グランプリ・デ・ナシオン

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グランプリ・デ・ナシオンGrand Prix des Nations)は、1932年から2004年まで通算70回開催された自転車競技ロードレースである。フランスの秋シーズンのクラシックレースであるとともに、個人タイムトライアルのワンデーレースであった。

沿革[編集]

当初からハイレベルな戦い[編集]

1932年に非公式ながらも、個人タイムトライアルの世界一決定戦の意味合いを持つレースとして誕生。ただし非公式とは言いながらもタイムトライアルレースという特徴である手前、出場選手は少数かつ厳選され、主要ステージ&クラシックレースにおいて優勝経験があるような選手が大半であった。したがって歴代優勝者はロードレース史に名を刻む名選手ばかりである。とりわけ、ジャック・アンクティルは6連覇を含む通算9回の優勝実績があり、ベルナール・イノーも通算5回制覇している。

1955年まではおおよそ約140kmで行われたが、その後距離は短縮され、1965年には約90kmとなり、晩年は約75kmとなった。

ちなみに1958年から1988年まで年間表彰制度として実施されてきたスーパープレスティージュ争いを占う上において、当レースは非常に重要な意味合いを持っていた。選手のレベルの高さも手伝って設定ポイントも高く、年によっては、このレースを制した選手が従前の順位を逆転し、そのままスーパープレスティージュも受賞したほどである。

廃止となった経緯[編集]

1994年世界自転車選手権のロードレース種目として新たに当レースと全く同種の種目が新設された。さらにプロ・アマオープン化に伴い、エリートとして登録されている選手であれば誰でも出場することができるようになった夏季オリンピックにおいても個人タイムトライアル種目が設けられることになった。

これにより、グランプリ・デ・ナシオンの権威は次第に薄れ、既に自らが主催する世界選手権大会において同様の種目を実施している国際自転車競技連合(UCI)は2005年より実施することになったUCIプロツアーの対象レースから当レースを除外することを決めた。ツール・ド・フランス等のレースを組織・運営するASOも「もうこのレースの意義は見出せない」とさじを投げた。したがって当レースそのものは2004年をもって廃止された。

名称だけは残したい[編集]

しかしかつて、パリ〜ブレスト〜パリ(1891年〜1951年)、ボルドー〜パリ(fr:Bordeaux-Paris 1891年〜1988年)といった名物レースが廃止された経緯を憂う一部のフランス人から、『ナシオン』という名称を何とか他のレースであっても継承できないものかという提唱がなされた。その結果、1982年より実施されている(現在はUCIヨーロッパツアーのレース)、同じくタイムトライアルレースである「クロノ・デ・エルビエ」というレースに用いることに決まり、2006年よりクロノ・デ・ナシオンと名称が改められた。

蛇足ながらクロノとは、ストップウオッチという意味である。

歴代優勝者[編集]

関連項目[編集]