ループもの

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ループものとは、タイムトラベルを題材としたSFのサブジャンルで、物語の中で登場人物が同じ期間を何度も繰り返すような設定を持つ作品のこと[1]。昔からある類型だが[2]、特に日本のオタク文化[3]ジュブナイルもの[4]では定番の設定であり、半永久的に反復される時間から何らかの方法で脱出することが物語の目標となる[5]

目次

概要 [編集]

過去の自分に戻って人生を再挑戦するという設定を大きく広めるきっかけとなったのはケン・グリムウッド小説リプレイ』(1987年発表)であるが[6]、類似するアイデアはそれより古くから存在する。複数回のループが行われるわけではないものの、自分の人生の過去に戻って別の世界を疑似体験するというアイディアは1946年公開のアメリカ映画『素晴らしき哉、人生!』ですでにみられ[7]1965年発表の筒井康隆の小説「しゃっくり」ではループ期間が10分間と短いものの世界が一定期間を反復し続ける設定がなされている[8]。また、藤子・F・不二雄1991年の漫画『未来の想い出』の冒頭で、「若返って人生をやり直す」という題材自体はゲーテ19世紀に発表した『ファウスト』以来、使い古されたものであることを登場人物に指摘させている。

一般的なタイムトラベルSF(物理的なタイムトラベル)における過去への時間跳躍では自分の肉体が過去の世界に移動することになるため、(例えば『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のように)過去の自分の姿に遭遇することもありうる。他方、『リプレイ』のように自分の意識が過去の自分に戻る(または世界全体が過去のある時点に戻る)と設定されている作品では、自分自身やほかのタイムトラベラーと遭遇するということはないし、(時間跳躍している人物の視点から考えれば)過去改変に伴うタイムパラドックス(親殺しのパラドックスなど)が発生することはないことになる。もうひとつの相違点として、現在から過去への時間跳躍は発生するが、過去から現在への時間跳躍は発生しない(通常の時間経過によって過去から現在に至ることになる)という点がある。[9]

肉体の移動を伴わずに過去への一方通行的な時間遡行を繰り返すという意味でのループものとは厳密には異なるが、意識を過去に遡行させて歴史を改変することを繰り返し自分の望む現実を確定させようとするタイプの物語として映画『バタフライ・エフェクト』やドラマ『プロポーズ大作戦』がある[10]。また、意識が過去の自分に一方的に移動するのではなく、一時的に未来に移動すると設定されているもの(小説『フラッシュフォワード』)もある[11]

日本のオタク文化におけるループもの [編集]

日本のオタク文化におけるループものの先駆的[12]・古典的[3]な作品として1984年公開の劇場アニメうる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』が挙げられる。この作品以降、オタク文化ではループものの作品が多数制作され、それらはしばしばオタク自身の姿を写したものとして論じられる[13]。オタクはしばしば漫画アニメといったコンテンツを一方的に消費するだけでなくそれらを元にした二次創作物同人誌MADムービーなど)を発表しているが、そのような行為自体が原作となる物語を反復しているともいえる[14]。このほかループものがオタク文化で特に好まれている理由として、成熟拒否的で幼児性に固執しがちと論じられるオタクにとっては同一期間を反復して過ごし続けるループものの主人公は親近感の沸く存在であるということも考えられる[12]

社会学者大澤真幸は、反復に対して終わりを告げるということは偶有性(: endekomenon. 他でもありえたかもしれないという感覚)を必然性(こうでしかありえなかったという感覚)に置換するという「第三者の審級」[注 1]を確認する操作にあたるとした上で、ループものの作品が大量に制作され好まれているという事実は現代社会において決着をつけることに困難を覚えるということ、つまり「第三者の審級」の撤退を示唆しているのではないかと述べている[19]

ループものの作品は、セカイ系と呼ばれる一群の作品と親和性を持つ。セカイ系とは1995年のアニメ『新世紀エヴァンゲリオン[注 2]をきっかけとしてオタク文化を中心とした広範囲で発生した作品群で、非主体的な主人公の自意識の吐露が繰り返され、主人公とヒロインの関係性(近景)がそのまま世界規模の大問題(遠景)に直結して描かれるという特徴がある。セカイ系作品にしばしばループ構造が導入されている理由(あるいはループものがセカイ系として論じられる理由)としては、ループものの作品ではループからの脱出の鍵として主人公とヒロインの恋愛感情のような個人的な関係性が設定されていることが多くそれがセカイ系の構造(近景と遠景の直結)と一致すること、そしてしばしば世界がループしていることを自覚しているのは主人公だけであると設定されているため[注 3]必然的に心情・自意識の吐露が激しくなることが挙げられる[22]。現実感覚を喪失した世界をシステム面で描くとループものに、シナリオ面で描くとセカイ系になると対比することもできる[23]

2000年代に入ると、セカイ系の影響を受けながらライトノベル美少女ゲームの分野にループ構造を備えた作品が散見されるようになる[12]批評家東浩紀は、そういった作品においては単なるSF的ガジェットとしてループ構造が導入されているだけではなく、それが「ゲームの比喩」としてのメタフィクショナルな面を持っていることを指摘し、それを(作家・評論家大塚英志が提示した「自然主義リアリズム/まんが・アニメ的リアリズム[注 4]」を意識して)「ゲーム的リアリズム」として論じた。コンピュータゲームの中でも特にアクションゲームシューティングゲームなどでは、プレイヤーはゲーム内での主人公(あるいは自機)を操作し、敵に倒されたりトラップにひっかかったりしてミスをしたらあらためてやりなおし(リセット可能な死)、その試行錯誤を経て少しずつ先に進んでいくという醍醐味があるが[注 5]、このような発想と類似した「失敗(死)を繰り返しながらループからの脱出を目指す」という設定がゼロ年代のループものの作品には取り入れられている場合が多い(後述の『All You Need Is Kill』『ひぐらしのなく頃に』のほかアニメ映画『時をかける少女[25]など)。この背景には、ライトノベルの起源のひとつとしてテーブルトークRPGリプレイをノベライズしたものがあることが挙げられる[26]。大塚英志は、(手塚治虫の「まんが記号説」をうけて)記号の集積でしかない漫画表現においていかに「(リセット不可能な)現実の死」を描くかということがまんが・アニメ的リアリズムの課題であるとして、ゲームのような(リセット可能な死を前提とした)小説を低く評価したが、東浩紀によれば一回性の生を描くためにこそ複数の生を体験しうるプレイヤーの視点を導入するゲーム的リアリズムの発想が効果を生むのだという[27]。評論家の大森望は、ゲーム的リアリズムの議論はライトノベル・美少女ゲームに限らず日本の本格ミステリーについても敷衍できると述べている[28]

