量子電磁力学

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場の量子論
Feynmann Diagram Gluon Radiation.svg
(ファインマン・ダイアグラム)
歴史

量子電磁力学(りょうしでんじりきがく、Quantum electrodynamics; QED)とは、電子を始めとする荷電粒子間の電磁相互作用量子論的に記述する場の量子論である。量子電気力学と訳される場合もある。

目次

[編集] 概要

量子電磁力学は、場の演算子から形成され、さらにゲージ理論を使い簡素な理論構成をとる(強い力を示す量子色力学や弱い力・電磁気力を統合したワインバーグ=サラム理論も同様である)。

[編集] 場の量子論・繰り込みの視点

量子電磁気学では、電子と光子を場の演算子とし、電子間の電磁相互作用を演算子(光子)であらわす。電子が生み出す電磁場は、光子と言う生成消滅演算子であらわされ、光子は電子の持つ電気ポテンシャルを伝える演算子、相互作用の場を担う粒子となる。

[編集] ゲージ論の視点

ゲージ場を導出するには、まず、粒子場(電子の場)を用意し.場の変換(ゲージ変換)に対し電子の電荷の保存を要請すると、保存成立のために一定の制約がかかり、この制約が粒子間の相互作用を示す光子の場を表す。この変換に対し変化しないことが対称性(の保存)であり、ゲージ不変性と言う。不変性を保証する場(光子場)は、「保存による制約」で場がねじれ、力(=相互作用)となり、これをゲージ場と呼ぶ(光子質量0で場は対称となり、電荷が保存する。また、質量ゼロから光速不変性が出る)。

[編集] 量子電磁力学の応用

量子電磁力学は最初、計算結果の発散の危機に直面し、超多時間論(相対論形式化)・経路積分を基礎とする繰り込みの原理確立で困難を克服した。量子電磁力学は、場の量子論の最初の成功例であり、34桁と言う驚異的な精度で実験と一致し[要出典]、素粒子論の基本理論として、量子色力学ワインバーグ=サラム理論を構築する規範になる。また、粒子場の変換に対するゲージ不変を要請して相互作用の場を導くゲージ原理を確立し、ゲージ理論が場の量子論の枠組みで確立された最初の理論でもある。

[編集] 歴史

量子電磁力学は、場の量子論の枠組みで古典電磁力学を記述しなおすものである。場の量子論は、第二量子化生成消滅演算子繰り込みゲージを導入することで成立している。

[編集] 電磁場の量子化

1927年から1928年、ポール・ディラックによる古典電磁気学の量子化、オスカル・クラインパスクアル・ヨルダンウィグナー、およびウラジミール・フォックによる生成消滅演算子の形成がなされる[1]。また、第二量子化を導入することで場の量子論をヴェルナー・ハイゼンベルクヴォルフガング・パウリが創る。ここで、粒子n個の確率波の量子論は、次元が4n次元(配位空間)で、空間で再量子化すると、特殊相対論を満たす4次元空間に戻る(ハイゼンベルグとパウリの場の量子論は、ディラック方程式と同等であることが判明)。

こうして、パウリ、ハイゼンベルク、ユージン・ウィグナーパスクアル・ヨルダンらの尽力により量子電磁力学の定式化が始まり、1932年のエンリコ・フェルミの論文[2]などによって定式化がなされた。

[編集] 発散問題

当時は光子荷電粒子を含むような計算も原理的には可能であると思われていたが、次第に計算結果が無限大に発散することが問題となった。場の量子論における発散問題は1930年代初頭にロバート・オッペンハイマー[3]や他の多くの物理学者によって初めて認識され、フェリックス・ブロッホArnold Nordsieckの研究[4](1937年)やヴィクター・ワイスコップの研究[5](1939年)では、この計算が摂動展開の1次においてのみ成功するが、高次の級数においては無限大が現れることが指摘された。有限の物理量を求めるための計算結果に無限大が現れることは物理法則としての致命的な矛盾である。

[編集] 初期の理論

1939年、最初の繰り込みのアイデアに迫る論文がダンコフ(発想1937年)によって発表された。この論文は、計算間違いが含まれていたため計算結果の無限大を回避できていないものであった。後に朝永振一郎は、計算ミスに気付き修正したため、繰り込みに到達することができた[6]

[編集] 朝永の超多時間理論

量子電磁力学の「相対論的共変形式・ゲージ形式」の確立、繰り込みへの助走[7][8]

