二条晴良

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二条 晴良(にじょう はるよし / はれよし、大永6年4月16日1526年5月27日) - 天正7年4月29日1579年5月29日))は、戦国時代安土桃山時代藤氏長者二条家第14代目当主。父は関白二条尹房。母は九条尚経の長女・経子。弟に二条良豊尋寛がいる。室は伏見宮貞敦親王の娘・位子女王。子に九条兼孝二条昭実義演鷹司信房がいる。後明珠院と号す。

生涯[編集]

天文5年(1536年)、正五位下に叙せられて元服、家の慣例により室町幕府第12代将軍足利義晴から偏諱を賜い、晴良と名乗る。

その後、左大臣を経て天文17年(1548年)に関白・藤氏長者となったが、同22年(1553年)、これを辞任。

永禄9年(1566年)、准三宮宣下を受けた。

永禄11年(1568年)、足利義昭の推挙により、再度関白に就任。

天正6年(1578年)、関白を辞任し、翌年54歳で死去した。

人物[編集]

能書家として有名だった。

系譜[編集]

参考文献[編集]