ループものの例 [編集]

ループもの、あるいはループ構造を持つとして言及される作品として以下のものが挙げられる。

漫画 [編集]

火の鳥 異形編
手塚治虫による漫画『火の鳥』の、1981年発行の雑誌に掲載されたエピソード。女性として生まれながら男性として育てられた左近介は、憎んでいる父親の病気を唯一治療することができるとされる尼僧・八百比丘尼の住む山寺を訪れ、密かに彼女を殺害する。しかし左近介は不思議な力で山寺から出られなくなり、治療を求めて山寺を訪れる人々の前で八百比丘尼のふりを演じる。左近介は寺にあった火の鳥の羽根の力で多くの人々や魑魅魍魎を救うが、物語の結末で時間が一巡し、山寺にやってきた左近介自身によって殺害される。
代紋TAKE2[29]
1990年から連載された、木内一雅原作、渡辺潤作画による日本の漫画。題名に含まれる「TAKE2」は(映画撮影などにおける)撮りなおしの意味であり、内容はヤクザが人生をやりなおすという設定になっている。
『勇者コジロー2』
1995年から連載された、一本木蛮による日本の漫画。冴えない小学生・山田侍浪(ジロー)が交通事故により過去にタイムスリップし、神童虎二郎(コジロー)という少年の身体に入り込むこととなってしまい人生をやり直すという設定になっている。
リプレイJ[29]
2001年から連載された、今泉伸二による日本の漫画。小説『リプレイ』を原案とする漫画だが舞台は日本となっている。
ジョジョの奇妙な冒険Part4・ダイヤモンドは砕けない』第45巻
1992年-1995年に連載された、荒木飛呂彦の人気シリーズの第4部。該当エピソードは第4部終盤の単行本第45巻に収録。第4部最大の敵吉良吉影に、『吉良吉影の正体を探ろうとする者と接触した場合、相手を自動的に爆殺して一時間時間を巻き戻す』という能力を仕掛けられた少年・川尻早人が、吉良を追う主人公達を死から救うために、ループを繰り返して孤軍奮闘する様子が描かれる。
主人公がループするのではなく、脇役の少年が主人公を救うためにループするという構成が特徴。自分の意志でループを繰り返すことはできない上、主人公たちが爆殺される前に、特殊な能力を持たない少年が吉良吉影を倒さなければ主人公たちを救出できないという厳しい制約の中で、緊迫感のある闘いが描かれる。

アニメ [編集]

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー
1984年のアニメ映画。舞台となる高校の学園祭の前日が延々と繰り返される設定となっている。この設定は、どれだけ連載が続いて物語内で時間が経過しても登場人物は年齢を重ねることなく楽しい学園生活が永遠に続いていくという原作のフォーマット(あるいは男性向けのラブコメディ全般におけるフォーマット)を自己言及的に描いたものとして評価された[30][31]
ゼーガペイン
2006年のテレビアニメ。主人公たちが暮らしている世界は、日本の地方都市を模して量子コンピュータのサーバー上に再現された仮想世界という設定で、技術的な問題から同じ150日間をループし続けている。ループを観測できるようになった一部の人物のみが、既に人類が滅亡している現実世界で、サーバを守るための戦いに参加することができる。
魔法少女まどか☆マギカ
2011年のテレビアニメ。最初のループでは親友同士であった主人公・鹿目まどかの死を回避するため、時間操作の能力を得た魔法少女・暁美ほむらが、2人の出会いから死別までの1か月間を幾度となく繰り返しているという設定。作中で描かれるのは最後の1回のループであり、ループ構造が明かされるのも終盤だが、種明かしのエピソードである第10話では状況を変えつつ繰り返されてきたループ途上の出来事とバッドエンドの数々を回想する過去編のエピソードが描かれている。
ループものの総括とも[32]、ループものを含むゼロ年代の時代的要素の総括ともいわれる[33][34]。また、多くの(セカイ系的な)ループものではループからの脱出をもたらす超越性(奇跡)として男女の恋愛要素を持ち出しているのに対し、この作品では主人公格の2人の少女同士の同性の関係性がループからの離脱をもたらすという点に独自性があるともいわれる[35][36]。本作のシリーズ構成を手掛けている虚淵玄は、影響を受けた作品として、2000年のアメリカ映画『メメント』など、物語の構造として時間軸を切り刻んで見せるようなプロットを持つ作品群を挙げている[2]
PERSONA4 the Animation -the Factor of Hope-
2012年のアニメ映画。最後の決戦にて、次々と幾千の呪言により仲間達が次々と闇に引きずり込まれる中、敵である伊邪那美大神の「真実と向き合うのが嫌なら霧の中で一生を過すか」という誘いに乗った鳴上悠が、3月20日を繰り返す。
目には隈が出来、生気も覇気も失い、友人に劇物を食べさせる、普段ではありえない提案に乗るなどするが「大丈夫」と言い続けて何日もループしていた所、それを見兼ねた時間と空間の狭間の住人であるマーガレットに戦いを挑まれ、自分の仲間達や強い絆を再確認することで真実と向き合う事を受け入れ、ループを自ら打ち破った。

