オリエント急行の殺人

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オリエント急行の殺人
Murder on the Orient Express
著者 アガサ・クリスティー
訳者 中村能三 ほか
発行日 イギリスの旗1934年
日本の旗1978年
発行元 イギリスの旗
日本の旗早川書房
ジャンル 推理小説
イギリスの旗 イギリス
前作 死の猟犬
次作 リスタデール卿の謎
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オリエント急行の殺人』または『オリエント急行殺人事件』(オリエントきゅうこうのさつじん、オリエントきゅうこうさつじんじけん、原題:Murder on the Orient Express)は、アガサ・クリスティによって1934年に発表された長編推理小説である。著者の長編としては14作目、エルキュール・ポアロシリーズとしては8作目にあたる。日本語初訳は『十二の刺傷』の題名で刊行された(柳香書院刊、延原謙訳、1935年)。

その奇抜な結末から彼女の代表作の1つに挙げられている。

ストーリー[編集]

中東での仕事を終えたポアロは、イスタンブルカレー行きのオリエント急行に乗り、ヨーロッパへの帰途につく。一等車両にはポアロの他、様々な職業、国の出身者が乗り合わせ、季節外れの満席となっていた。その中の1人、アメリカの富豪サミュエル・ラチェットがポアロを知り、話しかけてくる。それは脅迫状を受け、身の危険を感じ、ポアロに護衛を依頼する、というものだった。しかし、ポアロは興味を持たず、またラチェットに良い印象を持たず、これを断る。

列車がヴィンコヴツィブロドの間で積雪による吹き溜まりに突っ込み立ち往生する中、翌朝、ラチェットの死体が彼の寝室で発見される。彼は、何らかの刃物によって全身を12か所にわたってメッタ刺しにされて殺害されていた。現場には燃やされた手紙が残されており、そこから解読されたのは「小さいデイジー・アームストロングのことを忘れ」という言葉だった。ラチェットは、かつて幼いデイジーを誘拐して殺害した犯人だった。ラチェットの正体を知ったポアロは捜査を始め、友人で国際寝台車会社(ワゴン・リ)重役であるブックと、乗り合わせたギリシャ人の医師コンスタンチンと共に事情聴取を行う。しかし、乗客たちのアリバイは互いに補完されており、誰も容疑者に該当しない。

困惑しながらもポアロは真相を導き出し、乗客たちに2つの解答を提示する。

登場人物[編集]