[編集] 理論的背景

当時問題となっていた場の量子論の計算結果の発散を解決するには、ローレンツ変換に対する不変性―対称性―共変性を式に与えることが、式の見通しを良くするために必要であった。従来の場の量子論は、共変形式を満たさず計算が困難である。朝永は、以下の方法で場の量子論を共変的に書き換え、特殊相対論的なゲージ理論を確立する。

朝永の超多時間理論は、光速以下では結ばれないミンコフスキー空間的超曲面を、場の量子論に導入する。量子力学では、場の量はすべて交換可能で、確率振幅(状態)が与えられるので、従来の一個の時間であった超平面が、連続無限個の時間を与える超曲面での関数となる。これにより、1個の時間に関する確率振幅の微分方程式(シュレディンガー方程式)が、空間的超曲面でのローレンツ系に依存しない汎関数微分方程式に置き換えられる。

これは、1932年にディラックが提唱した多時間理論(相互作用をしている電子一つ一つに独立な時間を与える)の電子の生成・消滅を含まないという欠点改めたものであるため、超多時間と名付けられた。

[編集] 演算子・相互作用切り出し

さらに、朝永表示(相互作用表示-シュウィンガー表示)を得る。これらにより、見通しよく簡素化された共変形式が確立され、繰り込みを確立する手段が整う。この場の量子論の進展により、式の扱いが容易になった時点で、朝永はすでに繰り込みの着想を得ていたようである。朝永が最初の繰り込みの考えを得たのは超多時間理論の確立から遡る1938年である[9][10]

[編集] 繰り込み・可換ゲージ

1943年の超多時間論の第一報で、相対論的共変な場の量子論とその存在空間が示され、1947年以降の第二報以下で、繰り込みや、量子電磁力学の可換ゲージ記述が確立される。

[編集] ファインマンの経路積分

「新しい量子形式」と量子電磁力学の確立、繰り込みへの助走

リチャード・ファインマンは、ポール・ディラックの著書[11]中の、

\exp{\left[i\int_{t_1}^{t_2}\frac{L_{classic} \left(x,\dot{x} \right) \,dt}{\hbar}\right]}  <x_2, t_2 \mid x_1, t_1> に対応する(Lはラグランジアン)。

という箇所にある指摘に興味をそそられ、ここから発想を得たと言われている。

具体的な経路積分の発想は、二重スリット実験と関連する。二重スリット実験ではスリットの数は2つであるが、これを無限個に拡張した考え方が経路積分である。経路積分は、現在用いられている一般的な方法になっている。

[編集] 精密実験

第二次世界大戦を経てマイクロ波技術の進歩により水素原子のエネルギー準位の縮退からのずれ(ラムシフト[12]や電子の異常磁気モーメント[13]をより精密に測定することが可能(1947年)になると、これらの実験により既存の理論では説明することのできない現象の存在が明らかとなった。

[編集] 非相対論的繰り込み

実験結果を受けて、ハンス・ベーテはシェルターアイランド会議に出席した帰りに、スケネクタディからニューヨークへ向かう汽車の中で[14]、水素原子の「非相対論的」なエネルギー準位について計算方法を考え、論文[15]を提出した。ベーテの計算では、質量と電荷に無限大の補正を加えることで、無限大が相殺し最終的に有限の物理量が導出された。これは、無限大の発散を回避する繰り込みの操作であった。しかし、この計算は特殊相対論を導入していない非相対論的繰り込みであり、実験とは一致しなかった。より厳密な相対論的な繰り込み理論の確立には、超多時間論経路積分により、場の量子論を大幅に書き換える必要があった。

[編集] 繰り込みの確立

超多時間理論(1943年)、相互作用表示(1947年)、経路積分(1948年)で相対論的な量子電磁力学を確立した、朝永振一郎[16]ジュリアン・シュウィンガー[17][18]リチャード・ファインマン[19][20][21]フリーマン・ダイソン[22][23]らは、ラムシフトの理論的計算に取り組む。以前から、ベーテと同様の考えを持っていた朝永は超多時間理論を駆使し、同様にシュウィンガーやファインマンもそれぞれの理論で1948年には完全な形で繰り込みを完成させていた。彼らの計算結果は、摂動展開の全てのオーダーにおいて観測される物理量が有限(34桁の精度という驚異的な値[要出典])となる定式化であった。

