ツール・ド・フランス1997

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ツール・ド・フランス1997は、ツール・ド・フランスとしては84回目の大会。1996年7月5日から7月27日まで、全21ステージで行われた。

みどころ[編集]

遂にインドゥラインに土をつけたビャルヌ・リースだが、その座は磐石ではない。マルコ・パンターニが交通事故による1年半のブランクから遂に復活を果たし、3年連続山岳賞のリシャール・ビランクも万全の構えを見せる。直前のジロ・デ・イタリアを底無しのスタミナで制したイヴァン・ゴッティも不気味。チーム内にもリースのアシストでありながら前年総合2位と底知れぬ実力を見せたヤン・ウルリッヒと優勝候補がひしめき合う。総合成績以外にもジロで区間5勝と絶好調のマリオ・チポリーニと2年連続ポイント賞のエリック・ツァベルパリ〜ニースで区間4勝と大暴れしたトム・ステールスのゴールスプリント争いに注目が集まる。

概要[編集]

プロローグはボードマンが2度目の制覇。このまま数ステージはマイヨ・ジョーヌを守りたいところだが、第1ステージで好調のチッポリーニが勝利。ボーナスタイムによりあっさりマイヨを奪った。このステージではゴール11km手前で選手の7割が巻き込まれる集団落車が発生し、リース、ツェーレ、パンターニ、ルブランらは早くも1分近くロスしてしまう。

第3ステージでロミンゲルがクラッシュし、鎖骨を折ってリタイア。最後のツールを寂しい形で去ることになった。

第5ステージでは、タイムロスに加え手術の予後が思わしくないツェーレが戦意を喪失し、不出走となったが、新たなスターが生まれた。レース中盤で捨て身のアタックをかけ、147kmを独走したセドリック・ヴァッスールが集団に大差をつけてゴール。チッポリーニからマイヨを奪った。

第6ステージでは、トップでゴールしたツァベルが危険走行で降格処分を受ける一方、進路を塞がれて激昂したステールスが、モンカッサンにボトルを投げつけて失格処分となった。

第7、第8ステージでは、処分に納得しないツァベルが雪辱の連勝を果たし、ここで一旦平坦ステージは終わりを告げる。

第9ステージはツールマレー峠を含む難関ステージ。本来ビランクのアシストであるローラン・ブロシャールが、ゴール3km手前でアタックをかけるが、他チームからのマークが集中したビランクは、自らが動いても区間優勝は難しいと判断してこれを黙認し、追走集団を抑えたため逃げ切りに成功した。リースはトップ集団から30秒遅れて連覇に赤信号が灯る。一方、ここまで暫定トップのヴァッスールは、上りで何度となく引き離されるものの、下りで追いつくことを繰り返し、何とかマイヨを死守した。

今ツール最高峰のアンバリラ峠を擁する最難関の第10ステージ、前日のリースの不調を見たウルリッヒが遂に牙を剥いた。パンターニとビランクの共同戦線による追跡をものともせず、1分以上の差をつけて区間優勝、マイヨ・ジョーヌも獲得した。このステージでは、ゴッティが第7ステージでリタイヤした後も、ツールに残ったフランチェスコ・カーサグランデが健闘、大きく順位を伸ばした。

第12ステージの個人タイムトライアルでも、ウルリッヒは2位に3分以上の大差をつける圧勝で、さらに優位に立つ。

ラルプ・デュエズにゴールする第13ステージでは、気管支炎に悩まされながらパンターニが遂に区間優勝、選手生命すら危ぶまれていた交通事故から完全復活を遂げた。ビランクは前日のタイムトライアルの疲労から、後一歩の伸びが足りず3位に終わる。 プロローグで優勝したボードマンは、第9ステージで落車し肋骨を折る重傷を負いながら走り続けていたが、このステージで遂に力尽きて去っていった。

第14ステージではビランクとウルリッヒ、エスカルティンの三つ巴の戦いの末、ビランクが区間優勝。ただし、ゴールまでウルリッヒはビランクを逃がさず、タイム差を縮めさせない。

