親指のうずき

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親指のうずき
By the Pricking of My Thumbs
著者 アガサ・クリスティ
訳者 深町眞理子
イラスト ケネス・ファーンヒル[注釈 1](原語版カバー絵)
発行日 1968年11月
発行元 イギリスの旗 コリンズ・クライム・クラブ英語版
日本の旗 早川書房
ジャンル 犯罪小説、推理小説
イギリスの旗 イギリス
言語 英語
形態 書籍(ハードカバー・ペーパーバック
ページ数 256ページ(初版・ハードカバー版)
前作 長編:
終りなき夜に生れつく
トミーとタペンス:
NかMか
次作 長編:
ハロウィーン・パーティ
トミーとタペンス:
運命の裏木戸
公式サイト www.agathachristie.com
コード ISBN 9780007590629ハーパーコリンズ版)
ISBN 9784151300493ハヤカワ文庫版)
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親指のうずき』(: By The Pricking of My Thumbs[1][2]は、アガサ・クリスティによる『トミーとタペンス』シリーズの推理小説である。作品は1968年11月にイギリスコリンズ・クライム・クラブ英語版から初出版され[3]、同じ年にアメリカ合衆国ドッド・ミード・アンド・カンパニー英語版からも出版された[4][5]。日本では深町眞理子が翻訳を担当し、現在はハヤカワ文庫内クリスティー文庫の49巻として収められている[1][2]。発売時の定価は、イギリス版が21シリング[3](2018年時点の£18と同等[6])、アメリカ版が4.95ドル[5](2018年時点の$36と同等[7])である。

2人の若い頃を描いた同シリーズの前作までとは異なり、作品は中年にさしかかった夫婦を描く第二次世界大戦期のスパイ小説で、トミーとタペンスは時間の経過に伴い歳を取っている。これは1920年代の初登場から最終作『スリーピング・マーダー』まで一貫して同年代として描かれるミス・マープルとの違いである。

作品のタイトルは、作中でタペンスも言及する[8]ウィリアム・シェイクスピアの『マクベス』第4幕第1場で第2の魔女が言う次の台詞から引用されている[2]

By the pricking of my thumbs, / Something wicked this way comes.
ぴくぴく動くよ 親指が / 邪悪な何かがやってくる。[9]

あらすじ[編集]

小説は全4部・17章に分けられているが、各部の訳題は深町訳にならった[10]

第1部:サニー・リッジ[編集]

トミーとタペンスのベレスフォード夫妻は、トミーのおばであるエイダを訪ね、老人ホーム『サニー・リッジ』へ足を運ぶ。トミーがエイダおばと話している間、別室で待っているタペンスは、この老人ホームに住むランカスター夫人と話をしている。ランカスター夫人は、話の途中で突然「あれはあなたのお子さんでしたの?」と尋ね、暖炉の奥に子どもがいると話し出す[11]

3週間後、エイダは自然死し、葬儀を終えて遺品を引き取りに行った2人は、ランカスター夫人が突然ホームを立ち去ったことを知る。ホームの責任者であるミス・パッカードは、ジョンソン夫人と名乗る女性がランカスター夫人を引き取っていったと話す。エイダの遺品には、ランカスター夫人から譲られた、川辺に建つ家を描いた絵があったが、タペンスはその絵に不思議な見覚えがあることに気付く。夫妻は絵の処遇を巡ってランカスター夫人の行方を捜すが、すぐに行き詰まり、タペンスはランカスター夫人が何か事件に巻き込まれたのではないかと訝る[注釈 2]

この少し後、トミーは国際合同秘密機関連合 (IUAS) の会合に出かけ、ひとり家に残ったタペンスは、汽車から絵の家を見たと気付き、記憶と地図を元にこの家がある場所を絞り込む。

第2部:運河の家[編集]

