ドラゴン
ドラゴン(英語: dragon[† 1]、フランス語: dragon、ドイツ語: Drache、ロシア語: дракон、オランダ語: draak)は、ヨーロッパの文化で共有されている伝承や神話における伝説上の生物である[1]。その姿はトカゲあるいはヘビに似ている。想像上の動物であるが、かつては実在の生きものとされていた[2]。
漢語・日本語の竜と英語の dragon は翻訳上の対応関係にあり[† 2]、竜/ドラゴンのモチーフは世界各地の文化に共通しているという考え方もあるが[4]、西欧世界のそれは、竜という語が本来的に指し示す東アジアの竜/ドラゴンとは明確に異なった特徴を有する[5]。本項目では主に西洋のドラゴン、および関連する蛇の怪物や蛇の精霊を扱う。
英語では、小さい竜や竜の子はドラゴネット (dragonet) という[6]。ドラゴンメイド(英語: dragon-maid)は半竜半人の乙女の怪物で、メリュジーヌに似ている[7]。
ドラゴン[編集]
特徴[編集]
ドラゴンは鱗に覆われた爬虫類を思わせる体、鋭い爪と牙を具え、しばしば口や鼻から炎や毒の息を吐く[8][9]。典型的なドラゴンは有翼で空を飛ぶことができるが、地を這う大蛇(サーペント)のような怪物もドラゴンに分類され、とくにゲルマン系の伝説ではしばしば地下の洞穴をすみかとしている。体色は緑色、黄金色、真紅、漆黒、濃青色[† 3]、白色[† 4]などさまざまである[10][† 5]。ドラゴンは炎を吐き、蛇の尾、鳥の翼と魚の鱗を有するハイブリッドな動物であり、四大元素を体現する存在でもあった[11]。とはいえ、ドラゴンはつねに定まった形象を具えていたわけではなく、時代を経るにしたがってさまざまな属性を付与されてイメージが肥大化していったものである[12]。
語源[編集]
ドラゴンという語はギリシア語の
古代[編集]
ギリシア・ローマ[編集]
ドラゴンに相当するギリシア語のドラコーンとラテン語のドラコは、いずれもヘビを指す言葉であり、古代世界ではドラゴンと蛇(サーペント)は厳密には区別されていなかったと考えられる[16]。『イーリアス』第11歌の冒頭でアガメムノーンが身に着ける楯の提帯と胸当には、それぞれに群青色[† 7]の三頭の蛇(ドラコーン)があしらわれている。プリニウス(1世紀)の『博物誌』第8巻では、ドラコはゾウと敵対して闘争する大蛇として紹介されている。それによると、アフリカやインドに生息する蛇は象を絞め殺してその冷たい血を飲もうとするが、血を抜かれて倒れこむ象の巨体に圧殺されて相討ちとなる[16]。アイリアノス(3世紀)の『動物の本性について』でも、インドの蛇(ドラコーン)は象の首に巻きついて圧倒的な力で締めつけると述べられている[17][† 8]。中世の動物寓意譚のベースとなった『フュシオロゴス』(2-5世紀)にはドラコについての独立した章はないが、象やマングースの天敵として複数の章で言及されている[18]。ルカヌス(1世紀)の叙事詩『内乱』には、アフリカの地を這い牛や象を絞め殺すドラコが登場するが、羽根 (pinna) で空気を動かすと描写されている点がプリニウスと異なる(有翼の蛇はアリストテレスの『動物誌』やヘロドトスの『歴史』にも出てくる[19])[20]。
蛇よ、おまえたちは他のいずこの地方にても無害にしてゆるりと滑りゆき、神と崇められ、黄金色の鱗に輝くものなるも、かの炎暑の荒野にあっては死をもたらすものとなる。宙に浮き上がり、畜牛の群れについて回り、とぐろを巻きつけて巨大な雄牛を押しつぶす。体躯の巨きな象であろうと何であろうと無事ではいられない。おまえたちが生きものを致命的な最期に至らしめるのに、牙も毒も必要ない[† 9]。 — ルカヌス『内乱』第9巻
