性同一性障害

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性同一性障害(せいどういつせいしょうがい、Gender Identity Disorder, GID)とは、『生物学的性別(sex)と性の自己意識(gender identity、性自認)とが一致しないために、自らの生物学的性別に持続的な違和感を持ち、自己意識に一致する性を求め、時には生物学的性別を己れの性の自己意識に近づけるために性の適合を望むことさえある状態』[1]をいう医学的な疾患名。

やや簡潔に『性の自己意識(心の性)と生物学的性別(解剖学的性別)(身体の性)とが一致しない状態』とも。

同性愛、異性装等とは異なる。#他の概念との別を参照

性同一性障害のデータ
ICD-10 F64
DSM-IV-TR 302.85
統計
世界の患者数 不明
日本の患者数 不明
学会
日本 GID学会

日本精神神経学会

世界 WPATH
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概念

概要

人は、『自身がどの性別に属するかという感覚、男性または女性であることの自己の認識』を持っており、これを性同一性(性の同一性、性別のアイデンティティー)という。大多数の人々は、身体的性別と性同一性を有するが、稀に、自身の身体の性別を十分に理解しているものの、自身の性同一性に一致しない人々もいる。そうした著しい性別の不連続性(Disorder)を抱える状態を医学的に性同一性障害という。

一般に、性別は身体や染色体によって決まるもの、身体の性と性同一性は一体のものと考えられてきたが、生まれつき染色体、生殖腺、もしくは解剖学的に性の発達が先天的に非定型的である状態にある性分化疾患の症例を研究するうち、身体の性と性同一性はそれぞれ別にあることがわかった[2]。性同一性障害は、何らかの原因で、生まれつき身体的性別と、性同一性に関わる脳の一部とが、それぞれ一致しない状態で出生したと考えられている[3][4]

このため、性同一性障害を抱える者は、自身とは反対にある身体の性別に違和感や嫌悪感を持ち、生活上のあらゆる状況においてその性別で扱われることに精神的な苦痛を受けることが多いとされる。そうした、終生まで絶え間なく続く苦痛の無い、普通の生活を送るために治療を要し、時に身体や生活上において、自身と一致する性別への移行をすることがある。

日本では、こうした性同一性障害を抱える人々への治療の効果を高め、社会生活上のさまざまな問題を解消するために、平成15年7月16日に性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律を公布し、翌年に施行している。この法律により、定められた要件を満たす性同一性障害者は、戸籍上の性別を変更できるようになった。日本国外では、多くのヨーロッパ諸国、アメリカやカナダのほとんどの州で、性同一性障害者のために、1970年代から1980年代より立法や判例によって法的な性別の訂正を認めている[5]。日本を含めこれらの国の法律は、性別適合手術を受けていることを要件としているが、新たに21世紀において立法したイギリスとスペインでは、性別適合手術を受けていることを要件とせずに法的な性別の訂正を認める法律を定めた[6]

定義

性同一性障害は、Gender Identity Disorder (gender [性] - identity [同一性] - disorder [障害]) の訳語であり、医学的な疾患名である[7]。国際的な診断基準として、世界保健機関が定めた国際疾患分類 ICD-10米国精神医学会が定めた診断基準 DSM-IV-TR があり、医師の診察においてこのいずれかの診断基準を満たすとき、性同一性障害と診断する[8]


日本の性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律[9]では、同法における「性同一性障害者」の定義を、

生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別(以下「他の性別」という。)であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思を有する者であって、そのことについてその診断を的確に行うために必要な知識及び経験を有する二人以上の医師の一般に認められている医学的知見に基づき行う診断が一致しているものをいう。 — 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第二条

としている。


日本における性同一性障害の診断と治療の指針である日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)」[10]において、

性同一性障害は精神病者ではない — 日本精神神経学会、性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)

とある。

FtM と MtF
生物学的性別が女性で、性の自己意識が男性である事例を「FtM」(エフティーエム、Female-to-Male)、生物学的性別が男性で、性の自己意識が女性である事例を「MtF」(エムティーエフ、Male-to-Female)と表記する用語がある。

性同一性

性同一性とは

性同一性(性の同一性、性別のアイデンティティー)とは、医学界における “Gender Identity (gender [性] - identity [同一性])[11] への伝統的な訳語であり[12]、『男性または女性としての自己の統一性、一貫性、持続性[13]』『自身がどの性別に属するかという感覚、男性または女性であることの自己の認識[14][15]』という意味をもつ。

その他の訳語として「性の自己意識」「性の自己認知」「自己の性意識」「性自認」、カタカナ表記として「ジェンダー・アイデンティティ」があり、いずれもほぼ同義である[16]。より一般的でわかりやすい表現として「心の性」がある。

人々のうち大多数の者の性同一性は、生物学的性別と一致する。身体が男性で性同一性は男性、身体が女性で性同一性は女性である。人々のうち性同一性障害を抱える者の性同一性は、生物学的性別と一致しない。身体が男性で性同一性は女性、身体が女性で性同一性は男性である。この『同一』とは、「心の性と身体の性が同一」という一致不一致の意味ではなく、アイデンティティー(同一性)、「環境や時間にかかわらず等しく変わらない」という意味においての『同一』である[17]。性同一性障害は、性同一性そのものに異常や障害があるわけではなく、また性同一性が“無い”わけでもない。性同一性障害を抱える者も、そうでない大多数の者も、一様に人はそれぞれに性同一性を持っており、いずれも概して正常である。大多数の者は性同一性と身体の性とが一致し、生来からそれを疑うことなく意識しないほどに至極当然であるため、自身の性同一性を客観的に実感したり認識したりすることが難しい。

性同一性は、性的指向(恋愛の対象とする性別)とは切り離すことのできる概念であり、性同一性がどちらの性別であるかに関して、性的指向はその基軸にはならない。性的指向は相手がいることで成り立つが、性同一性はあくまで自分一人の問題[18]、自己の感覚や認識である。人は物心ついた頃から、おおむね幼年期や児童期頃には(身体的性別とは別に)自己としての性を認識するが、その多くは他者に恋愛感情を持つことで初めて認識するわけではない。

性同一性は、単なる(社会的・文化的な)「男らしさ、女らしさ」とも別である。たとえば女性的な男性がすなわち性同一性が女性というものではない。「自分は男らしくない男性」と自覚していても、自己としての性の意識が男性であれば、性同一性は男性である[19]

「心の性」という曖昧な表現
一般に「心の性」という説明や、また「心は男性・女性」との表現はよく使われるが、「心」という語は意味内容が極めて広く抽象的であるため、他のさまざまな要素をも取り込んで混同を生じやすく、かえって理解の妨げにもなり得る。たとえば男性同性愛者のありようを「心が女性」と形容する表現との重なりから生ずる混同、また語感の印象から“性同一性障害は気の迷い、気分の問題”などの誤解を生むおそれもある。必ずしも精確に伝えられるものではないが、「心の性」「心は男性・女性」という表現は、一定のわかりやすさや言いやすさを優先してしばしば用いられている。ただ、あくまで gender identity という語の便宜的で平易な言い換えであることに留意を要する。性同一性障害を専門とする日本の医師らによる論文や解説等ではおおむね『性の自己意識』や『性の自己認知』『性同一性』『ジェンダー・アイデンティティ』を用いており、「心の性」という曖昧な表現はほとんど使われておらず、使用する場合も『性の自己意識(心の性)』とするなど、第一に選択される言葉ではなく、そして用語というより平易に説明したものとしての使われ方が多い。日本精神神経学会のガイドライン第3版では原語 gender identity をカタカタ表記した『ジェンダー・アイデンティティ』のみを用いている。日本の外務省では『性同一性』を訳語としているものが確認できる[20]

