量子力学

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表面に楕円状に配置されたコバルト原子(走査型トンネル顕微鏡により観察)

量子力学(りょうしりきがく、英語:quantum mechanics)は古典力学で説明しきれない電子原子核などの間の微視的現象を説明するために開発された物理学理論である。

概要

ニュートン力学では、物体に、初期値すなわち「位置と運動量」を与えれば、その物体の運動は完全に決定される。

しかし、実際には、原子や分子、電子、素粒子などの非常に小さなスケールの現象(微視的現象)を扱う場合、粒子の位置と運動量は同時に両方を正確に測定することができない(不確定性原理)。また、原子や電子が粒子としての特徴をもつと同時に波としての特徴をもつ(物質波の概念)ことが知られている。一方、電波のような電磁波もまた、波としての性質を持つと同時に粒子としての特徴をもつ(光量子仮説)ことが知られている。このような性質をもっている量子という概念を導入すると、量子の確率分布を数学的に記述することができ(確率解釈)、粒子や電磁波の振る舞いを理解することができる。これを量子力学と呼ぶ。

1925年ハイゼンベルク行列力学と、1926年シュレーディンガーによる波動力学とがそれぞれ異なる数学的手法によって量子力学の基礎を完成させた。

19世紀に信じられていた決定論的な物理学とは異質であるため、これらの理論が提案された20世紀初頭にはその解釈をめぐって大論争が展開された。現在では、巨視的な物理から(原子スケール程度に)微視的な物理までをほぼ完全に記述できると考えられ、量子力学に基づいて多くの工学的な応用もなされている。更に微視的(素粒子スケール程度に)な物理までを記述する理論の研究も行われている。

物理学における量子力学の位置付け

現代的な立場では、量子論の中でも、基本変数として「粒子や剛体の古典力学と同じもの(たとえば位置と運動量)」に選び、足りないもの(スピンなど)は適宜補った量子論を「量子力学」と呼び、基本変数として「場とその時間微分または共役運動量」に選んだ量子論を「場の量子論」と呼ぶ。量子力学は、場の量子論を低エネルギー状態に限った時の近似形として得られる。[1]

量子力学をもとにして、それを手段として用いる物理学分野全般のことを量子物理学ということがある。これには物性物理学のほとんどの領域、素粒子物理学核物理学など広範な分野が属する。また、工学的な応用研究を指して、量子工学と呼ぶ場合がある。材料関連、ナノテクノロジー、電子デバイス、半導体超伝導素材の応用研究など、広範な分野が属する。量子物理学や量子工学という言葉はいずれもかなり広範囲の領域を含むため、現在では大学の学科の名称などにしか用いられていない。

歴史

前期量子論

前期量子論(ぜんきりょうしろん)とは古典力学統計力学)の時代から、ハイゼンベルク、シュレーディンガー等による本格的な量子力学の構築が始まるまで(1920年代中頃)の、過渡期に現れた量子効果に関しての一連の理論をいう。

量子力学成立以前の物理学において、物体の運動はニュートンの運動方程式によって説明されていた。18世紀に産業革命がはじまるとニュートン力学はただちに機械工学に応用されはじめた。毛織物などの軽工業、鉱山での採掘などで用いるために蒸気機関が発明されると、熱機関の改良にともなって熱力学が発展した。やがて、ニュートン力学によって熱力学を説明する試みによって初期の統計力学が構築された。

産業革命がやがて製鉄などの重工業に広がりをみせるとキルヒホッフ溶鉱炉の研究から1859年黒体放射を発見した。黒体放射のスペクトルの理論的研究は、統計力学と結びつくことによって量子力学の基礎となる理論を与え、最終的にプランクによってプランク分布が発見された(エネルギー量子仮説、1900年発表)。物理的に黒体放射をプランク分布で説明するためには、黒体が電磁波を放出する(電気双極子が振動する)ときの振動子のエネルギーが離散的な値をとることを仮定する必要がある(量子化の概念、プランク定数の導入。詳細は黒体放射の項を参照のこと)。

