埼玉医科大学

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埼玉医科大学
毛呂山キャンパス
毛呂山キャンパス
大学設置 1972年
創立 1892年
学校種別 私立
設置者 学校法人埼玉医科大学
本部所在地 埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38
キャンパス 毛呂山(埼玉県入間郡毛呂山町)
日高(埼玉県日高市)
川角(埼玉県入間郡毛呂山町)
川越(埼玉県川越市)
川越ビル(埼玉県川越市)
学部 医学部
保健医療学部
研究科 医学研究科
看護学研究科
ウェブサイト 埼玉医科大学公式サイト
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埼玉医科大学(さいたまいかだいがく、英語: Saitama Medical University)は、埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷38に本部を置く日本私立大学である。1972年に設置された。大学の略称は埼玉医大、玉医(たまい)。

概観[編集]

大学全体[編集]

創立者は日本医科大学卒業後、東京帝国大学で医学博士号を取得した精神科医である丸木清美医学博士である。開学は1972年(昭和47年)。それまで埼玉県内には医学部が存在せず(防衛医科大学校の開設は1974年)一時は埼玉大学への医学部設置も検討されたものの、最終的には私立医大の設置が決定した。

前身である毛呂病院の創立者は丸木清太郎で、その子息である丸木清美によって埼玉医科大学が創立される。初代理事長には埼玉県知事だった栗原浩(前埼玉県知事)が就任した。2代目理事長(埼玉医科大学の創立者)が丸木清美。現理事長(3代目)は丸木清浩・自民党埼玉県議会議員(副議長)。

日本国内では、性別適合手術を先駆的に行った大学として知られる。設立後しばらくは東京大学慶應義塾大学東京医科歯科大学日本医科大学出身の教授が比較的多かったが、近年では自校の出身者もいる。

建学の理念[編集]

  1. 生命への深い愛情と理解と奉仕に生きるすぐれた実地臨床医家の育成。
  2. 自らが考え、求め、努め、以って自らの成長を主体的に展開し得る人間の育成。
  3. 師弟同行の学風の育成。

教育および研究[編集]

沿革[編集]

年表[編集]

  • 1892年 毛呂病院創立、初代院長に丸木清太郎が就任。
  • 1952年 毛呂病院を社会福祉法人に移行。
  • 1971年 社会福祉法人毛呂病院を母体として、埼玉医科大学の設置認可を申請。
  • 1972年 埼玉医科大学開学、医学部医学科を設置。埼玉医科大学附属病院開院。埼玉医科大学附属図書館開館。
  • 1978年 埼玉医科大学大学院医学研究科設置。
  • 1985年 埼玉医科大学附属総合医療センター開院。
  • 1989年 埼玉医科大学短期大学開学、看護学科、臨床検査学科を設置。
  • 1997年 埼玉医科大学短期大学専攻科開設、母子看護学専攻を設置。埼玉医科大学附属総合医療センター看護専門学校開学、3年課程を設置。
  • 2001年 埼玉医科大学ゲノム医学研究センター開設。
  • 2003年 埼玉医科大学医学教育センター開設。
  • 2004年 埼玉医科大学かわごえクリニック開院。埼玉医科大学附属病院の名称を埼玉医科大学病院に変更。
  • 2005年 埼玉医科大学医学研究センター開設。埼玉医科大学国際交流センター開設。
  • 2006年 埼玉医科大学保健医療学部看護学科、健康医療科学科、医用生体工学科を設置。
  • 2007年 埼玉医科大学国際医療センター開院。保健医療学部に理学療法学科設置。
  • 2010年 埼玉医科大学大学院看護学研究科看護学専攻(修士課程)、医学研究科医科学専攻(修士課程)設置。

基礎データ[編集]

所在地[編集]

象徴[編集]

  • 校章は、「大學」の文字に埼玉県の名称の由来とされる幸魂(さきみたま)の「魂」=勾玉をあしらったものである。
  • 校歌は、栗原浩の作詞、林光の作曲による。

教育および研究[編集]

組織[編集]

学部[編集]

大学院[編集]

短期大学[編集]

看護学校[編集]

附属機関[編集]

大学関係者と組織[編集]

大学関係者組織[編集]

  • 埼玉医科大学医学部の同窓会は、「埼玉医科大学医学部同窓会」と称し、学部内に設置された本部と15の支部によって構成されている。
  • 埼玉医科大学には、埼玉医科大学医師会があり、埼玉医科大学に勤務する常勤及び非常勤の医師らにより構成されている。
  • 埼玉医科大学には、埼玉医科大学看護部があり、各種講習会や研修、公開講座などを実施している。

大学関係者一覧[編集]

関連医療施設[編集]

埼玉医科大学

関連項目[編集]

外部リンク[編集]