ザッハーク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

ザッハークضحّاک, Zahhāk)は、ペルシアの叙事詩『シャー・ナーメ』などに登場する、両肩にを生やした王である。

『シャー・ナーメ』[編集]

ザッハークの即位。

『シャー・ナーメ』においては、王ジャムシードが死ぬまでが第4章、ザッハークの邪悪な統治とその終焉までが第5章である。

アラビアの砂漠の中にある国の王マルダースは、善き王として人々に信頼されていた。その息子ザッハークは、剛勇だが無思慮であった[1][2][3]。ザッハークは、1万頭ものアラビア馬を持っていたので、パフラビー語で「1万」を意味するペイヴァルアスプとも呼ばれていた。また、権力を求めていたがゆえに、ほとんどの時間を馬上で過ごしていた[1][4]

ある時、世の中の平和をかき乱さんとする悪霊イブリース[注釈 1]は、このザッハークに近づき、マルダースを弑して王位を簒奪するようそそのかした。ザッハークは父のマルダースの身を思って殺害を拒んだが、悪霊の誘惑に負け、悪霊はマルダースを落とし穴に落として殺した。こうしてザッハークは王となった[5][6][3][7]

イブリースは若者の姿に変身すると、王となったザッハークの元を訪れ、自分を給仕として雇ってもらった。この給仕は、それまで人々があまり食べなかった動物の肉を美味しく料理し、毎日異なる献立で王に提供した。ザッハークはこれらの料理を気に入り、4日目には給仕を呼んで、望むものを褒美として与えると告げた。給仕が望んだのはザッハークの両肩への口付けであった。肩に口付けたとたんに給仕の姿が消え、直後に、悪霊の呪いによってザッハークの両肩から2匹の黒い蛇が生えてきた。それは切っても切っても次々生えてくる蛇であった。国中から医者が呼ばれたが誰も蛇を無害化することができない。再びイブリースが、今度は医者に変身して王の前に現れ、「その蛇に毎日2人の人間の脳味噌を喰らわせて養ううちに蛇が死ぬだろう」と助言した。もはやそのようにするしかなかった[8][9][3][10]

その頃、近隣の国イランの支配者であるジャムシードは、暴君ゆえについに国民に離反されていた。イランの兵士の一部がザッハークの元に来て、彼を王として迎えたい旨を訴えた。ザッハークはアラブとイランの兵士達をまとめてジャムシードを追い、100年の後についにシナ(中国)の海岸においてジャムシードに鋸を振り下ろし、その700年の治世を終わらせた[11][12][3][13]

ザッハークはジャムシードの領土を得、民衆に歓迎されたが、やがて彼が支配下に置いた国は暗黒と絶望の国家へと変貌する。なぜなら肩の蛇に人の脳味噌を餌として与えるべく、毎日2人の若者が捧げられたからである。ザッハークはまた、ジャムシードの王女であるシャフルナーズとアルナワーズを自分の元に置いた。こうしてザッハークは、続く千年の間、イランを統治する[14][15][3][13]。ある時から、蛇の餌を作る役目に就いた2人のペルシア人男性が、家畜の脳を餌に混ぜることで、犠牲に選ばれた若者の一部を助けるようになった。こうして助かった若者達は砂漠に逃れたが、その子孫がクルド人だという[14][15]

フェリドゥーンの攻撃を受けるザッハーク。
フェリドゥーンによってダマーヴァンド山に拘束されるザッハーク。

ある時ザッハークは、やがて現れる英雄フェリドゥーン(ファリードゥーンとも)によって自分の支配に終止符を打たれる夢を見た。ザッハークは国中にフェリドゥーンを探し出して捕らえるようにとの命令を出した[16][17][18]。ザッハークは間もなくフェリドゥーンの父を捕らえて処刑し、幼いフェリドゥーンに乳を与えた牝牛も見つけ出すと周囲の動物ごと殺した。成長したフェリドゥーンは母からこれらの事を教えられ、復讐を決意しその時を待った[19][20]。やがて、多くの息子達の命をザッハークに奪われた鍛冶屋のカーヴェが、王に反逆の意志を表し、大勢の人々を集めてフェリドゥーンの元に現れた[21][22][23]。フェリドゥーンは人々を率いて出陣した。ザッハークの居城に進撃した際、ザッハークは不在だったが、ジャムシードの2人の王女を助け出すことができた[24][25]。遠征先にいたザッハークはこの事態を知らされ、かつての夢を思い出した[26][27]

ザッハークは急いで国に戻ったが、国民は皆フェリドゥーンに味方し、ザッハークを攻撃してきた。間もなくザッハークはフェリドゥーンと相まみえたが、シャフルナーズらがフェリドゥーンに寄り添っているのを見て嫉妬にかられた。ザッハークとフェリドゥーンの一騎打ちは、フェリドゥーンが鍛冶屋に作らせた牛頭の矛によってフェリドゥーンの勝利となった。フェリドゥーンはザッハークを殺そうとしたが、天使ソルーシュ(スラオシャ)に「その時にあらず」と制止した。ザッハークは捕縛され、国民からの罵声を浴びつつ、ダマーヴァンド山近くのシールハーンまで連れて行かれた。そこでフェリドゥーンが再びザッハークを殺そうとしたが、またもソルーシュに遮られた。ザッハークは、ソルーシュの助言に従ったフェリドゥーンの手でダマーヴァンド山に幽閉された[28][29][30]。ザッハークの心臓からは血が滴り落ち続けたという[28][29]