「ジェンダー」のもつ複数の定義
「性同一性」の原語 gender identity には『ジェンダー』という単語があるが、日本での「社会的・文化的に形作られた性」といった意味での「ジェンダー」とは別である。“gender” は1950年代頃から性科学の分野、性分化疾患の研究において「性の自己意識・自己認知」との定義で用いられた(1960年代後半から “gender identity”)。それは、別分野である社会学において “gender” が「社会的・文化的に形作られた性」という定義が生まれる以前のことである。[21][22][23]

性同一性の存在

性同一性性の自己意識・自己認知)の概念は、性分化疾患(生殖器や性染色体などの身体的性別が非典型的な状態)の事例を解釈するため提唱されたことに始まる[24]。多くの性分化疾患の当事者を長期に渡って見守るうち、身体とは別個にある「性の意識」、いわば「その人自身の真の性別」とも言えるその存在を認めるより他ない事例がいくつも生じたのである。

人は得てして単純に、身体が男性であれば男性、女性であれば女性、という固定的な観念をもつ。性別の“完璧な”根拠として内外性器や性染色体を挙げる者もいる。しかし、では身体や染色体の性が生まれつき曖昧で、明確に性の判定ができない性分化疾患はどう考え得るか。内外性器も染色体も、男女どちらとも定められない事実を前に、人の性別はどこに存在し、何を根拠に性別が確定され得るか。性器や染色体が物的に曖昧であるからといって、その者の性の自己意識が“男女どちらでもない”というものでは決してない。たとえ性分化疾患の当事者でも、男性もしくは女性としての、どちらかの確かな性の自己意識を持っており、本人の自己意識も確かめずに周りの他者がその人間の性別を恣意に決定することはできない。現に、性分化疾患を患って出生した乳児が、その場の医師によって恣意的に性別を決められて手術を施され、“たまたま”反対の性別にされた当事者が乳児期以後、性の自己意識との不一致によって苦悩するという多くの実例があった。これは性同一性障害にも共通する苦しみでもある。実例の一つとして、外性器が曖昧であるという理由で、性の自己意識が女性であるのに、幼少期に男性の外性器を形成する手術を段階を分けて十数回も受けさせられ、女児はそのたび「感情の全てを徹底的に打ち壊されるような恐ろしい体験[25]」をし、そして自身の身体に深い心の傷を負う。たとえばこうした性分化疾患の当事者に対し、他者が「医師が“何となく”であなたをその性別と決めて性器の見た目もそれらしく作ったのだから、その性別で生きろ」などと言えようはずもない。

この「性同一性」の概念が提唱された際、たとえ性分化疾患とはいえ、どこかに性別を客観的に判定し得る基準があるはずと考えられてもきたが、同じ性染色体の構成や内外性器の形態であっても、本人の性の自己意識は男性であったり女性であったりと一様ではなく、単純に染色体や身体では性の判定はできない。当事者の性の意識は性染色体や内外性器からも独立していることがわかり、けっきょく性別は本人の自己意識によって決定するほかない。性分化疾患を患った乳幼児に対する手術にいち早く警鐘を鳴らした学者らは、「脳も、性に関わる器官と認めなければならない」「人間の脳は男女差のある性的二形のものであり、乳幼児の性別を決めるという重大な決定がその後の本人に幸せをもたらすかは予測できない」と勧告した[26]

以上の事例や経緯によって、「性同一性(性の自己意識)」の存在、そして「身体の性」と「性同一性(性の自己意識)」はそれぞれ別個であり[27]、ひとえに「身体」が人の性別を決定づける根拠とはならないことが明らかとなった。

性同一性の起源

性同一性障害を有さない大多数の者においても、もし出生してまもなく反対の性に手術を施され、戸籍も扱いもその性別にされた場合、性別の不一致による苦悩や困難に直面する可能性が高いといえる。一つの例え話として、もし仮に人生半ばで何らかによって自身の身体の外観を失い、性別を外から判定できず、家族や知り合いもいない、戸籍などの証明書も消失した場合、周囲に対してどのように自身の性別を認めてもらうか。「自分は男性・女性だ」と自己の性の意識にしたがって訴え、それを何とか受け入れてもらうしかない。その〈男性〉としての、〈女性〉としての認識や感覚、そして自身がそれを信ずる確信は、はたしてどこからやってきて、どこに起源があろうか。

人の性同一性の形成は、環境要因による後天的なものか、生物学的な要因による先天的なものかは長く論じられてきた。この論争において有名な症例として「ジョン/ジョアン症例 The “John/Joan” case」がある。性同一性の形成の決定的な要因は明らかとなっていないものの、この症例によって、生まれる前の生物学的な要因が関わっていることは確かであるといえる。また、脳には胎児期の性分化によって生じる構造的な男女の差があり、その一部には性同一性との関連が示唆され、性同一性は胎児期の性分化においてほぼ形成される先天的なものとみられている。

「ジョン/ジョアン症例 The “John/Joan” case」[28][29]
1965年デイヴィッド・ライマー David Reimer はカナダで男児として出生したが、生後8か月にして事故で外性器を失う。両親は息子の将来を憂慮し、著名な性科学者ジョン・マネー John Money の勧めもあって性別再判定手術を施すことに同意、「女児」として育てた。彼は性分化疾患ではなく、そして一卵性双生児の兄弟の一人であった。生物学的に限りなく同じである兄弟の一人を男の子、もう一人を手術を施し女の子として育てたのである。この症例は、人の性同一性の形成は、環境要因か、生物学的要因かの論争において有名な症例となる。結果として、デイヴィッド・ライマーは14歳のときに父親から真相を知らされるまで一度も自分を女の子のように感じたことはなく、それまで性同一性との不一致に苦悩していた。彼はかなり早い時期から女児として育てられたものの、女の子らしいところがなく、性格はまさに男の子そのものだった。幼少の頃は“自分は女の子ではないこと”をうまく言葉に説明できなかったが、いつも「自分は女の子とは感じない」「とにかくしっくりこない」「何かが間違っている」と感じており、徐々に「自分は女の子では絶対にない」と自覚する。真実を知らされてからは即刻に本来の性に戻ることを決意、のちに男性としての人生を過ごした。

性同一性との不一致

胎児期における性分化(男性型・女性型への分化)の機序は極めて複雑かつ数多くの段階を辿る。その過程は、一つでもうまく働かないと異常を起こし得る至妙な均衡のうえに成り立っており、性分化疾患の多様な事例など、人の性は必ずしも想定される状態に性分化、発達するとは限らない。胎児の性分化では、性腺や内性器、外性器など、身体のさまざまな部位の性別が決定された後、脳にも構造的な男女の差を引き起こす[30]。男女差が認められるいくつかの細胞群のなかには、性同一性に関わっていると推定できる箇所がある[31]。もし、性分化疾患とは違って身体は典型的な状態に発育する一方、脳が部分的にその身体とは一致しない性への性分化を起こしていたと仮定すると、出生時には難なく身体によって性の判定がなされ、身体も典型的に成長し、家庭や社会においても疑いなくその性別として扱われることになるが、おそらく本人の性の自己意識はそれとは別の性となる。