第15ステージでは、気管支炎に悩まされ、前日終了時点でリタイアも考えていたというパンターニが区間2勝目を上げた。ビランクはテレコムチームとの共同戦線による追撃を期待していたが、ウルリッヒは最早パンターニを追う必要は無いと判断し、リースも力尽きていたため追撃体制が整わず、区間優勝は夢と消えた。このステージで最早勝負は決まったかと思われたが、ウルリッヒは最後のピンチに直面した。

第18ステージ、グランバロン峠でウルリッヒはビランクとローラン・デュフォーのペースアップに反応できず、小集団を形成したエスカルティン、好調のカーザグランデらとともに逃がしてしまった。ここではカーザグランデに逆転されるおそれのあったアブラハム・オラーノがウルリッヒに協力したため、逃げは潰すことが出来たが、次のアンストラック峠で再び先頭集団から脱落した。ここでウルリッヒは絶体絶命かと思われたが、逃げ集団を構成したメンバーは総合2位から6位の選手が揃っており、全力を出して後方を引き離しても、順位変動の恩恵にあずかれるのはビランクのみ。このため逃げ集団の足並みは揃わずペースダウン、結局ウルリッヒに追いつかれてしまった。

第19ステージでは、逃げを成功させ一騎打ちとなったヘップナーとフォスカンプの体当たり合戦となり、両者危険走行で降格処分、30秒近く遅れてゴールしたトラヴェルソーニを優勝とする裁定で物議をかもした。

第20ステージの個人タイムトライアルでは、なかなか調子の上がらなかったアブラハム・オラーノがようやく区間優勝し、総合でも4位に上昇した。ウルリッヒは連日の山岳スペシャリスト達の攻撃に疲弊していたか2位に終わり、最後に僅かながら不安を覗かせた。一方リースは、パンクに見舞われた上に修理後に再びメカトラブルが発生。完全に戦意を喪失し、ピナレロが用意したスペシャルエアロバイクを道路脇に投げ出してしまった(このスペシャルバイクはリースのほかウルリッヒとオラーノの3人にしか供給されていなかった)。この後、代車に乗って出走を促すチームスタッフの進言を拒否し、修理をさせたため、9分以遅れるという惨憺たる成績に終わった。

最終第21ステージ、シャンゼリゼでは、マイヨ・ベールのツァベル、強豪ブライレーヴェンスらをかわしてニコラ・ミナーリが区間2勝目を上げて幕を閉じた

各区間の優勝者と総合首位者[編集]

区間 行程 km 区間優勝 総合首位
Pro. 7/5 ルーアン 7 (個人TT) クリス・ボードマン クリス・ボードマン
1 7/6 ルーアン – フォルジュ・レ・ゾー 192 マリオ・チポリーニ マリオ・チポリーニ
2 7/7 サン・ヴァレリ・アン・コーヴィール 262 マリオ・チポリーニ マリオ・チポリーニ
3 7/8 ヴィール – プリュメレック 224 エリック・ツァベル マリオ・チポリーニ
4 7/9 プリュメレック – ピュイ・ド・フー 223 ニコラ・ミナーリ マリオ・チポリーニ
5 7/10 シャントネラ・シャトレ 262 セドリック・ヴァッスール セドリック・ヴァッスール
6 7/11 ル・ブラン – マレンヌ 216 イェロン・ブライレーヴェンス セドリック・ヴァッスール
7 7/12 マレンヌ – ボルドー 194 エリック・ツァベル セドリック・ヴァッスール
8 7/13 ソーテルヌポー 162 エリック・ツァベル セドリック・ヴァッスール
9 7/14 ポー – ルーダンヴィエユ 182 ローラン・ブロシャール セドリック・ヴァッスール
10 7/15 リュションアンドラ・アルカリ (アンドラ) 253 ヤン・ウルリッヒ ヤン・ウルリッヒ
11 7/16 アンドラ・ラ・ベリャ (アンドラ) – ペルピニャン 192 ローラン・デビアン ヤン・ウルリッヒ
休息日
12 7/18 サン=テティエンヌ – サン=テティエンヌ 55 (個人TT) ヤン・ウルリッヒ ヤン・ウルリッヒ
13 7/19 サン=テティエンヌ – ラルプ・デュエズ 204 マルコ・パンターニ ヤン・ウルリッヒ
14 7/20 ル・ブール・ドワサンクールシュヴェル 148 リシャール・ビランク ヤン・ウルリッヒ
15 7/21 クールシュヴェル – モルジヌ 209 マルコ・パンターニ ヤン・ウルリッヒ
16 7/22 モルジヌ – フリブール (スイス) 181 クリストフ・マンジャン ヤン・ウルリッヒ
17 7/23 フリブール(スイス) – コルマール 219 ネイル・ステファンス ヤン・ウルリッヒ
18 7/24 コルマール – モンベリアル 176 ディディエール・ロー ヤン・ウルリッヒ
19 7/25 モンベリアル – ディジョン 172 マリオ・トラヴァルソーニ ヤン・ウルリッヒ
20 7/26 ディズニーランド・リゾート・パリ – ディズニーランド・リゾート・パリ 62 (個人TT) アブラハム・オラーノ ヤン・ウルリッヒ
21 7/27 ディズニーランド・リゾート・パリ – パリ 150 ニコラ・ミナーリ ヤン・ウルリッヒ