ゲーム [編集]

ファイナルファンタジー
1987年スクウェアから発売されたコンピュータRPG。序盤に主人公4人は、反逆騎士ガーランドを殺すことになる。そして世界を旅し4つ全てのクリスタルに光を取り戻すが、世界は平和にならない。元凶は2000年前にあるとして過去へ行き、そこでカオスと化したガーランドと再会する。主人公達がガーランドを殺し、ガーランドは2000年前に蘇り、4大カオスを未来へ送り込み、過去へやってきた主人公達を殺し、時が経ち2000年後にまた主人公達が同じ戦いと旅をする。これが延々と繰り返されてきた。ゲーム本編でラスボスであるカオスに打ち勝たない限り、このループはいつまでも続く。プレイヤーがカオスにどうしても勝てず、ゲームを初めからプレイし直すと、現実としてもこのループが成立することとなる。
この世の果てで恋を唄う少女YU-NO
1996年エルフから発売されたアダルトアドベンチャーゲーム。主人公は父が残した腕輪の力で並行世界を渡り歩き、同じ数日間を幾度も繰り返しながら、町の歴史に関わる謎を追うことになる。
A.D.M.S(アダムス、オート分岐マッピング・システム)と呼ばれるシステムを採用しており、分岐した並列世界をマップとして視覚化し、任意の世界の任意の時間へ移動することができる。プレイヤーはこのシステムを駆使して過去と未来を行き来し謎を解いていく。
この斬新なシステムと物理数学哲学歴史宗教の知識を元に作られた独特の世界観が高く評価された。
仙窟活龍大戦カオスシード
1998年ネバーランドカンパニーから発売されたシミュレーションゲーム。シナリオを担当した柏木准一はインタビューで、ループ構造を持つストーリーとして手塚治虫の漫画『火の鳥』異形編を参考にしたと述べている[37]
Prismaticallization
1999年アークシステムワークスから発売されたアドベンチャーゲーム。主人公の青年は、プリズム状の謎のオブジェを拾ったことで、同じ一日を無限に繰り返す奇妙な現象に囚われる。オブジェは周囲の特定の状態を5つまで「記録」することができ、その情報が次回以降の一日のどこかで自動的に「開放」されることで反復されていた出来事にわずかな変化が訪れる。これを繰り返すことで最終的にループから解放される。同じ文章を何回、何十回と読み返すことになるので、既読箇所の高速スキップが前提になっている。
ゲームシステムと主人公の衒学的な振る舞いがあまりにも独特であったため、製作者自らが「多くの非難と僅かな賛辞を呼んだ」と公式サイトで述べていた。
ANOSシリーズ
自転車創業が提唱する、サウンドノベルを発展させた「アドバンスドノベル」のシリーズ。各作品の内容は独立しており互いに関連性はないが、いずれも何らかの理由で同じ時間が循環する環境にある点が共通している。繰り返す時の中では知識や経験も失われるため登場人物は常に決まった行動をとるが、主人公は記憶を保持できる謎のアイテム「ANOS」を所持しており、これに記録されたキーワードがしかるべき箇所で開放されることで以前とは違った行動を取ることができる。ゲームシステムは前述の『Prismaticallization』に類似するが、本シリーズでは保持できるキーワード数に上限がなく、開放の対象はプレイヤーが事前に選択する1つになる。
『あの、素晴らしい をもう一度』
1999年に満開製作所から発売され、後に自転車創業から移植版が発売された。主人公がファンタジー世界の特定時点にいるところから、ゲームがスタートする。スタート時の世界の状況は、主人公や出来事、時間などを含め、全く同じ。主人公は世界を旅し様々な人と出会い、多くの選択を選びながら最終地点へ向かう。それまでに適切な選択を選ばなければ、主人公は死ぬか世界が滅びる。その直後、謎の声が主人公に語りかけてANOSを与え、主人公は誤った選択のうちどれか1つに気付き、これがループ脱出のヒントとなる。バッドエンド後ゲームを再開すると、主人公は全ての記憶を失い初期のスタート地点へ戻り、再び同じ状況から旅をしていく。プレイヤーと謎の声のみが一部始終の物語を記憶している。
『空の浮動産』
2001年発売。時に昭和74年。主人公たちが入学した大学の法学部は、実は法律ではなく魔法を教える学部だった。すでに数年前の発見当時の熱も過ぎ去り、世間からの関心も薄れた魔法だったが、取り扱いを誤ると宙に浮かべた家が墜落するような危険性もはらんでいた。
ロストカラーズ
2004年発売。色を媒介に伝染する腐食から国を守るため、魔法の結界が国土全体を取り囲み、その中からすべての色は消え去った。色のついた「カラーズ」と呼ばれる人々は、出現次第、腐食を広めないよう抹殺されていた。無慈悲にカラーズを狩り続けてきた騎士である主人公は、あるとき自分自身がカラーズになってしまう。それまでと一転して追われる立場になった彼は、色をもとに戻す手段を求めて結界の外に出る。そこは魔法の副作用で同じ時間が循環するようになった世界だった。
そう、あたしたちはこんなにも理不尽な世界に生きているのだらよ
2006年発売。街中に忽然と出現する魔法の爆弾。その周囲では時間が循環するため、探索は短時間にしか行えず、通常の手段では外部に知識を持ち出すこともできない。自殺志願者だった主人公は「死を恐れない」という理由で爆弾解体作業にスカウトされ、ANOSを与えられる。だが解体作業のためには、まずどこにあるかもわからない爆弾の所在をつかむ必要があった。
『infinity』シリーズ
KIDによる、閉鎖空間からの脱出を主題としたサスペンス恋愛アドベンチャーゲーム三部作。システム自体にはループを再現する要素はなく、選択肢にしたがって文章を読むという基礎的な操作で進行する。
Never7 -the end of infinty-
2000年発売。大学のゼミの合宿で孤島を訪れた主人公の青年は、「誰かが死ぬ」という予知夢の実現を回避しようとするが、合宿の6日目には結局犠牲者が出てしまう。絶望のあまり意識を失って目を覚ますと、そこは1日目だった。彼は未来を予知していたのではなく、同じ6日間を無限に繰り返しており、その記憶がかすかに残っていたのだった。
一つのシナリオは、各ヒロインと交流を深める一周目と、6日目の悲劇を回避する為に奔走する二周目で構成されている。一周目でどのヒロインのルートに進むかが決定し、6日目に決定したヒロインが死亡。二周目にてそのヒロインを助けることが出来ればエンディングを迎えることができる。
