ショーン・ケリー

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Sean Kelly, Tour de France 2009.jpg

ショーン・ケリー(Seán Kelly、1956年5月21日 - )はアイルランド生まれの元自転車ロードレース選手。

経歴[編集]

アイルランドのロード選手といえば、1987年ジロ・デ・イタリアツール・ド・フランス世界選手権自転車競技大会の三冠王に輝いたステファン・ロッシュが一般的に有名だが、ロッシュが選手生活の中で本当に輝きを放ったシーズンはほぼこの年だけといっていいのに対し、ケリーは現役時代、毎年のようにタイトルを獲得したばかりか、数多くの年間表彰も受けた。

とりわけ、パリ〜ニースの1982年から1988年までの総合7連覇という記録はステージレースにおける同一大会連覇記録である。同様の記録として後にランス・アームストロングがツールで7連覇を果たしたが、ドーピング違反により抹消された。また、年間表彰制度であるスーパープレスティージュUCI・ロードワールドランキングスにおいても長らく1位を記録しており、ベルナール・イノーグレッグ・レモンといった選手たちの追随を許さなかった。

当初はスプリンター型の選手で、1982年のツールでは同タイプの名選手であったベルギーフレディ・マルテンスを大きく引き離しポイント賞マイヨ・ヴェール)を受賞するなど、第一人者としての地位を固める。その後はオールラウンダー型の選手に変貌した。しかし難度の高い山岳コースは苦手としており、そのためか、グランツール総合優勝としてはブエルタ・ア・エスパーニャにおける1回(1988年)があるのみである。

また、モニュメントを始めとするクラシックレースでも数多くの勝利を挙げているが、ロンド・ファン・フラーンデレンだけは2位が3度あるものの遂に優勝を果たせず、リック・バンローイエディ・メルクスロジェ・デフラミンクに次ぐ史上4人目のモニュメント完全制覇は果たせなかった。

スプリント力が注目されがちであるが、1992年のミラノ〜サンレモではモレノ・アルゼンティンが直前のレースで事故を起こした記憶から危険な下り坂で失速することを予想、ポッジオの丘でのアタックをあえて放置し下りで差を詰めゴール直前で差し切るなど、心理・戦術面での巧みさが目立つ。

現役時代の主な実績[編集]

グランツールでの実績[編集]

ツール・ド・フランス[編集]

  • 1978: 総合34位; 第6ステージ優勝
  • 1979: 総合38位
  • 1979: 総合29位; 第19・21ステージ優勝
  • 1981: 総合48位; 第17ステージ優勝
  • 1982: 総合15位; Jersey green.svgポイント賞(初); 第13ステージ優勝
  • 1983: 総合7位; Jersey green.svgポイント賞(2回目)
  • 1984: 総合5位;
  • 1985: 総合4位; Jersey green.svgポイント賞(3回目)
  • 1987: 途中リタイア
  • 1988: 総合46位;
  • 1989: 総合9位; Jersey green.svgポイント賞(4回目。史上最多〈当時〉。)
  • 1990: 総合30位
  • 1991: 途中リタイア
  • 1992: 総合43位

ブエルタ・ア・エスパーニャ[編集]

  • 1979: 第1・5ステージ優勝
  • 1980: 第1・2・14・17・19ステージ優勝
  • 1985: 第2・9・15ステージ優勝
  • 1986: 第10・13ステージ優勝
  • 1987: 第1・3ステージ優勝
  • 1988: Jersey gold.svg総合優勝; 第11・20ステージ優勝

主要ワンデイレース優勝[編集]

主要ステージレース総合優勝[編集]

年間表彰第1位受賞記録[編集]

外部リンク[編集]