マイヨ・アルカンシエル
マイヨ・アルカンシエル (仏: Maillot arc-en-ciel) は世界選手権自転車競技大会の優勝者に与えられるジャージである。日本では、マイヨ・アルカンシェルと表記されることが多いが、フランス語によるこれらの呼称が一般的である。五つの大陸を表す緑、黄、黒、赤、青のストライプ(虹=アルカンシエル)が襟と袖、胴回りにあしらわれたジャージ(マイヨ)であることから、この名がある。ちなみに英語では「レインボージャージ (Rainbow jersey)」、イタリア語では「マリア・イリダータ (Maglia iridata)」と呼ばれる。
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解説 [編集]
チャンピオンとなった選手は、翌年度の世界選手権大会開催前日までの間に行われる当該種目の大会においてこのジャージを着用することが認められる。例えば個人ロードレースの優勝者は、UCIプロツアーやツール・ド・フランスなどのグランツールなどでこのジャージの着用することができる。同様に個人ロードタイムトライアルの優勝者は、ステージレースに含まれるタイムトライアルステージや、単発のタイムトライアル大会の実施時にジャージの着用が可能である。
また現チャンピオンでなくなった以降も、当該種目において襟と袖口を虹色で縁取りしたジャージを着用することなどが生涯許される。
「アルカンシエルの呪い」 [編集]
世界選手権男子エリートロードレースで優勝した選手が翌年には大きく成績を落とすというケースが少なくない。
これは優勝者は向こう1年間、アルカンシエルを着用して全てのレースに出場することが許されるため、クラシックレースなどのワンデイレースではアルカンシエル着用者が最も目立つ存在となるほか、グランツールなどのビッグレースにおいても総合首位(マイヨ・ジョーヌ、マリア・ローザ、マイヨ・オロ)、ポイント賞、山岳賞など各賞ジャージの着用者に次ぐ存在感を示すことになる。
そのため当然のように他チームからは実力者とみなされて厳しいマークに遭いやすくなるうえ、そのレースの成績に関係なしにマスコミから格好の「標的」とされるケースがままあり、その結果、アルカンシエルの重圧に耐え切れなくなって調子を落とす場合が多いためである。
また、なぜかレース中の落車事故やメカトラブルが頻発したり、レース外でも世界選手権優勝経験者は家庭不和や事故、病気に罹患するなどのトラブルが起きることなどから「アルカンシエルの呪い」というジンクスもまことしやかに噂されたりする。
主な例 [編集]
- スタン・オッカー……1955年に優勝したが、翌1956年にアントウェルペンで開催されたトラックレースにおいて事故死。
- ブノニ・ブエイ……1963年、22歳のときに優勝したが、その年、リック・バンローイに史上2人目の3度目のプロ世界一をもたらすべく、ベルギーチームが作戦を立てていたにもかかわらずそれを無視して勝利を収めたことが後々禍根となり、1966年以降は全く活躍の場がなくなった上に、1968年にまだ28歳の年齢で引退を余儀なくされた。
- トム・シンプソン……1965年に優勝したが、2年後のツール・ド・フランス1967で急死。原因はドーピング。
- ハーム・オッテンブロス……1969年に優勝したが、1976年に自殺未遂を起こし、レースキャリアを絶たれる。
- ジャンピエール・モンセレ……1970年に優勝したが、翌1971年3月、レース(GPレティエ)中に事故死。
- エディ・メルクス……1974年に個人ロードレース優勝の他、ジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランスでも総合優勝を果たし、史上初となる、トリプルクラウンの大偉業を達成したが、翌1975年のツール・ド・フランス第14ステージにおいて、沿道にいた観客に殴られたことなどが原因で総合2位に甘んじて以降、「カニバル」(人喰い)とまで畏怖された強さがなくなってしまった。
- グレッグ・レモン……1983年に優勝したが、4年後の1987年4月、狩猟中に仲間から誤射され瀕死の重傷を負う。 また、1989年にも優勝したが、体内に残った散弾による鉛中毒と見られる筋肉疾患により引退を余儀なくされる。
- ステファン・ロッシュ……1987年に、メルクス以来となるトリプルクラウンの大偉業を達成したが、翌年のツール・ド・フランスのチームタイムトライアルでスタートに遅刻し失格。以降も膝の故障に悩まされ続け、これといった活躍機会は訪れなかった。
- ルディ・ダーネンス……宇都宮で行われた1990年のプロロードチャンピオン。8年後の1998年、交通事故で他界。
- ジャンニ・ブーニョ……1991年、1992年と二年連続で優勝するが、翌年から極度のスランプに陥る。その後家庭不和により離婚。
- ランス・アームストロング……1993年に優勝したが、3年後に癌を発病。
- リュク・ルブラン……1994年に優勝したが、翌シーズン開始直後に所属チームのスポンサーが破産しチームが消滅。シーズン中盤以降のレースにすべて出場できなくなった。