聖書[編集]
ギリシア語訳旧約聖書である『七十人訳聖書』では、ヘブライ語のリヴヤーターンやタンニーンがドラコーンと翻訳されている[21]。タンニーンは巨きな海の怪獣を指す言葉で、この語は場合によってワニ、クジラ、蛇と解される。また、ヘブライ語のタンニム(タンの複数形)は何らかの荒野の生きものを指し、ジャッカルとも翻訳される[22]。
ダニエル書補遺の「ベルと竜」では、バビロニア人の崇拝する大きな竜が登場し、ダニエルによって殺される[23]。
『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」では、七つの頭、十本の角をもつ赤い竜が登場する(黙示録の獣)。この悪魔やサタンとも呼ばれる巨大な竜は天上でミカエルと戦って敗れる。
3また、もう一つのしるしが天に現れた。見よ、大きな、赤い龍がいた。それに七つの頭と十の角とがあり、その頭に七つの冠をかぶっていた。4その尾は天の星の三分の一を掃き寄せ、それらを地に投げ落した。〔……〕7さて、天では戦いが起った。ミカエルとその御使たちとが、龍と戦ったのである。龍もその使たちも応戦したが、8勝てなかった。そして、もはや天には彼らのおる所がなくなった。9この巨大な龍、すなわち、悪魔とか、サタンとか呼ばれ、全世界を惑わす年を経たへびは、地に投げ落され、その使たちも、もろともに投げ落された[24]。 — 「ヨハネの黙示録」第12章3-9
中世から初期近代[編集]
中世動物誌[編集]
中世に百科全書として用いられたセビーリャのイシドールス(7世紀)の『語源論』は20種以上の蛇を取り上げているが、ドラコも蛇の一種として説明されている。それによると、ドラコは酷熱の地であるエチオピアとインドの産で、蛇のなかでも最大であり、鶏冠(とさか)と小さな口がある。無毒であるが強力な尾で巨象をも絞め殺してしまう。洞窟から出て空を飛び、空気を乱す[25]。ドラゴンが大気を乱して嵐を引き起こすという考えはアウグスティヌスも述べており、中世には翼をもったドラゴンが描かれるようになった[26]。
イシドールスによるドラコの記述は12世紀以降に盛んに作られたベスティアリの第2群[† 11]のテクストでも踏襲されている[28]。また、ベスティアリのテクストでは、ドラゴンは悪魔のような存在であるという(イシドールスにはない)解釈が付加されており、その鶏冠は高慢の王たる悪魔の王冠をあらわしていると述べられている[29]。
図像表現[編集]
中世の動物誌のテクストには、口から炎を吐くとか翼があるといった今日一般に知られるドラゴンの特徴は明記されておらず、図像に表現されるドラゴンの翼や足や鶏冠の有無、足の本数はさまざまであった[30]。12世紀以降の図像には翼や足のあるドラゴンがしばしばみられる[30]。ドラゴン以外の蛇の類も、中世の動物譜の挿絵では往々にして足付きで描かれた[31]。
美術史家のバルトルシャイティスによると、ロマネスク美術のドラゴンは翼や足のない蛇、あるいはトカゲの尾の生えた鳥のような姿であったが、ゴシック美術以降、蝙蝠のような膜質の翼をもつドラゴンが描かれるようになった[32]。バルトルシャイティスは、このような蝙蝠の翼の形象は中国美術にみられ、13世紀半ば頃からモンゴル系のイルハン朝を通じての交流で極東美術のモチーフがヨーロッパに伝播したと論じている[33][† 12]。
竜退治説話と民衆文化[編集]
