ズメイ

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ズメイ (Zmey) は東欧中欧を代表するドラゴンである。地域によって性格は全く異なる。また西洋のドラゴン=悪という図式が一般的だが、ズメイには守護竜としての性格の強いドラゴンも多い[注 1]。なお、ズメイとは「」や「」という意味である。姿は西欧のドラゴンとほぼ同一である。

ロシアのズメイ伝承[編集]

Zmey Gorynych(ズメイ・ゴルイニチ) ヴィクトル・ヴァスネツォフ

ルーシロシアベラルーシウクライナ)の「ズメイ」は、じつに多数の昔話に登場するが、「竜」・「大蛇」などと訳出される場合も[1]、ズメイという名前の人間(か超人・竜人)の場合もみられる[3]

竜型のズメイ[編集]

ズメイ・ゴルイニチロシア語版(「山の息子の竜」の意[4])の場合、3つ首以上、多ければ12体幹[4]を持つと表現され、火[4]や毒を噴くなど、歴然とした一般の「竜」のイメージで描かれる[4][注 2]

約束をたがえるズメイ竜は[1]「ドブルイニャと竜」の叙事詩ブィリーナに登場する。ある稿本ではズメイ・ゴルイニチの名を持つが[7]、異本では名のない雌である[8][注 3]。この竜は勇者ドブルイニャ英語版命乞いをし、ロシアの人をさらわない誓約で赦されたが、 すぐさま姫を拉致する行動に出、一般人もさらって洞窟に幽閉していた。稿本によっては雌であり、騎乗した勇者が小竜を踏み蹴散らしたことに憤慨する[8]。退治された竜の血をロシアの大地は吸いとることを拒み、勇者は血の池に浸かって難儀したが、「汝、母なる大地よ、口を開けて竜の血を吸い込んでおくれ」[9]と唱ると、ようやく大地が割けて竜の血が吸い込まれた[7][8]

竜人[編集]

トゥガーリン・ズメエヴィチは、「竜の子」という父称をもち、竜の姿にも変身する悪役で、擬人化された部分が大きく[注 2][4]、「竜人」ともいうべきである。翼をもち、上空を飛翔することもできる。祈願により降らされた雨で飛べなくなり、勇者アリョーシャ英語版成敗される[11][12][13][14]。昔話の他ブィリーナとしても歌われる[15]

また、ズメイは人間に変身して女性を誘惑する(ロシア民話「獣の乳フランス語版」の異本204, 205)。ひとつの異本では、ズメイ・ゴルイニチがイワン皇子の妹を誘惑し、結託して皇子を亡き者にしようとする。妹姫は仮病をつかい、狼・熊・獅子の乳を求める危険をイヴァンに冒させた。この作戦は失敗するが、イワンが手なづけている犬・狼・熊・獅子たちを失うとズメイは恐怖を失い、大口を開け正体を現してイワンを食べる仕草をした[5][注 4]。別本ではズメイ・ズメエヴィチ(「蛇の子の蛇」)とイワン皇子の妻が不義を働き、話筋は同様に展開する。

別の昔話ではズメイ・ズメエヴィチは皇帝である[2]

チュドー=ユドー[編集]

チュドー=ユドーロシア語版(чудо-юдо;複数形чуда-юда)[16]も、やはり多頭の竜で、ロシア民話の異本などに登場する[17]。チュドー=ユドーは、水棲の竜であり[18]、異なる個体は異なる数の頭を持っていた[19][20]。人間のように馬にまたがるという描写もされる[19][20]。ただし、ある解説によれば、チュドー=ユドーとは特別な種類の竜の名称などではなく、単に「怪物」を意味する「チュドーヴィシチェ」(чудовище)と同じとみなすべきで、「ユドー」という語尾は、ただ脚韻を踏むためのみに追加された語根だという[21][22]


アファナーシェフの昔話集の「灰かぶりのイワン」では、主人公が3頭と6頭のズメイ、およびその妻と娘たちを倒すが[注 5][23][24]、その類話部分をもつ第「牛の子イワン」では、6頭、9頭、12頭のチュドー=ユドーを倒す[注 6][25][26](これがズメイであると原文には明記されないが、ドラゴンの一種であるとの解説されている[27])。

雌牛の息子〈嵐の勇士〉イワン英語版」では、チュドー=ユドーはズメイ竜であると明言されており、嵐の勇士は、黒海から出現する6頭、9頭、12頭のチュドー=ユドーと対峙する。このとき嵐の勇士は魔法剣(クラデニェッツ剣)を携えてはいるが、竜を攻撃する武器として使用するのは棍棒(メイス)である[注 7][28][29][20][30]

チュドー=ユドーは、例え斬首されても非常に回復力が強く、頭部を元の場所に戻して火炎の指でなぞれば元通りにつながることが一編の昔話に描かれており[19][26]、その治癒能力は頭部が再生するギリシア神話のヒュドラーを彷彿とさせる[31]

以外の伝承[編集]