- ヨハン・ムセウ……1996年に優勝したが、翌年のロンド・ファン・フラーンデレンで撮影バイクに追突されて車輪を破損。パリ〜ルーベでは圧倒的に有利な展開に持ち込みながらゴール直前でパンクして優勝を逃した上、1998年の同レースで膝蓋骨複雑骨折の重傷を負った。その後オートバイを運転中に頭蓋骨骨折の事故を起こす。
- ローラン・ブロシャール……1997年に優勝したが、翌年にチームぐるみのドーピングが発覚し出場停止となる。
- ヤン・ウルリッヒ……2001年のタイムトライアル部門で優勝したが、翌年膝を故障。さらに交通事故を起こしたうえ、抜き打ち検査でドーピングが判明してチームから解雇された。
- イゴル・アスタルロア……2003年に優勝。翌2004年にまずコフィディスに移籍したが、チームぐるみのドーピング疑惑が持たれたため、問題が解決するまでチーム活動の停止を余儀なくされた。そのため急遽、同年5月にランプレに移籍したものの、同年シーズン限りで契約を打ち切られる。
- トム・ボーネン……2005年に優勝するが、翌年恋人と破局したうえ、交通事故を起こす。
- パオロ・ベッティーニ……2006年、2007年に優勝したが、2006年の大会終了直後に兄を交通事故で亡くしている。また2007年には世界選手権で使用したマシンがチームの車ごと盗まれた。
- アレッサンドロ・バッラン……2008年に優勝したが、2009年春先にウィルス性の胃腸炎にかかり、春のクラシックシーズンを棒に振る。その後2010年にドーピング疑惑が浮上し出場自粛。
- カデル・エヴァンス……2009年に優勝。2010年はフレーシュ・ワロンヌで優勝するなど順調に見えたが、ジロ・デ・イタリア第2ステージでマリア・ローザを獲得した後の第3ステージで強風による集団分断で脱落。さらには大会後半には発熱し総合5位に終わる。その後のツール・ド・フランスでは第8ステージでマイヨ・ジョーヌを獲得するも、そのステージでの落車が原因で左肘を骨折。翌第9ステージで大きく遅れ、最終的に総合26位に終わる。
その他の種目の主な例 [編集]
- ロジェ・リヴィエール……1959年、プロ・個人追い抜き3連覇を達成したが、翌1960年のツール・ド・フランスレース中に瀕死の重傷を負い、それが原因で引退を余儀なくされた。
- 中野浩一……1981年にプロ・スプリント5連覇を達成し、同年の日本プロスポーツ大賞も受賞したが、翌1982年は落車が相次いだ。加えて同年の特別競輪(現在のGIに相当)は無冠、また5年連続で堅持してきた賞金王も井上茂徳に奪われた。
- ゴードン・シングルトン……1982年のプロ・ケイリンを制したが、同年のプロ・スプリント決勝における、中野浩一に対するラフプレーを咎められ、後にUCI主管レースの無期限出場資格停止処分を受けて引退。
- 本田晴美……1987年のケイリンを制したが、競輪でのタイトル獲得歴は一度もなし。
- ジュリアナ・フルタド……1990年の女子MTBクロスカントリー制覇。その後数年間ワールドカップで無敵を誇っていたが、レース中に感染したと思われる寄生虫病により引退を余儀なくされる。
- レオンティエン・ファンモールセル……1993年の女子個人ロード制覇後神経性無食欲症に陥り、一時引退状態に。
- ナタリア・ツィリンスカヤ……2000年の女子スプリントを制覇した翌2001年に離婚。
- イサーク・ガルベス……2006年にホアン・リャネラスと組んで2度目のマディソン制覇を果たしたが、同年のヘント6日間レースで事故死。
- テオ・ボス……2007年の男子スプリントで連覇を果たしたが、翌2008年の世界選、北京五輪では個人種目でメダル獲得すらできず惨敗。北京五輪後、ロードレースへ転身するため、トラック短距離種目から事実上撤退を表明。
- マルタ・バスティアネッリ……2007年の女子個人ロードを制したが、翌2008年の北京オリンピック開幕約1ヶ月前、フェンフルラミンの陽性反応によりイタリア代表を外され、以後出場停止を余儀なくされる。
- クリス・ホイ……2008年、ケイリンとスプリントを制覇。加えて同年の北京オリンピックでは三冠王に輝いたが、2009年のUCIトラックワールドカップ第5戦(コペンハーゲン)のケイリンで落車したことが影響し、同年の世界選手権に出場すら果たせなかった。
- トニー・マルティン……2011年に男子個人TTを制覇したが、翌2012年4月に練習中に交通事故に遭い、頬骨を骨折するなど重傷を負った。ツール・ド・フランス2012では初日のプロローグ (個人TT 6.4km) でパンクし、1位から23秒遅れの45位となった。翌日の第1ステージでは転倒に巻き込まれて落車し、左手首の舟状骨を骨折した。第9ステージ (個人TT 41.5km) でもスタートから5km地点付近でパンクした。
アルカンシエルを契機に飛躍 [編集]
一方で、アルカンシエル獲得を契機に大きく飛躍した選手も少なくない。
エリート個人ロードレースの主な例 [編集]
- リック・バンステーンベルヘン……1949年に初優勝。以後通算3回の世界選制覇を飾り、6日間レース歴代第1位の勝利数(当時)も記録。
- ヤン・ヤンセン……1964年に優勝。その後、1967年にブエルタ・ア・エスパーニャ、1968年にツール・ド・フランスを制覇。
- エディ・メルクス……1964年にアマチュア・個人ロードを制覇し、プロ・個人ロードを1967年に初制覇。その後の実績は語りつくせないほど。