Ever17 -the out of infinity-
2002年発売。海中に浮かぶテーマパークに、7人の男女が閉じ込められた。施設が水圧で崩壊するまでの6日間に、彼らは脱出方法を求めて模索する。主人公としての視点を大学生の青年と記憶喪失の少年の2名から選ぶことができ、それにより展開が変わってくる。一度クリアしても劇中で起こる不思議な現象の謎が解けないため、事態の全貌を知るには周回プレイしなくてはならないが、実はこの繰り返し行為そのものが終盤で意味を持ってくる。最後のシナリオでそれら謎の全貌が明かされ、グランドフィナーレとなる。
Remember11 -the age of infinity-
2004年発売。飛行機事故で遭難し雪深い山小屋に閉じこめられた女性と、特殊な精神医療施設で何者かに命を狙われる男性が、場所の隔たりを超えてお互いの肉体に意識を宿らせるという奇怪な現象が生じる。ふたりは人格交換を繰り返し、それぞれに迫る危機を協力して乗り越えようとする。最後までプレイしても謎の全貌が明かされないので、登場人物ではなくプレイヤーがゲームから解放されない。
code_18
KIDブランドを継承したサイバーフロントから「シリーズ再始動」と銘打って2011年に発売された。複数存在するそれぞれのヒロインと恋愛関係になるルートが用意された恋愛アドベンチャーだが、各ルートの最後には未曾有の大災害が起こり、時間が物語冒頭にループしてしまう。このループを繰り返す事でゲームを進行させる為、恋愛アドベンチャーゲームにも関わらずルートを攻略する順番は固定である。最後のシナリオでループの事実に気付き、事態の打開を図る。
ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち
2000年にエニックスから発売されたRPG。物語の中で永遠に同じ一日が繰り返される町・リートルードが存在し、主人公たちはその影に魔物の存在があることを突き止め、時を巻き戻していた魔物・タイムマスターを倒すことになる。
ゼルダの伝説 ムジュラの仮面
2000年に任天堂から発売されたNINTENDO64アクションアドベンチャーゲーム。舞台はハイラルとは違う次元に存在する世界タルミナで、リンクはこのパラレルワールドに迷い込んでしまう。そこは3日後には月が落ちてきて滅びてしまう世界で、リンクは「最初の日」への時間逆行を繰り返しながら、世界に広がる謎を解き明かしていく。"3日間システム" とも呼ばれるこのシステムは、謎解きを(ゲーム内での)3日以内に解いてセーブ=初日に戻ることを意味し、この3日間の変化を利用した謎解きやイベントがある。なお、最期の夜を過ぎたら月が地面へ落下してゲームオーバーとなる。日本国外版、ゼルダコレクション版は、中断セーブが可能。
ひぐらしのなく頃に
2002年から07th Expansionによって発売されたサウンドノベルのシリーズ。都会から遠く離れた村落雛見沢村を舞台とし、「綿流し」と呼ばれる祭りの期間前後に起こる異常事態や会話情報を、主人公(ゲーム毎に変わる)の視点から体験していく。基本的に最後はキーキャラの1人「古手梨花」が必ず殺されてそれが原因となり、村と住民全員が滅びる。
その後に次のエピソードをプレイすると、ゲームは過去のある時点に戻り、そこから別のキャラを主人公として異なる展開を経ていき、最終地点に至り全滅する。これが何度もループする。
プレイヤーは各エピソードをプレイし、そのループを客観的に考察・推理し、自分なりに仮説を構築していくのが、本ゲームの主な遊び方となっている。ノベルゲームでありながら選択肢は存在せず小説のような一本道の形式であるが、雛見沢村を悲劇から救うために試行錯誤が繰り返されるという意味では通常のゲームをプレイする感覚を想起させるものとなっている[38]
斬魔大聖デモンベイン[2]
2003年ニトロプラスから発売されたアダルトアドベンチャーゲーム。魔術師組織に脅かされるアーカムシティーを舞台に、人の姿をした魔導書アル・アジフとそのパートナーが立ち向かう。宿敵マスターテリオンに打ち勝たない限り、最後は世界が滅亡し、再び過去の同じ時点へ戻っている。ゲーム本編ではループが起きないが、全てのループ世界の記憶を持つアル・アジフとマスターテリオンから、死闘とそのループが延々と繰り返されていることが語られる。また小説版では、その莫大なループのうちの1つが、描かれている。
CROSS†CHANNEL
2003年にフライングシャインから発売されたアダルトアドベンチャーゲーム。主人公とその周辺の8人を除いて世界では人類が滅亡しており、その状態で1週間がループし続けていると設定されている。東浩紀によれば、セカイ系とゲーム的リアリズムの発想が融合されており「2000年代のオタク的想像力のひとつの典型とでも言うべき重要な作品」であるという[39]
SIREN
2003年にソニー・コンピュータエンタテインメントから発売されたホラーアクションゲーム。異界と化した寒村「羽生田村」を舞台に絶望的な状況で戦う人々を描いた群像劇。本作には各ステージ毎に、最初から達成可能な「終了条件1」と条件を満たした後に達成可能となる「終了条件2」の二つが設定されている。これは「永遠にループする世界」の中の僅かな行動の相違を表現したものである。ストーリー中に明言はされないが、羽生田村の時間はループしており、何度もループを繰り返して全てのステージの終了条件2を達成した時、初めてループから抜け出してエンディングを迎えるという設定となっている。
シリーズ三作目の『SIREN:New Translation』ではループを直接ストーリーに盛り込んでおり、ある登場人物がタイムスリップする事による「ウロボロスの輪」が成立するまでループが続いていく。
3days 〜満ちてゆく刻の彼方で〜
Fate/hollow ataraxia
2005年TYPE-MOONから発売されたアダルトアドベンチャーゲーム。主人公の1人である衛宮シロウは、4日間を自由に行動し、特定の日・特定の時間にしか現れない各イベントを見ていき、最終的には何らかの結末で1ループが終了する。もう1人の主人公バゼットも作中で何らかの行動を毎回とるが、基本的に最後は戦いに敗れ1ループが終了する。その後バゼットのサーヴァントであるアヴェンジャーの能力によって、第1日目に戻る。シロウやバゼットが体験したイベントによって、ループする4日間の特定場所・特定時間に新たなイベントが生じる。ループを何度も繰り返して新イベントを発生させ、全ての適切なイベントと選択肢を経由しなければ、ループは永遠に続く。
