エルパソ (テキサス州)

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エルパソ市
City of El Paso
El Paso Montage.jpg
エルパソ市の市旗 エルパソ市の市章
市旗 市章
愛称 : The Sun City(太陽の街), El Chuco
位置
右上: テキサス州におけるエルパソ郡の位置左: エルパソ郡におけるエルパソの市域の位置図
右上: テキサス州におけるエルパソ郡の位置
左: エルパソ郡におけるエルパソの市域
座標 : 北緯31度45分35秒 西経106度29分19秒 / 北緯31.75972度 西経106.48861度 / 31.75972; -106.48861
歴史
創設 1680年
行政
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
 州 テキサス州
 郡 エルパソ郡
 市 エルパソ市
地理
面積  
  市域 663.7 km2 (256.3 mi2)
    陸上   661.1 km2 (255.3 mi2)
    水面   2.6 km2 (1.0 mi2)
標高 1,135 m (3,725 ft)
人口
人口 2010年現在)
  市域 649,121人
    人口密度   981.9人/km2(2,542.6人/mi2
  都市圏 804,123人
  備考 全米都市人口第19位
その他
等時帯 山岳部標準時 (UTC-7)
夏時間 山岳部夏時間 (UTC-6)
公式ウェブサイト : http://www.elpasotexas.gov

エルパソEl Pasoスペイン語で「」の意)は、アメリカ合衆国テキサス州最西端に位置する都市。メキシコとの国境となっているリオグランデ川の北東岸、シウダー・フアレスの対岸に立地し、市の西と北はニューメキシコ州との州境に接する。ヒューストンロサンゼルスのほぼ中間にあり、そのいずれからも1,100km前後の距離である。また、州都オースティンダラスフォートワースよりもアルバカーキフェニックスに近く、等時帯も山岳部標準時/夏時間に属している。人口は649,121人(2010年国勢調査[1]で、テキサス州ではヒューストン、サンアントニオ、ダラス、オースティン、フォートワースに次いで第6、全米では第19位である。市の人口の約8割がヒスパニックまたはラテン系である[1]。エルパソに郡庁を置くエルパソ郡、およびハズペス郡の2郡にまたがる都市圏は804,123人、ニューメキシコ州ラスクルーセスを含む広域都市圏は1,013,356人の人口を抱えている(いずれも2010年国勢調査)[1]

歴史[編集]

今日のエルパソ市の北東にあるフエコ・タンクス州立公園・史跡で発掘された、 狩猟採集社会であったフォルサム文化尖頭器に見られるように、この地にはヨーロッパ人が入植するはるか以前、およそ10,000年前には、人類が住み着いていたと考えられている。1150年頃には、フエコ・タンクスの水を利用して農耕が行われ、トウモロコシカボチャ等の作物が生産されていた[2]。やがて16世紀スペイン人の入植が始まった頃には、この地にはマンソ族スマ族、およびジュマノ族ネイティブ・アメリカンが住み着いていた。やがてこれらの部族は、メキシコ中央部からの移民たち、コマンチェリアの捕虜たち、およびgenízaro と呼ばれた様々な部族の奴隷たちと共に、メスティーソの文化に組み入れられていった。また、「メスカレロアパッチ」と呼ばれる、アパッチの亜族も住み着いていた。

1680年にスペインによって建てられたイズレタ伝道所

1550年1552年という説もある)にサカテカスで生まれ、1598年ヌエバ・エスパーニャの探検家として初めて、現在のエルパソ近くでリオグランデ川を測量したことで知られるスペイン人探検家フアン・デ・オニャーテ[3]ピルグリム・ファーザーズのそれよりも数十年早い同年4月30日、この地で感謝祭ミサを祝った。しかし、パンフィロ・デ・ナルバエスによるフロリダ遠征の生き残り4名(アルバル・ヌニェス・カベサ・デ・バカ、アロンソ・デル・カスティーリョ・マルドナード、アンドレス・ドランテス・デ・カランサ、およびエステバニコ)は、それよりも早く、1530年代中盤にこの地を通過したとも考えられている[4]1659年には、フレイ・ガルシア・デ・サンフランシスコがリオ・ブラボー・デ・ノルテ(リオグランデ川)の南岸にエルパソ・デル・ノルテ(現シウダー・フアレス)を創設した。1680年プエブロの反乱の結果、まだ小さな村であったエルパソにスペイン領ニューメキシコの臨時首都が置かれた。その後1692年にスペインがサンタフェを再占領すると、ニューメキシコの首都はサンタフェに戻された。しかしその後も、1850年協定によってニューメキシコがアメリカ合衆国に編入され、この地がテキサス州に編入されるまで、エルパソはニューメキシコ最大の入植地であった。