超多時間論または経路積分による相対論的に共変な場の量子論の確立と、これを基にした繰り込みによる量子電磁力学のにより朝永、シュウィンガー、ファインマンの3人は1965年にノーベル物理学賞を受賞した。ファインマンによるファインマン・ダイアグラムを用いた数学的なテクニックは、朝永とシュウィンガーの演算子を用いる計算方法と異なるように見えたが、後にフリーマン・ダイソンはこの2つのアプローチが数学的に等価であることを証明した。

[編集] その後の発展

[編集] 繰り込みの原理解釈

量子化や生成消滅演算子に加え、繰り込みによって、素粒子論の規範となる量子電磁気学は確立され、同時に、素粒子論の最も基本となる場の量子論も確立された。そのため、繰り込みは理論の妥当性を保証するために必要不可欠な操作、すなわち原理であるとする解釈。

[編集] 繰り込みの数学的解釈

繰り込みの導入によって物理的な矛盾は解消できたが、数学的な理論付けは未だなされていない。ファインマン自身、その数学的な妥当性については最後まで満足せずに、"shell game"(いんちき)、"hocus pocus"(奇術)のようだと自著で述べている[24]

[編集] 場の量子論とゲージ理論の拡張

量子電磁力学 (QED) はその後に発展する場の量子論に関する数々の理論の基礎的なモデルとなる。QEDの完結性・完全性(34桁の精度で実験と理論が一致[要出典])は原理としての有効性を認識させた。QEDの確立に用いられた「場の量子論・特殊相対論・繰り込み・ゲージ理論・対称性」の記述原理に従い、他の2つの力(強い力と弱い力)が理論化されることになる。量子色力学ワインバーグ=サラム理論の形成には、QED可換ゲージを拡張した非可換ゲージ理論、QED繰り込みを拡張した繰り込み群が用いられた。

詳細は標準模型の歴史を参照

[編集] 定式化

数学的には、量子電磁力学(以下、QEDと表記)はU(1)対称性を持つ可換ゲージ理論である。電荷を持つディラック場同士の相互作用を媒介するゲージ場は電磁場である。

電磁場と相互作用するディラック場についてのQEDラグランジアン密度は以下のように表記される。


\begin{align}
\mathcal{L}_\mathrm{QED} 
& = \bar\psi(i\gamma^\mu D_\mu-m)\psi -\frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} \\
& = \bar\psi(i\gamma^\mu \partial_\mu - m)\psi - e\bar{\psi}\gamma^\mu A_\mu \psi - \frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu} 
\end{align}

ここで、

 \gamma^\mu \,\!ガンマ行列
\ \psiディラック場ディラックスピノル
\bar\psi\equiv\psi^\dagger\gamma_0はディラック場の随伴スピノル
D_\mu = \partial_\mu+ieA_\mu \,\!共変微分(第2項の符号はゲージ変換の定義による)
\ e は電磁場の結合定数素電荷と等価)
\ A_\mu 電磁ポテンシャル
F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu \,\!電磁場テンソル

である。

[編集] 運動方程式

上記のラグランジアン密度をディラック場ψについてのオイラー・ラグランジュ方程式

 \partial_\mu \left( \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial ( \partial_\mu \psi )} \right) - \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial \psi} = 0 \,

へ代入すると、ディラック場についての運動方程式が得られる。2つの項はそれぞれ

\partial_\mu \left( \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial ( \partial_\mu \psi )} \right) = \partial_\mu \left( i \bar{\psi} \gamma^\mu \right)
\frac{\partial \mathcal{L}}{\partial \psi} = -e\bar{\psi}\gamma^\mu A_\mu - m \bar{\psi}

と計算できるので、結局

i \partial_\mu \bar{\psi} \gamma^\mu + e\bar{\psi}\gamma^\mu A_\mu + m \bar{\psi} = 0

となる。 この式の複素共役をとると

i \gamma^\mu \partial_\mu \psi - e \gamma^\mu A_\mu \psi - m \psi = 0

となる。第2項を右辺へ移行して

i \gamma^\mu \partial_\mu \psi - m \psi = e \gamma^\mu A_\mu \psi

とすれば、左辺が通常のディラック方程式、右辺がディラック場と電磁場との相互作用項となる。

もう1つの運動方程式を得るために、今度はラグランジアン密度を電磁場Aμについてのオイラー・ラグランジュ方程式

 \partial_\nu \left( \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial ( \partial_\nu A_\mu )} \right) - \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial A_\mu} = 0