- グレッグ・レモン……1983年に初優勝し、通算2回制覇。ツール・ド・フランスでは3回制覇を記録。
- ランス・アームストロング……1993年に優勝。癌の発病・闘病生活を経て復活し、ツール・ド・フランス史上初の総合7連覇を達成。
- アブラハム・オラーノ……1995年に個人ロードを制し、3年後には個人タイムトライアル及びブエルタ・ア・エスパーニャを制覇。
- オスカル・フレイレ……1999年に初制覇し、通算3回制覇。そのほか数々のレースで活躍。
- カデル・エヴァンス……2009年に制覇。その後、2010年のフレッシュ・ワロンヌにてクラシック初勝利、そして同年のジロ・デ・イタリア第2ステージにて8年ぶりのマリア・ローザ着用。加えて、マリア・ロッソ・パッショーネ(赤いジャージ)に代わった元年でもある、同年ジロのポイント賞を獲得。しかし、ジロ後半では発熱と体調不良で総合優勝を逃し、最大の目標であったツール・ド・フランスではマイヨ・ジョーヌを一時獲得したものの、落車で左肘を骨折し総合26位で終わるなど、良い面と悪い面の双方が混在した一年となったが、2011年にはツール・ド・フランスで悲願の総合優勝を果たした。
その他の例 [編集]
- 中野浩一……1977年にプロ・スクラッチ(現 スプリント)初制覇。その後同種目10連覇を達成したほか、日本プロスポーツ選手史上初の年間獲得賞金額1億円などを達成。
- マイケル・ロジャース……2003年にタイムトライアル部門で初制覇し、翌年、翌々年も勝利して、同種目三連覇の偉業を達成。
- ファビアン・カンチェラーラ……2006年にエリートタイムトライアルを制覇、そのままの勢いで2007年エリートタイムトライアルにて連覇を飾り、2008年に入ってもティレーノ〜アドリアティコ制覇、北京オリンピックエリートロード銀、タイムトライアル金と好調が続く。さすがに2008年終盤から2009年にかけて呪われるもののツール・ド・スイスから復活。国内選手権エリートロードを制し、ツールでマイヨ・ジョーヌ、ブエルタでマイヨ・オロを着用するだけでなく、2010年以降に於いても春のクラシック、グランツール、世界選手権等で活躍している。
国内最優秀スポーツ選手への選出例 [編集]
アルカンシエル獲得により自国の最優秀スポーツ選手に選ばれるケースもある。以下に主な例を挙げる。
- 日本プロスポーツ大賞
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- 中野浩一……1981年、プロスプリント優勝。
- オランダ スポーツマンオブザイヤー
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- アリー・ファンフリート……1953年、プロスプリント優勝。
- ヘンク・ナイダム……1962年、プロ個人追抜優勝。
- ヤン・ラース……1979年、プロ個人ロードレース優勝。
- ヨープ・ズートメルク……1985年、プロ個人ロードレース優勝。
- テオ・ボス……2006年、個人スプリントとケイリン優勝。
- ベルギー スポーツマンオブザイヤー
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- エディ・メルクス……1971年、1974年のプロ個人ロードレース優勝。
- フレディ・マルテンス……1981年、プロ個人ロードレース優勝。
- クロード・クリケリオン……1984年、プロ個人ロードレース優勝。
- ルディー・ダーネンス……1990年、プロ個人ロードレース優勝。
- トム・ボーネン……2005年、個人ロードレース優勝。
- BBC スポーツパーソナルオブザイヤー
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- トム・シンプソン……1965年、プロ個人ロードレース優勝。
- クリス・ホイ……2008年、スプリント、ケイリン優勝。
- マーク・カヴェンディッシュ……2011年、個人ロードレース優勝。
- ドイツ スポーツパーソナリティオブザイヤー
- スイス スポーツパーソナリティオブザイヤー
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- ウース・フローラー……1982年、プロポイントレース優勝。
- オスカル・カーメンツィント……1998年、個人ロードレース優勝。
- カリン・テュリヒ……2004年、女子ロード個人タイムトライアル優勝。
- スヴァンスカ・タブブラデト・ゴールドメダル(スウェーデンの年間最優秀選手賞)
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- フォーグルム4兄弟(イェスタ、エリック、ストゥーレ、トーマス)……1967年、団体ロードレース優勝。
- スザンヌ・ユンスコック……2002年、女子個人ロードレース優勝。
- ノルウェー スポーツパーソンオブザイヤー
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- トル・フースホフト……2010年、個人ロードレース優勝。