性同一性障害は、性の自己意識と生物学的性別とが一致しない状態である。生物学的な要因が推測されており、何らかの原因によって、脳と身体とがそれぞれ一致しない性別へ性分化し発達したものと考えられている。このため、自身の身体の性への違和感や嫌悪感、性の自己意識に一致する性への一体感や同一感を、強く持続的に抱くこととなる。

性同一性障害を有する者は、(例えば MtF に対して)「本当は男性」「実は男性」等といった、身体の性別、出生時に判定された性別を基準とする言われ方に対して嫌忌することが多い[32]。性同一性障害を抱える者は、もし生来から自身の性同一性と同じ性別の身体で生まれてさえいれば、何ら違和感を持つこともなく普通にその性としての人生を過ごしてきたはずであり、人格や自己の性が“途中で変わった”わけではない。当事者は(心身ともに)「異性になりたい」のではなく、「本当は女性(男性)なのになぜ身体が男性(女性)か」という極めて率直な感覚を胸中に持っていることも多く、当事者自身にとっての「本当の性別」とは、まさしく自分を自分たらしめる自己意識にしたがった性別である。FtM にとっての「本当の性別」は男性であり、MtF にとっての「本当の性別」は女性であり、だからこそ現にその性別としての人生を過ごしているといえる[33]

他の概念との別

「同性愛」(ホモセクシュアル、ゲイ、レズビアン)
しばしば同性愛(ホモセクシュアル、ゲイ、レズビアン)と混同されることがあるが、これらは概念が異なり、両者には根本的な相違がある。同性愛は「恋愛の対象がどちらの性別であるか」の性的指向に関する概念であり、性同一性障害は「自己の性の意識はどちらの性別であるか」の性同一性に関する概念である[34]
同性愛は、男性が“男性として”男性を愛する、または女性が“女性として”女性を愛するものであり、自身の性別に違和感を持っているわけではなく、反対の性になりたいわけでもない[35]。性同一性障害は、恋愛の対象がどちらの性別であれ、その人自身が、性の自己意識と身体の性との不一致により、自身の生物学的性別への違和感、身体とは反対の性への一体感を持つ。たとえば、男性同性愛者の性同一性は男性であり、自分が男性であることにも、男性として扱われることにも違和感がなく、“男性として”男性を愛している。性同一性障害当事者 (MtF) の性同一性は女性であり、自分の身体が男性であること、男性として扱われてしまうことに違和感をもつ。誰を好きであるから性別に違和感を持つという表面的な程度ではなく、根源的に「身体の性別が違う」という感覚を有している。
同性を愛することは、異性を愛することと同じく、その人自身の恋愛の自然なあり方であって、何らかの疾患、たとえば性同一性障害が原因などというものではない。同性愛は疾患ではなく、同性愛者は何らの医学的治療を必要としないが、性同一性障害は疾患であり、その当事者の多くは医学的治療を必要とする。
性同一性障害において「心の性」「心は男性・女性」といった表現があるが、他方で、性的指向を基準とした「心の性」の記述、たとえば男性同性愛者を指して時に「心が女性」という形容や認識がなされ得る。この言葉上の混同により、当事者による「自分は性同一性障害で心の性が女性」との説明に、他者にはあるいは「男性が好きということか。つまり同性愛」と受け取られかねない。性同一性障害における「心の性」とはあくまで「性同一性 gender identity」という用語を便宜的に平たく表現したものであり、そして男性同性愛者は性同一性が女性であるから恋愛の対象が男性というわけではない。
性的指向と性同一性とは別の概念であり、別個に捉える必要がある。性同一性がどちらの性別であるかに関して、性的指向はその基軸にはならない。性同一性障害を有する有さないに限らず、異性愛、同性愛は存在する。性的指向は相手がいることで成り立つが、性同一性はあくまで自分一人の問題である[36]。たとえば「ある女性が、女性を愛する(同性愛)。すなわち性同一性(心の性)が男性ということであり、その女性同性愛者は性同一性障害である」という理解は全くの誤りである。もしその女性自身に性の自己意識と身体の性との不一致を抱えていたとしたら性同一性障害であり、抱えていないとしたら性同一性障害ではない。このとき、その女性がどちらの性別を恋愛の対象としているかは別の事柄である。
ちなみに、性同一性障害の当事者のうち、FtM の恋愛対象は女性、MtF の恋愛対象は男性である場合が多く[37]、これらは同性愛ではなく異性愛となる。
分界条床核(人間の性に深い関わりがあるとされる神経細胞群で、男性のものは女性よりも有意に大きい)の体積を測定したある調査[38]では、男性、女性、男性同性愛者、性同一性障害 (MtF) のそれぞれ複数名が被験者となったが、当事者 (MtF) は女性とほぼ等しく、男性同性愛者は男性とほぼ同じ傾向を示した(性的指向と分界条床核の大きさとの関連は見られなかった)[39]
「異性装」(男装、女装)
性同一性障害の当事者は、大多数の人々と同じく、あくまで性の自己意識に基づく服装をしているのみであり、男装女装などの異性装とは異なる[40]
人が異性の装いをする理由はさまざまにあると見られるが、服装の好みによるもの、性的嗜好によるもの、サブカルチャーにおける服飾などであり、いずれも性の自己意識に基づく装いが由来ではない。どのような様態であれ、身体の性とは反対の性別の装いである事由が、性の自己意識と生物学的性別との不一致によるもの以外のあらゆる事例は性同一性障害と見ることはできない。
また異性装者は、純粋にそれを楽しむためや、あくまで趣味と捉えていることが多い。性同一性障害を抱える者は、家族や親類との関係や仕事への就業と雇用、外科的手術、戸籍上の名や性別の変更など、まさに一つの人生そのものの問題であり、とても趣味や楽しみと呼べるものではない。加えて、「男装」「女装」という言葉は、「女性(男性)が、男(女)の装いをする」という、つねに身体的性別を前提および明示とする表現であるため、性同一性障害の当事者は、他者から「男装」「女装」との誤解や呼称をされることに嫌悪する[41]
「ニューハーフ」
ニューハーフとは、身体的には男性であることを明示のもとに女性性を体現し接客業や芸能業などに従事する者をいうある種の職業名であり、疾患名である性同一性障害と同義ではない[42]
ニューハーフと呼ばれる人のなかには、性別に違和感を持たない男性もおり、またその一方で、性同一性障害を抱える者もいる。他方、多くの性同一性障害の当事者はごく一般的な仕事に就いており、ニューハーフではない。また、ニューハーフは自ずと身体的性別が公にあることを前提とする職業となり、当事者の多くはそうした特殊な環境を希望しない。
性同一性障害を抱えることと、個人としていずれか特定の職業に対する適性の有無とも全く関連はない。とくに性同一性障害が広く知られていなかった過去において、性同一性障害が理由で一般的な仕事に就くことができない、あるいはこうした仕事にしか就けないものと思い込んで、「ニューハーフ」に従事する当事者も多くいたが、適性が無いと感じて悩む事例もまた多くあった[43]
「おかま」
「おかま」とは「肛門」[44]の別名で、転じて男性同性愛者を指すものとなった俗語である[45]。性同一性障害 (MtF) は男性同性愛者と同じではない。また、本来この言葉は性的な意味合い(肛門による性行為の意)があり、かつ同性愛者に対する侮蔑の意図を含むため、もとより他者への呼称に使われるべきものとは言えない。
性同一性障害を抱える者の大多数は、性の自己意識に基づく性別での平静な一般生活をしており、またはそれを希望している一人の個人である。そして対外的な性別を移行するにあたり、「親や友人から拒絶されるかもしれない」「仕事を解雇されるかもしれない」「たとえ移行できたとしても、その性別の姿容を得られるのか、仕事をみつけることはできるのか」など、甚大な不安や苦悩を抱えながら試みるものである。多くの努力と犠牲を経て、ようやく障壁を乗り越えた者に対し、一般に侮蔑の意味を含む(かつ誤用である)「おかま」と呼ぶことは、なんら適切ではない[46]
また、世間では「おかま」の本来の意味合いを知らないまま混同し、「女っぽい男」「男を好きな男」「女の格好をした男」など、いわば「一般の男性像とかけ離れた者」に対して、なんとなくうやむやに使いつづけられているのが現状である。ただ、「女っぽい男」はその人の性格であり、「男を好きな男」は同性愛であり、「女の格好をした男」は女装であり、それぞれは全て別々で異なる概念である[47]
性同一性障害の当事者はごく普通の一般人であり、また身体的性別の公表も望まないため、テレビなどのメディアに登場することは滅多に無い。おもにバラエティ番組において「おかま」を自称したり芸風とするタレントが、ことさらに女言葉を用いたり、過剰に女性的なしぐさをしたり、性に開放的で男性に惚れやすい等のステレオタイプな「おかま」のキャラクターを演じているが、性同一性障害の当事者でこのような性格を持つ者は極めて稀といえる。また、それは個人としての性格であり、性同一性障害とは関連しない。メディアに登場するタレントは一般とは違う突出した個性や才能を持つがゆえにタレントであり、そのごく一部の特殊な少数を見て全体を解することは誤謬を招く。テレビ番組は常にインパクトを求める商業活動であること、また『バラエティ番組の撮影』という日常とはかけ離れた状況での演出や表現、ということにも留意を要する。
「性差の撤廃」
社会や文化における男女の扱いの差を無くしたとするならば、性同一性障害を有する者の苦悩も無くなり「治る」のかといえば、それは決してない。もし仮に撤廃が実現したところで、現実的、物理的に当事者自身の身体は確然と存在し、身体的性別に対する違和感、嫌悪感を取り払うことにはならない。またなにより、それらの苦悩は単なる好き嫌いや損得ではなく、その人自身の持つ性の自己意識が基底にある。性同一性障害当事者の抱える問題のその根幹は『身体の性の不一致』であり、社会的文化的な性差の撤廃とは根本的な相違がある。
「精神病」
精神疾患 mental disorder」と「精神病 psychosis」は別である。精神疾患は、脳の機能的障害や器質的障害によって引き起こされる疾患の総称。精神病とは、統合失調症など重度の精神疾患をいう。性同一性障害は精神疾患に分類されるが、性同一性障害において妄想幻覚および人格の解体は無く、精神病ではない[48]
性同一性障害の診断において、統合失調症は除外診断の対象となる。
「性嗜好」
性同一性障害は、大多数の人々と同じくあくまで性の自己意識に基づいた服装をしているものであり、性的快感を求めるための手段や性的欲望を満たす目的として異性装をおこなう等の性嗜好ではない[49]
性同一性障害の診断において、身体的性別とは反対の性の服装をする事由がもっぱら性嗜好によるものは除外診断の対象となる。