サミュエル・エドワード・ラチェット(Samuel Edward Ratchett)
アメリカ人。部屋は2号室。60歳代の老人で、実業家。
一見柔和そうに見えるが、眼光や雰囲気には狡猾で獰猛な態度が表れており、ポアロには不愉快さを感じさせていた。
デイジー・アームストロングを誘拐して身代金を奪った後、彼女を殺害した犯人で、莫大な保釈金を支払い釈放された後、名前を変えて外国で暮らしていた。
金ずくでポアロに護衛を頼むがポアロには断られ、その夜のうちに寝台で刺殺された。
ヘクター・マックイーン(Hector MacQueen)
アメリカ人。部屋は6号室。30歳前後の長身の青年で、ラチェットの秘書。
ラチェットとは約1年前にペルシャで知り合い秘書となったが、ラチェットとの個人的な面識はあまり見られない。
エドワード・ヘンリー・マスターマン(Edward Henry Masterman)
イギリス人。部屋は4号室。ラチェットの執事で、無表情でかしこまった中年男性。
アーバスノット大佐(Colonel Arbuthnot)
イギリス人。部屋は15号室。40歳代ほどの男性で、インドから帰って来た。
イギリス人らしい慎重な性格で、バグダッドではデブナムと意味ありげな会話をしていた。
メアリー・デブナム(Mary Debenham)
イギリス人。部屋は11号室。バグダッドで家庭教師をしていたという、ポアロの観察によれば28歳前後と見られる背の高いほっそりとした女性。
整った顔立ちにも表れているように、落ち着いて世慣れた聡明な性格を持つ。
ドラゴミロフ公爵夫人(Princess Dragomiroff)
フランスに帰化したロシア人。部屋は14号室。いわゆる亡命貴族の老婦人で、夫がロシア革命前に財産を海外に移していたため大富豪となった。
容姿は極めて醜いが、それを不快に感じさせない高潔さを持つ。
ヒルデガード・シュミット(Hildegarde Schmidt)
ドイツ人。部屋は8号室。ドラゴミロフ公爵夫人に15年仕える女中で、無表情で静かな中年女性。
ハバード夫人(Mrs. Hubbard)
アメリカ人。部屋は3号室。陽気でおしゃべりな中年女性で、他の客相手に娘の話を延々と聞かせていた。
犯行の夜、同じ部屋に犯人らしき男がいたと声高に主張している。
グレタ・オルソン(Greta Ohlsson)
スウェーデン人。部屋は10号室。愛想のいい中年女性で、ポアロによれば「どこか羊を思わせるような」穏やかな顔をしている。
就寝前に間違ってラチェットの部屋のドアを開けたらしく、確認されている限りでラチェットと最後に会った人物でもある。
アンドレニ伯爵(Count Andrenyi)
ハンガリー人。部屋は13号室。外交官をしている、30歳ほどの美男。
妻を事件にあまり関わらせないよう擁護している。
アンドレニ伯爵夫人(Countess Andrenyi)
ハンガリー人。部屋は12号室。アンドレニ伯爵の妻で、まだ20歳ほどの若い娘。
貞淑な美人で、多くの人物がその美しさを認めている。
サイラス・ハードマン(Cyrus Hardman)
アメリカ人。部屋は16号室。派手な服装をしており、チューインガムをくちゃくちゃして軽薄さを演出している。
セールスマンとして通していたが、実は私立探偵であることを尋問の際に打ち明けた。
アントニオ・フォスカレリ(Antonio Foscarelli)
アメリカに帰化したイタリア人。部屋は5号室。自動車のセールスマンで、色の浅黒いイタリア人気質の大男。
ピエール・ポール・ミシェル(Pierre Paul Michel)
フランス人。ポアロ達が乗るオリエント急行の車掌で、ラチェットの死体の発見者でもある。
ブック(Bouc)
ベルギー人。国際寝台車会社の重役で、ポアロとはポアロがベルギー警察にいた時期からの知人。寝台は1号室だったが、後に別車両に移った。
所用でオリエント急行に乗っていたところ事件の発生を知り、会社としてポアロに事件の究明を要請する。
コンスタンチン博士(Dr. Constantine)
ギリシア人。医師で、ラチェットの検死を行った。
エルキュール・ポアロ(Hercule Poirot)
ベルギー人の私立探偵。イスタンブールに数日滞在する予定だったが、関わっていた事件の発展によりオリエント急行での帰還を余儀なくされた。
客室が満員になっていたため、予約客が現れなかった二等寝台の7号室に通され、その後ブックが使っていた1号室に移動した。

解説[編集]

クリスティは、飛行家リンドバーグの息子が誘拐され、殺された事件(リンドバーグ愛児誘拐事件)に着想を得て、この物語を書いたとする。茅野美ど里は実在したこの事件とやはり実在したオリエント急行の立ち往生[1]を組み合わせたあたりにクリスティの才能が出ている、としている。

作品の評価[編集]

出版[編集]

日本語初訳は『十二の刺傷』(1935年柳香書院刊、延原謙訳)の題名で刊行された。

題名 出版社 文庫名 訳者 巻末 カバーデザイン 初版年月日 ページ数 ISBN 備考
オリエント急行の殺人 早川書房 ハヤカワ・ミステリ文庫1-38 中村能三 真鍋博 1978年 361 4-15-070038-9 絶版
オリエント急行の殺人 早川書房 クリスティー文庫8 中村能三 「華麗なる名作」
有栖川有栖
Hayakawa Design 423 4-15-130008-2
オリエント急行の殺人 早川書房 クリスティー文庫8 山本やよい 「華麗なる名作」
有栖川有栖
Hayakawa Design[6] 改訳2011年4月21日 4-15-131008-9
オリエント急行の殺人 早川書房 クリスティー・ジュニア・ミステリ 山本やよい 2007年12月19日 4-15-208882-6
オリエント急行の殺人 東京創元社 創元推理文庫 長沼弘毅 装画:ひらいたかこ
装幀:小倉敏夫
1959年10月16日
改版2000年11月14日
360 4-488-10539-6
オリエント急行殺人事件 講談社 講談社青い鳥文庫 花上かつみ 高松啓二 1999年11月15日 386 4-06-148511-3

