岩屋駅 (兵庫県)

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岩屋駅(兵庫県立美術館前)
駅舎(2014年4月11日)
駅舎(2014年4月11日)
いわや(ひょうごけんりつびじゅつかんまえ)
- Iwaya -
(兵庫県立美術館前)
HS 29 西灘 (0.6km)
(1.1km) 春日野道
HS 31
所在地 神戸市灘区岩屋北町四丁目2
駅番号 HS 30
所属事業者 阪神電気鉄道
所属路線 本線
キロ程 29.7km(梅田起点)
駅構造 半地下駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
9,804人/日
-2007年-
開業年月日 1905年明治38年)4月12日
プラットホーム(2010年2月21日)
東口跡の階段(2012年6月10日)

岩屋駅(いわやえき)は、兵庫県神戸市灘区岩屋北町四丁目にある、阪神電気鉄道本線。駅番号はHS 302011年3月15日より「兵庫県立美術館前」の副駅名が付加されている[1]

駅構造[編集]

かつては島式ホーム1面2線を有していたが、阪神・淡路大震災後、駅の南側に再開発地帯「HAT神戸」が整備されたため、1999年から2001年にかけて駅舎移転などの改良工事が実施された。改良後は掘割部分に方向別単式ホーム2面2線を有し、エレベーターエスカレーターが設置されている。分岐器絶対信号機を持たないため、停留所に分類される。ホーム有効長は19m級の阪神・山陽電気鉄道車両6両編成に対応する120mであるが、21m級の近畿日本鉄道車両6両編成には対応していない。

ホームには、国土交通省の要請により2001年秋に固定式の「転落防止柵」が試験的に設置されたが、2011年時点では他の阪神の駅には設置されていない。

現行の改札口は西側1か所のみにあるが、かつては東側にも存在した。現行の下り線ホーム(かつての島式ホーム)の梅田寄り端部に掘割部を跨ぐ道路に繋がる古い階段が残っているのは、東口の名残である。 地上線時代の停留所が東側にあったため地下化時に改札口も東側に置かれ、そちらがメインだったが、戦時中に西口が神戸製鋼への通勤者や国鉄灘駅への連絡に便利なため利用者が東口を上回った。戦後の風水害被害で東口を廃止し、階段だけが残ったという[2]。この階段は地上側が塞がれただけで長い間放置されていたが、阪神・淡路大震災後に代行バスが当駅発着となっていた期間には降車専用として再び使用されていた。1999年の改良工事開始以降は柵が設置され、階段に近付く事は出来なくなった。

駅西側の地下トンネル出入口には右書きで「和風通」(三宮方面)と「技補天」(梅田・大阪難波方面)の扁額が掲げられている。

のりば[編集]

のりば
ホーム 路線 方向 行先
1 本線 上り 尼崎大阪(梅田)難波奈良方面
2 本線 下り 神戸(三宮)明石姫路方面

実際には構内に上記ののりば番号表記はないが、公式サイトの構内図では上りホームが1番線、下りホームが2番線とされている。

岩屋駅配線略図
←梅田方面 三宮方面→
出典[3]

利用状況[編集]

2007年度の1日の乗降客数は9,804人である。これは西隣の春日野道駅よりは少ない。

駅周辺[編集]

以前は駅南すぐに阪神タクシー乗り場があったが、撤去されている。タクシーを利用する場合は駅北側のセブン-イレブンの前に止まっているのを利用するか(タクシー乗り場の看板がないため本来の乗り場ではない)、駅北側すぐの道路から(頻繁に通過している。本来はこちらの方の利用を推奨)手を上げて利用する。

バス路線[編集]

歴史[編集]

岩屋停留所。「いはや」と書かれた駅名標だけがある。(撮影年不明)
現位置に移転間近の岩屋駅。左は仮線。(1933年)
阪神大水害で被害を受けた岩屋駅(1938年)


隣の駅[編集]

阪神電気鉄道
本線
直通特急・特急・快速急行
通過
普通
西灘駅 (HS 29) - 岩屋駅 (HS 30) - 春日野道駅 (HS 31)
  • 1933年(昭和8年)に当駅以西が地下化される以前は、当駅と春日野道駅の間に脇浜駅が存在していた。社史に記述は無いが、1935年(昭和10年)当時の地図では、「春日野」駅との間に岩屋東口駅、岩屋西口駅が存在した事になっている[7]。岩屋西口駅付近が現在の岩屋駅の位置にあたる。

脚注[編集]

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  1. ^ 阪神「岩屋駅」駅名看板に「兵庫県立美術館前」の名称を追記します (PDF) - 阪神電気鉄道 2011年3月15日
  2. ^ 関西の鉄道 通巻22号「1990新春号 阪神電気鉄道特集」P34
  3. ^ 『東海道ライン 全線・全駅・全配線 第7巻 大阪エリア-神戸駅』 川島令三 編著、講談社〈図説 日本の鉄道〉、2009年ISBN 978-4-06-270017-7 27頁
  4. ^ みなと観光バス路線図より。運行本数は少ないのでJR灘駅からの方が20分ごとで多く出ている。南側乗り場からも水道筋方面へ行けるが、JR灘駅で時間調整のため長めに停車する。これはJR灘駅が起終点となっているため。
  5. ^ 『輸送奉仕の五十年』(阪神電気鉄道、1955年)P200(年表)より。P97に復旧工事の体験談がある。
  6. ^ 『阪神電気鉄道八十年史』P550
  7. ^ 實地踏測神戸市街全圖(1935年12月25日印刷、1936年1月5日発行) - 国際日本文化研究センター 所蔵地図データベース

関連項目[編集]

外部リンク[編集]