小沢健二

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小沢健二
基本情報
出生名 小澤健二
別名 オザケン
出生 1968年4月14日(43歳)
血液型 O型
学歴 東京大学文学部
出身地 日本の旗 日本 神奈川県相模原市
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
ミュージシャン
作詞家
作曲家
担当楽器 ボーカル
ギター
ドラムス
パーカッション
シンセサイザー
活動期間 1988年 -
レーベル EMIミュージック・ジャパン
(1992年 - )
事務所 ドアノックミュージック
共同作業者 フリッパーズ・ギター
1988年 - 1991年

小沢 健二(おざわ けんじ、本名:小澤-、1968年4月14日 - )は、日本シンガーソングライター。愛称は「オザケン」。

目次

[編集] 来歴・人物

1968年神奈川県相模原市にてドイツ文学者小澤俊夫と、心理学者の小沢牧子の二男として生まれ、すぐにドイツへと移住する。

小さい頃から音楽や文学に熱中し、特に当時放送されていた歌番組「ザ・ベストテン」は下位20位までチェックする熱の入れようだった。兄が通っていたという理由により、私立和光中学校へ進学し、小山田圭吾と出会う。系列の和光高等学校には行かず、神奈川県立多摩高等学校を受験して進学。部活動ではバンドを組んでいた。当時家庭でのしつけが厳しく小遣いをもらえなかったが、通っていた予備校では好成績を収めると小遣いのようなものが出たこともあって、勉強は頑張った。現役合格した早稲田大学を蹴り、一浪して東京大学文科III類に入学。 1989年、大学在学中からアマチュアバンド「ロリポップ・ソニック」で活動。プロデビューを果たすと同時に「フリッパーズ・ギター」と改名した。アマチュア時代から5人編成だったが、デビューしてすぐに小沢と小山田の2人編成となる。オリジナルアルバム3枚といくつかの再編集盤を残して1991年に解散。

フリッパーズ・ギター解散後、ソロで音楽活動を開始する。1993年、シングル『天気読み』でデビュー、1stアルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』をリリース。1994年ヒップホップ・グループのスチャダラパーと共演したシングル『今夜はブギー・バック』をリリースし、50万枚を超えるヒットとなる。これによって小沢の名が一層広く知れ渡ったほか、日本でのラップ・ミュージックヒップホップのポピュラー化を促すこととなった。日本のヒップホップも参照。

1994年ソウルミュージックのアレンジ・多くの引用からなる2ndアルバム『LIFE』が大ヒットとなる。これと前後し、メディアでの軽快かつ知的で余裕のある振る舞いやファッションが支持され、「渋谷系王子様」と称されるまでの人気を博すようになる。1995年と1996年には連続してNHK紅白歌合戦にも出場。 1996年ジャズテイストの3rdアルバム『球体の奏でる音楽』をリリース。渋谷毅がピアノ、川端民生がウッドベースを担当している。

1998年、シングル『春にして君を想う』をリリース後しばらく活動を休止。

2002年ニューヨークの今の音として(全てNY録音)R&BAORに傾倒した4thアルバム『Eclectic』をリリース。この前にアメリカレーベルモータウンと契約し、1999年マーヴィン・ゲイの生誕60周年を記念したトリビュート・アルバム『Marvin is 60』に「Got To Give It Up」の日本語詞カヴァーで日本盤のみながら参加する。

2006年3月8日、『Eclectic』以来約4年ぶりとなるオリジナル・アルバムとして、全曲ボーカルレスの『毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life』をリリース。エレクトロニカクラブジャズラウンジ・ミュージックインストゥルメンタルR&B、アンビエントといったジャンルに分類される作風。参加ミュージシャンは、Vincent Chancey、Marty Ehrich、Erik Friedlander、Arron Heick、Steve Kahn、Steve Nelson、Adam Rogers、Benjamin Love、Kenny Seymourなどのジャズミュージシャンのほか、Mike Hampton(ファンカデリック)等のメンバーが名を連ねる。

1998年2月8日放送の番組「知ってるつもり?!」(淡谷のり子特集)にコメンテーターとして出演して以降、テレビへの出演は一切行っていない。一度は再開したかに見えたミュージシャンとしての活動も事実上引退状態となっており、現在はアメリカを生活の拠点に南米などで環境問題に基づくフィールドワークを行っているという。実際、たとえば父・小澤俊夫の責任編集による季刊誌「子どもと昔話」で小説『うさぎ!』を執筆しているが、その内容は現代の資本主義末期の欺瞞に満ちた社会を風刺するもので、子どもたちが主人公となっている。ベネズエラウゴ・チャベス大統領やプラスチックの再利用など、重いテーマが選ばれている。25号(2005年10月発売)から連載を開始し、1話目のみ公式サイトで公開されていたが、2007年に同サイトが閉鎖された。

