九条輔実

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 
九条輔実
時代 江戸時代中期
生誕 寛文9年6月16日(1669年7月13日
死没 享保14年12月12日(1730年1月30日
諡号 後洞院
官位 従一位摂政関白左大臣
主君 霊元天皇東山天皇中御門天皇
氏族 九条家
父母 父:九条兼晴、母:九条待姫九条道房の娘)
兄弟 輔実綱平住如
益子内親王後西天皇の皇女)
師孝幸教尚実、輔子
テンプレートを表示

九条 輔実(くじょう すけざね)は江戸時代中期の摂政関白。号は後洞院。

略歴[編集]

寛文9年(1669年)に九条兼晴の子として生まれる。延宝4年(1676年)に叙従三位右大臣1704年 - 1708年)、左大臣(1708年 - 1715年)、摂政(1712年 - 1716年)、関白(1716年 - 1722年)などを歴任。享保14年(1730年)、61歳で死去。

絵画が得意で、京都上善寺の弁天十五童子は彼の遺作といわれている。

系譜[編集]

参考文献[編集]

  • 『日本史諸家系図人名辞典』(小和田哲男、講談社2003年

関連項目[編集]