映像化[編集]

オリエント急行殺人事件[編集]

1974年にMGMが多額の制作費を投じて作られた映画。キャストにはポワロ役にアルバート・フィニーラチェット役にリチャード・ウィドマークショーン・コネリーイングリッド・バーグマンアンソニー・パーキンスマーティン・バルサムと主役級の豪華キャストが起用されて話題となった。

スペシャルドラマ版[編集]

名探偵ポワロ『オリエント急行の殺人』[編集]

  • 名探偵ポワロ』では原作出版から75周年を記念して映像化され、イギリスでは第12シリーズ第4話として2010年7月11日放送。日本ではNHK BSプレミアムにて2012年2月9日放送。また放映と先駆け、ポワロ役のデヴィッド・スーシェが物語の舞台となるオリエント急行を旅して案内をするドキュメンタリー『名探偵ポワロと行く オリエント急行の旅』(DAVID SUCHET ON THE ORIENT EXPRESS)も制作された。日本語ナレーションもポワロの吹き替えの熊倉一雄が務めている。

こちらも映画作品に負けじと、イギリスの演劇界の有名キャストを取り揃えて制作された。本作は過去に作られた映画やドラマと異なる全体的に暗い内容となっており、冒頭から別件の事件推理の最中に追い詰められた犯人がポワロの眼前で自殺、ポワロが「それほどの罪ではなかった。やりすぎだ」と非難されるシーンから始まり、イスタンブールで姦婦への石打ち刑が行われて乗客の女性がショックを受ける(そしてポワロはそれを「地元の正義が行われたまでのこと」と評した)など、「法と正義とは何か」を問うシーンが追加されている。そしてクライマックスでは列車の暖房が停止し、牢獄を思わせる寒さと闇の中で、真相を知って法と正義の板ばさみとなり、ついには神にすがるポワロの苦悩に重きが置かれている。なお原作の登場人物のうち、探偵サイラス・ハードマンがカットされ、コンスタンチン博士に役割が統合されている。

キャストはポワロ役のスーシェを始め以下の通り。()内は吹き替え版の声優。

ゲーム化[編集]

  • ドリームキャッチャー・インタラクティブ社より「Agatha Christie: Murder on the Orient Express」として2006年にゲーム化された。プレイヤーは急行に乗り合わせたアントワネットと言う女性で、体調不良で寝込んだポワロに代わって捜査を行う。
  • オランダのジャンボ社から1985年にボードゲーム「Orient Express」(輸入盤邦題「オリエントエクスプレス」)が発売された[8]。プレイヤーは探偵となり、オリエント急行内で起きた事件を他のプレイヤーより早く推理して解き明かすことを競う。

脚注[編集]

  1. ^ ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス オフィシャルサイト - ヨーロッパを駆け抜ける豪華列車の旅 - Our Carriages - Introduction - 「大雪に見舞われた際に乗客が10日間も閉じ込められたエピソードはアガサ・クリスティーの名作『オリエント急行殺人事件』のヒントとなったといわれています」
  2. ^ 1971年の投票は『ゴルフ場の殺人』(創元推理文庫、1976年)巻末解説を、1982年の投票は乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10(6)『アクロイド殺害事件』(集英社文庫、1998年)巻末解説を、各参照。
  3. ^ 作者作品では他に、4位に『そして誰もいなくなった』、8位に『アクロイド殺し』が選出されている。
  4. ^ 作者作品では他に、1位に『そして誰もいなくなった』、5位に『アクロイド殺し』、62位に『ABC殺人事件』、99位に『ナイルに死す』が選出されている。
  5. ^ 作者作品では他に、10位に『そして誰もいなくなった』、12位に『アクロイド殺し』、19位に『検察側の証人』が選出されている。
  6. ^ <クリスティー文庫新訳シリーズ第3回刊行>期間限定カバー:谷口ジローもある。
  7. ^ 納谷は映画の「オリエンタル急行殺人事件」でルドルフ・アンドレニ伯爵の声を演じている。
  8. ^ 紹介記事(英語)

外部リンク[編集]