いく子内親王

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本来の表記は「昱子内親王」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
昱子内親王

続柄 後堀河天皇第三皇女
全名 昱子(いくし/てるこ/あきこ)
身位 内親王
出生 寛喜3年(1231年
死去 寛元4年8月15日1246年9月26日)(享年16)
父親 後堀河天皇
母親 藤原兼良
役職 伊勢斎宮
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昱子内親王(いくし(てるこ/あきこ)ないしんのう、寛喜3年(1231年) - 寛元4年8月15日1246年9月26日))は、鎌倉時代中期の皇族後堀河天皇第3皇女、母は藤原兼良伊勢斎宮

生涯[編集]

嘉禎3年(1237年)11月24日、四条天皇即位に伴い7歳で斎宮卜定暦仁元年(1238年)9月8日、左近衛府初斎院入り。同月22日、野宮に入る。延応元年(1239年)9月16日、伊勢群行仁治3年(1242年)1月11日、四条天皇崩御により13歳で退下。寛元4年(1246年)8月3日に落飾し、15日に16歳で薨去

参考文献[編集]