ゼノサーガ エピソードIII[ツァラトゥストラはかく語りき]
2006年にバンダイナムコゲームスから発売されたロールプレイングゲームで、モノリスソフトが開発していたゼノサーガシリーズの完結編。物語の最終局面にて、この宇宙はやがて滅びる定めにあり、それを防ぐ為に黒幕が「ツァラトゥストラ」と言う装置を使って時間をループさせる「永劫回帰」を行っていたと言う事実が明かされる。
うみねこのなく頃に
2007年から07th Expansionによって発売されたサウンドノベルのシリーズ。主人公の右代宮戦人は、魔女ベアトリーチェと推理対決していく。対決は現実ではなく「魔女のゲーム盤」という、一種のテーブルゲーム形式で行われ、そのゲーム世界(ゲーム盤上)で起こる殺人事件や犯人、真相を模索・検証・推理・考察していく。
ゲーム盤上の展開はゲーム毎に変化し、殺される順番や発見現場など、あらゆる状況が異なる。ゲーム盤は基本的に、開始時点と終了後の結末が同じであり、この点においてゲーム盤上はループする。
また戦人は、ベアトリーチェが真に要求する答えに至るまで、また他の魔女などの登場人物との決着を着けるまで、ゲームは何度も繰り返される。この意味において、戦人は魔女のゲームを繰り返し挑戦し、記憶は維持するものの一種のループ(やり直し)を繰り返す。
11eyes -罪と罰と贖いの少女-
らき☆すた 〜陵桜学園 桜藤祭〜
2008年に角川書店から発売されたアドベンチャーゲーム。陵桜学園に主人公が転校してきた日から桜藤祭当日までの日々が永遠に繰り返され、その中で主人公が取ってきた行動により物語の内容は様々に変化する。最終的にはループの原因を突き止め、ループから脱出するために奔走する事となる。
インフィニットループ 古城が見せた夢
2008年日本一ソフトウェアから発売されたアドベンチャーゲーム。死後に霊体となった主人公が人間に憑依しながら、やがて起こる悲劇を回避する為に奔走する。悲劇が起きてしまった場合は主人公が死亡した瞬間に時間がループする。何度もループを繰り返して情報を集め、それらを活かして悲劇を回避する事でストーリーを進行させていく。しかしループ現象の正体はエンディングを迎えても明かされることはない。
スマガ
2008年にニトロプラスから発売されたアダルトアドベンチャーゲーム。主人公のうんこマンが「人生リベンジ能力」を使ってハッピーエンドを目指す。前島賢はゼロ年代後半のセカイ系を象徴する作品として挙げている[40]
セカイ系やループ構造自体を作品内に織り込んで描いた上でそれを打破するという作風に仕上がっており[41][2]、これによってこのジャンルにおけるループ構造が相対化された面がある[42]
ディシディア ファイナルファンタジー
2008年にスクウェア・エニックスから発売されたファイナルファンタジーシリーズクロスオーバー作品。混沌と調和の二柱の神が戦い続けている世界が舞台で、シリーズ歴代の主人公で構成されるコスモス陣営と各作品の敵役で構成されるカオス陣営の戦いが描かれる。後にこの戦いは決着が付くと同時に全てが巻き戻され、戦士や神々が蘇り、戦いが繰り返される。と言うループを繰り返していた事が明かされる。本作では13回目にして最後の戦いが描かれ、続編の『ディシディア デュオデシム ファイナルファンタジー』では12回目の戦いが描かれた。
STEINS;GATE[43]
2009年に5pb.から発売されたアドベンチャーゲーム。複数登場する時間操作の手段のひとつとして、自分の記憶のみを過去に送る「タイムリープマシン」が登場する。主人公の岡部倫太郎が望まぬ結果を回避する手段としてこれを用いるものの、未来を変えることができず、同じ時間をループし続ける場面が登場する。
作中における阿万音鈴羽のルートでは映画『恋はデジャ・ブ』に言及する場面がある。シナリオの執筆に構成協力という形で参加した下倉バイオは前述の『スマガ』のシナリオも手掛けている。
密室のサクリファイス
2010年ディースリー・パブリッシャーから発売された脱出ゲーム。主人公の一人であるアスナは、初登場時は血塗れで更に被爆していると言う特異な状態であったが、実はそれはアスナ編のエンディングにて、アスナがある人物の力で物語冒頭へ戻っていた為であった、と言うループ構造が展開される。
ゴーストトリック
2010年にカプコンから発売されたアドベンチャーゲーム。霊体となり、記憶を失った主人公が物に取り憑きながら真実を捜し求める。主人公は人間や動物の死体と接触する事でその死の4分前に戻る能力を持ち、過去での行動次第で死を回避する事が出来る。ループ構造とは厳密には異なるが、過去には何度でも戻れるので、その4分間を繰り返して死を回避する方法を模索する事になる。上記の『インフィニットループ』と似た構図だが、向こうが他人に夢を見せて間接的に行動を促す事しか出来ないのに対し、こちらは主人公が取り憑いたオブジェクトを直接動かす事が出来るので自ら能動的な行動が可能である。
ラジアントヒストリア
2010年にアトラスから発売されたロールプレイングゲーム。白示録というアイテムを手にした主人公が時間やパラレルワールドを行き来し、死ぬはずだった人物を助けたりして歴史を変えていく。そのため、本編中は何度も過去に戻って歴史をやり直す事になり、視覚化されたルート分岐を埋めていくと言ったアドベンチャーゲーム的な側面も持つ。そのゲーム性からCMでは「死亡フラグをへし折るRPG」と銘打っていた。
DUNAMIS15
2011年に5pb.から発売されたアドベンチャーゲーム。洋上の学園島を舞台に起こる惨劇とそれを繰り返すループを描く。物語は全5章で構成されるが、それぞれの章は違うキャラの視点で物語を体験し、最終章以外は必ず主人公達の死と言った破滅的な結末を迎える。同時に時間が冒頭までループし、次の章(別のキャラの視点)に移る事になる。つまり各章は循環する時間の中で別々のループを取り上げたものである。最初のうちは同じ期間を繰り返しているようにも見えるが、徐々に登場人物達にループの自覚が生まれ始め、後半の章は惨劇を回避する為の行動を起こす事となる。
5pb.には過去に上記のinfinityシリーズを製作したKIDスタッフが所属しており、タイトルも似ているが同シリーズの作品と言う訳ではない。