2007年には『「おばさんたちが案内する未来の世界」を見る集い』を日本各地で開催しているが、小沢の意向によりネット上ではほとんど情報が明らかにされていない。また、2008年の時点でEMIミュージック・ジャパンとの契約は解消されていると報道された[1]が、正式な発表はなく、同社のサイトでは現在も所属アーティストとして扱われている[2]

2010年5月から13年ぶりのコンサートツアーを行うことが決まった。また、自身のツアー直前に行われたスチャダラパー20周年記念ライブにゲスト出演しファンを驚かせた。7月6日にはオフィシャルサイトにて『シッカショ節』のライブ音源のダウンロード販売がスタートした。この曲は楽曲をダウンロード後、リスナーが自由に購入金額を設定し、指定の銀行口座に振り込むという“投げ銭式”が採用されている。

2011年11月29日にはUstream番組に登場し、2012年3月から4月にかけて12公演のコンサート「東京の街が奏でる」を行うことを発表した。

[編集] 家族・親族

父方の小澤家は文化人を多く輩出し、母方の下河辺家は経済人を多く輩出した。家族親族には父方・母方ともに著名人が多い。

父方親族については、祖父に戦前の民族主義者である小澤開作、伯父に彫刻家の小澤克己、叔父に世界的な指揮者の小澤征爾および俳優の小澤幹雄、従兄弟に俳優の小澤征悦、従姉妹に女流作家小澤征良(どちらも征爾の子)らがいる。

母方親族については、曽祖父に日本鉱業(現・ジャパンエナジー)元社長の下河辺建二、祖父に下河辺牧場の創業者である下河辺孫一、叔父に下河辺牧場代表の下河辺俊行、大叔父に日製産業(現・日立ハイテクノロジーズ)元社長の下河辺三史、下河辺三史の三男に音楽プロデューサーの下河辺晴三らがいる。なお、下河辺三史の妻は政治家内閣総理大臣を務めた芦田均の長女なので、小澤家は下河辺家を通じて芦田家と姻戚関係にあたる。

また、2010年6月18日発売の写真週刊誌『フライデー』は、小沢と、アメリカ人写真家のエリザベス・コールとが、前年末に結婚していたと報道した。

[編集] エピソード

  • 1997年から1998年にかけて8cmシングルを多数リリースした。
  • シングル集『刹那』は本来2003年の夏頃にリリース予定だったが、延期を重ねた末に同年の終わり間近、12月27日にリリースされた。しかし、当初収録予定だった1997年から1998年のシングルは収録されなかった(1995年リリースの『戦場のボーイズ・ライフ』も未収録)。

[編集] ディスコグラフィ

[編集] アルバム

  1. 犬は吠えるがキャラバンは進む1993年9月29日
    1997年7月24日に『dogs』に改題し再発売。
  2. LIFE (CD:1994年8月31日、LP:1994年9月21日
  3. 球体の奏でる音楽1996年10月16日
  4. Eclectic2002年2月27日
  5. 刹那2003年12月27日) - アルバム未収録曲集
  6. 毎日の環境学: Ecology Of Everyday Life2006年3月8日

[編集] シングル

  1. 天気読み1993年7月21日
  2. 暗闇から手を伸ばせ (1993年12月1日
  3. 今夜はブギー・バック (nice vocal) (1994年3月9日
  4. 愛し愛されて生きるのさ/東京恋愛専科・または恋は言ってみりゃボディー・ブロー1994年7月20日
  5. ラブリー (1994年11月24日
  6. カローラIIにのって* (1995年1月1日
  7. 強い気持ち・強い愛/それはちょっと (1995年2月28日
  8. ドアをノックするのは誰だ? (1995年3月29日
  9. 戦場のボーイズ・ライフ* (1995年5月17日
  10. さよならなんて云えないよ (1995年11月8日
  11. 痛快ウキウキ通り (1995年12月20日
  12. ぼくらが旅に出る理由 (Single Edit)* (1996年5月16日
  13. 大人になれば (1996年9月30日
  14. 夢が夢なら (1996年11月29日
  15. Buddy/恋しくて* (1997年7月16日
  16. 指さえも/ダイスを転がせ* (1997年9月18日
  17. ある光* (SCD:1997年12月10日、12inch:1998年1月1日
  18. 春にして君を想う* (1998年1月28日
  19. シッカショ節* (2010年7月6日) - 配信限定
*はアルバム未収録曲が収録されたシングル。