『ブンダヒシュン』[編集]

後期ゾロアスター教の教典の一つ『ブンダヒシュン』にもザッハークが登場するが、そこでのザッハークはメソポタミアに関係するとされている。『シャー・ナーメ』での出自との違いについて、カーティスの説明によれば、アラブ人からの支配を受けているイラン人の悪感情が『シャー・ナーメ』でのザッハークに反映されている可能性があるという[31]

アジ・ダハーカとの関係[編集]

ザッハークの原型は、バビロン生まれの人物とも言われている。彼は魔術を習ううちに次第に竜のような顔つきになってきた。父親が心配して魔術の習得を禁じたところ、師である鬼が、魔術をさらに習いたければ父親を殺害せよと促した。彼は父を殺し、その後はエジュダハーと呼ばれた[32]。エジュダハーはアヴェスタ語アジ・ダハーカに由来する名である[33]。この名をアラブ人がアズダハーグと呼び、さらにアラビア語化されるとザッハークとなって、その竜または大蛇の称号となったという[32]

また、ザッハーク本人と両肩から2匹の黒い蛇の姿は、古代イランの聖典『アヴェスター』中の「ザームヤズド・ヤシュト英語版」などに登場する三口三頭六目の邪竜アジ・ダハーカの化身となったことを意味する[3]

世界の終末の時にザッハークは本性たるアジ・ダハーカとしてよみがえることが約束されている[要出典]。解き放たれた暗黒竜は人・動物の3分の1を貪るという。しかし神話的英雄であるクルサースパ英語版に倒され最終的には殺される運命にあるとされている[3]

現代にみられるザッハーク[編集]

1979年に起きたイラン革命では、欧米化・近代化を推し進めたパハレヴィー(パフラヴィー)国王の独裁的な政治に反発した国民がパハレヴィー王朝を倒した。この時革命側がまちなかに貼ったポスターに描かれたパハレヴィー国王は、ザッハークを模した、両肩から蛇を生やした姿であったという[34][35]

脚注[編集]

注釈[編集]

[ヘルプ]

出典[編集]

  1. ^ a b フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 31-32.(第1部 第4章「2 ザッハークの台頭」)。
  2. ^ 岡田 (1982), p. 40.(II 国造りの神話 「蛇の王ザッハーク」)。
  3. ^ a b c d e f g 久保田ら (2002), p. 116.
  4. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), p. 59.
  5. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 32-35.(第1部 第4章「2 ザッハークの台頭」)。
  6. ^ 岡田 (1982), pp. 40-41.(II 国造りの神話 「蛇の王ザッハーク」)。
  7. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), pp. 59-60.
  8. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 35-38.(第1部 第4章「3 料理人に化けた悪魔」)。
  9. ^ 岡田 (1982), pp. 41-44.(II 国造りの神話 「蛇の王ザッハーク」)。
  10. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), p. 60.
  11. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 38-40.(第1部 第4章「4 ジャムシード王の死」)。
  12. ^ 岡田 (1982), p. 47.(III 邪悪の蛇王 「ザッハークの夢」)。
  13. ^ a b カーティス,薩摩訳 (2002), p. 61.
  14. ^ a b フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 40-43.(第1部 第5章「1 第五代 蛇王」)。
  15. ^ a b 岡田 (1982), p. 47-48.(III 邪悪の蛇王 「ザッハークの夢」)。
  16. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 43-48.(第1部 第5章「2 蛇王の悪夢」)。
  17. ^ 岡田 (1982), pp. 48-50.(III 邪悪の蛇王 「ザッハークの夢」)。
  18. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), p. 61.
  19. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 48-52.(第1部 第5章「3 フェリドゥーンの誕生」)。
  20. ^ 岡田 (1982), pp. 51-55.(III 邪悪の蛇王 「ファリードゥーンの誕生」)。
  21. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 52-59.(第1部 第5章「4 革命の口火」)。
  22. ^ 岡田 (1982), pp. 56-60.(III 邪悪の蛇王 「かじ屋のカーヴェ」)。
  23. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), pp. 61-62.
  24. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 59-63.(第1部 第5章「5 フェリドゥーンの出撃」)。
  25. ^ 岡田 (1982), pp. 61-64.(III 邪悪の蛇王 「牛頭の矛」)。
  26. ^ フェルドウスィー,岡田訳 (1999), p. 63.(第1部 第5章「5 フェリドゥーンの出撃」)。
  27. ^ 岡田 (1982), pp. 65-66.(III 邪悪の蛇王 「ザッハークとの戦い」)。
  28. ^ a b フェルドウスィー,岡田訳 (1999), pp. 63-69.(第1部 第5章「6 鎖につながれた蛇王」)。
  29. ^ a b 岡田 (1982), pp. 66-67.(III 邪悪の蛇王 「ザッハークとの戦い」)。
  30. ^ 久保田ら (2002), pp. 116-117.
  31. ^ カーティス,薩摩訳 (2002), pp. 58-59.
  32. ^ a b ヘダーヤト,奥西訳註 (1999), pp. 309-310.
  33. ^ ヘダーヤト,奥西訳註 (1999), p. 319.(注59)。
  34. ^ 岡野 (1982), pp. 11-12.(はじめに)。
  35. ^ 桂 (1998), p. 104.

参考文献[編集]

原典資料[編集]

二次資料[編集]

関連書籍[編集]

関連項目[編集]