タペンスはトミーが留守の間に、絵の家を探してサットン・チャンセラー(: Sutton Chancellor)という小さな村を訪れる。彼女が村はずれにある絵の家を訪れると、家は奇妙なことに前後に仕切られていた。後面には中年のペリー夫妻が住んでいたが、運河に面した前面は数年間空き家になっていることが分かる。タペンスは家の情報を得ようと不動産屋に向かい、途中立ち寄ったサットン・チャンセラーの中心部で、年配の司祭、民宿を営むコプリー夫人、教区を駆け回る活動家で、スターク卿の元秘書だったミス・ネリー・ブライに出会う。教会の墓地には、「プライアリー屋敷」の持ち主フィリップ・スターク卿が、妻ジュリアを追悼した碑がある。コプリー夫人からは村の周囲でかつて起きた連続幼女殺害事件を聞かされ、ブライの家を訪れたタペンスは、カンバーランドの老人ホームに住むヨーク夫人宛の手紙を偶然見つける。

彼女は司祭を助けて、墓碑からある少女の名前を探す作業に取り掛かるが、突然後ろから殴りつけられ、気を失ってしまう。

第3部:失踪—主婦[編集]

トミーは IUAS の会合から帰るが、使用人のアルバートからタペンスが出かけたまま帰らないと告げられる。彼は出かける前のタペンスの様子から絵に手がかりがあると考える。作者がボスコワンだと分かったトミーは、彼の未亡人の元を訪れ、当時は無かった船が描き足されていることを聞き出す。また彼は、サニー・リッジの医師から連絡を受け、サニー・リッジの入居者ムーディー夫人がモルヒネ中毒で亡くなり、同様に死因に疑いがあるケースがあることを聞かされる。トミーはその足で知り合いの探偵アイヴァー・スミスの元を訪れ、サットン・チャンセラーの家が犯罪者の金品隠し場所に使われていたかもしれないという仮説を聞く。

タペンスは病院で目覚めるが逆行性健忘症に陥っている。彼女に関する新聞記事を読んだ夫妻の娘デボラからの連絡で、トミーはタペンスの居場所を突き止める。また、アルバートの発案でエイダの遺品だった机を調べ、隠し引き出しから、「ムーディー夫人がホームの殺人者を特定したと話していた」というエイダのメモを見つける。

第4部:教会があって塔がある、扉をあければひとがいる[編集]

タペンスは回復し、駆けつけたトミーと共に調査を始める。2人は暖炉からカットされていないダイアモンドを見つけ、タペンスが探していた墓からは盗品が見つかる。犯罪組織の存在を疑ったアイヴァー・スミスの提案で、情報を集めるためにパーティーが開かれ、ベレスフォード夫妻のほかに、フィリップ・スターク卿、ボスコワン夫人が招かれる。タペンスはスターク卿の素振りから多くを知っていることを見抜き、連続幼女殺害事件の犯人ではないかと疑う。翌日司祭を訪ねて教会に向かった彼女は、出くわしたブライに、彼女こそジョンソン夫人で[注釈 3]、タペンスを殴りつけた本人だと言い当てる。

彼女は再び1人で絵の家を訪れ、ランカスター夫人とばったり出会う。ランカスター夫人は家の秘密の部分へタペンスを招き入れ、自分の人生を語る。彼女は意に反して妊娠中絶された後、贖罪と称して子どもたちを殺していた。『サニー・リッジ』での言葉は、タペンスが被害者の母親として彼女の犯罪を見抜いたと勘違いしてのものだった。ムーディー夫人は、ランカスター夫人の正体に気付いたために殺され、殺人に気付いたブライは彼女を別のホームへ連れて行った。そこまで話した後、ランカスター夫人は彼女を殺そうとする。

タペンスはすんでのところで助けられ、ランカスター夫人が、死んだことにされていたスターク卿の夫人ジュリアだったことが分かる。彼女は地元の旧家ウォレンダー家の末裔だったが、若い頃はバレリーナとして活動しつつ、犯罪組織にも関わっていた。この組織と縁が切れた頃、彼女はスターク卿と結婚した。スターク卿は結婚生活の中で、彼女の狂気と連続殺人事件に気付き、秘書だったブライに任せて、「子どもが同じ屋根の下に暮らさない場所を」と妻を老人ホームへと送っていた。ボスコワンの絵に描き足された船は、ジュリアが殺した子どもの名前を書き込んだため、スターク卿がそれを隠そうと描いたものだった。「ランカスター夫人」は、タペンスに飲ませようとした毒を煽って自殺している。事件が解決した後、ベレスフォード夫妻は2人で帰宅する。

文学的重要性と批評[編集]

