畑利樹

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
畑 利樹/刄田綴色
出生名 畑 利樹
生誕 1976年10月5日(39歳)
出身地 日本の旗 日本 島根県
職業 ミュージシャンドラマー
担当楽器 ドラムパーカッション

畑 利樹(はた としき、1976年10月5日 - )は、日本ドラマー島根県出身。2003年から2012年まではバンド・東京事変のドラマーとして刄田 綴色(読みは同じ)の名義で活動。アンテーヌplus所属。

概要[ソースを編集]

アマチュアバンド・scopeでドラムを担当しながら他のミュージシャンやバンドのサポートドラマーとしての活動を始める。バックバンドのメンバーを務めていた中の一人だった椎名林檎が結成したバンド・東京事変にドラマーとして参加し、メジャーデビュー。

略歴[ソースを編集]

幼少時代から地元の神楽団体にて石見神楽の演舞や太鼓演奏に親しむ。小学生時代は少年野球チームに所属していたが、背が伸びなかったことを理由に野球を断念した。中学高校時代はブラスバンド吹奏楽)部[注 1]に所属し、パーカッションを担当していた。中学1年生からレギュラーだった。また、小柄だったため特製の台の上でティンパニを演奏していた。レベルの高い島根県吹奏楽界では、「演奏しながら踊るティンパニスト」として伝説に残っているとのこと。高校3年生からはバンド活動を開始してドラマーとなる。

高校卒業後、18歳ですぐに上京。1998年7月に専門学校で長谷山豪(ボーカル・ギター担当)、山崎英明(ベース担当)らと出会い、バンド・scopeを結成。マキシシングル1枚とアルバム1枚をリリースした。scopeの活動と並行して、サポートドラマーとして椎名純平川口大輔中島美嘉などのライブやレコーディングにも参加した。2002年に他のメンバーとともにscopeを脱退する[注 2]

2003年ハタトシ樹の名義で椎名林檎の結成した東京事変に参加。当初は彼女のバックバンドだったが、2004年5月30日にバンドとしてのデビューを宣言し、メジャーデビューを果たす。またそれを機に東京事変での名義を刃田綴色へ変更する。デビュー当時はモヒカン姿[注 3]だった。

2006年、全国ツアー「東京事変 "DOMESTIC!"Just can't help it.」の最中に右腕を骨折する。そのままツアーを続けた結果[注 4]、骨折が悪化し、長期療養をすることになってしまった。そのため、同年7月に行われた東京事変主催のライブイベント「SOCIETY OF THE CITIZENS vol.1」に出演できなくなってしまった[注 5]

2011年2月10日、路上で泥酔していたところ110番通報され、駆け付けた警察官に畑が体当たりしたために公務執行妨害で現行犯逮捕される[注 6]。事件が公になった2日後の11日夜、畑の逮捕を受けて所属レコード会社は公式サイトで2月23日に発売予定だったシングル「空が鳴っている/女の子は誰でも」の発売延期を発表した。同時に2月18日2月25日に2週連続で出演予定だった音楽番組ミュージックステーション[注 7]をはじめとするプロモーション活動も自粛することになった。同年3月14日、略式裁判により罰金刑が下される。これを受けてメンバーで協議した結果、同年4月5日より活動を再開することとなった。その発表と同時に公式ウェブサイトに謝罪文を掲載。発売延期になっていたシングルの発売も発表された。

2011年12月31日、東京事変として第62回NHK紅白歌合戦に出場する椎名林檎のバックバンドを務めた。

2012年1月11日、東京事変が解散を表明。同年2月29日の「東京事変 Live Tour 2012 Domestique Bon Voyage日本武道館公演を以って解散した。

2012年8月31日、山崎英明とともにレコーディングに参加した、舞台「エッグ」のために椎名林檎が製作したアルバム『毒苺』がリリースされる。

2013年、サポートドラマーを続けていたscopeに正式メンバーとして復帰する。

2015年5月24日、鍵盤弾きシンガーソングライターのヒグチアイのワンマンライブ【全員優勝】にベースの山崎英明とともにパーカッションで参加[1]

