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鷹司忠冬

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
鷹司忠冬
時代 戦国時代
生誕 永正6年(1509年
死没 天文15年4月12日1546年5月11日
別名 後専称院
官位 従一位関白内覧左大臣
主君 後奈良天皇
氏族 鷹司家
父母 父:鷹司兼輔、母:正親町三条公治の娘
継承者:信房
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鷹司 忠冬(たかつかさ ただふゆ)は、戦国時代公卿鷹司家12代当主。

経歴

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関白鷹司兼輔の子。学識のある東坊城和長から佳字の選考を受けた。官位従一位・関白。

忠冬には嗣子が無かったため鷹司家は断絶したが、天正7年(1579年)に二条晴良の子・信房が名跡を継いで再興した。

官歴

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『鷹司家譜』による。

鷹司忠冬の官歴表
和暦(西暦) 月日(旧暦) 年齢 [注 1] 事項
享禄2年(1529年 9月5日 21歳 元服正五位下に叙す、禁色昇殿を聴される(加冠役:鷹司兼輔、理髪役:広橋兼秀
正五位下に叙す
9月6日 右近衛中将に任ず
10月3日 従四位上に昇叙
11月23日 従三位に昇叙、右近衛中将如元
享禄3年(1530年 1月20日 22歳 権中納言に任ず、右近衛中将如元
4月10日 正三位に昇叙
11月16日 従二位に昇叙
享禄4年(1531年 2月13日 23歳 正二位に昇叙
6月23日 権大納言に転任
天文2年(1533年 3月23日 25歳 右近衛大将
天文6年(1537年 12月21日 29歳 右大臣に転任
右近衛大将如元
天文7年(1538年 1月8日 30歳 右近衛大将を辞す
天文10年(1541年 1月5日 33歳 従一位に昇叙
1月12日 左大臣に転任
天文11年(1542年 3月26日 34歳 関白宣下
藤氏長者内覧牛車随身兵仗等宣下
前右大臣の上座に列すべき旨の宣下
閏3月2日 左大臣を辞す
天文14年(1545年 6月2日 37歳 関白を辞す
天文15年(1546年 4月12日 38歳 薨去(号:後専称院))

系譜

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脚注

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注釈

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  1. 本表の年齢は数え年表記である。1509年(永正6年)を誕生年(1歳)として各年の年齢を算出している。

出典

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