聖ゲオルギウス[† 13]の竜退治の話は、ヤコブス・デ・ウォラギネ撰述の聖人伝説集『黄金伝説』(13世紀)を通じてヨーロッパに広まった。『黄金伝説』にはアンティオキアのマルガリタ(聖マルゲリータ)、聖マルタ[† 14]、ローマ教皇シルウェステル1世の竜退治伝説も収められている。イギリスでは『ハンプトンのベヴィス卿』(14世紀)、聖ジョージをはじめとする七人の勇者が登場する『七守護聖人』(リチャード・ジョンソン作、1596年)といった文学作品も、竜退治物語の大衆的普及に寄与した[35]。イギリスの民衆劇ママーズ・プレイでも聖ジョージが登場するが、ドラゴンは台詞のなかで言及されるだけで、舞台に登場することは稀であった[36]。
15-16世紀にはイギリス各地で火を吐くドラゴンの見せ物があったことが記録に残っており、17世紀には花火で火を吹きながら空を飛ぶ仕掛の張子のドラゴンも考案された[37]。ドラゴンは町の祝祭のアトラクションにも使われた。記録上は15世紀初頭にまで遡る「ノリッジのスナップ」 (Snap of Norwich) は、中に人が入って動かす模造ドラゴンで、人を追いかけたりして祭を盛り上げた[38]。ノリッジ近辺ではこれを模倣したものが20世紀初頭まで使われていた[39]。フランスのタラスコンでは、聖霊降臨祭の月曜日と聖マルタの日にタラスクという木製のドラゴンのパレードが行われた(この行事は一時廃れたが、現在[いつから?]は復活している)[40]。
近世博物誌[編集]
コンラート・ゲスナーによる図入りの博物学書『動物誌』(1551年-1557年)は架空の怪物も数多く紹介しており、同書には有翼のヘビ型、王冠を頭に載せたヘビ型、有翼二足型など、数種類のドラゴンが図示されている[41]。荒俣宏の指摘によると、実物の標本が存在しないそれらの怪物図譜は、文献の情報が不正確で非現実的だと知りつつも種本の図版を忠実に模写するよう努めた結果であった[42]。
当時は怪物の偽造標本も出回っていたが[42]、ゲスナー(1558年)や、その後に続いたイタリア人ウリッセ・アルドロヴァンディ(1613年)も、乾燥したエイを加工して竜に似せた標本について、図鑑の魚類の部で発表している[43][44]。
一方で、アルドロヴァンディはドラゴンに関する著書で(1640年)、エチオピアのドラゴンとされる標本を掲載した[45][46]。エドワード・トプセルの『ヘビの話』(1608年)やJ・ヨンストン (Johann Johnstone) の『禽獣虫魚図譜』(1650年-1653年)も、ゲスナーの著作の怪物誌としての側面を受け継ぎ、同様にドラゴンの図版を掲載している。
ワーム[編集]
リントヴルム[編集]
ドイツの民俗学者ヴィル=エーリヒ・ポイカートの指摘するところでは、ドイツではドラゴン(ドイツ語でドラッヘ)は8世紀以前に伝来したであろう外来の概念である。これに対してドイツ語でヴルム (Wurm) またはリントヴルム (Lindwurm) と呼ばれる地を這う怪蛇は、それとは別に成立したゲルマンの土着的な竜の観念をあらわしている。ポイカートによればゲルマン伝承の怪蛇と南方由来の空飛ぶドラゴンが同格視されるようになるのは15 - 16世紀のことである[47]。
西洋の竜・蛇の伝説[編集]
キリスト教では、『ヨハネの黙示録』の竜(黙示録の獣)に代表されるように、ドラゴンはたいてい「悪」の象徴とされ、悪魔と同一視されたり、邪悪な生きものであるというイメージが付きまとう。また、狼やユニコーンと同じく、七つの大罪の一つである憤怒を象徴する動物として扱われることもある。聖ミカエルと聖ゲオルギウスは竜退治の戦士として有名であり[48]、かれらの竜退治は悪の力との戦いを象徴するものと解釈される[49]。神話学的解釈では、竜殺しの伝説における竜は宇宙論的悪の象徴であり、聖人や英雄がそれを退治するということは、その宇宙論的悪すなわちカオス(混沌)をコスモス(秩序)へと変えることを意味する。中世史家ジャック・ル・ゴフによると、西洋の竜退治のテーマのひとつは、混沌の力が支配する土地を人間が安心して暮らせる場所に変えることである[50]。ゲオルギオス (Γεώργιος) というギリシア語名は土地を耕す者、すなわち農夫を含意しており、自然の力を象徴する「大地の精」[† 15]たる竜との闘いは、人間が自然と格闘して土地を開墾するということを寓意する[52]。