小説 [編集]

リプレイ
1987年に出版された、ケン・グリムウッドによるアメリカ合衆国のSF小説。主人公の中年の男性が、死を迎えるたびに記憶を保ったまま過去に戻り、人生をやり直すという設定。当初は学生時代まで時間が戻るが、ループを繰り返す過程で時間が短くなっていく。また、作中には主人公以外にも記憶を保ったままループを続けている人物が登場する。
多くの類似作品を誕生させ、本作を原案としたドラマ『君といた未来のために 〜I'll be back〜』や漫画『リプレイJ』などもループものの作品である。
『七回死んだ男』
1995年に出版された、西澤保彦による日本のSFミステリ。同じ日を9回繰り返すことができるようになった男が主人公になっている。作者の西澤は映画『恋はデジャ・ブ』に着想を得たと述べている[11]
DEAR
2001年から刊行された、新井輝による日本のライトノベル。物語の特徴として物語の初めに3人の人間が死んでしまっており、事件が起こる前の時間に戻り3回のうちにそれを回避することを目指し行動すると設定されている。作者は第1巻のあとがきにおいて、シリーズのプロットが西澤保彦の『七回死んだ男』の影響下にあることを明かしている。
「エンドレスエイト」(『涼宮ハルヒの暴走』収録の短編)
谷川流による日本のライトノベル『涼宮ハルヒシリーズ』の、2003年に連載誌で掲載されたエピソード。高校生活の中で夏休みの終わりの2週間だけが15,000回以上[注 6]ループし続けているという設定。主人公のキョンはループを観測できないものの、宇宙人の長門有希から状況を知らされ、脱出の方法を模索する。原作小説ではループからの脱出に成功する最後の1回のみが描かれているが、テレビアニメ化された際にはほとんど同一のエピソードが計8回放送され、物語内での時間反復を視聴者に追体験させた[32]
『リピート』
2004年に出版された、乾くるみによる日本のSFミステリ。主人公は過去のある時点から人生をやりなおすことができるという「時間旅行のツアー」に参加し、およそ9か月半を反復し続ける。
小説『リプレイ』の影響下で登場したループものの1つで、作中でも『リプレイ』についての言及がある[44]。大森望によれば、この作品は「反復によって手に入れたものを手放すことより反復する権利自体を手放すのことほうがためらわれる」という人間心理を発見したことに意義があるという[45]
All You Need Is Kill
2004年に出版された、桜坂洋による日本のライトノベル。主人公のキリヤが「ギタイ」と呼ばれる敵と戦っては負け、そのたびに30時間前の状態に戻されると設定されている。「ギタイ」に勝利してループから脱出するために試行錯誤を繰り返すさまはゲームプレイの比喩と解釈でき、その意味ではキリヤはゲーム内のキャラクターではなくプレイヤーの比喩となっている[46]

実写映画 [編集]

恋はデジャ・ブ
1993年のアメリカ合衆国の映画。グラウンドホッグデーの取材のため、地方都市を訪れた気象予報士の主人公が、特に大きな事件も起こらない24時間を約3,000回ほど繰り返すという設定。主人公はループを観測している唯一の存在で、特権的な立場を活用して羽目を外したり、同僚を口説いたり、自暴自棄になったりしながら、1日の有意義な過ごし方を模索していく。小説『リプレイ』と影響下にある作品とされることもある[11]
NEXT -ネクスト-
2007年のアメリカ合衆国の映画。主人公は未来を予知する能力を持っている。行動・選択による未来のあらゆる分岐を前もって知り、その予知に基いて自身が望む最良の未来を模索していく。現実世界はループしないが、主人公の精神内において、予知世界という形で、際限なくループする。主人公は最善の未来に辿り付くために、行動後のあらゆる未来の結果を、ほぼ無限に予知し続けていく。
トライアングル英語版[43]
2009年のイギリスオーストラリア合作の映画。閉じた時間の中で、主人公が異なる時間上の自分自身と殺し合う状況が繰り返される。
ミッション: 8ミニッツ
2011年のアメリカ映画。主人公の兵士は連続テロの犯人についての情報を得るため、過去の他人に意識を送り込む装置を用い、列車爆破テロが起こる8分前からの時間を繰り返す。終わらない日常を描くようなループものとは印象の異なる作風となっており[47]、極限状況での8分間がループされる。

