トム・ボーネン
|
|||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 個人情報 | |||||||||
| 本名 | トム・ボーネン Tom Boonen |
||||||||
| 愛称 | Tornado Tom (トルネード・トム) | ||||||||
| 生年月日 | 1980年10月15日(31歳) | ||||||||
| 国籍 | |||||||||
| 身長 | 192cm | ||||||||
| 体重 | 82kg | ||||||||
| チーム情報 | |||||||||
| 所属 | クイックステップ | ||||||||
| 分野 | ロードレース | ||||||||
| 役割 | 選手 | ||||||||
| 特徴 | スプリンター クラシックスペシャリスト |
||||||||
| プロ所属チーム | |||||||||
|
2002
2003- |
USポスタル クイックステップ |
||||||||
| 主要レース勝利 | |||||||||
ブエルタ・ア・エスパーニャ 通算2勝 パリ〜ルーベ (2005,2008,2009) ヘント〜ウェヴェルヘム (2004、2011) ロンド・ファン・フラーンデレン (2005,2006) |
|||||||||
|
|||||||||
| 最終更新日 2011年4月3日 |
|||||||||
トム・ボーネン(Tom Boonen、1980年10月15日 - )は、ベルギーのアントウェルペン州・モル出身の自転車プロロードレース選手。2002年プロデビュー。192cm・82kgという体格を活かした力強いスプリントスタイルと圧倒的な実力から「トルネード・トム (Tornado Tom)」という愛称をつけられている。
2005年世界選手権優勝や2005~2006年ロンド・ファン・フラーンデレン優勝を果たすなどクラシックを中心としたワンデイレースで活躍するほか、2007年ツール・ド・フランスでもポイント賞を獲得するなどの成績を残しているスプリンター。
目次 |
[編集] 経歴
17歳の時に本格的にロードレースを始め、ベルギーのアマチュアチャンピオンになるなど数々の記録を打ちたてた後、2002年にプロデビュー。パリ〜ルーベでいきなり3位に入り、ヨハン・ムセウの後継者として注目を集めはじめる。そして、USポスタルでは十分な機会が与えられないことを不満に思い、新しく発足したクイックステップへと移籍。
- ムセウの指導を受けつつ、ロンド・ファン・フラーンデレンなどベルギーで開催されるクラシックでの勝利を目指すことになった。しかし、この年は体調不良や怪我によって目立った成績をあげることなく終わる。
- ヘント~ウェヴェルヘムで優勝。
- ツール・ド・フランスでも2勝
- シーズン22勝。ついにスプリンターとしての才能が開花する。
- ベルギーの選手がもっとも欲するタイトルであるロンド・ファン・フラーンデレン 優勝
- クラシックの女王であるパリ〜ルーベ2005 優勝
- 同年よりスタートしたUCIプロツアーではランキング2位に食い込んだ。
- ツール・ド・フランスで2勝、
- 世界選手権ではベルギー人として1996年のヨハン・ムセウ以来の優勝を果たしてマイヨ・アルカンシエルを獲得、という大活躍を見せた。
- 欧州シーズン開幕前のツアー・オブ・カタールで5ステージ中4勝を奪う破竹の勢いを見せる。
- ロンド・ファン・フラーンデレンも二年連続で制した。
- ツール・ド・フランスでは3~6ステージに渡ってマイヨ・ジョーヌを着る栄誉に浴したが、目標だったステージ優勝は果たせなかった。
- エネコ・ツアーではステージ3勝をあげた。
- シーズン前半のクラシックシーズンは目立った成績を残せなかったが、ツール・ド・フランスではステージ2勝をあげ、ポイント賞のマイヨ・ヴェールを初めて獲得する活躍を見せた。
- ツアー・オブ・カリフォルニアのステージ優勝
- パリ〜ルーベで2回目の優勝。
- 5月末のツアー・オブ・ベルギーでも最終ステージで勝利を収めた。
- しかし、後述のコカイン陽性反応問題でツール・ド・フランスには出場できなかった。
- パリ〜ルーベを連覇、同レース3度目の優勝を果たした。
- 国内選手権・ロードレース初制覇。
- 再度のコカイン陽性反応問題で出場が危ぶまれていたツール・ド・フランスにも直前になって出場が決定。しかしゴールスプリント争いに全くと言っていいほど絡めないまま、第6ステージでの落車ダメージや開幕前から患っていた体調不良のため第15ステージに出走せずリタイアとなってしまった。