西欧[編集]
スイスのフランス語圏に伝わるシャヴォンヌ湖の白い竜は怪物らしからぬ湖の主である[53]。ピラトゥス山の竜伝承には竜が遭難者を助けたという話がある[54]。
英語圏[編集]
10世紀末に書かれた[† 16]スカンディナヴィアを舞台とするアングロ・サクソン語の叙事詩『ベーオウルフ』では、竜は地中の財宝を守るものとされ[56]、黄金の杯を盗まれたことに怒り[57]、火を吐いて国土を荒らし回る[58]。
小さい竜や竜の子はドラゴネット(英: dragonet)という[59]。ドラゴンメイド(英: dragonmaid)は半竜半人の姿の乙女のことで、メリュジーヌに似ている[7]。「スピンドルストンの醜い竜」はおぞましい竜の姿に変えられた王女の話である[60]。
ケルト語圏[編集]
モンマスのジェフリーの偽史書『ブリタニア列王史』にはブリトン人の赤い竜とサクソン人の白い竜が登場する。ウェールズ語ではア・ズライグ・ゴッホ[† 17]と呼ばれるこの赤い竜は、ウェールズの旗に描かれ[61]、1959年にウェールズの国の象徴として公式に認定された[62]。
ウェールズの民間伝承では、蛇が人間の母乳を飲むと翼が生えてグイベル (gwiber) という空飛ぶ怪蛇になるという。グイベルの通り道を横切ろうものなら襲われると伝えられる[63]。
ケルト神話にはフィン・マックールによる竜退治の話がある[64]。ゲール語圏の竜退治説話には、オルフェーシュチやウイリェヴェイシュト (uilebheisd) と呼ばれる怪蛇が登場するものが多い[65]。
南欧[編集]
カタルーニャ地方のベルガでは、聖体祭のパレードでギータという竜も一緒に練り歩く[66]。カタルーニャにはマラクという竜の伝承もある。スペイン北部のアストゥリアス地方では、水との関わりが深いクエレブレと呼ばれる竜の伝承がある[67]。
バスク語圏[編集]
バスク地方では、七つ頭のエレンスゲ(大蛇)の話が広く知られている[68]。エレンスゲはバスク語で蛇のような怪物を指す[69]。アララールの竜は退治される竜である[70]。シュガールは前キリスト教的なバスク神話の蛇形の神格である。
北欧[編集]
ゲルマン語圏[編集]
アクセル・オルリックによると、北欧の民間伝承には巨大な蛇の出現というモチーフがみられる。共通するパターンは、洞窟や山中に(アイスランドでは湖に)巨大な怪蛇がいて、いつの日か姿を現し、広範囲に破滅をもたらすというものである。これらはミズガルズ蛇にも類似しているが、特定の神話体系を背景とするものではなく純粋にアニミズム的な存在だとオルリックは論じている[71]。
アイスランドの国章に描かれている4体の守護者(ラントヴァイティル)のひとつは竜である。これは『ヘイムスクリングラ』においてアイスランドの四方を竜、雄牛、鳥、巨人が守護しているとされたことに由来する(ヴォプナフィヨルズル#竜伝説も参照)。ヴァイキングは魔除けのために船首に竜頭を掲げ[72]、スカンディナヴィアのスターヴ教会[† 18]にも、竜の鱗に見立てた屋根瓦や竜頭彫刻といった竜を想起させる意匠がみられる。