ファラデーガウスが幾何学的考察から見出した電磁力に関する法則をマクスウェル1864年マクスウェルの方程式としてまとめ、電磁波の存在を予想した。1887年にこの予想に基づいてグスタフ・ヘルツ電磁波の実証実験に成功し、無線の発明の基礎を与えた。さらに、この実験の中で後の量子力学の端緒のひとつとなった光電効果を発見した。光電効果はその後レーナルトらによって実験的研究が進められた。

1905年アインシュタインは、プランクの用いた量子化の概念を用いて、電磁波に粒子としての性質があること(光量子仮説)を発表した。1923年コンプトンが電子によるX線の散乱においてコンプトン効果を発見したことで有力な証拠を得た(詳細は光量子仮説の項を参照のこと)。

1924年にはルイ・ド・ブロイにより電子のような粒子にも波としての性質があるという物質波の概念が提唱され、1927年クリントン・デイヴィソンジョージ・パジェット・トムソンにより実証された。1928年には日本の菊池正士雲母の薄膜による電子線の干渉現象を観察して、電子が波動性をもっていることを示している。この粒子としての性質と波としての性質をもった何かという概念は量子力学成立以前の物理学では、全く考えられていなかったものであった。

原子モデルについての議論もまた量子力学に重要な知見を与えた。ファラデー電気分解の実験によってイオンの存在を指摘し、やがて荷電粒子によって原子が構成されていることが認められるようになったが、荷電粒子によって構成される原子モデルをニュートンの運動方程式やマクスウェルの方程式と矛盾せずに構築することができなかった。1913年ボーアは、この問題に大胆な仮定(ボーアの量子条件)を導入することによって新たな原子モデルを提案し、水素原子の離散的なスペクトルなどを説明した。ボーアの提案した原子モデルで電子を物質波としてみた場合、「原子核の周囲を回る電子の物質波が定常波であるための条件」と解釈できた。つまりボーアの量子条件は電子が波としてふるまっていることを示唆しており、物質波の概念を強く支持した。

前期量子論が、(ニュートン力学的な)粒子としての性質と(マクスウェルの電磁気学的な)波としての性質をもった量子という概念の発見であるとすれば、ハイゼンベルク、シュレーディンガー等による量子力学の基本方程式の構築は、マクスウェルの方程式ニュートンの運動方程式を統合したものであるといえる。

量子力学の完成

1925年、量子力学の基礎はハイゼンベルクによって行列力学として与えられた。これによりついに、粒子性と波動性をもつ量子の運動(厳密には存在確率)を記述できる基礎方程式が書き下された。翌1926年シュレーディンガーにより波動力学という別の形式で与えられた。それぞれハイゼンベルクの運動方程式シュレーディンガー方程式と呼ぶ。

プランクの量子仮説とド・ブロイの物質波を仮定することから、粒子のエネルギーや運動量を波(波動関数)として表現することができる。

粒子のエネルギーと運動量を波動として表現して代入することで、シュレーディンガー方程式を得ることができる(波動力学)。また、粒子のエネルギーや運動量を波としての性質(重ね合わせの原理直交性線形性)をもつということができるため、行列に置き換えて同じ演算をすることができる(行列力学)。同1926年、シュレーディンガーはこれらの二つの力学が数学的に等価であることを証明した。

1927年にハイゼンベルクは不確定性関係を導き(不確定性原理)、ほぼ同時期にコペンハーゲン解釈が明確にされた。

量子力学の解釈については、大きな議論が巻き起こった。確率解釈を嫌ったアインシュタインは、「神はサイコロを振らない」という有名な言葉を残した。

同時期にディラッククリフォード代数を導入することにより、確率が負にならない相対論的量子力学を構成し(ディラック方程式の項を参照のこと)、またブラ-ケット記法を用いた演算子理論を最初に使った。1932年フォン・ノイマンは演算子理論としての量子力学の厳密な数学的基礎を与えた(量子力学の数学的基礎)。

量子力学の完成以降の発展と応用

量子力学の定式化が行われるようになって、現代物理学では量子力学とアインシュタインの相対性理論が最も一般的な物理学の基礎理論であると考えられるようになった。その後、電磁相互作用、重力相互作用を量子力学に組み込むことが求められるようになった。それぞれ、特殊相対性理論一般相対性理論と量子力学の橋渡しをしてひとつの定式化された理論を目指すことに相当する。