成績[編集]

総合成績[編集]

順位 選手名 国籍 チーム 時間(時間:分:秒)
1 ヤン・ウルリッヒ ドイツの旗 ドイツ チームテレコム 100:30:35
2 リシャール・ビランク フランスの旗 フランス フェスティナ +9:09
3 マルコ・パンターニ イタリアの旗 イタリア メルカトーネ・ウノ +14:03
4 アブラハム・オラーノ スペインの旗 スペイン バネスト +15:55
5 フェルナンド・エスカルティン スペインの旗 スペイン ケルメ +20:32
6 フランチェスコ・カーサグランデ イタリアの旗 イタリア サエコ +22:47
7 ビャルヌ・リース デンマークの旗 デンマーク チーム・テレコム +26:34
8 ホセマリア・ヒメネス スペインの旗 スペイン バネスト +31:13
9 ローラン・デュフォー スイスの旗 スイス フェスティナ時計 +31:55
10 ロベルト・コンティ イタリアの旗 イタリア メルカトーネ・ウノ +32:26
11 ビート・ツベルク スイスの旗 スイス +35:41
12 オスカル・カーメンツィント スイスの旗 スイス +35:52
13 ペーター・ルッテンベルガー オーストリアの旗 オーストリア +45:39
14 マヌエル・ベルトラン スペインの旗 スペイン +49:34
15 ジャンシリル・ロバン フランスの旗 フランス +58:35
16 ミハエル・ボーゲルト オランダの旗 オランダ +1:00:33
17 ボビー・ジュリッチ アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 +1:01:10
18 ダニエーレ・ナルデッロ イタリアの旗 イタリア +1:01:30
19 クリストフ・モロー フランスの旗 フランス +1:02:48
20 ステファーヌ・オーロ フランスの旗 フランス +1:06:13

各部門賞結果[編集]

第84回 ツール・ド・フランス 1997
全行程 21区間、3945km
総合優勝 ヤン・ウルリッヒ 100時間30分35秒
2位 リシャール・ビランク +9分09秒
3位 マルコ・パンターニ +14分03秒
4位 アブラハム・オラーノ +15分55秒
5位 フェルナンド・エスカルティン + 20分32秒
ポイント賞 エリック・ツァベル 350ポイント
2位 フレデリック・モンカッサン 223ポイント
3位 マリオ・トラヴェルソーニ 198ポイント
山岳賞 リシャール・ビランク 579ポイント
2位 ヤン・ウルリッヒ 328ポイント
3位 フランチェスコ・カサグランデ 309ポイント
新人賞 ヤン・ウルリッヒ 100時間30分35秒
2位 ペーター・ルッテンベルガー +45分39秒
3位 ミハエル・ボーゲルト +1時間00分33秒
チーム賞 チーム・ドイチェ・テレコム 301時間51分30秒
2位 メルカトーネ・ウノ + 31分56秒
3位 フェスティナ時計 + 47分52秒


関連項目[編集]

外部リンク[編集]