ポール・バーホーベン

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ポール・バーホーベン
Paul Verhoeven
Paul Verhoeven
2017年
生年月日 (1938-07-18) 1938年7月18日(83歳)
出生地 オランダの旗 オランダアムステルダム
職業 映画監督
配偶者 Martine Tours(1967–)
主な作品
ルトガー・ハウアー/危険な愛
ロボコップ
トータル・リコール
氷の微笑
ショーガール
スターシップ・トゥルーパーズ
ブラックブック
エル ELLE
 
受賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞
外国語映画賞
1979年女王陛下の戦士
1984年4番目の男
放送映画批評家協会賞
外国語映画賞
2016年エル ELLE
ゴールデングローブ賞
外国語映画賞
2016年『エル ELLE』
ゴールデンラズベリー賞
最低監督賞
1995年ショーガール
ゴヤ賞
ヨーロッパ作品賞
2017年 『エル ELLE
セザール賞
作品賞
2016年 『エル ELLE』
その他の賞
備考
第67回ベルリン国際映画祭 審査委員長(2017年)
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ポール・バーホーベン(Paul Verhoeven、1938年7月18日 - )は、オランダアムステルダム出身の映画監督

名前の発音はオランダ語ではパウル・ヴァーフーヴェ)([ˈpʌul vərˈɦuvə(n)])となる。

略歴[編集]

幼少期を第二次世界大戦下のオランダのハーグで過ごした。その中で、自分達オランダ人の味方であるはずの連合軍がナチスの軍事基地があるハーグを空爆し、死体が道端に転がっているという日常を過ごしている。

ライデン大学で数学と物理学を学び、後にオランダ海軍に従軍しドキュメンタリーを制作するようになる。その後テレビ界入りし、1960年代に中世オランダが舞台のテレビシリーズ『Floris』の監督を務めルトガー・ハウアーと出会う。以降、ルトガー・ハウアーはバーホーベン作品の常連となる。初監督映画作品は1971年『Wat Zien Ik?』。続く1973年の作品『ルトガー・ハウアー/危険な愛』で、1974年アカデミー外国語映画賞にノミネートされるなど注目を集めた。1977年公開の『女王陛下の戦士』はゴールデングローブ賞にノミネートされ、世界的な人気と評価を得た。

1985年公開の『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』からはアメリカに渡り、『ロボコップ』や『トータル・リコール』、『スターシップ・トゥルーパーズ』などヒット作を連発する。一方で過激な暴力・性的描写に批判を受ける事も多かった。1995年の『ショーガール』でラジー賞ワースト監督賞を受賞。ラジー賞史上初めて自ら会場でトロフィーを受け取り、笑顔で「蝶々が芋虫になった気分だ」とスピーチを行った。2000年の『インビジブル』(原題: Hollow Man)では「スタジオの奴隷になった気がした」と振り返り「空っぽな(Hollow)作品だ」とまで評している。

その後オランダに戻り、2006年、『ブラックブック』を公開。25億円をかけたオランダ映画界始まって以来の大作となったが、オランダだけでは資本調達ができずフランス、イギリス、ドイツ資本からも資金提供を受けた。アメリカ時代の反省からVFXを一切使わずに撮影されている。

2016年、第16回マラケシュ国際映画祭・トリビュート(功労賞)を受賞[1]

2017年、第67回ベルリン国際映画祭の審査委員長に就任[2]

主な監督作品[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]