リドリー・スコット

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リドリー・スコット
Sir Ridley Scott
Sir Ridley Scott
2015年
生年月日 (1937-11-30) 1937年11月30日(84歳)
出生地 イングランドの旗 イングランド タイン・アンド・ウィア サウス・シールズ
国籍 イギリスの旗 イギリス
職業 映画監督映画プロデューサー
ジャンル 映画TVドラマ
活動期間 1965年 -
配偶者 Felicity Heywood(1964年 - 1975年)
Sandy Watson(1979年 - 1989年)
Giannina Facio(2015年 - )
著名な家族 トニー・スコット(弟)
ジョーダン・スコット英語版(娘)
ジェイク・スコット(長男)
ルーク・スコット英語版(次男)
主な作品
映画
エイリアン
ブレードランナー
ブラック・レイン
テルマ&ルイーズ
グラディエーター
ハンニバル
ブラックホーク・ダウン
プロメテウス
オデッセイ
エイリアン: コヴェナント
ゲティ家の身代金
最後の決闘裁判
ハウス・オブ・グッチ
テレビドラマ
グッド・ワイフ
高い城の男
 
受賞
カンヌ国際映画祭
新人監督賞
1977年デュエリスト/決闘者
ヴェネツィア国際映画祭
監督・ばんざい!賞
2021年最後の決闘裁判
英国アカデミー賞
生涯功労賞
1994年
フェローシップ賞
2017年
エミー賞
作品賞(テレビ映画部門)
2002年『チャーチル/大英帝国の嵐』
最優秀ノンフィクション/特別番組部門
2011年ゲティスバーグ
ゴールデングローブ賞
作品賞(ミニシリーズ・テレビ映画部門)
1999年ザ・ディレクター [市民ケーン]の真実
2002年『チャーチル/大英帝国の嵐』
その他の賞
ハリウッド名声の歩道
映画産業への貢献、映画・演劇業界への業績に対して
備考
大英帝国勲章
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サー・リドリー・スコット(Sir Ridley Scott、1937年11月30日 - )は、イギリス映画監督映画プロデューサー

主にアメリカで活動している。映画監督のトニー・スコットは弟、同じく映画監督のジョーダン・スコット英語版は長女、映像監督のジェイク・スコットは長男、映画監督のルーク・スコット英語版は次男。

経歴[編集]

ウエスト・ハートブール美術大学でグラフィックデザインや絵画、舞台美術を学び、その後、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに進学し、グラフィック・デザインを専攻する。卒業後、BBCにセット・デザイナーとして入社。やがてドキュメンタリーやテレビドラマの演出をするようになるが、テレビディレクターに限界を感じ、退社した後、CFの制作会社を設立。数多くのCFを制作し、各国の国際映画祭で数々の賞を受賞。手がけたCFの本数は1900本以上にのぼる。

1977年に発表したデビュー作『デュエリスト/決闘者』でカンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞。1979年公開の監督作『エイリアン』の世界的大ヒット以降は、活動の拠点を米国に移す。

フィリップ・K・ディックSF小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』を映画化した1982年公開の『ブレードランナー』では難解で暗い内容のために公開当初は評価が分かれたものの、映像化は困難とされていた原作を卓越した手腕で描き、数多くのファンを獲得することに成功する。

1989年には日本を舞台とした刑事ドラマ『ブラック・レイン』を発表。アメリカからはマイケル・ダグラスアンディ・ガルシア、日本からは高倉健松田優作(本作が遺作となった)といった日米の豪華共演が話題を呼び、アメリカのみならず日本でも大ヒットを記録した。

1991年に公開されたロード・ムービーテルマ&ルイーズ』では自身初となるアカデミー監督賞候補となる。

1995年、リドリーと弟のトニーは、映画への貢献に対してBAFTAを受賞した[1]

1998年、イギリスのサンダーランド大学・人文学の名誉博士、2015年にロイヤル・カレッジ・オブ・アートから名誉博士号を授与される[2]

2001年、1億ドルを超える制作費と破格の宣伝費を費やした大作『グラディエーター』が第73回アカデミー賞作品賞並びに第58回ゴールデングローブ賞ドラマ部門作品賞を受賞(自身の監督賞受賞は逃した)。興行的にも世界的大ヒットを記録し、名実ともに不動の地位を確立した。翌年にはソマリア内戦への米軍介入を描いた『ブラックホークダウン』と、『羊たちの沈黙』の続編である『ハンニバル』を発表し、興行的に成功を収める。前者では批評的評価も高く、2年連続のアカデミー監督賞ノミネートを受けた。

2003年、イギリス映画産業への貢献を認められナイトの称号を授与されている[3]

2004年のBBC世論調査で、イギリスで10番目に影響力のある人物に選ばれた[4]

2007年デンゼル・ワシントンラッセル・クロウが主演を務めた『アメリカン・ギャングスター』が公開される。

2015年、SF映画『オデッセイ』がゴールデングローブ賞 映画部門 作品賞 (ミュージカル・コメディ部門)を受賞し、アカデミー作品賞にもノミネートされる。

2017年には実際に起きた誘拐事件を描いた『ゲティ家の身代金』を発表。公開直前に主要キャストであったケヴィン・スペイシーのセクハラ疑惑による降板により、クリストファー・プラマー代役で再撮影を強いられるという苦難に見舞われたが、公開後には批評家、観客の双方から激賞された。同年には英国アカデミー賞フェローシップ賞を受賞した。

2021年にはヴェネツィア国際映画祭で長年の功績が認められ、監督・ばんざい!賞を受賞した。

人物[編集]