この地域におけるアメリカ人の割合が少なく、総人口の1割にも満たなかったため、1836年に勃発したテキサス独立戦争では、エルパソはさほど影響は受けなかった。しかし、戦後にテキサス共和国がメキシコと交わした条約の一環として、テキサス共和国はこの地域の領有権を主張し、その主張を強化する試みが幾度もなされた。しかし、1846年にテキサスの統治が決定的になるまで、メキシコとテキサス共和国の間でこの地の統治をめぐる交渉が進められ、エルパソとその周辺はその間、基本的には自治領となっていた。

1836-48年の自治領時代にも、この地へのアメリカ人の入植は続いた。1840年代中盤には、ランチョ・デ・フアン・マリア・ポンセ・デ・レオン等のスペイン系の入植地が古くから既にあったのに加えて、シメオン・ハートやヒュー・スティーブンソンら、アングロサクソン系の入植者が、テキサスへの忠誠のためにこの地に入植してきた。地元のスペイン系貴族の娘と結婚したスティーブンソンは1844年、現代のエルパソ市域内では初のアングロサクソン系・スペイン系入植地の核となる、ランチョ・デ・サン・ホセ・デ・ラ・コンコルディアの入植地を創設した。テキサス共和国の開拓に相当な量のサンタフェ交易を要したことを考えれば、グアダルーペ・イダルゴ条約は、メキシコ側のオールド・エルパソ・デル・ノルテから切り離されたリオグランデ川北岸の入植地を、正式にアメリカ合衆国のものとするのに効果的であった[5]。やがて1850年協定によって、現代と同じ、エルパソをテキサス側に置くテキサス・ニューメキシコ州境が引かれた。

1850年3月、エルパソ郡が創設され、その最初の郡庁がサンエリザリオに置かれた。連邦上院はテキサス・ニューメキシコ州境を北緯32度線と定めたため、歴史や地形はほとんど考慮されなかった。1854年には、"The Post opposite El Paso" (エルパソ・デル・ノルテとリオグランデ川を挟んだ対岸、の意)という名の駐屯地が創設された。その西、クーンズ・ランチョに創られた、フランクリンという名の入植地は、後のエルパソ市の核となった。その翌年、開拓者アンソン・ミルズは町の計画を完成させ、エルパソと名付けた。しかし、この頃に創られた入植地を全部合わせても、ほぼ同数ずつのアングロサクソン系とスペイン系から成るその人口は数百人程度に過ぎなかった[6]

南北戦争が開戦すると、この地は南軍の支配下に置かれた。しかし、1862年北軍のカリフォルニア部隊がこの地を制圧すると、その後1864年12月に至るまで、この地にカリフォルニア第5志願兵歩兵連隊の本部が置かれた[7]

エルパソ(1880年頃)

南北戦争の終結後、アメリカ人が村に流入し続け、人口は増え始めた。エルパソ自体は1873年に法人化され、川沿いに発展していた周辺の小さな集落を包含した。やがて1881年サザン・パシフィック鉄道テキサス・アンド・パシフィック鉄道、およびアッチソン・トピカ・アンド・サンタフェ鉄道が開通すると人口が一気に急増し、1890年の国勢調査時には古くからのスペイン系の入植者に加えて、新たに流入したメキシコ系やアングロサクソン系を合わせて10,000人を超えた。立地条件に加えて、新たに荒くれ者も流入したため、エルパソは無法地帯化し、Six Shooter Capital (6人の狙撃者の都)と呼ばれ、暴力的で荒々しい、急成長途上の町として知られるようになった[6]。また、売春や賭博がはびこり、その状態は第一次世界大戦下で陸軍省が市当局に圧力をかけるようになるまで続いた。こうした圧力と地理的条件から、市はやがて、アメリカ合衆国南西部における工業、交通、および小売業の中心地として発展するようになっていった。

