ゲージ理論

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ゲージ理論(ゲージりろん、: gauge theory[1])とは、連続的な局所変換の下でラグランジアンが不変となるような系を扱う場の理論である。

概要[編集]

ゲージという用語は、ラグランジアンの余分な自由度を表している。 この自由度を変換する操作をゲージ変換と呼ばれる。 ゲージ変換はリー群を為し、ゲージ変換の為すリー群は理論の対称性あるいはゲージ群と呼ばれる。 リー群には生成子リー代数が付随する。 それぞれの生成子に対応してゲージ場と呼ばれるベクトル場が導入され、これにより局所変換の下での不変性(ゲージ不変性)が保証される。 ゲージ場を量子化して得られる粒子はゲージ粒子と呼ばれる。 非可換なゲージ群の下でのゲージ理論は非可換ゲージ理論と呼ばれ、ヤン=ミルズ理論が代表的である。

物理学における有用な理論の多くは、幾つかの変換の下で不変なラグランジアンによって記述される。 時空の全ての点において一斉に行われる大局的変換の下で不変であるとき、理論は大局的対称性を持つと言う。 局所変換の下での不変性(ゲージ対称性)はより強い制約を要求する。実際、大局的変換とは、変換のパラメータが時空内で一定の局所変換である。

ゲージ理論は素粒子を記述する場の理論として成功している。 量子電磁力学U(1)対称性に基づく可換ゲージ理論であり、ゲージ場としては電磁場が対応し、これを量子化すると光子が得られる。 標準模型はSU(3)×SU(2)×U(1)対称性に基づく非可換ゲージ理論であり、光子、3つのウィークボソンおよび八つのグルーオンの合計12のゲージ粒子を持つ。

ゲージ理論は重力を記述する一般相対性理論においても重要な役割を持つ。 一般相対論の場合は、ゲージ場がテンソル場である。量子重力理論において、このゲージ場を量子化した重力子が存在すると考えられている。 ゲージ不変性は、一般相対性原理の主張する、任意の座標変換の下での不変性と類似するものと見なすことができる。両方の不変性はともに系の自由度の冗長性を反映している。

場の量子論の文脈において、いくつかの現実的な仮定を置くと、散乱行列が満たすことができる連続的な対称性ポアンカレ対称性と内部対称性だけになる事が示されている(en:Coleman-Mandula theorem)。また実験的にも、現実の物理がゲージ対称性を持つと仮定するとうまく説明できる結果が、主として20世紀の間に数多く発見された。これらのことからゲージ不変性の要請は現代物理学における基本原理の1つとされており、ゲージ原理と呼ばれることもある。

歴史的には、これらの概念は初めは古典電磁気学で、そして後に一般相対性理論において考えられていた。しかしながら、以下に詳しく述べるように、ゲージ対称性の現代的な重要性は電子相対論的量子力学である量子電磁力学において最初に現れた。今日、ゲージ理論は物性物理学原子核物理学或いは高エネルギー物理学の関わる分野で非常に有用である。

歴史[編集]

ゲージ変換の自由度を持った最初の理論は電磁気学における、1864年のマクスウェルによる電磁場の公式であるが、この概念の重要性は気付かれないままであった。

1915年アインシュタインにより発表された、重力時空幾何学的性質として記述する一般相対性理論が成功を収めると、電磁気学も同様に、時空の幾何学的性質として表現しようという試みが盛んになった[2]。その最初が1918年にワイルが発表したゲージ理論である[3]。 ワイルは一般相対性理論における二点間の距離を変えない座標変換(等長変換)の自由度を拡張し、スケール変換の下での不変性もまた時空の局所対称性であるとし、各点で「物差し」("ゲージ")を変えても理論が変わらないことを要請して電磁気学の導出を試みたが幾つかの理論的な欠陥により失敗した。

量子力学が提唱された後、ワイルによる当初のゲージ理論は修正され、スケール変換は波動関数複素数位相変換に置き換えられた[4]。これがいわゆるU(1)ゲージ理論である。これは荷電粒子波動関数に対する量子力学的な電磁力学を説明し、成功した最初のゲージ理論であると広く認識されている。長さを位相に置き換えたことで、ゲージ理論の有効性を証明したが、(外部)時空の幾何学的性質は失われ、ゲージ対称性は内部空間における対称性となった。 1940年代になって、パウリによってこの理論は一般に広められた[5]

非可換ゲージ理論[編集]

1954年に楊振寧ミルズ核子強い相互作用を説明するモデルを提唱した[6]。 彼らは、電磁相互作用のU(1)対称性の理論を一般化して、陽子中性子アイソスピンSU(2)対称性に基づいた理論を構築した。このモデル自体は実験と整合しなかったが非可換対称性に基づくヤン=ミルズ理論として多くの理論の原型となった。

このアイデアは後に、弱い相互作用電磁相互作用を統一する電弱相互作用への応用が見いだされた。さらに、非可換ゲージ理論は漸近的自由性と呼ばれる特徴を再現できることが判明したことで、ゲージ理論はより魅力的なものとなった。漸近的自由性は強い相互作用の重要な特徴であると見なされていた。これにより、強い相互作用のゲージ理論を探求しようという動機が生まれた。この理論は量子色力学と呼ばれ、クォークカラーSU(3)対称性に基づくゲージ理論である。ゲージ理論は、量子電磁力学 (QED) 、量子色力学 (QCD) およびワインバーグ=サラム理論の基礎をなしている。さらに、電磁相互作用、弱い相互作用および強い相互作用を統一する標準模型はゲージ理論の言葉で記述されている。

統一理論におけるゲージ理論[編集]

