二条斉信

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

二条 斉信(にじょう なりのぶ、天明8年3月5日1788年4月10日) - 弘化4年4月26日1847年6月9日))は江戸時代後期の公卿。父は二条治孝。母は徳川宗翰女。子は二条斉敬二条広子有栖川宮幟仁親王妃)など。号は成徳院。室は徳川従子徳川治紀長女)。「斉」の字は将軍徳川家斉からの偏諱

略歴[編集]

天明8年(1788年)に二条治孝の子として京に生まれ、早世した兄・斉通の跡を継いだ。従一位1824年文政7年)5月7日叙)。内大臣(1815年 - 1820年)、右大臣(1820年 - 1824年)、左大臣(1824年 - 1847年)などを歴任。弘化4年(1847年)に死去。

関連項目[編集]