作品は、長編小説『秘密機関』(1922年)、短編集『おしどり探偵』(1929年)、長編小説『NかMか』(1941年)に次ぐ『トミーとタペンス』シリーズ27年ぶりの作品(4作目)である[2]。この作品は、世界中の読者から寄せられたふたりのその後の人生を知りたいという要望に応えて書かれ[2]、献辞の部分には「この国や他の国からわたしに向かってこう尋ねてくれる読者の皆さんへ—『トミーとタペンスに何が起こりましたか?彼らは今何をしていますか?』」(英: "to the many readers in this and other countries who write to me asking: 'What has happened to Tommy and Tuppence? What are they doing now?'")と記されている。

フランシス・アイルズ(アントニー・バークリー・コックス)は、『ガーディアン』1968年12月13日号で次のように批評している。

「これはスリラーであって探偵小説ではなく、言うまでも無く巧妙で刺激的な1作だ。どんな人物でも(多分、ほぼ全員が)スリラーを書くことはできるが、純粋な『アガサ・クリスティー』となると1人にしか書くことができない」
"This is a thriller, not a detective story, and needless to say an ingenious and exciting one; but anyone can write a thriller (well, almost anyone), whereas a genuine Agatha Christie could be written by one person only."[13]

オブザーバー』紙の1968年11月17日号には、モーリス・リチャードソン(英: Maurice Richardson)が批評を掲載し、「彼女の最高傑作ではないが、気持ちの良い多幸感と邪悪な雰囲気とをつなぎ合わせた作品」[注釈 4]と述べている。

またロバート・バーナード英語版は次のように述べている。

「上品な老人ホームに住むトミーの意地の悪い叔母が登場して幾分良い感じで始まるが、すぐに半分現実的な筋書きの混乱と、多過ぎる会話に傾いていってしまう。どれも最近のクリスティ作品ではお馴染みのことだが、見当違いの事柄や反復、取るに足らないことがとりとめもなく続き、どこにも行き着かない(まるで彼女がサミュエル・ベケットの足下に座っているように)。ダイアローグの節約にだけ真の価値がある—全ての点が、それか少なくとも可能な点が押さえられていて、初期のクリスティのようだから」[注釈 5]

映像化・舞台化[編集]

2005年、フランス人監督のパスカル・トマによって現代フランスを舞台に翻案され、『アガサ・クリスティーの奥さまは名探偵』としてリリースされた[16]

本作は「マープル」シリーズ外の作品で原作にマープルは登場しないものの、ジェラルディン・マキューアン英語版主演のテレビシリーズ『アガサ・クリスティー ミス・マープル』(ITV)の1作品として2006年にテレビ映画化された[17]。作品ではトミーが保安局 (MI6) の仕事で海外に行っている設定で、トミーの関わるプロットはマープルが担当するよう書き換えられている。トミーは尊大で屈強な男として、タペンスは携帯用の酒瓶を持ち歩き、夫の成功に憤慨している、泣き上戸の酔っ払いとして描かれている。またタペンスは、MI6に入局したものの、第1子を妊娠して任務を遂行できなかった設定である。トミーとタペンスは、それぞれアンソニー・アンドリュースグレタ・スカッキが演じた。時代は1940年代後半から1950年代初頭に設定されているが、正確な年代は明らかにされず、時代的な不一致もある。例えばボーイングB-17(戦後すぐにイギリスから撤収し、1949年までにアメリカ空軍の現役から退いた機種)が村の上空を飛ぶシーンがあるが、アメリカ空軍隊員が1949年に導入されたはずであるブルーのアメリカ空軍の制服英語版を着ていたり、村の店には1951年に開かれたはずのフェスティバル・オブ・ブリテン英語版のポスターが掲示されている。

出版歴[編集]

英語版(原語版)[編集]

日本語訳[編集]

  • アガサ・クリスティー『親指のうずき』深町眞理子訳、早川書房〈世界ミステリシリーズ〉、1970年、284頁。全国書誌番号:75060160NCID BN1613174X
  • アガサ・クリスティー『親指のうずき』HM 1‐10、深町眞理子訳、早川書房〈ハヤカワ・ミステリ文庫〉、1976年、346頁。全国書誌番号:75086553ISBN 4-15-070010-9NCID BA34378039OCLC 21892859
  • アガサ・クリスティー『親指のうずき』49、深町眞理子訳、早川書房〈ハヤカワ文庫:クリスティー文庫〉、2004年9月15日、475頁。全国書誌番号:20663983ISBN 978-4-15-130049-3NCID BA70207743OCLC 675321077