[編集] 参加アルバム

[編集] 楽曲提供

  • 渡辺満里奈
    • バースデイ ボーイ(c/w『夜と日時計』)(1992年5月21日) - 表題曲、カップリング共に小沢健二の作。フリッパーズ・ギター解散の翌年、ソロデビュー前の仕事である。なお、カップリングの『夜と日時計』はシングル『暗闇から手を伸ばせ』のカップリングとしてセルフカバーされている。

[編集] 未収録・未発表曲

  • 甘夏組曲
1996年頃のライブで初披露され、『ダイヤモンド組曲』と共にリリースされるはずだったが、お蔵入りとなった。(のちに『ダイヤモンド組曲』は『夢が夢なら』に改題してリリースされた。)
  • 光る河 光る海
1996年に行われたライブ「レビュー'96」において披露された曲。同年3月30日に行われた公演のアンコールの一曲目に演奏されたが、『甘夏組曲』同様スタジオ録音は残されていない。
  • オナラで月まで行けたらいいな
子ども向けTV番組「ポンキッキーズ」にて発表した曲。
  • 恋しくて (ビートニクヴァージョン)
ラジオ放送局「J-WAVE」の番組で発表され、プロモーション用として少数だけ制作された。
1993年放送開始の同番組(NHK)のテーマ曲。

[編集] 映像

[編集] 文章

  • うさぎ! (小澤昔ばなし研究所発行「子どもと昔話」(季刊)にて連載)
  • 2010年開催の全国ツアーにて、連載の全18話を収録した本3冊のボックスセットを販売。
  • 『企業的な社会、セラピー的な社会』(社会臨床学会発行「社会臨床学会雑誌」第14巻第3号所収)
  • 同上のツアー会場にて、『うさぎ』の別冊本として販売。

[編集] コンサート

フリッパーズ・ギター解散後、はじめておこなわれたソロライブ。後にビデオ『ファースト・ワルツ』として発売された。
春に行われた初の全国ツアー。ちなみに『ラブリー』は、ツアー初日に新潟へ向かう新幹線に乗車していたさいに完成したという。後にビデオ『CITY COUNTRY CITY』として発売された。
  • THE LIFE SHOW 〜futuring KENJI OZAWA〜 (1994年)
2ndアルバム『LIFE』発売後に行われた全国ツアー。
  • KENJI OZAWA NATIONAL TOUR '95「VILLAGE」 (1995年
初の武道館、大阪城ホール公演が行われた全国ツアー。なお、通常のホールで行われた公演バンド形式の公演は「VILLAGE 〜the live〜」、ストリングス楽団も交えた形式で行われた武道館・大阪城ホール公演は「VILLAGA ~the show~」と、2通りのツアータイトルが付けられた。のちにビデオ『VILLAGE』として発売された。
  • レビュー96 -甘夏組曲・ダイヤモンド組曲・サファリ96- (1996年
初の全国アリーナツアー。このツアーで披露された『ダイヤモンド組曲』は、後にシングル『夢が夢なら』として発売。
  • "lover" (1996年12月)
東京・大阪・尾道のみで行われたスペシャルライブ。バンドも、小沢および渋谷毅川端民生の3人のみの編成であった。
1997年8月23日・24日、富士見高原スキー場長野県)で開催されたジャズ・フェスティバルの24日の公演に、渋谷毅オーケストラをバックバンドに従え出演した。
13年ぶりの全国ツアー。公式サイト[3]内のインタビューにて発表の通り、THE LIFE SHOWのツアーメンバー中心で当時の曲や新曲「いちごが染まる」「シッカショ節」「時間軸を曲げて」の三曲(CD化未定)もを含めた演奏となった。

[編集] 出演

[編集] テレビ番組

[編集] ラジオ番組

[編集] テレビCM

[編集] 活動

  • 「おばさんたちが案内する未来の世界」を見る集い(2007年 - )
小沢とエリザベス・コールが主催。日本各地でベネズエラなど南米の国々を題材としたドキュメンタリー映画を上映し、その内容について観客各々の意見や感想を述べる集会。

[編集] 脚注

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  1. ^ エコ活動に没頭する小沢健二の“真意”とは?(後編) - 日刊サイゾー
  2. ^ 小沢健二 - EMIミュージック・ジャパン
  3. ^ コンサートツアー公式サイト - ひふみよ 小沢健二 コンサートツアー 公式サイト

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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