ミシャグジ

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ミシャグジは日本古来の柳田國男によれば塞の神(サイノカミ)であり、もとは大和民族に対する先住民信仰[1]

伝承は多岐に及び、石神(シャクジ、サクジ)という他にミシャグチ、サクジ、オシャモジ、シャクチ、サクチ、サグチ、サクジン、オサクジン、オシャグチ、オミシャグチ、サゴジンなど、多様な音転呼称がある[2]。ミシャクジ[3]、ミシャグヂ、ミシャグジン[4]、シャゴジ、オシャゴジ(御石神)、オシャグジとも[5]。また御社宮司御左口など多くの漢字があてられる[6][注 1]

概要[編集]

塞の神(サイノカミ)境界の神、すなわち、大和民族と先住民がそれぞれの居住地に立てた一種の標識であると柳田國男は考察している[1]。信仰の分布からミシャグジ信仰の淵源は、諏訪信仰に関わるとする見方もある[2]百日咳治癒、口中病治癒、安産子育てなど様々だが、社祠神座伝承は年々消滅し続けている[2]

『駿河新風土記』には、村の量地の後に間竿を埋めた上でこの神を祀る一説がある他、『和漢三才図会』は「志也具之宮(しやぐのみや)」を道祖神(サイノカミの一種)としている[2]。ミシャグジの実態は解明されたとは言い難い[2]

呼称[編集]

「塞」はサエ、ソコ、サキなどの語との結びつきがあり、その語源にはアイヌも絡んでいる[1]

石神(シャクジ)と石神(いしがみ)を同一視する辞書は複数ある[7]が、『日本民俗大辞典〈上〉あ~そ』は「石神(いしがみ)とは異なる」としている[2]。シャグジは社貢寺とされるが、その名の社寺は現存せず、土俗名ともされる[8]。北左農山人の『江南駅話』には「あの宮が釈地大明神といふ。それをあがめておの字を附け、言ひちがへておしゃこじといふわなぁ」とある[5]

信仰[編集]

諏訪地方では特に諏訪の蛇神であるソソウ神と習合されたためか白蛇の姿をしているともいわれており、建御名方神洩矢神(モレヤ神)と同一視されることもある[9]。 諏訪地方に於いては太古の昔からのミシャグジ信仰に後から来た建御名方神が習合、同一視されるに到ったともいわれるが、元々諏訪地方の土着神だったミシャグジ神が記紀神話に取り入れられて建御名方神になったという説もある[10]

この神を祀っていた神社では、神官に憑依して宣託を下す神とされた。また1年毎に八歳の男児が神を降ろす神官に選ばれ、任期を終えた神官が次の神官が決まると同時に人身御供として殺されるという「一年神主」の伝承も残る[11][10]

ミシャグジ信仰は東日本の広域に渡って分布しており、当初は主に石や樹木を依代とする神であったとされる。地域によっては時代を経るにつれて狩猟の神、そして蛇の姿をしている神という性質を持つようになったと言われている。その信仰形態や神性は多様で、地域によって差異があり、その土地の神や他の神の神性が習合されている場合がある。信仰の分布域と重なる縄文時代の遺跡からミシャグジ神の御神体となっている物や依代とされている物と同じ物が出土している事や、マタギをはじめとする山人達から信仰されていたことからこの信仰が縄文時代から存在していたと考えられている[10]

注釈[編集]

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  1. ^ 今井「御社宮司の踏査集成」では、長野県および他1都1府13県にまたがる、数千社での呼び名を調査している。

出典[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 「『遠野物語』研究草稿」20頁
  2. ^ a b c d e f 『日本民俗大辞典〈上〉あ~そ』802頁
  3. ^ 「ミシャクジ--太古からの生命のつらなり」pp.255-271
  4. ^ 『竜神信仰: 諏訪神のルーツをさぐる』p.28
  5. ^ a b 「オシャグジデンダとオシャゴジデンダ」p.14
  6. ^ 「御社宮司の踏査集成」118-187頁
  7. ^ 大辞泉・明鏡国語辞典・ブリタニカ国際大百科事典・百科事典マイペディアにおける「いしがみ」の項。
  8. ^ 『世界大百科事典 第2版』「オシャグジデンダ」
  9. ^ 『東洋神名事典』463頁
  10. ^ a b c 『悪魔事典』184-185、282-283頁
  11. ^ 『神道の本』85頁

文献[編集]

関連文献[編集]

  • 柳田國男 『石神問答』。
  • 『諏訪信仰の発生と展開』 古部族研究会、永井出版企画、1978年
  • 金井美典 『諏訪信仰史』 名著出版、1982年
  • 『お諏訪さま 祭りと信仰』 鈴鹿千代乃・西沢形一 編、勉誠出版、2004年
  • 『神長官守矢史料館のしおり』 茅野市神長官守矢史料館 編・刊、1991年
  • 中沢新一 『精霊の王』。

関連項目[編集]