へ代入する。このとき、2つの項はぞれぞれ

\partial_\nu \left( \frac{\partial \mathcal{L}}{\partial ( \partial_\nu A_\mu )} \right) = \partial_\nu \left( \partial^\mu A^\nu - \partial^\nu A^\mu \right)
\frac{\partial \mathcal{L}}{\partial A_\mu} = -e\bar{\psi} \gamma^\mu \psi

と計算できるので、結局、次の関係式が得られる。

\partial_\nu F^{\nu \mu} = e \bar{\psi} \gamma^\mu \psi

この式は、4元電流密度

J^\mu = e \bar{\psi} \gamma^\mu \psi

とすれば分かるように、マクスウェル方程式そのものである。

[編集] 関連項目

[編集] 出典

  1. ^ P.A.M. Dirac  (1927). “The Quantum Theory of the Emission and Absorption of Radiation”. Proceedings of the Royal Society of London A 114: 243–265. doi:10.1098/rspa.1927.0039.
  2. ^ E. Fermi  (1932). “Quantum Theory of Radiation”. Reviews of Modern Physics 4: 87–132. doi:10.1103/RevModPhys.4.87.
  3. ^ R. Oppenheimer  (1930). “Note on the Theory of the Interaction of Field and Matter”. Physical Review 35: 461–477. doi:10.1103/PhysRev.35.461.
  4. ^ F. Bloch, A. Nordsieck  (1937). “Note on the Radiation Field of the Electron”. Physical Review 52: 54–59. doi:10.1103/PhysRev.52.54.
  5. ^ V. F. Weisskopf  (1939). “On the Self-Energy and the Electromagnetic Field of the Electron”. Physical Review 56: 72–85. doi:10.1103/PhysRev.56.72.
  6. ^ くりこみ理論のころ
  7. ^ 物理学会誌35(1),65-67,1980
  8. ^ 物理学会誌35(1),67-71,1980
  9. ^ 物理学会誌35(1),65-67,1980
  10. ^ 物理学会誌35(1),67-71,1980
  11. ^ P.A.M.Dirac『The Principles Of Quantum Mechanics』みすず書房 (1983) V.The Equations Of Motion Ş32 P.128
  12. ^ W. E. Lamb, R. C. Retherford  (1947). “Fine Structure of the Hydrogen Atom by a Microwave Method,”. Physical Review 72: 241–243. doi:10.1103/PhysRev.72.241.
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  16. ^ S. Tomonaga  (1946). “On a Relativistically Invariant Formulation of the Quantum Theory of Wave Fields”. Progress of Theoretical Physics 1: 27–42. doi:10.1143/PTP.1.27.
  17. ^ J. Schwinger  (1948). “On Quantum-Electrodynamics and the Magnetic Moment of the Electron”. Physical Review 73: 416–417. doi:10.1103/PhysRev.73.416.
  18. ^ J. Schwinger  (1948). “Quantum Electrodynamics. I. A Covariant Formulation”. Physical Review 74: 1439–1461. doi:10.1103/PhysRev.74.1439.
  19. ^ R. P. Feynman  (1949). “Space-Time Approach to Quantum Electrodynamics”. Physical Review 76: 769–789. doi:10.1103/PhysRev.76.769.
  20. ^ R. P. Feynman  (1949). “The Theory of Positrons”. Physical Review 76: 749–759. doi:10.1103/PhysRev.76.749.
  21. ^ R. P. Feynman  (1950). “Mathematical Formulation of the Quantum Theory of Electromagnetic Interaction”. Physical Review 80: 440–457. doi:10.1103/PhysRev.80.440.
  22. ^ F. Dyson  (1949). “The Radiation Theories of Tomonaga, Schwinger, and Feynman”. Physical Review 75: 486–502. doi:10.1103/PhysRev.75.486.
  23. ^ F. Dyson  (1949). “The S Matrix in Quantum Electrodynamics”. Physical Review 75: 1736–1755. doi:10.1103/PhysRev.75.1736.
  24. ^ Feynman, Richard  (1985). QED: The Strange Theory of Light and Matter. Princeton University Press, p. 128. ISBN 978-0691125756. 

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