BBC時代から映像製作に関するすべての作業に熟達しており、絵コンテの執筆や撮影などを自らの手で行うことも多い。特に作品のイメージをまとめた絵コンテやイメージボードの画力はハイレベルであり、映画愛好家のコレクターズアイテムともなっている。また、撮影に関しては使用するフィルムからレンズ、照明についても熟知しており、そのため、アメリカで映画撮影を行う際には、オペレートなどの点で仕事の範囲を侵犯するため撮影監督と対立し、トラブルを引き起こしたケースも少なくない。

映画界屈指の映像派として知られ、初期の作品では幻想的な映像美が見られるが、美術から照明など細部にわたり構築していく完璧主義がたたり、製作ペースの遅れやスタジオとの対立から数多くのディレクターズカット版が作られるなど辛酸をなめたケースも少なくない。

自他ともに認める几帳面な性格の持ち主。『マッチスティック・メン』公開時のインタビューによると神経質な主人公のキャラクターには自身の性格が投影されているとのこと。

英国の自宅豪邸に日本人女性の高尾慶子(イギリス人に関するエッセイ多数)をハウスキーパーとして雇っていたことがあり、高尾の著書「イギリス人はおかしい」で、スコット家の私生活、性格やその母親とのエピソードを知ることができる。

リドリーは家族に映画のいくつかを捧げている。「ブレードランナー」を弟のフランクに、「ブラックホークダウン」を母親に、「悪の法則」と「エクソダス:神と王」を弟のトニーに捧げている。また、2016年「オデッセイ」がゴールデングローブ賞を受賞したあとも、亡くなったトニーに敬意を表した。

2013年に無神論者であると述べた[5]。2014年9月におこなわれたBBCのインタビューでも、神を信じているかどうか尋ねられたときに否定している[6]

評価[編集]

広告業界では既に成功を収めており、『デュエリスト/決闘者』で映画監督デビューする前に、既に数千本のCMを監督していた。

『テルマ&ルイーズ』(1991)の後は一時期低迷したが、『グラディエーター』(2000)と『ハンニバル』(2001)の世界的ヒットで名声を取り戻した。テレビ業界では、多数のテレビドラマで製作総指揮を担当している。

監督賞には縁が薄く、1977年のカンヌ国際映画祭で新人監督賞(『デュエリスト/決闘者』)を受賞したのみ。これまでにアカデミー監督賞3回、ゴールデングローブ賞監督賞 4回、英国アカデミー賞監督賞2回にノミネートされているが、いずれも受賞を逃している。

作品によっては、『エイリアン』や『ブレードランナー』など映画史に残る傑作と評されることもあるが、『レジェンド/光と闇の伝説』や『ロビン・フッド』などのように酷評されること(『ブレードランナー』も1982年当時は酷評され[7]、興行的にも赤字だった為に失敗作の烙印を捺された)や、もしくは『悪の法則』のように賛否両論激しいことも多いなど、評価が極端に分かれる監督である。

スタッフ[編集]

音楽家のヴァンゲリスは『ブレードランナー』、『1492 コロンブス』のサウンドトラックを担当している。また、ドイツ人作曲家ハンス・ジマーは、1989年の『ブラック・レイン』以降の作品のほとんどに曲を提供している。

編集では『JFK』でオスカーを受賞したシチリア人編集者のピエトロ・スカリアが97年の『G.I.ジェーン』以降、ほぼ全てのスコット作品を編集している。

ロサンゼルスとロンドンに製作会社RSA(リドリー・スコット・アソシエーツ)社を置く。スコットが27歳の時に設立したプロダクションで、CMとミュージックビデオの製作を受注、10名前後の若手監督達が所属している。

監督作品[編集]

映画[編集]

ドラマ[編集]

TVCM[編集]

  • 1984 (1984年) - Apple Computerが発売したパーソナルコンピュータ『Macintosh 128K』のテレビコマーシャル。1984年1月22日の第18回スーパーボウルの際に、9000万人の視聴者の前で、全米で一度だけテレビCMとして放送された。

プロデュース[編集]

1970年に弟のトニー・スコットと共に映画製作会社スコット・フリー・プロダクションズを設立、製作及び製作総指揮作品は『ゆかいな天使/トラブるモンキー』『明日にむかって…』を除いて、2013年までは全てトニー・スコットと共同でプロデュースしている。また、ジョーダン・スコットやジェイク・スコット監督作品をプロデュースすることもある。

脚注[編集]

  1. ^ Film | Outstanding British Contribution To Cinema in 1995”. BAFTA. 2015年10月12日閲覧。
  2. ^ リドリー・スコット監督に名誉博士号”. シネマトゥデイ (2015年7月8日). 2015年7月8日閲覧。
  3. ^ Queen knights Gladiator director”. BBC News. 2003年7月8日閲覧。
  4. ^ iPod's low-profile creator tops cultural chart”. Terry Kirby. 2004年2月12日閲覧。
  5. ^ Ridley Scott: ‘Most Novelists Are Desperate to Do What I Do’”. Adam Sternbergh. 2013年10月25日閲覧。
  6. ^ No.41: Ridley Scott”. Rob Carnevale. 2014年9月24日閲覧。
  7. ^ Brutal notes from an early screening of "Blade Runner"
  8. ^ “ブレードランナー続編の邦題決定、ハリソン・フォードら4名のオフショット到着”. 映画ナタリー. (2016年11月10日). https://natalie.mu/eiga/news/208680 2016年11月10日閲覧。 

外部リンク[編集]