田畑

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田畑氏(たばたし)は、鹿児島を起源とする田畑姓は薩摩藩士。その他の田畑姓についてはここでは言及しない。

かつて琉球国にあった鹿児島・奄美大島の支配を任された笠利(かさり)氏が後に田畑氏となる(1726年)。

1609年の薩摩藩による琉球侵攻を迎え撃ったのが笠利為転(かさりためてん)である。もともと首里大屋職として奄美大島を支配したが、侵攻後は藩の代官の支配下に入った。

1726年、藩政への長年の貢献により、島津藩より代々外城衆中格・田畑姓を与えられるが、1785年に藩命により氏に改める(それ以前に島津本領に移住していた分家等は田畑のまま。明治になって本家筋は田畑に復姓)。

また、家祖の笠利為春(ためはる/1482-1542年)は琉球の尚稷王(しょうしょくおう)の孫と伝えられ、『鹿児島外史』や『笠利氏家譜』等によれば、源為朝頼朝義経らの叔父)の嫡流であるとされている。

田畑氏は明治維新まで奄美の実質的な為政者として存続し、討幕・明治維新の主力となる薩摩藩の財政基盤である砂糖生産に大きく貢献することとなる。[1]

ちなみに、奄美に流された西郷隆盛の島妻・愛加那(あいかな)は田畑・龍家の娘である。

参考文献[編集]

  • 『鹿児島外史』
  • 『笠利氏家譜』
  • 『西郷のアンゴ(島妻)-愛加那ー』みずうみ書房
  • 『奄美の先駆者 田畑佐分仁』上下、奄美新聞

関連項目[編集]

  1. ^ 『鹿児島外史』 『笠利氏家譜』 『西郷のアンゴ(島妻)-愛加那ー』