洞爺湖

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洞爺湖
130922 Lake Toya Toyako Hokkaido Japan03s3.jpg
所在地 北海道胆振総合振興局
面積 70.7 km2
周囲長 50 km
最大水深 180.0 m
平均水深 117.0 m
貯水量 8.19 km3
水面の標高 84 m
成因 カルデラ湖
淡水・汽水 淡水
湖沼型 貧栄養湖
透明度 10.0 m
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洞爺湖(とうやこ)は、北海道虻田郡洞爺湖町有珠郡壮瞥町にまたがる二級河川長流川水系に属する。支笏洞爺国立公園内にあり、また世界ジオパークに認定される洞爺湖有珠山ジオパークの一部でもある。南岸に洞爺湖温泉有珠山昭和新山があり、北海道有数の観光地帯となっている。

地理[編集]

衛星写真(1999年)
カルデラの地形図。湖の南にあるのが有珠山(火山)。スペースシャトル標高データ使用。
洞爺湖と中島、有珠山の金毘羅山火口

北海道南西部に位置する。洞爺カルデラ内にできた湖で、面積は日本で9番目、カルデラ湖としては屈斜路湖支笏湖に次いで3番目の大きさ。

東西約11km、南北約9kmのほぼ形の湖で、中央に浮かぶ中島(面積4.85km²)の最高点トーノシケヌプリ(標高455m)を中心として、東北東~南東~南南西にかけての領域が壮瞥町、他は洞爺湖町となっている。なお、この中島には昭和35年頃に2世帯6人の定住者がいたが[1]、現在は定住する者はいない。

  • 島:中島、観音島、弁天島、饅頭島
  • 流入河川:ソウベツ川、大川など
  • 流出河川:壮瞥川

火山として[編集]

約11万年前[2][3]に巨大な噴火が起こり、洞爺カルデラが形成された。このときに放出された噴出物(洞爺火砕流)の総体積は150km³を超え、広範囲に渡り数十mの厚さで堆積している[4]。この大規模な噴火による降下火山灰は北海道から東北にかけての広い範囲の地層に見られる。カルデラ壁周辺には火砕流堆積物による台地も形成されている。

湖の中央に浮かぶ4つの島を総称して中島と呼ぶ[5]。これは約5万年前の火山噴火に伴って形成された溶岩ドーム火砕丘の集まりである[5]。湖底を含めると11の火山体が確認されている[5]。2万年くらい前から洞爺湖の南岸で噴火が繰り返され有珠山が誕生した[2]

名称の由来[編集]

「とうや」はアイヌ語で湖の岸を意味する言葉「トヤ(ト・ヤ)」に由来する。湖の北岸を指す地名であったが、和人はその北岸を向洞爺と呼び、洞爺を湖の名にした[6]アイヌの人々は洞爺湖のことを「キムント(キ・ウン・ト)」(山の湖)と呼んでいた。地元では「どうや」と呼ばれることもある。

歴史[編集]

湖水水質の変化[編集]

元々は極貧栄養湖で透明度は高かった。しかし、閉山した鉱山廃水の他にも南岸の洞爺湖温泉街をはじめとして排水の流入が増えていたため、透明度の低下が著しい。

1920年に電源開発を目的に流出河川に建設された壮瞥発電所と、長流川の川水を利用した洞爺発電所、従来流入していなかった長流川上流部に建設された久保内ダムなどにより、長流川の川水が流入することとなった。長流川上流には、1907年頃より相次いで操業していた幌別硫黄鉱山、徳舜瞥鉱山、弁景鉱山があり、1939年から1973年の閉山までpH2ほどの鉱山廃水が洞爺湖に流入しつづけ、湖水は1970年のpH5まで酸性化した結果、多くの生物が死滅した[7]

1973年から本格的に行われた長流川上流の鉱山廃水の中和事業[8]と、1977年(昭和52年)の有珠山大噴火と、噴火活動に伴う大量の火山灰が洞爺湖へ降り注ぐとアルカリ性の火山灰によって酸性の湖水が中和され、1995年にはpH7前後まで回復した。但し、中和作用全体に対する中和事業による作用と火山灰による作用と、どちらの影響が強かったのかは不明である。

