b E.Wクラーク 飯田宏訳 (1967年10月20日). 『日本滞在記』. 講談社. p. 237. 
  8. ^ a b c E.Wクラーク 飯田宏訳 (1967年10月20日). 『日本滞在記』. 講談社. p. 241. 
  9. ^ 山本秀峰 (2012年11月20日). 『富士山に登った外国人』. 露蘭堂. p. 62. 

参考文献[編集]

関連項目[編集]