ショーン・ケリー
ショーン・ケリー(Seán Kelly、1956年5月21日 - )はアイルランド生まれの元自転車ロードレース選手。
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経歴 [編集]
アイルランドのロード選手といえば、1987年にジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランス、世界選手権自転車競技大会の三冠王に輝いたステファン・ロッシュが一般的に有名だが、ロッシュが選手生活の中で本当に輝きを放ったシーズンはほぼこの年だけといっていいのに対し、ケリーは現役時代、毎年のようにタイトルを獲得したばかりか、数多くの年間表彰も受けた。
とりわけ、パリ〜ニースの総合7連覇という記録は特筆すべきものであり、同様の記録としてステージレースにおける同一大会連覇記録としては、後にランス・アームストロングがツールで7連覇を果たしているのみである。また、年間表彰制度であるスーパープレスティージュ、UCI・ロードワールドランキングスにおいても長らく1位を記録しており、ベルナール・イノーやグレッグ・レモンといった選手たちの追随を許さなかった。
当初はスプリンター型の選手で、1982年のツールでは同タイプの名選手であったベルギーのフレディ・マルテンスを大きく引き離しポイント賞(マイヨ・ヴェール)を受賞するなど、第一人者としての地位を固める。その後はオールラウンダー型の選手に変貌した。しかし難度の高い山岳コースは苦手としており、そのためか、グランツール総合優勝としてはブエルタ・ア・エスパーニャにおける1回(1988年)があるのみである。
また、モニュメントを始めとするクラシックレースでも数多くの勝利を挙げているが、ロンド・ファン・フラーンデレンだけは2位が3度あるものの遂に優勝を果たせず、リック・バンローイ、エディ・メルクス、ロジェ・デフラミンクに次ぐ史上4人目のモニュメント完全制覇は果たせなかった。
スプリント力が注目されがちであるが、1992年のミラノ〜サンレモではモレノ・アルゼンティンが直前のレースで事故を起こした記憶から危険な下り坂で失速することを予想、ポッジオの丘でのアタックをあえて放置し下りで差を詰めゴール直前で差し切るなど、心理・戦術面での巧みさが目立つ。
現役時代の主な実績 [編集]
グランツールでの実績 [編集]
ツール・ド・フランス [編集]
- 1978: 総合34位; 第6ステージ優勝
- 1979: 総合38位
- 1979: 総合29位; 第19・21ステージ優勝
- 1981: 総合48位; 第17ステージ優勝
- 1982: 総合15位;
ポイント賞(初); 第13ステージ優勝 - 1983: 総合7位;
ポイント賞(2回目) - 1984: 総合5位;
- 1985: 総合4位;
ポイント賞(3回目) - 1987: 途中リタイア
- 1988: 総合46位;
- 1989: 総合9位;
ポイント賞(4回目。史上最多〈当時〉。) - 1990: 総合30位
- 1991: 途中リタイア
- 1992: 総合43位
ブエルタ・ア・エスパーニャ [編集]
- 1979: 第1・5ステージ優勝
- 1980: 第1・2・14・17・19ステージ優勝
- 1985: 第2・9・15ステージ優勝
- 1986: 第10・13ステージ優勝
- 1987: 第1・3ステージ優勝
- 1988:
総合優勝; 第11・20ステージ優勝
主要ワンデイレース優勝 [編集]
- ミラノ〜サンレモ:1986, 1992
- パリ〜ルーベ:1984, 1986
- リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ:1984, 1989
- ジロ・ディ・ロンバルディア:1983, 1985, 1991
- パリ〜ツール:1984
- グランプリ・プルエー:1984
- ヘント〜ウェヴェルヘム:1988
- グランプリ・デ・ナシオン:1986
主要ステージレース総合優勝 [編集]
- ブエルタ・ア・エスパーニャ:1988
- パリ〜ニース:1982-1988(同大会最多記録となる7連覇)
- ツール・ド・スイス:1983, 1990
- カタルーニャ一周:1984, 1986
- バスク一周:1984, 1986, 1987
- クリテリウム・アンテルナシオナル:1983, 1984, 1987
年間表彰第1位受賞記録 [編集]
- スーパープレスティージュ:1984, 1985, 1986
- UCI・ロードワールドランキングス:1984-1988
- UCI・ロードワールドカップ:1989
外部リンク [編集]
- ショーン・ケリー - サイクリングアーカイヴス (英語)
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