1909年ウィリアム・タフトポルフィリオ・ディアスは、エルパソとシウダー・フアレスでの首脳会談を計画した。この歴史的な会談はアメリカ・メキシコ両国の大統領による初めての会談であるとともに、アメリカ合衆国大統領が史上初めて国境を越えてメキシコを訪問するというものでもあった[8]。しかし、両国において緊張が高まり、暗殺予告までなされる事態となったため、テキサス・レンジャー、アメリカ・メキシコ両国軍4,000人、アメリカ合衆国シークレットサービス連邦捜査局、および警察を全て動員して警護にあたらせた[9]。この時に警護にあたった者の中には、後に「スカウティングの父」と呼ばれることになるフレデリック・ラッセル・バーナムもいた。この時のバーナムは、イェール大学時代からのタフトの親友で、メキシコに多額の投資をしていたジョン・ヘイズ・ハモンドに雇われていた[10][11]。首脳会談当日の10月16日、バーナムおよびテキサス・レンジャーのC・R・ムーアは、小型の拳銃を隠し持っていた男が行列の進路上に建つエルパソ商業局庁舎前に立っているのを発見し[12][13]、この男をタフトおよびディアスの数フィート手前で捕捉し、武装解除させ、逮捕した[14][15]

1910年頃には、市の人口の大半はアメリカ人で占められていた。しかし、メキシコ革命が勃発した後、特に1913-15年にかけて、聖職者や知識人、実業家など、大量のメキシコ系難民が市に移入してきた。やがて市には、メキシコ系難民の中間層によって、スペイン語の新聞、劇場、映画館や学校が建てられていった。

エルパソのダウンタウン(1908年

やがて、エルパソへと逃れた大量のメキシコ系ディアスポラと共に、メキシコ革命の暴力はエルパソへも及んだ。19151617年と立て続けに、様々なメキシコの革命派集団が、エルパソに住まう、アメリカ人とメキシコ人政敵の両方に対して、暴力的攻撃を計画・実行した。その最中、サンディエゴ計画の露見による騒乱で、21人の白人市民が殺害された。その後の地元民兵による報復は暴力に輪をかけ、300人(推定)ものメキシコ人およびメキシコ系アメリカ人が命を落とす事態となった。これら一連の騒乱はリオグランデバレー下流域の住民ほぼ全てに影響を及ぼし、何百万ドルにものぼる損害を出し、その後も長きにわたって、この地のアメリカ人とメキシコ人の間に禍根を残すことになった[16]

同時に、アメリカ人の市への流入も続き、1920年には陸軍の兵も含めた人口は100,000人を超え、再び白人が多数派となった。その一方で、市内におけるメキシコ人とアメリカ人・メキシコ系アメリカ人の人種隔離は進んだ。これに呼応して、カトリック教会は教育や、全米カトリック福祉基金などの政治・市民団体を通じて、メキシコ系アメリカ人コミュニティの忠誠を集めようとした[17]

この地では次第に鉱業やその他の産業が発展していった。1897年にはエルパソ・アンド・ノースイースタン鉄道が開業し、周辺地域、特にニューメキシコ準州南東部における天然資源の採掘に役立った。1920-30年代には、禁酒法時代の酒密造などにより、商業が発達した[6]。しかし、軍の解散や農業経済不況、そして続く世界恐慌により、エルパソの地域経済は大打撃を受け、第二次世界大戦の終戦まで、エルパソの人口は特に白人が流出して減り続けた。それでも1940年代まで、エルパソの人口構成においては白人が多数派を占めていた。