物理におけるゲージ理論の重要性は、電磁相互作用、弱い相互作用および強い相互作用の場の量子論を記述する統一的枠組みを与える数学的定式化の多大な成功に基づいている。この理論は標準模型として知られ、自然の四つの基本相互作用のうち三つに関する実験的予測を精密に記述し、ゲージ群SU(3) × SU(2) × U(1)を持つゲージ理論である。弦理論や一般相対論のカルタン形式のような現代的な理論はなんらかの形のゲージ理論である。

数学におけるゲージ理論[編集]

1970年代になって、マイケル・アティヤは古典的ヤン=ミルズ方程式の数学的解決法の研究を始めた。1983年、アティヤの学生サイモン・ドナルドソン滑らかな4次元多様体微分可能な分類は、位相同型違いを除いて彼らの分類とは異なっていることを示す方向でこの研究を進めた。マイケル・フリードマンはドナルドソンの研究成果を用いて、エキゾチックR4、すなわち4次元ユークリッド空間上のエキゾチックな微分構造を提示した。 これは、ゲージ理論自身が持つ、基礎物理における成功とは独立した、数学的構造に対する関心を呼び起こした。1994年、エドワード・ウィッテンおよびネーサン・サイバーグは、超対称性に基づいたゲージ理論的テクニックを発見した。これはあるトポロジー的不変性を計算することができる。これら、ゲージ理論からの数学への貢献は、この分野の新たな関心として注目されている。

ゲージ理論および場の量子論の歴史に関するより詳細な資料はPickeringの書籍を参照のこと[7]

ゲージ場[編集]

大域的対称性[編集]

電子の場の理論を考えよう。どちらが実軸でどちらが虚軸であるかをとりかえることは、絶対値が1の複素数をかけて位相をかえることに相当する。この絶対値1の複素数をかける操作は U(1) を為し、これをU(1)変換という。電子だけの理論をみてみると、時空によらない絶対値1の複素数を場にかけても理論は変化しない。すなわち理論は U(1) 対称性を持つ。このように、時空の全ての点で一斉に同じだけ場を変換することを大域的変換、変換に対して理論が不変であることを、理論が大域的対称性を持つという。

ゲージ対称性[編集]

しかし、時空に依存する絶対値1の複素数をかけてみると、時空に対する微分があるせいでそのままでは理論は不変でない。そこで、その不変でない部分を相殺するような場を導入する。この場をゲージ場と呼ぶ。ゲージ場は、微小に離れた2点での物差し、ゲージを比較できるようにする働きがあり、それによって理論が不変になる。このように、時空上の各点ごとに異なる変換を行うことを局所的ゲージ変換、または単にゲージ変換と呼び、理論がゲージ変換で不変であることを、理論はゲージ対称性を持つという。また、局所的ゲージ変換のなす群をゲージ群と呼ぶ。この U(1) ゲージ場を詳しく調べると、電磁場と同一視できることがわかる。電磁場をゲージ場に持つゲージ群 U(1) を特に U(1)EM (electromagneticの意)と書くこともある。電磁場とは関係の無い U(1) ゲージ群も存在する為である。

クォークの場はカラーと呼ばれる三つの成分を持ち、3×3行列を掛けることに対して大域的に不変である。これはSU(3)変換(SU(3)c, colorの意)と呼ばれる。これを局所的にゲージ不変にすることに伴うゲージ場がグルーオンであり、強い相互作用を記述する。このゲージ理論が量子色力学で、非可換ゲージ理論の典型例である。非可換ゲージ理論は初め楊振寧ロバート・ミルズにより強い相互作用の理論として提唱されたが、そのときの形式は現代の量子色力学とはやや異なる。

また、中性子ベータ崩壊などに関わる弱い相互作用も、2×2行列を掛けるSU(2)変換に伴うゲージ理論を含み、電磁場のゲージ理論と統合されるゲージ理論であることが知られている。歴史的にはトフーフトが非可換ゲージ理論(例えば、電磁相互作用と弱い相互作用の統合)が繰り込み可能であることを示し、ゲージ理論の重要性が認識された。

「平坦な時空の計量を変えずに時空の座標軸の向きを変えても式の形が変らない」とするのが特殊相対性原理で、「各点で任意に時空の座標軸の向きを換えても式の形が変らない」とするのが一般相対性原理である。一般相対性原理を要求するとゲージ場が必要となり、それが重力場であると初めて指摘したのが内山龍雄である。

自然界の4つの基本相互作用はすべてゲージ理論で記述され、ゲージ原理として素粒子物理の基礎となっている。

ゲージ粒子[編集]

場の量子論では、量子化された場の励起として粒子を記述している。ゲージ場を量子化して得られる粒子をゲージ粒子という。その相互作用がゲージ理論で記述されている素粒子間において、(仮想粒子として)ゲージ粒子が交換されることにより力が生じる。

数学との関連[編集]

ヤンとミルズが強い力のゲージ理論を見つけたころ、数学でもほぼ同時にファイバー束の理論が整備された。これはゲージ場の理論と数学的に等価であることが徐々に認識され、その後の数学と物理の交流の元となった。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

論文[編集]

  • H. Weyl (1918). “Gravitation and electricity”. Sitzungsber. Preuss. Akad. Wiss. Berlin (Math. Phys.) 1918: 465. 
  • H. Weyl (1929). “Electron and Gravitation. 1. (In German)”. Z. Phys. 56: 330. 
  • W. Pauli (1941). “Relativistic Field Theories of Elementary Particles”. Rev. Mod. Phys. 13: 203. doi:10.1103/RevModPhys.13.203. 
  • C. -N. Yang and R. L. Mills (1954). “Conservation of Isotopic Spin and Isotopic Gauge Invariance”. Phys. Rev. 96: 191. doi:10.1103/PhysRev.96.191. 

書籍[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]