シグルズ伝説では、もとはドヴェルグであった竜ファーヴニルの心臓の脂を舐めた事でシグルズは鳥の言葉が理解できるようになり、その心臓を口にしたことで余人より賢くなったと言う。
デンマークの民話には、竜と暮らした少女の話(竜と娘)[73]や、醜い恐ろしい竜として生まれながら人間に戻る王子の話(リンドルム王)[74]などがある。これらに登場する竜はデンマーク語でレンオアム (lindorm) と呼ばれる怪蛇で、ドイツ語のリントヴルムに相当する[75]。
フィンランド[編集]
フィンランド神話では、竜に関する言及はほとんど見られない。
バルト地域[編集]
バルト地域には家蛇信仰があり、キリスト教伝来後も、蛇は家を守るとされたり、商売繁盛の象徴とされた(ザルティス、ピスハンド参照)。
中欧・東欧[編集]
スラヴ神話の竜は、ズメイと呼ばれる。この竜は人間とよく似た性質を持っている。たとえば、ブルガリアなどの伝説では、竜には雌雄があり、人間同様の外見の差異が認められる。雌雄の竜は、まるで兄弟姉妹のように見えるが、農耕神としては全く違う性質を持っている。
メスの竜は、人類を憎んでおり、天候を荒らしたり作物を枯らしたりして、兄弟であるオスの竜といつも喧嘩をしているとされる。それに対してオスの竜は、人を愛し、作物を守るとされている。炎と水は、ブルガリアの竜の神格を表すのによく使われ、メスの竜は水の特質、オスの竜は炎の特質とされることが多い。ブルガリアの伝説では、竜は3つの頭を持ち、蛇の体に翼を持つ生物とされている。
中欧・東欧の竜は、竜王として人間と共に生きていたりする。「フェルニゲシュ」(ハンガリー)、「ストイシャとムラデン」(セルビア)、「天までとどく木」(ハンガリー)といった民話に登場し、善の竜王もいれば悪の竜王もいる。竜王と勇者が支配地域を半分ずつ分け合うといった説話が多い。「ラドカーン」は、竜退治のご褒美に王が自分の領土の半分を勇者へ譲渡するという話である。リュブリャナのズメイには守護獣の側面がある。一方、東欧の竜人(ズメウ)は人間に虐げられたりする。
ロシアやベラルーシ、ウクライナでは、竜は悪の存在であり、四本の足を持つ獣とされている。そう高くはないが知性を持ち、しばしば小さな町や村を襲い、金や食物を奪う。頭の数は1〜7つ、もしくはそれ以上であるが、3 - 7の頭を持つのがもっとも一般的である。頭は、切り口を火であぶらなければ復活するとされる。ロシアでは竜(ズメイ)は『ブィリーナ』に登場するトゥガーリン・ズメエヴィチのように遊牧民族の象徴であり、邪悪の象徴でもある。しかし、ユランのような例外的に敵対的ではない竜もある。ロシアは中央アジアの遊牧民族の侵攻を度々受けており、そのため中国や中央アジアの竜信仰が伝播されたためである。ジラント(ユラン)はテュルク系民族にとっては守護獣としての性格が強く、意味が反転している。
東欧伝承では竜の血はとても有毒であり、地表にも吸い込まれないとされる。
ギリシア神話[編集]
ギリシア神話には英雄の竜殺しの話がいくつかある。竜は宝物の守り手として、あるいは自然の猛威の象徴として登場し、多くは英雄に退治される。ヘーラクレースは黄金の林檎を守るラードーンを屠り、カドモスはアレースの泉を守る竜を倒し、イアーソーンは金羊毛を守る竜を討ち取る。これらの竜の見張番としての役割は、「鋭い目で注視する」というドラコーンの語源説を想起させる[76]。
以下、ギリシア神話の代表的な竜を列挙する。
ウロボロス[編集]
ウロボロスは永劫回帰や永遠の象徴とされる。数学の「∞」(無限大)もウロボロスから来たものである。カール・グスタフ・ユングは、人間精神(プシュケー)の元型を象徴するものとする。
神話学的解釈[編集]