第二次世界大戦中から戦後にかけてのこの地における軍拡、およびエルパソの東に広がるパーミアン盆地での油田の発見により、20世紀中盤のエルパソは再び急速に経済的発展を遂げていくようになった。製錬石油精製や、低賃金の工業(特に被服)の発展によって、市は成長していった。加えて、その多くが白人を占めていた、この地域の周縁部における人口が、エルパソのような都市部に流入し、資本と労働者が短期間で膨れ上がった。しかしそれと同時に、中流階級のアメリカ人は新しい、より高給の職を求めて、国内の他地域へと流出した。そのため、地元産業は安価なメキシコ人労働者を求めて、南へと目を向けた。加えて、ブラセロ・プログラムによって、1942-56年にかけて、メキシコ人労働者がエルパソの周縁部に流入し、流出した白人の穴を埋めた。やがて、そのメキシコ人労働者たちも、より高給の職を求めてエルパソ市内に流入した。1965年頃には、ヒスパニック系が人口構成における多数派を占めるようになった。その一方で、第二次世界大戦後の高成長は1960年代に入ると鈍化したものの、市は周辺地域の編入を繰り返し、またメキシコとの重要な経済関係もあって、成長し続けた。

地理[編集]

フランクリン山地を背にしたエルパソのダウンタウン
エルパソ都市圏

エルパソは北緯31度45分35秒西経106度29分19秒に位置している。市はテキサス州最西端に位置し、北と西はニューメキシコ州との州境に、また南西はメキシコとの国境となっているリオグランデ川をはさんでチワワ州に、それぞれ接している。テキサス州の都市ではあるものの、州の5大都市を全て含み、州の人口の約3/4が集中するテキサス・トライアングル[18]からは西へ遠く離れており、州都オースティン(東南東へ約850km)やダラスフォートワース(東北東へ約900km)よりもニューメキシコ州アルバカーキ(北へ約380km)やアリゾナ州フェニックス(西北西へ約560km)に近く、ヒューストン(東へ1,080km)よりもサンディエゴ(西へ約1,025km)に、また州最東端のオレンジ(東へ約1,225km)よりもロサンゼルス(西北西へ約1,130km)に近い。等時帯も州内の他地域が中部標準時/夏時間に属するのに対し、エルパソ都市圏に属するエルパソハズペスの2郡のみが、ニューメキシコ州と同様に山岳部標準時/夏時間に属している。

アメリカ合衆国国勢調査局によると、エルパソ市は総面積663.7km2(256.3mi2)である。そのうち661.1km2(255.3mi2)が陸地で2.6km2(1.0mi2)が水域である。総面積の0.39%が水域となっている。市域はベイスン・アンド・レンジ最東部のチワワ砂漠北部、リオグランデ川の北東岸に広がっている。市域を二分するようにフランクリン山地が連なり、ダウンタウンはその最南端に発展している。ダウンタウンの標高は1,135m、フランクリン山地の最高峰であり、市の最高点でもあるノースフランクリン山は標高2,192mである。

エルパソ・ハズペス両郡をあわせた都市圏の面積は14,463km2(5,584mi2)である。エルパソ都市圏の郊外都市は、エルパソ市域南東端からリオグランデ川に沿って、ハズペス郡西端のフォートハンコックまで連なっている。なお、ニューメキシコ州ドニャアナ郡内にも、サンランドパークやアンソニーなど、エルパソの北や西に隣接する郊外都市がいくつか形成されているが、これらは実態としてはエルパソの郊外都市ではあるものの、定義上はエルパソの北北西約70kmに位置するニューメキシコ州ラスクルーセスの都市圏に入っている。ラスクルーセス都市圏は、エルパソ都市圏とあわせてエルパソ・ラスクルーセス広域都市圏と定義されている[19]

気候[編集]

エルパソ
雨温図説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
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気温(°C
総降水量(mm)
出典:Weatherbase.com
市東部のヤシの並木道
 
雪に見舞われたエルパソ、フランクリン山東麓(2015年12月)

エルパソの気候は、1年を通じて乾燥し、日中は暑いが夜は涼しくなる夏と、日中は穏やかなものの夜は緯度の割には冷え込む冬に特徴付けられ、気温の年較差と日較差のともに大きい、砂漠性かつ高地性の気候となっている。最も暑い7月の最高気温の平均は約35℃に達するが、最低気温は平均21℃まで下がり、平均気温は約28℃である。最も寒い1月の平均気温は7℃、最低気温の平均は氷点下0.3℃まで下がるが、日中は暖かく、14℃程度まで上がる。降水量は夏季の7月から9月にかけては多く、月間35-40mm程度ではあるが、この3ヶ月だけで年間降水量の半分を超える。その他の月は月間5-15mm程度である。年間降水量は220mm程度である。また、冬季にはわずかながら降雪も見られる[20]