1950年代にファインマンダイソンシュウィンガー朝永振一郎らによって量子電磁力学が構築された。量子電磁力学(りょうしでんじりきがく、Quantum electrodynamics; QED)とは、電子を始めとする荷電粒子間の電磁相互作用を量子論的に記述する理論である。一方、量子力学と一般相対性理論を合わせた理論(量子重力理論)は、いまだ完成されていない。

さらに素粒子物理学の発展によって従来考えられていなかった電磁力や重力以外の基本相互作用が認められるようになった。量子色力学が研究されるようになり、1960年代初頭から始まる。今日知られる様な理論はポリツァーグロスウィルチェックらにより1975年に構築された。すべての基本相互作用を含む大統一理論の探求がおこなわれている。

これまでに、シュウィンガー、南部、ヒッグス、ゴールドストーンらと他大勢の先駆的研究に基づき、グラショーワインバーグアブドゥス・サラムらは電磁気力弱い力が単一の電弱力で表されることを独立に証明している(電弱理論)。

量子力学の成立によって物性物理学の発展に基づいた現代の工学の発展は可能になった。今日のIT社会ないし情報化社会と呼ばれる状況を成立させている電子工学も、半導体技術などが量子力学をその基盤としている。量子力学はまた化学反応の現代的な記述を可能にし、量子化学の分野が発展した。

古典力学と量子力学の対応

古典力学は量子力学の近似理論であるといわれる。そのおもな理由として、

  1. 「いくつかの有力な模型で、プランク定数を 0 とみなせば古典力学に等価になること」
  2. シュレーディンガー方程式期待値を取ることで、運動方程式が得られること」
  3. 「古典力学における物理量量子化することで量子力学が得られること」

などがあげられる。3.については「量子化の項目」に委ねるとして、本記事では上述二項を説明し、古典力学と量子力学の対応関係を解説する。

エーレンフェストの定理

ポテンシャルの空間微分(古典的にはに対応するもの)の空間的な変化がゆっくりで、波動関数の広がっている範囲で一定と近似できるならば、シュレーディンガー方程式期待値を取ることで運動方程式が得られる。即ち位置の期待値と運動量の期待値が古典力学における運動方程式であるHamilton方程式を満たす。

ボーアの対応原理

ボーアの対応原理によって古典力学は量子力学の「プランク定数を0にする極限」として位置付けられている。

量子力学の解釈問題

量子力学と観測

量子力学では対象を状態の重ね合わせとして記述し、観測によって一つの状態がある確率で実現する。この枠組みは、それ以前までに育まれていた客観的実在を想定する決定論的記述を見直す契機になった。このため、量子力学の解釈問題が重要な課題となった。

ニールス・ボーアらの提示したコペンハーゲン解釈では、観測が行われると、状態を記述する波動関数は一つの状態に収縮しているとする。ここで、何時どのようにその状態が実現したのかについては説明を与えない。これに対し、アインシュタインらは、量子力学では記述されていないが実際にその状態を実現させた変数が存在するはずだ、と主張した(局所的な隠れた変数理論)。また、確定時期を特定することの困難を指摘する思考実験として、有名な「シュレーディンガーの猫」の例が示された。

しかしながら、局所的な隠れた変数理論は、量子力学とは異なる結論を出すことがベルの不等式によって立証され、実験検証(アスペの実験)によって棄却された。量子力学と同じ結論を出す、非局所的な隠れた変数理論は存在する。ただし、この理論は、クラスター分解性を持たず文脈依存性があることが知られている。