テレビドラマ [編集]

「うるう年の奇跡」(『怪奇倶楽部』)
日本のテレビドラマ『新 木曜の怪談』中の、1996年2月29日に放送されたエピソード。2月29日の夜に男子児童がトラックに轢かれるのを女子児童が見た直後に朝に戻り、男子児童がトラックに轢かれなくなるまで繰り返すというもの。
君といた未来のために 〜I'll be back〜[48]
1999年に放送された日本のテレビドラマ。小説『リプレイ』を原案とし、主人公の大学生がおよそ4年間を繰り返してしまうと設定されている。
月曜の朝」(『Xファイル』第6シーズンのエピソード)
アメリカ合衆国で制作されたテレビドラマの、1999年に放送されたエピソード。爆弾を用意した男が銀行強盗を行う。たまたま居合わせた主人公のモルダーとスカリーは、強盗を阻止しようとするが失敗する。銀行は爆弾で破壊され、強盗や主人公を含め銀行にいた人間は全員死亡してしまう。その後に過去のある時点に戻り、似た事が延々と繰り返される(ループ)。モルダーは僅かながら、強盗の共犯は全て、このループの内容を記憶している。共犯はこのループを終わらせようと、様々なアプローチを行う。
トゥルー・コーリング
アメリカ合衆国で制作され、2003年から2005年にかけて放送されたテレビドラマ。医者志望で死体安置所で働く主人公トゥルーは、深夜勤務中、自分に助けを求める遺体の声を聞いたことで、時を遡り1日前に戻ってしまう。トゥルーは限られた時間の中で、事件を未然に防ごうと奔走する。ループは1回限りで、事件を防げなかったり、過去を変えたため新たな死者が出た場合でも、ループしてのやり直しは出来ない。
仮面ライダーディケイド
2009年に放送された日本の特撮ドラマで、平成仮面ライダー10周年記念作品。物語の冒頭でヒロインの光夏海の見た無数の仮面ライダーが「1人の標的=ディケイド」に攻撃を仕掛け全滅する夢=「ライダー大戦」が本編のラストで本当になり1話の冒頭へループされるというもの。劇中では「ライダー大戦」が始まったところで本編は終了しているがプロデューサーの白倉伸一郎はこれを1話へのループとしている。通常放送時のラストでは夢と多少の違いがあったものの、10月から5月にかけて放送された再放送のラストでは1話の夢により近い演出になっている。また、主人公の門矢士 / 仮面ライダーディケイド役の井上正大によれば、渡された最終話の台本には「最終話」の文字がなく、最後に「つづく」と書かれていたという。
「リフレイン」(『世にも奇妙な物語』)
1991年に放送された世にも奇妙な物語中のエピソード。松崎しげる主演。
「そして、くりかえす」(『世にも奇妙な物語』)
1998年に放送された世にも奇妙な物語中のエピソード。内村光良主演。「明日なんて来なければいい」と願った主人公が、願いどおりに夜の12時を過ぎると同じ日の朝に戻るループに迷い込んでしまう物語。主人公はループから脱出するために様々な試行錯誤を重ねるも脱出できず、ついに工事現場で落下する鉄骨の下敷きになって死ぬ決意を固める。ところが、何も知らずに追いかけてきた最愛の女性の前で鉄骨の下敷きになり、劇的な死を遂げようとしたまさにその時、再び朝に戻ってしまうのだった。
ループから脱出する方法は結局判明せず、無限ループから抜けられずに終わるブラック・コメディ。

関連する概念 [編集]

パラレルワールド
ループものと同様にセカイ系と親和性の高いジャンルとしては多重世界(ラメラスケイプ)・並行世界(パラレルワールド)を描いたものが挙げられる[49]。ループものの中に、歴史を繰り返すタイプと並行世界として散在しているタイプの2つがあるとも考えられる[32]
終わりなき日常
社会学者の宮台真司が使った用語で、物質的には豊かになっても個人が自分自身の物語(人生のよりどころとなるような価値観)を見出すのが困難になった現代社会のことであるが、脚本家の渡邊大輔[50]や評論家の宇野常寛[35][36]は日本におけるループものの世界観は終わりなき日常の比喩であることが多いと捉えており、宇野によれば日常生活のなにげないやりとりを重点的に描く空気系的な作風も、人生や日常生活そのものがまるでループしているかのようだという感覚が広く共有されることによって出現したものであるという[20]。宮台真司自身、漫画『うる星やつら』に代表される半永久的な学校空間での戯れの表現を「終わりなき日常」の象徴と位置づけている[51]
メビウスの帯
循環や繰り返しを想起させることから、文学においてはループ構造を持つプロットや登場人物が過去のある時点に戻ることの比喩としてしばしば用いられる[52]

脚注 [編集]

注釈 [編集]