国立気象局によると、エルパソでは平年で年間302日の晴天日があり、このことから、The Sun City (太陽の街)と呼ばれている[21]。乾燥していて風が強いため、エルパソは特に春季の3月から5月にかけて、砂嵐に見舞われやすい。

雨季にあたる7-9月の雨は主に北アメリカモンスーンによってもたらされる。例年この時期になると、南から南東寄りの風が太平洋カリフォルニア湾、およびメキシコ湾からエルパソや南西部各地に湿気をもたらす。この湿った風が山の斜面を上り、また日中の熱気も相まって、強力な上昇気流を生み、積乱雲を発生させる。この積乱雲によって雷雨や降が発生し、洪水の原因ともなっている。例えば、2006年7月末から8月初頭にかけては、このモンスーンによって、平年の1年分の降水量を超える250mmの雨が1週間に降り、市全体に大洪水をもたらした[22]。この洪水の原因としては、自然的要因のほかにも、アロヨの開発や、あふれた雨水を処理する施設の不備が挙げられている。

ケッペンの気候区分では、エルパソは砂漠気候BW)に属する。

エルパソの気候[20]
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均気温( 7.1 9.7 13.3 17.9 22.8 27.5 28.2 27.1 23.9 18.2 11.3 7.2 17.8
降水量(mm 10.2 10.2 7.6 5.1 7.6 17.8 40.6 40.6 35.6 17.8 10.2 15.2 218.5

都市概観と建築物[編集]

左: ウェルズ・ファーゴ・プラザ / 右: プラザ・ホテル 左: ウェルズ・ファーゴ・プラザ / 右: プラザ・ホテル
左: ウェルズ・ファーゴ・プラザ / 右: プラザ・ホテル

エルパソのダウンタウンはフランクリン山地の南端、リオグランデ川との間に形成されており、市の人口の割にはその数は少ないものの、いくつかの高層建築物が建っている。エルパソで最も高いビルはノース・カンザス・ストリートとテキサス・ストリートの北西角に立地するウェルズ・ファーゴ・タワー(22階建て、高さ90.3m)である[23]。この黒い高層ビルは、そのうちの13階層を利用した窓の灯り(東西面1段あたり各18個、南北面1段あたり各7個)で知られる。毎年7月4日の独立記念日には、この灯りで星条旗が描かれる。また、1980年イランアメリカ大使館人質事件や、2011年9月11日の同時多発テロ事件の際にも、このビルの灯りで星条旗が描かれた。他には、クリスマスの時季にはクリスマスツリーが描かれたり、テキサス大学エルパソ校の応援として、同校の略称である UTEP の文字が描かれたりもする。

このウェルズ・ファーゴ・タワーに、チェース・タワー(20階建て、高さ85.3m)[24]やケイザー・センター(スタントン・タワーとも、18階建て、高さ79.1m)[25]といった高層ビル、そして1930年に建てられたアール・デコ様式の高層ホテルで、エルパソのランドマークでもあったプラザ・ホテル(19階建て、高さ72.9m)[26]が次ぐ。プラザ・ホテルは、ヒルトンを創業したコンラッド・ヒルトンが初めて建てたホテルであった。プラザ・ホテルは、同じく1930年にダウンタウンに建てられたアール・デコの高層ビル、O・T・バセット・タワー(アロフト・エルパソ・ダウンタウンとも、17階建て、高さ65.5m)[27]と共に、1980年国家歴史登録財に登録された[28]