量子力学と意識

コペンハーゲン解釈はどのようにして観測によって波動関数が一つの状態に物理的に収縮するのかは説明しない。隠れた変数理論が数学的に成り立たないことがフォン・ノイマンによって証明された(しかし、後に、その証明に使われた仮定の1つが誤りであることが、デヴィッド・ボームによって指摘されている。)。そこで、ノイマンは、収縮は観測という人間の行為と同時に起こる、として、量子力学の枠組みで説明できない意識を導入し、意識と相互作用する際に収束がおきるという主張をした。ウィグナーは人間の意識の特別な意義を重要視する姿勢を示した。他に、ペンローズも意識や心と量子力学を関連させて論じている[2]。 しかし、観測の過程において、何時、どのようにして収縮が起きたかについては、それを論じる理論もなければ、それを示す証拠もなく、今日でも完全な合意は形成されていない。収縮が起きる瞬間を明確に特定できない以上、人間が認知した瞬間に起きることだけを前提として観測による状態の変化に意識が介在するという考え方に踏み込む必要性は全くないと言える。

また、このような解釈の導き出す困難をウィグナーは、ウィグナーの友人のパラドックスによっても示されている。これは、シュレーディンガーの猫の変形であり、毒ガス発生機をランプに置き換え、さらに、猫の代わりにウィグナーの友人を箱に入れる。猫の場合には、箱の外の人間が観測しない間は猫はマクロな状態の重ね合わせと考えねばならなかったが、猫でなく人間である場合には、箱の外の人間が観測する時点で観測が行われたとすべきか、箱の中の友人が既に観測を行っているとすべきか、決められない。ウィグナーの友人のパラドックスは、フォン・ノイマンの理論が観測という基本的な定義においてさえ不完全であることを示している。

波束の収束を、観測されるミクロな対象とマクロな観測装置の両方を含めて、物理的に説明しようとする試みも進められている。しかし、量子力学の成立以来続けられているこの試みは未だ成功していない。

量子力学と論理学

古典力学ではものの状態は客観的に定まっていることが想定されている。従って例えば、在る、か、無い、かの、二値論理に従う。量子力学の枠組みにおいてはものの状態は客観的に定まっているものではなく、観測して初めて定まる。従ってものの状態は、在る、無い、どちらとも決まっていない(まだ観測していない)、の三つの状態に区分できる。この、状態を三値で記述する論理(三値論理)を採用することによって、ハンス・ライヘンバッハは量子力学の枠組みの論理的基礎付けを行った[3]

また、観測により定まる命題に関する「量子論理」がフォン・ノイマンらによって提唱されている。これは古典論理と同じ二値論理であるが、分配律が成り立たないなどの点で違いがある。

量子コンピュータ

アインシュタイン=ポドルスキー=ローゼンのパラドックスEPR相関として認知されるようになり、ここで生じる離れた場所どうしの状態の絡み合いを量子もつれと呼ぶ。EPR相関は量子もつれを利用して離れた場所へ状態が送られる現象として理解でき、これを量子テレポーテーションと呼ぶ。

計算機の中の電子の状態は本来量子力学的に記述されるとすると、0 または 1 の2値(1ビット)ではなく、 0 と 1 が重ねあわされた途中の値を持つ場合がある。この量子論的な状態を1量子ビット (qubit) と呼ぶ。複数のqubitに対してユニタリー変換を活用して演算を行うことにより、古典計算機では実現し得なかった並列処理が可能になる。

現在情報通信分野で使われているRSA暗号などの暗号システムは、大きな桁数の素因数分解が事実上不可能である事を前提として成立しているが、量子コンピュータが実現した場合この前提が崩れる事が1994年にShorによって証明されている。また、関連する数学の分野では因数分解がNP完全問題かどうかが論点となっており、もし因数分解がNP完全問題である事が証明されれば、すべてのNP完全問題が量子コンピュータによって解かれることになる。

脚注

  1. ^ 清水明『新版 量子論の基礎―その本質のやさしい理解のために―』サイエンス社、2004年。ISBN 4-7819-1062-9 
  2. ^ ロジャー・ペンローズ皇帝の新しい心 コンピュータ・心・物理法則林一訳、みすず書房、1994年12月。ISBN 4-622-04096-4http://www.msz.co.jp/book/detail/04096.html 
  3. ^ Hans Reichenbach (June 1998). Philosophic foundations of quantum mechanics. Dover Publications. ISBN 978-0486404592 

参考文献

関連項目

外部リンク

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