元々は原始宗教や地母神信仰における自然や不死の象徴として崇められる蛇が神格化された存在だったと思われる。キリスト教的世界観では、蛇は悪魔の象徴であり、霊的存在を意味する翼が加わることで、天使の対としての悪魔を意味することがある。時代が流れ、「自然は人間によって征服されるべきもの」等といった思想の発生や新宗教が生まれ、新宗教が旧宗教の信者を取り込む際等に征服されるべき存在の象徴(征服されるべき者=悪者)として選ばれたこともある。
ユング心理学のドラゴン観[編集]
西洋の物語において、往々にドラゴンはお姫様を幽閉しており、水中にいる。英雄がこれを殺してお姫様と結ばれる。カール・グスタフ・ユングの主張する心理学の見方においては、これは男子が母親の支配を打破して自らの選んだ妻と結ばれる、という物語であると見る。つまりこの見方におけるドラゴンは、母親の元型の影である。
現代ファンタジー[編集]
ドラゴンは現代のファンタジー作品で頻繁に取り上げられる。今日想起される典型的なドラゴン像は、鱗に覆われ、角を生やし、コウモリのような飛膜の翼を広げ、炎の息を吐く巨大なトカゲのような怪物である。あるいは、エキゾチックな色合いで、羽毛のある翼、炎のようなたてがみを持つ生物として描かれることもある。また、ヨーロッパのドラゴンと中国の竜を合わせたような姿の場合もある。その姿や咆哮は、見る者、聞く者を恐怖させる。
ファンタジー作品で扱われるドラゴンは、半神的存在であったり、世の中を脅かす悪の権化、人々に恐れられる凶暴な肉食獣、人間と友好的に共存しているもの、兵器や乗り物に活用されているものなど、さまざまである。傾向としては、金銀財宝をため込んだ洞穴を守っており、ドラゴン退治の英雄と結びつけられることが多い。ドラゴンを殺した者、ドラゴンを殺すことのできる武器は「ドラゴンスレイヤー」と呼ばれる。また、現代の小説や映画の中では、言葉を操り、魔法を使うなど高等な知性を持つ生物として尊敬されているという設定のものもよく知られている。また、遙かな昔より生きているとされ、賢明で勇者にアドバイスを与える、あるいは、貪欲で宝をため込んでいるとの描写もある。
ドラゴンの体の一部は、アイテムとして重宝される。ドラゴンの血は、魔法の小道具としてよく作中に登場し、野鳥の言葉がわかるようになったりする。ドラゴンの鱗は硬いとされ、鎧や盾などに加工したものは、非常に高い防御能力や熱などへの耐性が設定されている。またドラゴンの歯から作られる骸骨の戦士である「竜牙兵」、「ドラゴン・トゥース・ウォリアー」(スパルトイをモデルとする)はテーブルトークRPGなどでよく登場する。
ファンタジーではドラゴンと一口に言ってもその姿はさまざまである。
- 有翼 / 無翼
- 四足かつ有翼 / 猛禽類のような足と翼がある(=ワイバーン) / 足がない(=ワーム)
- 有翼かつ飛行可能 / 有翼かつ飛行不可能 / 無翼かつ飛行可能
- 頭部に角がある / 鼻面に角がある / 角がない
これ以外にも、爬虫類以外の鳥獣の特徴を色濃く持つもの(コウモリではなく鳥の翼、鱗ではなく毛皮、など)も見られる。
生態[編集]
作品によって相違点が多いが一例を挙げる。卵生で、宝石や黄金を好み、山岳地の洞窟などに巣を作る。知性は非常に高く狡猾で、人語を解する。体中の部位(血、心臓、舌、目 etc.)に強い魔力があり、自らの意志で魔法を使うこともある。また、非常に硬い鱗を持っており、並の剣では歯が立たないと言われる。極めて長寿とされる(「永遠に転生を繰り返す」としている作品もある)。また、鱗や血液にも魔力が宿るとされ、生き血を浴びて不死身になったジークフリートの伝説なども残っている。
