ハーバート・モーンドレル

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ハーバート・モーンドレル(Herbert Maundrell、1840年 - 1896年11月3日)はイギリス教会宣教会(CMS)の宣教師である。

1840年イギリスウィルトシャーに生まれ、キャノン・ガスリー(Canon Gathrie)牧師の推挙により、シズリントンチャーチ・ミッショナリー神学校で学び、1863年に卒業し、執事になる。

1864年祭司按手礼を受け、マダガスカル島に行き、10年間伝道に従事する。その後、CMSの伝道本部より、日本宣教師を命じられて、1875年(明治8年)に長崎に上陸する。

長崎で日本語を習得し、水科五郎伝道師の助けで、長崎を中心に伝道する。また、神学校の設立を計画し、1876年堅信礼を受けた8名の信徒のうち3名を選び神学教育を始める。

1877年(明治10年)にCMS本部より神学校開設の許可を受け、11月30日CMSの資金をもとにして、出島神学校を開校する。出島神学校では、木庭孫彦洪恒太郎などの人材を育成する。1879年(明治12年)には女子塾(後の長崎女学校)を開設する。

その後、佐賀県熊本県鹿児島県で教会を開拓し伝道者を定住させる。1893年(明治26年)病気のために引退し帰国する。

参考文献[編集]

  • 『日本キリスト教歴史大事典』教文館、1988年

関連項目[編集]