性同一性障害の当事者の一部には、上記の概念のうち主として「同性愛」あるいは「ニューハーフ」と重なることはあるが、これらはその個人としてのありかたの一つであり、多くの当事者は上記の全ての概念と重ならない。諸々の概念はそれぞれとしての事象であり、それぞれとして明確に区別して考える必要がある。


性同一性障害を抱える者は、性の自己意識と身体の性とが一致しない以外は一般の人々となんら変わりはない[50]。そして多くの当事者は、性の自己意識に基づく性別での普通の生活をすることを第一義としている。身体的性別も公にしたがらないため、いたずらに自身が性同一性障害の当事者であることをわざわざ周囲の人に告げることも無い。とくに、戸籍上の性別の変更をすでに終えた当事者の場合、自身が性同一性障害であったことすら意識せず平静な日々を送っていることも多い。性同一性障害の当事者が世に表立つことはほとんど無いため、大多数の人々は性同一性障害の実際を目にする機会は少ないといえる。

インターネットによる情報収集の際にも、言うまでもなく信頼性のある資料に当たることが大切である。インターネットは玉石混淆のメディアであり、医療機関や専門医、当事者有志による適正な解説もある一方、専門医でも当事者でもない者が、性同一性障害の実際を知らぬまま、誤解を基盤とした差別や偏見、狭く限られた個人的な体験による私感や私情等を根源とする言葉が存在することもあり得る。性同一性障害を専門の一つとするある医師は、インターネット上での性同一性障害に関する情報において、なかには誤謬のあるものや、悪質な嘘偽りも多く存在する、との旨を記している[51]。また、インターネットの匿名性においては、実際に性同一性障害との医学的な診断を受けたわけでもなく「自分は性同一性障害」と自称することも容易である。

現在「性同一性障害」という、名こそ広く知られているが、その反面、この疾患名を知る人々の全てが、必ずしもこの疾患概念を正しく把握しているとも限らない。とくに同性愛女装との混同など、いまだ正しい認識があまねく浸透しているとは言えない。そのような状況にあって、ある者が「性同一性障害」という言葉を用いた時、もしくはある者が「自分は性同一性障害」と自称した時、その者が、同性愛や趣味による女装のことを性同一性障害だと誤認して用いている場合もあり得る[52]

分類

医療者において、性別違和を主訴とする症例を「primary」と「secondary」(「一次性」と「二次性」)にわける分類がある。また、日本では「中核群」と「周辺群」(Core & Periphery groups) という分類もある。この二つの分類法は、内容は一見すると似ているが、それぞれの概念や発祥、経緯等が別々で、同一にはできない。

医師によって分類の定義がやや異なることがあり、かつ過去において定義の変遷を経ているが、おおむね以下のような分類となる。

Primary & Secondary (一次性と二次性) [53][54][55]
Primary(一次性)
これまでどの時期においても、性の自己意識に揺らぎがない。身体的性別への違和感を持つ時期が幼児期や児童期など比較的早く、性指向が異性愛(FtM は女性、MtF は男性に対して)。
Secondary(二次性)
性の自己意識に揺らぎがあり、身体的性別への違和感をもつ時期が比較的遅く、性指向が同性愛(FtM は男性、MtF は女性に対して)または両性愛。
中核群と周辺群 (Core & Periphery groups) [56][57]
中核群 (Core groups)
性同一性障害の典型例。性の自己意識に揺らぎがなく、身体的性別への持続的な嫌悪感、身体とは反対の性への持続的な同一感があり、一貫してホルモン療法や性別適合手術などの医学的治療を強く求める。
周辺群 (Periphery groups)
自身の身体的性別への違和感を持っているが、性の自己意識に揺らぎがあったり、ホルモン療法や性別適合手術などの医学的治療を自ら望まない、あるいは迷いがある。