  1. ^ 「第三者の審級」とは大澤真幸の用語で、「規範の妥当性を担保する超越的な他者」「社会(システム)の全体性を代表する超越的な他者」としている[15]ポストモダンの到来によって失われたとされる「大きな物語」[16][17]あるいはラカンの三界でいう「象徴界」[18]のような意味で使われている。
  2. ^ 『新世紀エヴァンゲリオン』自体、ループものではないにもかかわらずループものとして受容された面がある[20]。TVシリーズの終盤には並行世界を思わせる描写がある。また新劇場版でもループものを匂わせる演出がなされている。
  3. ^ 他方、人類全体が反復に気づいているという設定の作品もある[21]
  4. ^ 大塚英志は、現実世界を写生して描く近代までの文学の手法を「自然主義リアリズム」、虚構を写生して描くキャラクター小説(ライトノベル)の手法を「まんが・アニメ的リアリズム」と対比した[24]
  5. ^ 覚えゲー復活 (コンピュータゲーム)も参照。
  6. ^ 原作小説では15,498回、テレビアニメ版では15,527回という設定。

出典 [編集]

  1. ^ 前島 2010, p. 151
  2. ^ a b c d 虚淵玄・前田久 「虚淵玄INTERVIEW」『オトナアニメ』vol.20、洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2011年5月9日、34頁。ISBN 978-4-86248-711-7
  3. ^ a b 大澤 2008, p. 197
  4. ^ 暮沢剛巳 『キャラクター文化入門』 エヌ・ティ・ティ出版、2010年、98頁。ISBN 978-4757142565
  5. ^ 大澤 2008, p. 196
  6. ^ 大森 2007, p. 510
  7. ^ ピックオーバー 2007, p. 245
  8. ^ 大森 2007, pp. 513-514
  9. ^ 大森 2007, pp. 508-510
  10. ^ 大森 2007, pp. 511-512
  11. ^ a b c 大森 2007, p. 517
  12. ^ a b c 東 2007a, p. 160
  13. ^ 前島 2010, p. 152
  14. ^ 大澤 2008, p. 200
  15. ^ 大澤 2008, pp. 103,199
  16. ^ 東浩紀大澤真幸「ナショナリズムとゲーム的リアリズム」『批評の精神分析 東浩紀コレクションD』、2007年、415頁。
  17. ^ 東浩紀・大澤真幸「虚構から動物へ」『批評の精神分析 東浩紀コレクションD』、2007年、65頁。
  18. ^ 東浩紀・大澤真幸・斎藤環「シニシズムと動物化を超えて」『批評の精神分析 東浩紀コレクションD』、2007年、164頁。
  19. ^ 大澤 2008, pp. 199-200,202
  20. ^ a b 東浩紀・宇野常寛黒瀬陽平氷川竜介山本寛「物語とアニメーションの未来」『思想地図〈vol.4〉特集・想像力』日本放送出版協会、2009年、209頁。ISBN 978-4140093474
  21. ^ 大森 2007, pp. 517-518
  22. ^ 前島 2010, pp. 153-154
  23. ^ 東浩紀 「『CROSS†CHANNEL』について」『文学環境論集 東浩紀コレクションL』 講談社、2007年、345頁。ISBN 978-4062836210
  24. ^ 東 2007a, pp. 56-57
  25. ^ 東 2007a, p. 193
  26. ^ 東 2007a, pp. 113-117
  27. ^ 東 2007a, p. 180
  28. ^ 大森 2007, p. 520
  29. ^ a b 大森 2007, p. 512
  30. ^ 宇野常寛 『ゼロ年代の想像力』 早川書房、2008年、208頁。ISBN 978-4152089410
  31. ^ 前島 2010, pp. 151-152
  32. ^ a b c さやわか × 村上裕一 対談:『魔法少女まどか☆マギカ』【前編】』 WEBスナイパー(2011年5月3日)。
  33. ^ 「まどか☆マギカ」対「フラクタル」 ゼロ年代を経てつくられた2つのアニメ』 ニコニコニュース(2011年5月7日)。
  34. ^ 宇野 et al. 2011, pp. 94-95
  35. ^ a b ニコ生PLANETS増刊号 徹底評論『魔法少女まどか☆マギカ』」での発言より。
  36. ^ a b 宇野 et al. 2011, p. 101
  37. ^ 「【インタビュー】柏木准一/『カオスシード』というハイブリッドはなぜ成立できたのか」『PLANETS vol.7』第二次惑星開発委員会、2010年、74頁。ISBN 978-4905325000
  38. ^ 東 2007a, pp. 226-235
  39. ^ 東 2007a, p. 161
  40. ^ 前島 2010, p. 221
  41. ^ 前島 2010, pp. 221-223
  42. ^ 「美少女ゲームの突破口」『PLANETS vol.7』第二次惑星開発委員会、2010年、106頁。ISBN 978-4905325000
  43. ^ a b “ゲームやアニメでおなじみのループものに新たな傑作が誕生”. Walkerplus (角川マーケティング). (2011年8月2日). http://news.walkerplus.com/2011/0802/13/ 2011年8月5日閲覧。 
  44. ^ 大森 2007, p. 508
  45. ^ 大森 2007, p. 519
  46. ^ 東 2007a, pp. 158-167
  47. ^ 清水節 (2011年10月18日). “ミッション:8ミニッツ : 映画評論 ループの果てに訪れる鎮魂と希望の世界”. 映画.com. エイガ・ドット・コム. 2011年11月22日閲覧。
  48. ^ 大森 2007, p. 511
  49. ^ 斎藤環 『キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人』 筑摩書房、2011年、223頁。ISBN 978-4480842954
  50. ^ 渡邊大輔 「セカイへの信頼を取り戻すこと――ゼロ年代映画史試論」『社会は存在しない――セカイ系文化論』 南雲堂、2009年、353頁。ISBN 978-4523264842
  51. ^ 宮台真司「「良心」の犯罪者」『オウムという悪夢―同世代が語る「オウム真理教」論・決定版!』宝島社、1995年、114頁。ISBN 978-4796692298
  52. ^ ピックオーバー 2007, pp. 15-16,245

参考文献 [編集]

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]