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 英: Kenneth Farnhill
  2. ^ この時タペンスが言うのが、タイトルとなった『マクベス』からの引用である[8]
  3. ^ タペンスは、「ヨーク夫人」「ランカスター夫人」は、いずれも薔薇戦争で争ったヨーク家ランカスター家から取られたもので同一人物の偽名だと気付く[12]
  4. ^ 原文:"Not her best though it has patches of her cosy euphoria and aura of the sinister."[14]
  5. ^ 原文:"Begins rather well, with a vicious old aunt of Tommy's in a genteel old people's home, but declines rapidly into a welter of half-realised plots and a plethora of those conversations, all too familiar in late Christie, which meander on through irrelevancies, repetitions and inconsequentialities to end nowhere (as if she had sat at the feet of Samuel Beckett). Makes one appreciate the economy of dialogue – all point, or at least possible point, in early Christie."[15]

出典[編集]

  1. ^ a b アガサ・クリスティー親指のうずき深町眞理子訳、早川書房〈クリスティー文庫 49〉、2004年9月16日。全国書誌番号:20663983ISBN 415130049XNCID BA70207743OCLC 6753210772017年3月28日閲覧。
  2. ^ a b c d e 数藤康雄(編) (2004, p. 68)
  3. ^ a b Chris Peers, Ralph Spurrier and Jamie Sturgeon. Collins Crime Club – A checklist of First Editions. Dragonby Press (Second Edition) March 1999 (Page 15)
  4. ^ John Cooper and B.A. Pyke. Detective Fiction – the collector's guide: Second Edition (pp. 82, 87) Scholar Press. 1994. ISBN 0-85967-991-8
  5. ^ a b American Tribute to Agatha Christie”. 2017年3月28日閲覧。
  6. ^ イギリスのインフレ率の出典はClark, Gregory (2017年). “The Annual RPI and Average Earnings for Britain, 1209 to Present (New Series)”. MeasuringWorth. 2019年1月27日閲覧。
  7. ^ Federal Reserve Bank of Minneapolis Community Development Project. "Consumer Price Index (estimate) 1800–". Federal Reserve Bank of Minneapolis. Retrieved January 2, 2019.
  8. ^ a b アガサ・クリスティー (2004, p. 101)
  9. ^ シェイクスピア『新訳 マクベス』河合祥一郎訳、角川書店角川文庫〉(原著2009年1月25日)、96頁。ISBN 978-4-04-210618-02017年3月28日閲覧。
  10. ^ アガサ・クリスティー (2004, pp. 6-7)
  11. ^ アガサ・クリスティー (2004, pp. 48-49)
  12. ^ アガサ・クリスティー (2004, p. 435)
  13. ^ The Guardian, 13 December 1968 (p. 10).
  14. ^ The Observer, 17 November 1968 (p. 28)
  15. ^ Barnard, Robert (1990). A Talent to Deceive – an appreciation of Agatha Christie – (Revised edition ed.). Fontana Books. p. 189. ISBN 0-00-637474-3. 
  16. ^ Mon petit doigt m'a dit... (2005) - インターネット・ムービー・データベース(英語)
  17. ^ "Agatha Christie's Marple" By the Pricking of My Thumbs (TV Episode 2006) - インターネット・ムービー・データベース(英語) - 2017年4月2日閲覧。
  18. ^ Christie, Agatha (1968). By the pricking of my thumbs. London: William Collins Sons. ISBN 0921111738. OCLC 858069612. 
  19. ^ Christie, Agatha (1971). By the pricking of my thumbs. フォンタナ・ブックス. OCLC 959823854. 
  20. ^ Christie, Agatha (1987). By the pricking of my thumbs. Leicester: Ulverscroft. ISBN 0-7089-1571-X. OCLC 979149821. 
  21. ^ Christie, Agatha (2000). By the pricking of my thumbs. New York: New Amer Library (Mm). ISBN 0-451-20052-7. OCLC 780544819. 

参考文献[編集]

外部リンク[編集]