岐の神

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岐の神くなと、くなど -のかみ)、とは、古来より牛馬守護の神、豊穣の神としてはもとより、禊、魔除け、厄除け、道中安全の神として信仰されている。 日本民間信仰において、疫病・災害などをもたらす悪神・悪霊が聚落に入るのを防ぐとされるである。また久那土はくなぐ、即ち交合・婚姻を意味するものという説もある。

別名:久那土神、久那止神、久那戸神、久那斗神、車戸神、来名戸祖神、岐神、衝立船戸神、クナトの神、

出雲族の祖であり三神信仰の父神であるとする説もあるが有力ではない。それによると、古墳時代までは父神クナト大神と母神幸姫命(荒吐神)と子神サルタヒコが日本の最高神だった。この神の家族を幸の神三神と呼ぶ。三神が子孫の日本人を守る為に全ての仕事を分担しているので三柱にちなんで三を聖なる数字としている。金輪御造営差図の古代出雲大社の巨大柱は3本の木を束ねたもので三神を象徴している。


概要[編集]

「くなど」は「来な処」すなわち「きてはならない所」の意味[1]。もとは、道の分岐点、峠、あるいは村境などで、外からの外敵や悪霊の侵入をふせぐ神であり、道祖神の原型とされる[1]。読みをふなと、ふなど -のかみともされるのは、「フ」の音が「ク」の音と互いに転じやすいためとする説がある[2]。以下のように、意味から転じた読みが多い。岐(ちまた、巷、衢とも書く)または辻(つじ)におわすとの意味で、巷の神(ちまたのかみ)または辻の神(つじのかみ)[3]峠の神みちのかみとも言う。また、障害や災難から村人を防ぐとの意味で、さえ、さい -のかみ障の神塞の神[4]、さらに「塞ぐ」の意味から転じて幸の神、生殖の神、縁結びの神、手向けの神の意味を併せるところもある[4]


神話では、『古事記』の神産みの段において、黄泉から帰還したイザナギをする際、脱ぎ捨てたから道俣神(ちまたのかみ)が化生したとしている。この神は、『日本書紀』や『古語拾遺』ではサルタヒコと同神としている。また、『古事記伝』では『延喜式』「道饗祭祝詞(みちあえのまつりのりと[1])」の八衢比古(やちまたひこ)、八衢比売(やちまたひめ)と同神であるとしている。


『日本書紀』では、黄泉津平坂(よもつひらさか)で、イザナミから逃げるイザナギが「これ以上は来るな」と言って投げた杖から来名戸祖神(くなとのさえのかみ)が化生したとしている。これは『古事記』では、最初に投げたから化生した神を衝立船戸神(つきたつふなどのかみ)としている。


なお、道祖神は道教から由来した庚申信仰と習合して青面金剛が置かれ、かのえさるから転じた神道猿田彦神とも習合した。平安後期以降では仏教の説く六道輪廻の概念から生じた末法思想を背景に、六道に迷った衆生を救う地蔵菩薩信仰が民間で盛んとなり、岐の神として六地蔵が置かれるようにもなった。


車戸神社のご祭神はクナトの神で、牛馬守護の神、豊穣の神、魔除け、厄除けの神として古来より信仰され続けている。

謎の説[編集]

一部の人が主張しているだけであり、客観的な証拠はないことを留意して読むこと。


出雲国風土記によると神魂神カミムスビ)の御子のキサカ姫命(幸姫命)がマスラ神(クナト大神)の子を産みたいと願った。そしてサルタヒコが産まれたと言う。


古墳時代までは父神クナト大神と母神幸姫命と子神サルタヒコが日本の最高神だった。出雲滅亡によりクナト大神は次第に衰退し、平安時代以降は新たな支配層によりクナトの神はイザナギに、幸姫命イザナミや別名瀬織津姫や太陽の女神に変えられた。庶民の間では地蔵弁才天に変化していった。クシナダヒメは(稲田姫、櫛名田比売)は幸姫命から派生した。幸姫命(荒吐神)は支配層の神と激しく敵対する事が多かったので表立って祭る事が出来なくなり衰退した。 例として多賀大社はご祭神の名を改め伊邪那岐命伊邪那美命の2柱を祀り、摂社で猿田彦大神を祀っている。クナト族の車戸氏も禰宜を務めるなどしていた。


出雲神族の末裔、元サンケイ新聞編集局次長の富當雄氏によると4500年もの間一子相伝で受け継がれてきた秘伝があるとの事。 出雲大国主命の家系を継いできた富氏の語りによれば、原出雲族は紀元前2,500年頃大祖先であるクナトの神に引き連れられて出雲の地に着いた。原住民に鉄、製布、農耕等を教え出雲の地の王となった。 大移動途中、信濃に建御名方命、大和に登美族などの出雲族の分家が出来ていった。それぞれが土着民と融合し、地方の支配者となり各地の大国主命が誕生した。大祖先はクナトの大首長(おおかみ・岐神)だが、もう一つ隠された女首長にアラハバキ(荒吐神)があった。スサノオは須佐の港に渡来し、出雲神族を敗り、婚姻により習合した。体制側の圧力によりクナトは地蔵に、アラハバキ弁才天へと変身した。”と言い遺していったという。 富氏は出雲神族のアラハバキ(荒吐神)族ナガスネヒコ登美能那賀須泥毘古)の末裔である。


クナトの大神、出雲神族のクナト族由来の苗字の一つが車戸で車戸神社のご祭神はクナトの神である。各地にあった車戸村はクナト族ゆかりである。神官職を得意とする一族である。宇多天皇の異母姉の母の出身が近江の車戸である。一部の車戸家には超古代の天皇や車戸家のおよそ日本での出来事とは思えない話が伝わっている。


クナトの神とアメンホテップ4世イクナートンアクエンアテン)を関連付ける説が存在する。アクエンアテンの崇拝する唯一神アテン神は元はシュメールの神ドゥムジタンムーズであり、妻はイナンナイシュタルである。アメン神はマルドゥークである。 日本の神話とよく似ている事が指摘されている。

クナトの神がドゥムジタンムーズ幸姫命(荒吐神)がイナンナイシュタルサルタヒコイエス・キリストカミムスビエンリルに相当すると言う説がある。

クナトの神をエンリルアラハバキアマテラスニンフルサグ、ツクヨミをエンキとする説もある。

アメノウズメは若かりし日の幸姫命(荒吐神)イナンナイシュタルであるとも。

出典[編集]

  1. ^ a b c 日本人名大辞典+Plus『来名戸之祖神』。
  2. ^ 吉田茂樹『ひょうごの地名』p.20。
  3. ^ 大辞泉「ふなど‐の‐かみ【岐神】」
  4. ^ a b 大辞泉『道祖神』。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]