メス (フランス)

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Metz
Blason Metz 57.svg Metz flag.svg
Metz Pont Moyen.JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) グラン・テスト地域圏
(département) モゼル県(県庁所在地)
(arrondissement) メス市(郡庁所在地)
小郡 (canton) 4小郡庁所在地
INSEEコード 57463
郵便番号 57000
市長任期 ドミニク・グロ
2014年 - 2020年
自治体間連合 (fr) fr:Communauté d'agglomération de Metz Métropole
人口動態
人口 119 551人
2012年
人口密度 2851人/km2
住民の呼称 Messins
地理
座標 北緯49度07分13秒 東経6度10分40秒 / 北緯49.12027778度 東経6.177777778度 / 49.12027778; 6.177777778座標: 北緯49度07分13秒 東経6度10分40秒 / 北緯49.12027778度 東経6.177777778度 / 49.12027778; 6.177777778
標高 平均:179 m
最低:162 m
最高:256 m
面積 41,94km2 (4 194ha)
Metzの位置(フランス内)
Metz
Metz
公式サイト metz.fr
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メス(Metz フランス語: [mɛs] ( 音声ファイル)ドイツ語: [mɛts] メッツ)は、フランスの北東部に位置する都市で、グラン・テスト地域圏モゼル県県庁所在地である。

概要[編集]

かつてのアウストラシアの首都、のちにカロリング朝の都市であったメスは、3000年前に始まった歴史とその遺産の豊富さで証明される。フランスの文化に、ドイツに併合された遺産が建築上、特に象徴的な図面を維持している。市内にテクノポールを抱える情報通信の都市であると明確に示されており、古くからの商業都市は『田園都市』であることを望んでその都市景観から脱却し、都市生態学に関するフランス国内の政治的開拓者を通じて、水の流れと公園のある都市をつくりあげた。

位置[編集]

メスは、巨大なヨーロッパの循環の軸が交差する地点にある。

メス周辺の重要都市には、55km北のルクセンブルク市、53km南のナンシー、60km東のザールブリュッケンがある。ストラスブールとは133km、ランスとは155km、パリとは320km、フランクフルト・アム・マインとは230km離れている。

地形[編集]

メス市の西部はモーゼル川とセイユ川の谷にあたり、市中心部とサブロン地区は小高い丘の上にある。市東部の地区は標高が高く、ロレーヌ盆地の支脈にあたる。標高358mのサン=カンタン山が市を見下ろしている。

地質ではメスはパリ盆地東部に位置し、ケスタの麓にある。モーゼル丘陵は、サン=カンタン山の一部である。これらは石灰岩質からなる。

歴史[編集]

メスは元は神聖ローマ帝国領であり、中世にはヨーロッパの経済の中心地であった。しかし、1552年にフランス王アンリ2世トゥールヴェルダンと共に占領、1648年ヴェストファーレン条約で正式にフランス領になった。

1870年に勃発した普仏戦争では、この地において、フランソワ・アシル・バゼーヌ将軍率いるフランス軍の主力が包囲された。その救援に向かったナポレオン3世は、その途中のスダンで捕らえられプロイセンに降伏している。

人口統計[編集]

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年 2012年
102 771 107 537 111 869 114 232 119 594 123 776 124 435 119 551

source=1999年までLdh/EHESS/Cassini[1]、2004年以降INSEE[2][3]

文化[編集]

2010年、パリにある総合文化施設のポンピドゥー・センターの分館であるポンピドゥー・センター・メスが開館。設計は、日本人建築家坂茂とフランス人建築家Jean de Gastines及びイギリス人建築家Philip Gumuchdjianのグループが手掛けた。

スポーツ[編集]

サッカークラブのFCメスが本拠地を置いており、リーグ・アンに参加している。

メス出身の人物[編集]

姉妹都市[編集]

メスは以下の姉妹都市と提携している:

脚注[編集]

外部リンク[編集]