タンボラ山
| タンボラ Tambora | |
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地図の中心下にある大きな火山がタンボラ山
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| 標高 | 2851 m |
| 所在地 | |
| 位置 | 南緯8度15分 東経118度0分 / 南緯8.250度 東経118.000度座標: 南緯8度15分 東経118度0分 / 南緯8.250度 東経118.000度 |
| 山系 | 小スンダ列島 |
| 種類 | 成層火山 |
タンボラ山(タンボラさん、インドネシア語:Gunung Tambora)はインドネシア中南部、スンバワ島にある成層火山である。島の北側に突き出たサンガル半島の大部分を占めており、標高2,851m。山頂には直径約6km、深さ約600mのカルデラがある。
目次 |
1815年の大噴火 [編集]
1815年の大噴火は過去2世紀に世界で記録されたもののうち最大規模である。4月10~12日の大爆発音は1,750km先まで聞こえ、500km離れたマドゥラ島では火山灰のため3日間暗闇が続いた。高さ3,900mあった山頂は2,851mに減じ面積約30km²、深さ1,300mの火口が生じた。この大噴火による噴出物の総量は150km³におよび、半径約1,000kmの範囲に火山灰が降り注いだ。この火山灰によって農作物は壊滅的な被害を受けた。
またこの大噴火の後数か月にわたって世界各地で異常な夕焼けが見られ、この1815年の夏は異常に低温であった。同年、アメリカ北東部では異常低温となり雪や霜が6月までみられた。イギリスやスカンディナビアでは5~10月まで長雨が続き、やはり異常低温により不作、食糧不足の事態となった。さらに、翌1816年は「夏のない年」(Year Without a Summer)と言われた。ちなみに日本ではこの時期に凶作や飢饉は発生しておらず、影響はなかったと考えられている。
この大噴火による死者は1万人にのぼり、その後の飢饉、疫病によるものも含めれば5~9万人といわれている。現在の活動は火口底の噴気活動だけである。
ただし、実際の地球の気温は、上記大噴火より前の1810年から10年間を通し0.5度低かったことがわかっている。このことから、異常気象の原因を上記大噴火とは別の噴火に求める説もある。実際、最新の地質調査により、1809年頃、地球上の熱帯地方のいずれかの位置にて、上記大噴火の半分程度の二酸化硫黄の噴出規模の噴火が起きたことが分かっている [1]。
脚注 [編集]
- ^ ナショナルジオグラフィック ニュース19世紀の地球低温期、原因は謎の噴火 2009年12月10日
参考文献 [編集]
- 国立天文台編 『理科年表 平成20年』 丸善、2007年。ISBN 978-4-621-07902-7。
関連項目 [編集]
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