九条輔実

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九条 輔実(くじょう すけざね、寛文9年6月16日(1669年7月13日) - 享保14年12月12日(1730年1月30日))は江戸時代中期の摂政関白左大臣九条兼晴の長男。母は九条道房の娘・九条待姫。正室は益子内親王(後西天皇皇女)。

子に九条師孝九条幸教(師孝の養子)、九条輔子(徳川吉通正室)、九条尚実らがいる。号は後洞院。

絵画が得意で、京都上善寺の弁天十五童子は彼の遺作といわれている。

略歴[編集]

寛文9年(1669年)に九条兼晴の子として生まれる。延宝4年(1676年)に叙従三位右大臣1704年 - 1708年)、左大臣(1708年 - 1715年)、摂政(1712年 - 1716年)、関白(1716年 - 1722年)などを歴任。享保14年(1730年)、61歳で死去。

系譜[編集]

参考文献[編集]

  • 『日本史諸家系図人名辞典』(小和田哲男、講談社2003年