ただし、ヨーロッパ=ロシアカザンではズメイではなく、ユラン(またはジラント)と呼ばれる。またチュヴァシ竜 (Chuvash dragon) 伝承もある。ロシアの竜伝承すべてが邪悪ではない。ただしズメイと呼ばれるものはスラブ系ロシア民族は一般的には邪悪とみなしている。ユランも今でこそ国民に愛されている竜であるが、ロシア人側伝承では悪のドラゴンであり退治されている。この部分こそが中欧とのズメイ伝承との大きな違いである。ロシア・ベラルーシ・ウクライナで竜を肯定的に見るのは主にテュルク系などの東方出身の民族である。ヨーロッパ=ロシアでは竜は遊牧民族とくにタタールの象徴として恐れられる。

東欧・中欧のズメイ伝承[編集]

ブルガリアヴァルナ市のドラゴン像

この竜は人間とよく似た性質を持っている。たとえば、ブルガリアなどの伝説では、ドラゴンには雌雄があり、人間同様の外見の差異が認められる。農耕神としては全く違う性質を持っている。

メスのドラゴンは、人類を憎んでおり、天候を荒らしたり作物を枯らしたりして、兄弟であるオスのドラゴンといつも喧嘩をしているとされる。それに対してオスのドラゴンは、人を愛し、作物を守るとされている。炎と水は、ブルガリアのドラゴンの神格を表すのによく使われ、メスのドラゴンはの特質、オスのドラゴンはの特質とされることが多い。スラヴ神話の火神スヴァローグと戦う伝承も残されている。

リュブリャナには多数のズメイ像があり、橋によくズメイの彫刻がある。翡翠(エメラルド)色のドラゴンである。そのため「竜の橋」と言われ親しまれている。なお、ブルガリアのドラゴンは3つ首で表現されるズメイ伝承が多い。ブルガリア、スロベニアの竜(ズメイ)は守護の性格が強い。

マケドニアクロアチア、ブルガリア、ボスニアセルビアモンテネグロでは竜をズマイ (zmaj)、ズメイ (zmej) と呼ぶ。ルーマニアではズメウ (zmeu) と呼ばれ3つ首以上の多頭竜で邪悪な竜で炎を吐く。ただし、ルーマニアのズメウ竜人も「ズメウ」と呼ばれる[32]。セルビアではアジュダヤ(aždaja)、ボスニアではアジュダハ (aždaha) とも呼ばれる。善悪に拘わらず人間と義兄弟の契りを交わす部分や竜王として人間と暮らす部分も特徴といえよう。

ジルニトラ (Zirnitra) はズメイではなく古くからの東欧伝承の神である。黒竜の姿である。魔法神でもあるという。

ポーランドでズメイではなくスモーク (smok) と呼ばれる竜は、邪悪で残虐無比である。ズメイ伝承とは異なる[注 8]

派生作品[編集]

1956年にソビエト連邦で制作された『イリヤ・ムーロメッツ』(Илья Муромец; 邦題:『豪勇イリヤ 巨竜と魔王征服』)に登場する火を噴く3頭龍はズメイ・ゴルイニチで、トゥガル民族の王の手下という設定で、イリヤー・ムーロメツに敵対する[33][34]

この映画は、1959年3月に新東宝配給で日本公開され、ゴジラシリーズに登場する怪獣・キングギドラの造型に影響を与えたと言われる。

注釈[編集]

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  1. ^ 詳細は「ドラゴン#神話学におけるドラゴン」を参照。
  2. ^ a b Bailey & Ivanova (1991), p. 81の解説では、その竜らしさにおいてゴルイニチは、(竜人っぽい)ズメイ・トゥガリンと対照的だとしている。しかし、歌い手によっては(例えば「ドブルイニャとマリンカ」でマリンカの愛人を)トゥガリンでなくゴルイニチが代役したり、イワン王子の妹である皇女に恋するゴルイニチの例もある[5][6]水上 (2015), p. 62)。
  3. ^ ギリフェルディングが収集した稿本(英訳[8])ではゴルイニチは、雌竜で名は明記されない。訳者の序章において、この叙事詩の竜は他の伝統で Zmei Gorynischche ("literally "Dragon, the Son of a Mountain")と呼ばれる竜の属性の多くを持っている、と解説されている。
  4. ^ 後には別の12頭の竜も登場し皇子に退治される。
  5. ^ アファナーシェフの第135話「イワン・ポピャロフ」、Иван Попялов
  6. ^ アファナーシェフの第137話「イワン・ブコヴィッチ」、Иван Букович
  7. ^ アファナーシェフの第136話「ブリヤ・ボガティル・イワン・コロヴィッチ」буря-богатырь Иван коровий
  8. ^ ヴァヴェルの竜」を参照。

出典[編集]