- 8月のエネコ・ツアーでステージ1勝
- ブエルタ・ア・エスパーニャではまたもステージ優勝を挙げられないまま、第4・第7ステージでの落車ダメージが元で第13ステージ途中でリタイアした。
- パリ〜ツールでも逃げを決めて有利な状況に持ち込みながら、スプリント勝負でフィリップ・ジルベールに競り負けて2位に終わるなど消化不良のシーズン後半となってしまった。
- ミラノ〜サンレモ2位
- ロンド・ファン・フラーンデレン2位。
- パリ〜ルーベ 5位
- ヘント〜ウェヴェルヘム 優勝
- ロンド・ファン・フラーンデレン 4位
[編集] コカイン陽性反応問題
[編集] 2008年
2008年5月26日に実施された競技外ドーピング検査で、コカインの陽性反応が出る[1]。もっとも、レース外ドーピング検査につき、UCIやベルギー車連から直接の処分は下らなかったが、これを受けて同年のツール・ド・スイスの出場を拒否され、さらにツール・ド・フランスを主催するASOからも2008年の大会への出場禁止通知を受けた。この騒動に対してボーネンおよびチームは6月11日に会見を開いて謝罪。コカイン摂取の有無には触れなかったが、当面レースへの出場を見合わせることを発表した。
[編集] 2009年
2009年4月27日、再びコカイン陽性反応が発覚。これを受け、自身の記者会見が行なわれた[2]他、所属するクイックステップは会見の席上で、当面の活動を一切禁じると表明した[3]が、6月7日開幕のドーフィネ・リベレより復帰している。
尚、ボーネンはその後のインタビューで過去のコカイン摂取を認めた上で、2009年のコカイン陽性反応時には既に問題は無くなぜ陽性反応が出たのか分からないとコメントしている[4]。
[編集] 人物
これまでの実績に加え、野性味と純粋さを併せ持った魅力的な容姿から熱狂的なファンが多く、「ベルギーのアイドル」といわれることもある。世界選手権を制した2005年にはベルギーを代表するアスリートとして数々の賞を受けた。現在はベルギーにいてプレッシャーを受けるのを嫌い、2005年末からモナコへと移住している。
趣味はマウンテンバイク、冬のトレーニングはシクロクロスで、という筋金入りの自転車好き。またコーラが好物のようで、レース中によく飲んでいる光景が見られる。愛用のヘルメットは、ベルギー王国から贈られたもの。ダイヤモンド+名前が刻まれた純金プレートつきで、時価100万円相当の品である(パオロ・ベッティーニらも使用)。
2006年9月には、ランボルギーニ・ムルシエラゴを購入したことが大きく報道された(中古だがそれでも4800万円)。その2ヶ月後、恋人だったローレ・ヴァンドヴェイエルとの破局を発表した。更にその5ヶ月後、ドライブ中に猫の飛び出しが原因で路肩に衝突し、愛車のランボルギーニが大破。事故現場に散らばった破片は一般人によって拾い上げられ、eBayベルギーに出品された。出品された破片には23件の入札がつき、125ユーロで落札された[要出典]。
近年、会見やインタビューでもキャップを被ったままのことが多かったが、2度目のコカインの摂取の謝罪会見で、久しぶりにキャップを脱いだボーネンが披露され話題となった。
[編集] 所属チーム
- 2002年 USポスタル
- 2003年- クイックステップ(2003~2004年QuickStep・Davitamon、2005年QuickStep、2006~2007年QuickStep・Innergetic、2008年QuickStep)
[編集] 主な成績
[編集] グランツール
- ツール・ド・フランス通算6勝
- ブエルタ・ア・エスパーニャ通算2勝
- 2008年 区間2勝(第3、16)
[編集] ステージレース
- 2005年 パリ〜ニース 区間2勝(第2、3)
- 2006年 パリ〜ニース 区間3勝(第1、2、4)、エネコ・ツアー 区間3勝(第1、3、5)
- 2009年 エネコ・ツアー 区間1勝(第3)
- 2010年 ティレーノ〜アドリアティコ 区間1勝(第2)
[編集] ワンデイレース
世界選手権優勝(2005年)- 2004年 ヘント〜ウェヴェルヘム優勝
- 2005年 パリ〜ルーベ、ロンド・ファン・フラーンデレン優勝
- 2006年 ロンド・ファン・フラーンデレン優勝
- 2008年 パリ〜ルーベ優勝
- 2009年 パリ〜ルーベ優勝
[編集] 出典
[編集] 外部リンク
|
||||||||