原因

原因は解明されていないが、『身体的性別とは一致しない性別への脳の性分化』が有力で、これが主たる原因と考えられている[58]

人の胎児における性分化(男性化・女性化)の機序は極めて複雑であり、数多くの段階を辿る。その過程は、一つでもうまく働かないと異常を起こし得る至妙な均衡のうえに成り立っており、多くの胎児では正常に性分化し発達する一方、性分化疾患におけるさまざまな事例など、人の性は必ずしも想定される状態に性分化、発達するとは限らない。胎児期の性分化では、性腺や内性器、外性器などの性別が決定された後、脳の中枢神経系にも同様に性分化を起こし、脳の構造的な性差が生じる[59]。この脳の性差が生ずる際、通常は脳も身体的性別と一致するが、何らかによって身体的性別とは一致しない脳を部分的に持つことにより、性同一性障害を発現したものと考えられる[60]

男女の脳の差が明らかになるにつれ、この生物学的な要因を根拠づけるいくつかの報告がある[61]。ヒトの脳のうち、男女の差が認められる細胞群はいくつか存在し、そのうちの分界条床核と間質核の第1核とが、人の性同一性(性の自己意識・自己認知)に関連しているとみられる示唆がある。分界条床核と間質核の第1核は、女性のものより男性のものが有意に大きいが、生物学的男性の性同一性障害当事者 (MtF) における分界条床核や間質核の第1核の大きさを調査した結果、女性のものと一致していた[62][63]

また、性ホルモンに関わる遺伝子に特徴が示されている研究結果もある。

  • 分界条床核
    • 性に関わりの深い分界条床核 (BNST) は、男性のものは女性よりも1.4倍ほど有意に大きい。特に分界条床核の神経細胞のうち、ソマトスタチン陽性神経細胞の数が男性のものは女性より多い[64]。脳の研究をおこなっているオランダの学者スワーブ Dick F. Swaab らによる調査[65]では、性同一性障害の当事者 (MtF) 6名の脳を死後に解剖した結果、分界条床核の大きさは、男性のものより有意に小さく、女性のものとほぼ同じであった[66][67]。ソマトスタチン陽性神経細胞の数も明らかに少ない[68]。この6名の当事者は、性別適合手術(精巣摘出)を受けており、エストロゲンを投与していたが、分界条床核の大きさは成人における性ホルモンの影響を受けない。前立腺がんの治療のためにエストロゲンの投与を受けた男性における分界条床核の大きさの減少はみられず、また副腎皮質腫瘍によるアンドロゲン産生や閉経後のためにエストロゲンが低下している女性において、分界条床核の大きさに平均値との差は認められない[69]。当事者における分界条床核の大きさは成人後の性ホルモンが原因ではないことがわかる[70](当事者 (MtF) 6名の性的指向は、うち3名が女性、2名が男性、1名が両方に対して。また、この調査において男性同性愛者の分界条床核の大きさは男性異性愛者と等しく、有意な差はみられなかった。性的指向との関連はみられず、性同一性との関連の示唆がある)。
  • 間質核の第1核
    • 前視床下部の間質核 (INAH) は4つの亜核からなる。間質核の第1核の大きさには男女の差があり、女性と比べて男性のほうが約3.5倍大きい[71]。オランダの学者スワーブ Dick F. Swaab らによると、性同一性障害 (MtF) 5名の脳を調べた結果、間質核の第1核の大きさは5例すべてにおいて女性とほぼ同じであった[72](男性異性愛者と男性同性愛者との有意な差はみられなかった[73])。
  • 性ホルモン関連の遺伝子
    • 性同一性障害の研究をしているスウェーデンの学者ランデン Mikael Landén による遺伝子に関する研究結果[74]があり、性同一性障害の当事者 (MtF) の遺伝子に特徴が示唆されている。性ホルモンに関わるアロマテーゼ遺伝子、アンドロゲン受容体遺伝子、エストロゲン遺伝子の繰り返し塩基配列の長さを調べた結果、当事者 (MtF) においてはこれが長い傾向を示した。これは、男性ホルモンの働きが弱い傾向であることを示している[75]

症状

自身の生物学的性別に対する嫌悪や忌避
ジェンダー・アイデンティティと反する生物学的性別を持っていることに違和感、嫌悪感を持つ。間違った性別の身体で生まれたと確信する。陰茎や精巣、月経や乳房に嫌悪を抱いたり、取り除くことを希望する。
生物学的性別とは反対の性への持続的な同一感
生物学的性別と反対の性、自身のジェンダー・アイデンティティと一致する性への、強く持続的な一体感、同一感。
生物学的性別とは反対の性役割
日常生活や社会においても、生物学的性別とは反対の性役割をおこなう。


性同一性障害の症状のその原因は、『性の自己意識と身体の性との不一致』による。単に性別違和を感じることがすなわち性同一性障害ではない。単に、性格が「女っぽい」「男っぽい」から性同一性障害、個人の性分として「男らしいこと」「女らしいこと」が嫌いだから性同一性障害、といったものでもない。

性同一性障害の診察や診断は、その知識を持つ医師によっておこなわれる。上記の症状や診断基準の一覧を用いて、たとえば自分で一つずつ照合するだけでの医学的な診断はできない。また、ほんの僅かでも自身の性別に違和感があったり、少しでも性役割に抵抗を感じたりすることをもって、ただちに「自分は性同一性障害」と断定したり思い込むのは的確ではない。周囲の者が知識もなく安易に「それは性同一性障害」と仕向けることも適切ではない。思春期におけるさまざまな変化や、何らかのきっかけによって、一時的に性の意識が混乱する場合もあり得る。いずれにしても、性別違和とその苦悩が強く持続的である場合は、専門医療機関による診察を受けることが適切といえる。

実際に性同一性障害を有する者は、幼児期や児童期の頃からすでに何らかの性別の違和感を覚えることが多い[76]


性同一性障害を抱える者それぞれに個々の境遇や心境などがあるため、さまざまな経緯や状態がある。

  • 生来から常に身体的性別としての扱いや役割を求められる環境にあったため、その身体的性別に応じた男性性または女性性の一部を身につけている場合がある。
  • より社会へ適応するため、あるいは違和感や嫌悪感から逃れるために性の自己意識を抑え込み、身体的性別に応じた過剰な男性性または女性性の行動様式を取ろうとする場合もある。
  • 自身が反対の性の容貌や外性器を持っているという確然たる事実や、当然のように身体的性別で扱われる環境にあって、姿形の見えない性の自己意識はそれだけでは不安定であるため、その自認する性に基づく男性性または女性性の行動様式を過剰に取ろうとする場合もある。
  • 性の自己意識に基づく性別の実生活経験が無かった故に、性別移行の始めは不慣れであったり不自然であったりする場合がある。
  • 性の自己意識に揺らぎがある場合もある。当初は本人自身も同性愛と混同したり、異性装と認識してその後に性の自己意識が明瞭となることもある。