一般には口から炎を吐く(ドラゴン・ブレス)とされるが、ロールプレイングゲームなどでは、炎だけでなく吹雪や電撃や毒ガス、音波や光線など固体でなければ何でも吐くと設定されていることもある(多くの場合、ドラゴンの種類によって吐くものが決まっている)[† 19]。
空を飛ぶイメージが根強いが、科学的に考えるとドラゴンの巨体を羽ばたきと揚力で飛ばすには、一般的なドラゴンの想像図に見受けられる翼では小さすぎるとの指摘もある[77]。
注記[編集]
- ^ 古代ギリシア語: δράκων [drakōn] > ラテン語: dracō > 古フランス語: dragon > 中英語: dragon
- ^ 各種英和・和英辞典を参照。竜という語は本来的には中国の神獣を指すが、これに類似した形態の西洋の怪物も翻訳によって竜と呼ばれる。一方、西洋では竜は一般にドラゴンと呼ばれる[3](英語・仏語の dragon、ドイツ語の
Drache ()に相当)。 - ^ カドモスが退治した毒を吐く竜は、オウィディウスの『変身譚』の一箇所によれば「濃青色の大蛇」(caeruleus serpens)とされる。
- ^ 白いドラゴンの例としては、アーサー王物語の白い竜が挙げられる。
- ^ Lippincott 論文によれば、17世紀のエドワード・トプセル著『四足獣誌およびヘビの話』(1658年)は「通常の緑色や褐色の〔竜〕のほか、金色、赤色、青色のものを列挙した」。このうち「褐色」はインドの竜で、「青色」の記述は欠け「黒色」は確認できる(トプセルが引用するニカンドロスの書には、ラテン訳版では竜が「緑と黒(nigrum)」とあるが、ギリシア原本だと「緑と濃青色(κυανὸν)」となっている。
- ^ 不定形 δέρκεσθαι
- ^ 呉茂一訳による。松平千秋訳では琺瑯製となっている。
- ^ 『動物奇譚集』第6巻21「象対大蛇」(中務訳 2017, pp. 271-272)
- ^ プロジェクト・グーテンベルクの『パルサリア』英訳 Pharsalia; Dramatic Episodes of the Civil Wars (translated by Sir Edward Ridley, 1896) Book IX, 853-861から重訳。大西訳 2012 下巻 p. 247(第9巻748-754)も参照。
- ^ アバディーン大学図書館 写本番号24 フォリオ65v、1200年頃。
- ^ 古文書学者M・R・ジェームズは中世の動物譜 (Bestiary) の写本群を4つのファミリーに分類した。F・マッカロクの研究によると、そのうちの第2群は12世紀に発生したもので、イシドールス等からの増補で章の数が大幅に増えている[27]。
- ^ ただし、ストラボンの『地誌』(1世紀)にはすでに蝙蝠のような翼のある爬虫類についての言及がある[34]。
- ^ 聖ゲオルギウス(聖ジョージ)はイングランドの守護聖人で、騎士の守護聖人でもあり、イングランドの国旗には聖ゲオルギウス十字が組み込まれている。
- ^ タラスコン#怪物タラスクを参照。
- ^ イシドールスは『語源』において、異教徒にとって蛇は地霊(ゲニウス・ロキ)であったと述べた[51]。
- ^ 推定成立年代は8世紀[55]。
- ^ ドラゴンを指す普通名詞の draig はドライグであるが、この場合は Y Ddraig Goch と綴り、ウェールズ語のddの発音は[ð]なのでズライグ。
- ^ ボルグンド・スターヴ教会が代表格である。
- ^ 世界最初のロールプレイングゲーム『ダンジョンズ&ドラゴンズ』では、善悪の属性や吐くものが異なる色とりどりのドラゴンが登場する。
出典[編集]