2015年8月5日、山崎英明とともにゲストミュージシャンとして参加したビッケブランカのミニアルバム「GOOD LUCK」がリリース[2]

2015年11月から、RADWIMPSの対バンツアー「10th ANNIVERSARY LIVE TOUR RADWIMPSの胎盤」にサポートドラマーとして森瑞希とともにツインドラム編成で参加[3]

音楽活動[ソースを編集]

演奏スタイル[ソースを編集]

レギュラー(右利き用)のドラムセットをサウスポースタイルでプレイするオープンハンドスタイル(左手はハイハット・右手はスネアドラム)を用いて演奏する。そのため、一般的なクロスハンドスタイルで演奏する右利き用セッティングを独自に改造し、スネアは右寄りの真ん中、またシンバル類を左に多く配置した特異なセッティングである。ジャズ、ロック、ポップス、ラテンなど、さまざまな技術やリズムが盛り込まれた変則的かつ高度なドラムスタイルを持ち、比較的手数が多いドラマーと言える。

バックバンドとして参加した椎名林檎のライブのDVD「Electric Mole」には、披露された楽曲「意識」に組み込まれたドラムソロで、刃田が観客から盛大な拍手を受けたため、亀田誠治晝海幹音が「あんなに拍手貰えるなんてビックリした」「俺もやってみたい」と発言している場面が収録されている。

使用楽器[ソースを編集]

通常、固定ファンの多いバンドやドラマーはパール等の大手ドラムメーカーと契約を結んでいることが多いが、畑は契約を結んでいない。そのため、畑モデルのスネアドラムシンバルドラムスティックなどは存在しない。

畑のセッティングを見ると、畑から見て左手のチャイナシンバルがセイビアンAA china、もしくはジルジャンオリエンタル、ライドがパイステのシグネイチャー、スプラッシュシンバルがセイビアンのAA Rocktagonであるなど(但し使用シンバルは楽曲やライブによって異なる)、大手シンバルメーカーのものを一通り使っていることが見受けられる。

ドラマー以外の活動[ソースを編集]

東京事変の「喧嘩上等」(2枚目のアルバム『大人(アダルト)』収録)・「今夜はから騒ぎ」(ミニ・アルバム『color bars』収録)のミュージック・ビデオ2010年に開催したツアーウルトラCの故郷の島根公演(DVD/Blu-rayの特典映像に収録されている)では、幼少時代から培った石見神楽の演舞を披露している。

また、東京事変のミニ・アルバム『color bars』の「ほんとのところ」では、実体験に基づいた詞を書き、自身初の作詞作曲のほかにボーカルも担当している。

人物[ソースを編集]

  • 太鼓のヘッド(打面)に文字を書く。
  • 好きな重機はクレーン
  • 煙草の火はマッチでつけないといけない(ライターをすぐに無くすから)。
  • おばあちゃん子である。
  • リップクリームが苦手(幼い頃食べてしまったことがある)。
  • 幽霊を見たことがある。
  • 元・東京事変の第二期メンバー伊澤一葉とは仲が良いらしく、「わっち」と呼んでいる。また、畑の家に伊澤が泊まりに来たことがあるらしい。
  • スティックをよく折り、折ったスティックを後ろに放り投げるクセがあるらしい。

参加バンド[ソースを編集]

サポート/レコーディング参加[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

注釈[ソースを編集]

  1. ^ 顧問はカリスマ教師でマルチピアニストの妹尾哲巳。
  2. ^ scopeは2003年から長谷山豪のソロプロジェクトとして活動を再開。畑も2012年までサポートドラマーとして参加していたが、2013年に正式メンバーとして復帰。
  3. ^ 酒で酔っ払った際にscopeのメンバーによってやられたとのこと。
  4. ^ ファンには分からないように我慢していたという。
  5. ^ その際、佐野康夫がサポートミュージシャンを務めた。
  6. ^ この日、椎名からバンドの解散が告げられていた。
  7. ^ のちの発売時には、椎名林檎名義で「女の子は誰でも」を披露し、他のメンバーの出演はなかった。

出典[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]