性同一性障害は、自身の身体への強い嫌悪感、日常において常に反対の性役割を強いられる等の精神的苦痛から、うつ病摂食障害アルコール依存症不眠症などの合併症を患うことがある。また、過去に自殺企図や自傷行為の既往があることが多く、性別の不一致の苦悩が甚だ深刻なものであるといえる[77]

診断

国際的な診断基準として、世界保健機関が定めた国際疾患分類 ICD-10米国精神医学会が定めた診断基準 DSM-IV-TR がある。

診断と治療のガイドラインとして、国際的な組織である Harry Benjamin International Gender Dysphoria Association による『Standards of Care for Gender Identity Disorders, sixth version』。日本では、日本精神神経学会による『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)』がある。

日本精神神経学会『性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン』では、診断はおよそ次のようにおこなわれる。

  1. 生活歴の聴取
  2. 性別違和の実態を明らかする。
    • 自らの性別に対する継続的な違和感・不快感
    • 反対の性に対する強く持続的な一体感
    • 反対の性役割を求める
  3. 身体的性別の判定
    • 染色体、ホルモン、内性器、外性器の診察・検査
  4. 除外診断
    • 統合失調症などの精神障害によって、本来のジェンダー・アイデンティティを否認したり、性別適合手術を求めたりするものではないこと。
    • 文化的社会的理由による性役割の忌避や、もっぱら職業的又は社会的利得のために反対の性別を求めるものではないこと。
  5. 診断の確定
    • 以上の点を総合して、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致しないことが明らかであれば、これを「性同一性障害」と診断する。
    • 性分化疾患、性染色体異常などが認められるケースであっても、身体的性別とジェンダー・アイデンティティが一致していない場合、これらを広く「性同一性障害」の一部として認める。
    • 性同一性障害に十分な理解をもつ精神科医が診断にあたることが望ましい。2人の精神科医が一致して「性同一性障害」と診断することで診断は確定する。2人の精神科医の意見が一致しない場合は、さらに経験豊富な精神科医の診察結果を受けて改めて検討する。


性同一性障害の診察や診断には、そのことに関する正確な知識、充分な理解を持つことが望まれる。また治療者は受容的かつ共感的な態度が要求される。治療者側が、性同一性障害についての心性を理解できず、陰性感情を抱き、受容的共感的な態度が保持できない場合は、性同一性障害に対する治療者として不適切であり、治療をおこなうべきではない[78]

性別違和が一時的なものではなく、持続的なものであるかを確認するため、ある程度の一定の期間をかけて診察をおこなう必要がある。

性別違和や性別移行の願望などを訴えるものが必ずしも性同一性障害とは限らない。他の精神疾患や関連しない性のありよう等によって、類似の症状、訴え、外観を持つことがあり、正確な診断をおこなうために慎重な鑑別が必要である。鑑別すべき疾患として『統合失調症』『気分障害』『発達障害』『Transvestic fetishism』等、鑑別すべき性のありようとして『同性愛』『異性装』等がある[79][80]

治療

性同一性障害の診断と治療の指針である日本精神神経学会「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)」では、社会への適応のサポートを中心とする精神科領域の治療と、身体的特徴をジェンダー・アイデンティティと適合する性別へ近づけるための身体的治療ホルモン療法乳房切除性別適合手術)で構成される。性同一性障害に対する診断と治療への理解と関心、充分な知識と経験を持った医師らによる医療チーム(診療科はおもに精神科、形成外科、泌尿器科、産婦人科など)が診断と治療をおこなう。

性同一性障害の診療の始めが精神科領域の治療であるのは、おもに精神的サポートや助言、当事者の「人生をどのように生きるか」などの希望を明らかにするため、除外診断をおこなう等のためにある。身体的治療は、精神科領域の治療の後も性別の不一致による苦悩が続き、本人自らが身体的治療を希望する場合において、医療者による適応の判定を経て、本人の自己責任と自己決定のもとに選択する。身体的治療への移行は、精神科領域の治療と性同一性障害の診断の確定を省くことはできない。


なお、性同一性障害に対し、「心のほうを身体の性に一致させる」という治療は、以下の経験的、現実的、倫理的な理由によりおこなわれない。

  • 性同一性障害の典型例では、過去の治療においてジェンダー・アイデンティティの変更に成功した例がなく[81]、そのような治療は極めて困難だと判明している。性同一性障害に対する治療は、とくに日本国外において長い歴史があり、過去に幾度もジェンダー・アイデンティティを身体に合わせようとさまざまな療法が試みられてきたが、いずれもジェンダー・アイデンティティを変えることはできなかった[82]。性同一性障害の典型例では生物学的な要因が推測され、ジェンダー・アイデンティティの変更は不可能と考えられている。
  • 性同一性障害の当事者自身はジェンダー・アイデンティティの変更を望まないことが多いので、治療の継続が困難である。また、すでに当事者自身が、その身体の性別としての扱いに応えるべく努力し生きてきたという事実もある。いかに厳然と反対の性の身体で生まれようとも、いかに周りから常にその性別として扱われようとも、ついに最後まで屈することのなかった「性同一性」である。当事者自身も、さんざん悩み抜いた末に性別の移行を決断し医療機関を訪れている[83]
  • ジェンダー・アイデンティティは人格の基礎の多くを占めており、人に対する人格の否定につながる。人格と身体を比較したとき、人格を優先することこそ、人の倫理に沿う考えであるといえる[84]。性同一性障害の原因は、身体とは反対の性への脳の性分化が推測されているが、たとえば「脳を身体の性別に一致させる」という脳に対する外科手術は現在の医療水準では不可能であり[85]、またたとえ仮に可能であったとしても倫理的に大きな問題がある。

精神科領域の治療

精神科領域の治療としては、当事者のQOL(生活の質)の向上を目的として次のようなことを行う。

  • 非寛容によりもたらされがちな自己評価の低さを改善させる。
  • ジェンダー・アイデンティティやそれに基づく自己同一性を再確認させ、「自分は何者であるか」を明確にさせる。
  • 社会生活上に生じうる様々な困難を想定し、その対処法を検討させる。
  • 実生活経験(リアルライフ・エクスペリエンス、real life experience, RLE)を通じて、それに伴う困難も体験させた上で対処法を検討する。
  • 抑うつなどの精神症状を伴っている場合には、その治療を優先して行なう。
  • 最終的に、今後どのような治療を希望するかを冷静に決定させる。

これらの診療は性同一性障害かどうかの診断と重なる部分もあるので、平行して行われることも多い。

身体的治療

身体的治療にはホルモン療法乳房切除性別適合手術がある。

ホルモン療法

当事者の身体的性別とは反対の性ホルモンを投与することで、身体的特徴を本来の性(性の自己意識)に近づける治療。ジェンダー・アイデンティティに一致する性別での社会生活を容易にするとともに、身体の性の不一致による苦悩を軽減する効果が認められている。