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参考文献[編集]
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- 荒俣宏『アラマタ図像館1 「怪物」』小学館〈小学館文庫〉、1999年。
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- 尾形希和子『教会の怪物たち - ロマネスクの図像学』講談社〈講談社選書メチエ〉、2013年。
- 『知っておきたい伝説の英雄とモンスター』金光仁三郎(序文・監修)、足立岳・岡林秀明・山科明之進(執筆協力)、西東社、2012年。ISBN 4791682645。
- 澁澤龍彦『悪魔の中世』河出書房新社〈河出文庫〉、2001年。(旧版:桃源社 1979年)
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- 和冶元義博「竜を見たか - イギリス中世から近世におけるドラゴンの文化史」『博物誌の文化学 - 動物篇』植月恵一郎編著、鷹書房弓プレス、2003年。
- 忍足欣四郎訳『中世イギリス英雄叙事詩 ベーオウルフ』岩波書店〈岩波文庫〉、1990年。
- 新見宏訳「ベールと龍」『旧約聖書外典(下)』関根正雄編、講談社〈講談社文芸文庫〉、1999年。
- ジャック・アリエール『バスク人』萩尾生訳、白水社〈文庫クセジュ〉、1992年。
- アイリアノス『動物奇譚集 1』中務哲郎訳、京都大学学術出版会〈西洋古典叢書〉、2017年。
- ジョナサン・エヴァンズ『ドラゴン神話図鑑』浜名那奈訳、柊風舎、2009年。
- アクセル・オルリック『北欧神話の世界 神々の死と復活』尾崎和彦訳、青土社、2003年。
- イヴ・コア『ヴァイキング - 海の王とその神話』久保実訳、創元社〈「知の再発見」双書〉、1993年。
- ウーヴェ・シュテッフェン『ドラゴン - 反社会の怪獣』村山雅人訳、青土社、1996年。
- ジャックリーン・シンプソン『ヨーロッパの神話伝説』橋本槇矩訳、青土社、1992年。
- J. バルトルシャイティス『幻想の中世II - ゴシック美術における古代と異国趣味』西野嘉章訳、平凡社〈平凡社ライブラリー〉、1998年。(旧版:リブロポート 1985年)
- ミシェル・フィエ『キリスト教シンボル事典』武藤剛史訳、白水社〈文庫クセジュ〉、2006年。
- ヴィル-エーリヒ・ポイカート『中世後期のドイツ民間信仰 - 伝説の歴史民俗学』中山けい子訳、三元社、2014年。
- ホルヘ・ルイス・ボルヘス『幻獣辞典』柳瀬尚紀訳、河出書房新社〈河出文庫〉、2015年。(旧版:晶文社 1974年)
- ルーカーヌス『内乱(下)』大西英文訳、岩波書店〈岩波文庫〉、2012年。
- キャロル・ローズ『世界の怪物・神獣事典』松村一男監訳、原書房、2004年。ISBN 978-4-562-03850-3。
- Aldrovandi, Ulisse (1613). Ulyssis Aldrovandi ... De piscibus libri V et De cetis lib. unus. Bologna: apud Bellagambam.
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関連文献[編集]
- ジャック・ル・ゴフ「中世の教会文化と民俗文化 - パリの聖マルセルと龍」『もうひとつの中世のために: 西洋における時間、労働、そして文化』加納修訳、白水社、2006年。
- 金沢百枝「海獣たちの変貌」『ロマネスク美術革命』新潮社〈新潮選書〉、2015年。