隆子女王 (斎宮)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search

隆子女王(たかこじょおう、生年不詳 - 天延2年10月17日974年12月3日))は、平安時代中期の皇族伊勢斎宮章明親王第1王女醍醐天皇皇孫)、母は藤原敦敏。斎宮済子女王の姉。

円融天皇の斎宮として、安和2年11月16日(970年)に卜定される。翌天禄元年(同970年)9月8日、主水司初斎院入り。同年9月30日、野宮に遷る。同2年(971年)9月23日、伊勢群行。3年後の天延2年(974年)閏10月17日、流行していた疱瘡のため斎宮寮にて薨去飛鳥時代以降、伊勢で在任中に薨じた最初の斎宮で、隆子女王のものと伝えられる陵墓が、三重県多気郡明和町の斎宮跡近くに残っている。

参考文献[編集]

  • 芳賀登ほか監修『日本女性人名辞典』日本図書センター、1993年。
  • 山中智恵子『続斎宮志』(砂子屋書房、1992年) ISBN 4-7904-9221-4

外部リンク[編集]