性ホルモンの投与によって、身体的変化のほか、副作用をともない、また身体的変化には不可逆的な変化も起こり得る。ホルモン療法の開始にあたっては、性同一性障害の診断の確定のうえ、性ホルモンの効果や限界、副作用を充分に理解していることや、新たな生活へ必要充分な検討ができていること、身体の診察や検査、18歳以上であること等のいくつかの条件がある。


FtM に対してはアンドロゲン製剤を、MtF に対してはエストロゲン製剤などを用いる。

投与形態は注射剤、経口剤、添付薬があるが、日本においては注射剤が一般的に使われる。添付薬に次いで注射剤が副作用が少ないが、長期にわたる注射のために、注射部位(多くは三角筋あるいは大臀筋)の筋肉の萎縮を引き起こすことがある。

生物学的女性へのアンドロゲン製剤、および生物学的男性へのエストロゲン製剤の投与をおこなった場合、次のような変化が起こり得る。なかには不可逆的な変化もあり得る。(※ 特に、生物学的男性における精巣萎縮と造精機能喪失[86]。生物学的女性における声帯の変化[87]

生物学的女性へのアンドロゲン製剤 生物学的男性へのエストロゲン製剤

作用

  • 月経の停止[88][89][90]
  • 陰核の肥大[88][90][89]
  • 声帯の変化(声が低くなる)[90][89]
  • 皮膚の乾燥、色素沈着[90]
  • 筋肉量の増加[88]
  • 髭や体毛の増加[88][90][89]、毛の質が硬くなる[90]
  • 爪、髪、体毛が硬くなる。
  • 性欲の昂進[90]
  • 男性形への体脂肪分布の変化[90]
  • 貧血の改善[90]

副作用

  • 痤瘡(にきび)の増加[90][89]
  • 頭髪の減少、はげの進行[90][89]
  • 体重の増加(血清コレステロール値の上昇)[90][89]

作用

  • 乳腺組織の増大[90][89]、乳輪の色素変化[90]
  • 精巣の萎縮と造精機能喪失[89][90]、これによる勃起不全[90]
  • 皮脂の分泌量が低下し、皮膚がきめ細やかになる[90]
  • 筋肉量の減少[90]
  • 髭や体毛の減少[90]
  • 頭髪の増加、はげの改善[90]
  • 爪、髪、体毛が柔らかくなる。
  • 性欲の減退[90]
  • 女性形への体脂肪分布の変化(骨盤周囲への体脂肪の増大)[90]
  • 前立腺肥大症の場合には症状が改善[90]

副作用

  • 血栓症の危険が増大[88][90]
  • 心不全心筋梗塞脳梗塞の危険が増大[90]
  • 高プロラクチン血症の発現の可能性[88]
  • 肝機能障害の発現の可能性[88]
  • 乳汁の分泌、下垂体腺腫の可能性[90]
  • 血色素の減少(貧血気味になる場合がある)[90]
  • 抑うつ的な気分になる頻度が高くなるという報告があり、有意な差は認められなかったとの報告もある[90]

医学的対処を求めて受診する性同一性障害患者の中には、早急なホルモン療法の適用を望む者も多いが、ガイドラインにそった治療においては、精神科領域の治療と性同一性障害の診断、ホルモン療法の適応判定を省くことはできない。他方で、男性化した身体は不可逆的であることから、せめて女性化を促すのではなく単に男性化を一時的に停止させる抗男性ホルモン剤の使用はより広く特に未成年者に認められるべきであるとする見解もある。

乳房切除

FtMの場合、アンドロゲンを投与しても乳房の縮小はほとんど起こらないので乳房切除術が必要となる場合がある。

乳房が小さい場合には乳輪の周囲を切開して乳腺など内部組織を掻き出し、余剰皮膚を切り取る方式をとる。これは瘢痕が目立たない。

乳房が大きい場合や(乳房を不快に思って圧迫するなどにより)下垂している場合には、乳房の下溝に沿って皮膚を切開する方式を用いる。乳頭は一度遊離させて適切な位置に移植する必要がある。瘢痕が目立つことも多い。

性別適合手術

外科的手法によって本来の性(性の自己意識)に合わせて形態を変更する手術療法のうち、内性器と外性器に関する手術を「性別適合手術」(sex reassignment surgery, SRS) という。

FtM に対しては、子宮卵巣摘出術、膣粘膜切除・膣閉鎖術、尿道延長術、陰茎形成術がある。MtF に対しては、精巣摘出術、陰茎切除術、造膣術、陰核形成術、外陰部形成術がある。

FtM では子宮卵巣摘出、MtF では精巣摘出によって、生殖能力(子供をつくる能力)は永久的に失われる[91]。これは不可逆で、もとに戻すことはできない。男性または女性としての新たな生殖能力も得られない。また、骨粗鬆症などの可能性から、ホルモン療法は生涯にわたって継続すべきものとなる[92]

手術の正式名称
手術療法は、過去には「性転換手術」とも呼ばれてきたが、現在では「性別適合手術」が正式な名称として用いられている[93]。原語は、英語の sex reassignment surgery であるが、“reassignment” は『再び割り当てる』という意味で、日本語訳として「性別再割り当て手術」「性別再判定手術」「性別再指定手術」がある。日本のGID学会、日本精神神経学会は「性別適合手術」を用いている。change(転換)を用いた「sex change surgery」という英語は用語として存在しない[94]

「性転換」という言葉
生物学においての「性転換」という用語は、雌雄いずれかに決定していた動植物の個体が生態として反対の性の機能を得ることに用いられる。また、当事者の性の同一性は生来から一貫しており、当事者は性別を『転換、チェンジ (change)』するものではないとして「性転換」という言葉を嫌うことがある[95]。他に使われる用語として「性の移行、性別移行 gender shift」「性別再割り当て、性別再割当 sex reassignment」「性別再判定」「性別再指定」がある。

現状

日本においては、法律に定められた要件を満たせば戸籍の性別変更が可能だが、そのために必要なホルモン療法や性別適合手術には健康保険の適用がなされていない。ただし、ホルモン療法については戸籍変更後であればホルモン補充療法という形で健康保険の適用を受けることができる。また、性別適合手術においては経済的な負担を理由に健康保険の適用を求める当事者がいる一方、すでに大部分の当事者が自己負担で手術を受けたことも性別の取扱いの変更申立事件数などから確認できる。

統計

日本精神神経学会・性同一性障害に関する委員会の調査速報値
2007年度末までの全国統計
全国の主要専門医療機関受診者総数7177名
  • FtM:4146名
  • MtF:3031名
調査対象は、岡山大や埼玉医大、大阪医大、関西医大など全国9つのジェンダークリニック。一人の患者が複数の機関で受診しているケースも含まれている。
2008年度GID学会での報告
  • 岡山大学病院 FtM:572人 MtF:345名(1998〜2008.2 総受診者のうち、GIDが疑われた総数)
  • 札幌医科大学附属病院 FtM:197名 MtF:83名(GID外来開設〜2007.12、総受診者数)
  • 大分大学医学部附属病院 FtM:27名 MtF:7名(2003〜2008.2 総受診者のうち、GID診断総数)
  • 長崎大学病院 FtM:64% MtF:36%(2004〜2007.12における初診症例数の構成比)
  • あべメンタルクリニック FtM:1013名 MtF:993名(1996.3〜2008.2。相談件数)
  • 川崎メンタルクリニック FtM:401名 MtF:292名(2000〜2007 総受診者のうち、GID診断総数)
Harry Benjamin International Gender Dysphoria Association『Standards of Care for Gender Identity Disorders, sixth version』(2001年)の統計
  • アメリカでは、FtM は107,000人に1人、MtF は37,000人に1人
  • オランダでは、FtM は30,400人に1人、MtF は11,900人に1人