脚注
  1. ^ a b 水上 (2015), p. 53.
  2. ^ a b アファナーシエフ昔話集の第305「金持ちマルコと不幸者ワシーリイ」
  3. ^ 水上 (2015), p. 60:ズメイ・ズメエヴィチは皇帝である、などの例[2]
  4. ^ a b c d e Bailey & Ivanova (1991), p. 81.
  5. ^ a b Afanas'ev & Haney (2015), #204.
  6. ^ アファナーシエフ昔話集の第204「獣の乳」
  7. ^ a b ロシアの民話 1』(恒文社、1980年)pp. 33-45.(「ドブルイニャ・ニキーチッチとズメイ・ゴルイニチの話」)
  8. ^ a b c d "Dobrynya and the Dragon"(英訳)。Bailey & Ivanova (1998), pp. 84–97所収。原本はアレクサンドル・ギリフェルディング英語版が収集したオロネッツ県の版
  9. ^ ロシアの民話 1』(恒文社、1980年)p. 44より引用。(「ドブルイニャ・ニキーチッチとズメイ・ゴルイニチの話」)
  10. ^ 水上 (2015), p. 62.
  11. ^ アファナーシエフ昔話集の第312「アリョーシャ・ポポーウィチ」[10]
  12. ^ ロシアの民話 1』(恒文社、1980年)pp. 27-32.(「アリョーシャ・ポポーヴィッチ」)
  13. ^ ロシアの神話伝説』(名著普及会、1980年)pp. 55-72.(「アリョーシャ・ポポーウィチ」)
  14. ^ ロシア英雄物語』(平凡社、1994年)pp. 116-126.(「アリョーシャと怪物トゥガーリン」)
  15. ^ ロシア英雄叙事詩 ブィリーナ』(平凡社、1992年)pp. 180-189.(「アリョーシャとトゥガーリン」)
  16. ^ ローマ字表記 chudo-iudo, chudo-yudo。複数形 chuda-iuda
  17. ^ Wigzell, Faith (2002), Cornwell, Neil, ed., “Folklore and Russian Literature”, The Routledge Companion to Russian Literature (Routledge): pp. 3738, https://books.google.com/books?id=SKhZAAAAMAAJ&pg=PA37  ISBN 9-781-1345-6907-6
  18. ^ Warner (2002), p. 22.
  19. ^ a b c Haney, Jack V. (2015). #137. Ivan, the Bull's Son. 1. Univ. Press of Mississippi. https://books.google.com/books?id=IQQbBwAAQBAJ&pg=PT415. 
  20. ^ a b c "#136. Storm-Bogatyr, Ivan the Cow's Son", Afanas'ev & Haney (2015).
  21. ^ Levchin (2014), p. 161, note 39, stating that Vasmer] concurs.
  22. ^ Vasmer, Max (1973), Etimologicheskiy slovar' russkogo yazyka, 4, Progress, p. 2528, https://books.google.com/books?id=B65JAQAAIAAJ&q=%D0%92%D0%B0%D1%81%D0%BC%D0%B5%D1%80  (ロシア語)
  23. ^ "Ivan Popialov", Ralston (1880), pp. 79–83.
  24. ^ ロシアの民話 1(群像社、2009年)pp. 259-264.(「灰かむりのイワン」)
  25. ^ ウィキソースのロゴ ロシア語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Иван Быкович
  26. ^ a b ロシアの民話 別巻(群像社、2011年)pp. 103-122.(「牛の息子・イワン勇士」)
  27. ^ Ralston (1880), pp. 83–85.
  28. ^ ウィキソースのロゴ ロシア語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります:Буря-богатырь Иван коровий сын
  29. ^ Levchin, Sergei (2014). Blast Bogatyr Ivan the Cow's Son. Mineola, New York: Dover. pp. 153–. https://books.google.com/books?id=7XhpAwAAQBAJ&pg=PA153. 
  30. ^ ロシアの民話 1(群像社、2009年)pp. 264-288.(「雌牛の息子〈嵐の勇士〉イワン」)
  31. ^ Ralston (1880), p. 83.
  32. ^ ルーマニアの民話』(恒文社、1980年)p. 143.
  33. ^ 島村一平 「文化資源として利用されるチンギス・ハーン」、『人間文化』 (滋賀県立大学人間文学部) 第24巻18頁、2008年https://www.usp.ac.jp/user/usp/gakubu/jinbun/gakubu/gyouseki/bunka_24_2008.pdf。"しかしその敵である残虐な民族名はトゥガル、王の名はカリンという架空の名称"。 
  34. ^ “Илья Муромец”, Огонек (Издательство "Правда") 34 巻: 1005, (1956), https://books.google.com/books?id=DAEjAQAAMAAJ&q=%22%D0%98%D0%BB%D1%8C%D1%8F+%D0%9C%D1%83%D1%80%D0%BE%D0%BC%D0%B5%D1%86%22, "В съемках принимали участие «чудища», которые создавались здесь же, в студии, вроде Идолища, Соловья-разбойника, Змея-Горыныча, Лиха Одноглазого (撮影には《怪物》たちも参加した:イードリシチェ・ポガーノエ英語版盗賊ソロヴェイ英語版ズメイ・ゴリニッチロシア語版、一つ目のリーホ英語版である。)" 
参考文献

関連項目[編集]