漁業[編集]

在来種はアメマスウグイヨシノボリハナカジカ等で、現在までにワカサギヒメマスニジマスサクラマスコイブラウントラウト等が漁業および遊漁を目的として人為放流されている。1970年代を中心に湖水が酸性化した影響で生息数と魚種の減少がみられたが、現在では酸性化の影響は残っていない。

流出河川の壮瞥川では、アイヌシロザケをのぼり簗漁で漁獲していた事が記録に残っているが、湖産の魚類を捕獲していたかは不明である[7]

  • ヒメマスは、阿寒湖から1893年に最初の放流(卵)が行われ、1908年には支笏湖からの放流がされた。漁獲量は1930年頃には年間25トンあり、最も漁獲量が多かったのは1950年代で100トン程度の漁獲があったが、鉱山廃水による湖水の酸性化により漁獲量は急速に減少した。水質の回復を受け、1986年には50トンまで漁獲量が回復した[9]
  • ワカサギは1912年霞ヶ浦から移植された。
  • ニジマスは1926年に、サクラマスは1928年に千歳孵化場から移植された。

中島のエゾシカ[編集]

現在中島にはエゾシカが多数生息しているが、元来この島に生息していたものではない[10]。日高地方から1957年にオス1頭、1958年にメス1頭、1965年に妊娠したメス1頭の計3頭がこの島に導入されたことによる[10]。後に個体数が増え、最大400頭を超したこともあったが、島内の食料となる植物が減少したことにより個体数の増減を繰り返していることが明らかになっている[10]

洞爺湖有珠山ジオパーク[編集]

洞爺湖有珠山周辺地域が、地質学的に貴重な遺産を保護しつつ、それらを地域の教育や科学振興及び観光事業に活用し、持続可能な方法で地域活性化を図ることが可能な地域であるとして、ユネスコの支援により設立された世界ジオパークネットワーク(GGN)への加盟申請が行われ、2009年(平成21年)8月22日に認められ世界ジオパークとなった。

その他[編集]

舞台となった作品[編集]

参考画像[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 出典 : 角川日本地名大辞典による
  2. ^ a b 出典 : 洞爺湖有珠山ジオパーク、2012年11月9日閲覧
  3. ^ 約10万年前と記述される場合も見受けられる
  4. ^ 出典 : 有珠火山における過去の噴火の推移の例 - 産業技術総合研究所 地質調査総合センター、2012年11月9日閲覧
  5. ^ a b c 出典 : 洞爺湖有珠山ジオパーク、2012年11月9日閲覧
  6. ^ 出典 : 洞爺湖有珠山山田秀三「北海道のアイヌ語地名十二話」、『アイヌ語地名の研究』(山田秀三著作集)第1巻42頁所収、草風館、1982年。
  7. ^ a b 出典 : 湖沼・河川における増殖事例 (PDF) - 社団法人日本水産資源保護協会
  8. ^ 出典 : 酸化マグネシウムによる坑廃水中和処理殿物のフェライト化に関する研究 - 吉田 哲也, 五十嵐 敏文, 朝倉 國臣, 宮前 博子, 彌富 信義, 橋本 晃一: 資源と素材, Vol. 120 (2004), 577-583、2012年11月9日再確認
  9. ^ 出典 : 洞爺湖におけるヒメマスの年齢と成長 (PDF) - 独立行政法人 水産総合研究センター さけますセンター、2012年11月9日再確認
  10. ^ a b c 出典 : 中島でみるエゾシカ問題/洞爺湖中島のエゾシカ/中島のシカと植生/中島のシカと土壌/シカの行動を把握する (PDF) - 酪農学園大学、2012年11月9日再確認
  11. ^ 出典 : 室蘭民報ニュース 「洞爺湖」刻んだ木刀、洞爺湖温泉の土産物店で人気、2012年11月9日再確認<

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]