法律

日本

日本では、性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第2条において、「性同一性障害者」が同法第3条第1項各号に該当する場合、請求による家庭裁判所の性別の取扱いの変更の審判によって、民法をはじめとする各法令手続き上の性別が変更されたものとみなされる。一般的には、戸籍法における「男女の別」の変更を示している。

第三条の定める要件は以下のとおり。

一  二十歳以上であること。
二  現に婚姻をしていないこと。
三  現に未成年の子がいないこと。
四  生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五  その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。

— 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律、第三条

日本国外

先進国の多くでは、法律によって性同一性障害者の法的な性別の訂正または変更を認めている。

ヨーロッパ
イギリスでは2004年に法律 “Gender Recognition Act 2004” を制定[96]、スペインでは2007年に法律 “Ley de identidad de género” を制定[97]、ドイツでは1980年に法律 “Gesetz über die Änderung der Vornamen und die Feststellung der Geschlechtszugehörigkeit in besonderen Fällen” (Transsexuellengesetz - TSG) を制定[98]、イタリアでは1982年に法律を制定[98]、スウェーデンでは1972年に法律を制定[98]、オランダでは1985年に民法典に規定[98]、トルコでは1988年に民法典に規定[98]
北米
アメリカでは多くの州で[99]、カナダではほとんどの州で[98]、州法によって法的性別の訂正を認めている。
オセアニア
南オーストラリア州では1988年に法律を制定[100]、ニュージーランドでは1995年に登録法を改正[101]

歴史

  • 日本
    • 1969年、ブルーボーイ事件。十分な診断をせずに安易に性別再判定手術を行なった医師が優生保護法違反により逮捕された。
    • 1997年5月28日、日本精神神経学会が「性同一性障害に関する答申と提言」を答申。
    • 1998年10月、埼玉医科大学が FtM の患者に対して、日本国内初の公式な性別再判定手術をおこなった。
    • 2001年10月11日−2002年3月28日、ドラマ『3年B組金八先生』第6シリーズにおいて、主人公の一人に性同一性障害を抱える者として描かれた。当時この番組で初めて性同一性障害を知ったという人も多く[102]、一般に広く知られるきっかけとなった。
    • 2003年4月、東京都世田谷区議会議員選挙において、性同一性障害の当事者がそのことを明かしたうえで立候補を表明し当選した。立候補の際、世田谷区選挙管理委員会に対して戸籍上の記載とは異なる性別での届け出をし受理された。当選後の特別区議会議長会が発行する議員名簿にも申し出どおりの性別で掲載された。
    • 2003年7月10日、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(性同一性障害特例法)が成立。
    • 2004年7月16日、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行。
    • 2006年5月、兵庫県の小学校低学年の男児が「女児として」学校生活を送っている例が紹介された。
    • 2007年12月31日、第58回NHK紅白歌合戦において、性同一性障害を抱える歌手が、戸籍上の性別の記載は男性であったが、女性陣の紅組として出場した。
  • 日本国外
    • 2004年、イギリスにおいて、性別適合手術を受けなくとも当事者の法的性別の変更を認める「Gender Recognition Act 2004」(性別承認法)が成立した。
    • 2006年、スペインにおいて、性別適合手術を受けなくとも当事者の法的性別の変更を認める「Ley de identidad de género」が成立した。
    • 2009年2月27日、オーストリアの行政高等裁判所において、仕事と家庭の事情で性別適合手術を受けられない当事者の法的な性別変更が承認された。


【法律】性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律
名古屋高裁決昭和54・11・8及び東京高裁決平成12・2・9における戸籍訂正に関する抗告事件等を受けて、2000年9月、自由民主党は性同一性障害に関する勉強会を発足し、本法案を含む性同一性障害の法律的扱いについて検討してきた。2002年、民主党、公明党においても同様の勉強会がおこなわれた。
2003年7月1日、自由民主党のプロジェクトチームが参議院法務委員会へ法案を提出(提案者:南野知惠子参議院議員)、2003年7月2日の参議院本会議及び7月10日の衆議院本会議において「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が成立、2003年7月16日公布、2004年7月16日に施行した。これにより、同法の定める要件を満たすとき、家庭裁判所の審判により、性同一性障害者の戸籍上の性別の変更ができるようになった。
2008年6月10日、改正案が衆参両院本会議で全会一致で可決、成立し、一部の要件が緩和された。
【判例】性同一性障害者解雇事件
性同一性障害に伴うトラブルなどを理由にして行われた懲戒解雇が解雇権の濫用にあたるとされた裁判例がある。それが2002年の性同一性障害者解雇無効事件(懲戒処分禁止等仮処分申立事件、東京地方裁判所平成14年(ヨ)第21038号、東京地裁平成14年6月20日決定 労働判例830号13頁掲載)である。この事件は、男性として雇用された被用者(原告)が女性装での就労を禁止する服務命令に違反したことを理由の一つ(ほかにも4つの理由が挙げられている)として懲戒解雇されたことに対し、従業員としての地位保全および賃金・賞与の仮払請求の仮処分を申し立てたものである。東京地裁は、性同一性障害である被用者が女性の服装・化粧をすることや女性として扱って欲しいなどの申し出をすることは理由があることだとした。そして、使用者側(被告)は被用者(原告)からのこうした申し出を受けた後も善後策を講じなかったことや、女性の格好をしていては就労に著しい支障を来すということの証明がないことを指摘して懲戒解雇を権利の濫用であるとして無効とし、賃金の支払いを命じた。[103][104][105][106]


関連項目

参考文献

脚注

  1. ^ 山内俊雄 「性同一性障害とは—歴史と概要」『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年(2005年4月15日発行)、365頁。
  2. ^ 山内俊雄編著 『Modern Physician 25-4 性同一性障害の診かたと治療』 新興医学出版社、2005年(2005年4月15日発行)、368頁。
  3. ^ 野宮ほか2011、40頁。
  4. ^ 山内兄人・新井康允編著2006、342頁。
  5. ^ 野宮ほか2011、197–200頁。
  6. ^ 野宮ほか2011、200–205頁。
  7. ^ 野宮ほか2011、14頁。
  8. ^ 野宮ほか2011、14–17頁。
  9. ^ 性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(平成十五年七月十六日法律第百十一号)
  10. ^ 日本精神神経学会 「性同一性障害に関する診断と治療のガイドライン (第3版)」 2006年。
  11. ^ “gender identity” という言葉を初めて用いたのは、アメリカの心理学者ジョン・マネー John Money。初出は1966年。
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  105. ^ 「女装は職場の秩序を乱す」 昭文社側の言い分
  106. ^ (関連)「大阪市・性同一性障害男性を女性職員として認可」

外部リンク

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