甲賀三郎 (伝説)

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甲賀三郎(こうがさぶろう)は、長野県諏訪地方の伝説の主人公の名前。地底の国に迷いこみ彷徨い、後に地上に戻るも蛇体(または竜)となり諏訪の神になったなど、さまざまな伝説が残されている。近江を舞台にした伝説もある。

伝説の概要[編集]

甲賀三郎にまつわる伝説は膨大な数にのぼる。以下はそのうちのひとつである。

醍醐天皇の時代、信濃国望月に住む源頼重に、武勇に優れた三人の息子がいた。朝廷の命で若狭国高懸山の賊退治に駆り出され、三男の三郎がことのほか活躍した。功が弟一人に行くことを妬んだ兄たちは三郎を深い穴に突き落として、帰国してしまった。三郎は気絶したが、息を吹き返し、なんとか生還した。驚いた兄たちは逃げ出し、三郎は兄たちの領地を引き継いで治めた。その後、承平の乱で軍功を上げたことで江州の半分を賜り、甲賀郡に移って甲賀近江守となった[1]

諏訪縁起[編集]

神道集の「諏訪縁起事」では、甲賀三郎伝説は以下のように語られている。

安寧天皇の子孫に繋がる甲賀権守諏胤は東三十三国を治めていたが、三人の子(太郎・二郎・三郎)があった。三男の甲賀三郎諏方(よりかた)が三笠山明神に参詣したとき、春日権守の孫娘、春日姫と契りを結び、ともに甲賀へ帰った。ある日春日姫は伊吹山で天にさらわれて行方不明になったため、三郎は兄たちに頼んで国中を探し、信濃国蓼科人穴の底に姫を見つけ、助け出した。しかし姫が忘れた鏡を取りに三郎が穴に戻ると、二郎が綱を切ったため、穴に取り残された。三郎は仕方なく人穴を彷徨い、数十という地底の国を訪ね歩く。最後の国の主の計らいで、鹿の生肝で作ったを一日一枚ずつ千枚を食べ終えると、信濃国浅間真楽寺)に無事帰ることができた。三郎は甲賀に戻ったが、体が蛇になっていた。僧たちの協力で、三郎は春日姫と再会した。甲賀三郎は諏訪大社の上宮、春日姫が下宮と顕れ、その他の登場人物のそれぞれもさまざまな神になって物語は終了する[2]

作品化[編集]

  • 正保3年(1646年)には、近江国の甲賀三郎兼家を主人公とした古浄瑠璃『すわのほんぢ兼家』が書かれた[3]
  • 宝永元年(1704年)には、近松門左衛門の作とされる浄瑠璃『甲賀三郎』が書かれた。こちらは近江国の甲賀左衛門兼連の子、三郎兼家が鬼退治をする話[3][4]
  • 伝説に大蛇不義密通など、多くの挿話が付け加えられ、享保20年(1735年)に初代竹田出雲によって『甲賀三郎窟物語(いわやものがたり)』という人形浄瑠璃になり、物語として世間に広まった[1]
  • 甲賀三郎を主人公とした『(うわなり)』という歌舞伎もある。

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『少年日本伝説読本』糸井粂助著 (大同館書店, 1938)
  2. ^ 中世における本地物の研究(三)松本隆信、慶應義塾大学、斯道文庫論集 13, 297-386,1976-07-01
  3. ^ a b 「魚服記」の素材 : 「甲賀三郎」をめぐって青木京子、佛教大學大學院紀要、2001年03月01日
  4. ^ 近松全集』第7巻、朝日新聞社、1926年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]