ダウンタウンのすぐ北西には、テキサス大学エルパソ校およびシンシナティ娯楽地区を中心としたウェスト・セントラル・エルパソが広がる。1890年代後半にから人が住み着き始めたサンセット・ハイツや、1910年代中盤に造られたカーン・プレースといった歴史地区も、ウェスト・セントラル・エルパソに含まれる。その北、フランクリン山地の西麓には、比較的裕福な層の住宅地が形成されているノースウェスト・エルパソ(ウェストサイド、アッパーバレーとも呼ばれる)が広がる。フランクリン山地の東麓には1950-60年代に開発された住宅地が広がり、ノースイースト・エルパソと呼ばれている。その東にあるエルパソ国際空港以東、かつI-10以北の地域はイースト・エルパソと呼ばれ、主に中間層の住宅地が広がる。イースト・エルパソの南(I-10以南)、市南東部を占めるミッション・バレーは、現在のエルパソ市域内で最も長い歴史を持つ地区で、スペイン人入植者によって建てられたイズレタ伝道所(1680年)、ソコロ伝道所(1759年)、サンエリザリオ伝道所(1789年)などが残る。これらの伝道所はいずれも、国家歴史登録財に登録されている[28]

エルパソのパノラマ(北東-南)。ダウンタウンは南(画像右端)に望める。

政治[編集]

エルパソ市庁舎(2012年)。2013年に市庁舎は移転し、この庁舎は取り壊され、跡地は野球場になった[29]

2004年2月7日に承認・改正された市憲章の下、エルパソはシティー・マネージャー制を採っている。シティー・マネージャーは市の行政実務の最高責任者であり、市政府の人事、市政府事業の管理、市議会が採択した政策の実行、および予算案の作成に権限を有し、また責任を負う。一方、市議会はシティー・マネージャーの任命および指揮命令、条例および政策の制定、予算の承認、および税率の決定に権限を有し、また責任を負う[30]。市長は儀礼的な場で市の代表としての役割を果たし、また市議会にはその一員として出席し、その議決に対し調印する権限を有するが、行政実務に対しては権限を有さず、責任を負わない[31]。市議会は8人の議員から成っており、市を8つに分けた選挙区[32]から1人ずつ選出される。市長は市議員とは別に、全市から選出される。市議員、市長とも、その任期は4年で、多選は2期までに制限されている[33]

テキサス州は全米最大の共和党の票田であるが、メキシコとの国境沿いおよび都市部においては民主党が優勢である。エルパソ市、およびエルパソ郡はともに、その両方の特徴を有しており、例に漏れず民主党が非常に強い勢力を持っている[34]

治安[編集]

エルパソの治安を守るエルパソ市警察はシティー・マネージャーの下に3人いる副シティー・マネージャーのうち、公共安全・サポートサービス担当副シティー・マネージャーの管轄下に置かれている[35]。リオグランデ川対岸のシウダー・フアレス2000年代以降、メキシコ麻薬戦争の中で治安が急激に悪化し、一時は「戦争地帯以外では世界で最も危険」とまで言われた[36]のとは対照的に、エルパソの治安は良好である。モーガン・クイットノー(CQプレス傘下)による2018年の報告書(2016年FBIのデータを使用)では、エルパソにおける凶悪犯罪の発生率は全米平均より約3割低く、全米の人口50万人以上の都市の中では最も安全であると報じられた[37]

交通[編集]

エルパソ国際空港

エルパソの玄関口となる空港は、ダウンタウンの北東約7.5km[38]に立地するエルパソ国際空港IATA: ELP)である。同空港はエルパソのみならず、テキサス州西部、およびラスクルーセスデミングを含むニューメキシコ州南部にわたる広い地域の玄関口としての役割も果たしている。同空港にはデルタ航空アトランタ)、ユナイテッド航空ヒューストン・インターコンチネンタルデンバー)、アメリカン航空ダラス・フォートワースシカゴ・オヘアロサンゼルスフェニックス)の3大航空会社のほか、サウスウエスト航空による7都市からの便、およびアレジアント・エアによるラスベガスおよびサンディエゴからの便、およびフロンティア航空によるデンバーおよびシカゴ・オヘアからの便が就航している[39]

メキシコとの国境になっているリオグランデ川には、18世紀中盤、ヌエバ・エスパーニャの時代には、サンタフェから運ばれた木材を用いた橋が既に架けられていた[40] 。現在では、上流から順に、下記の4本の橋が架かっている。

  • パソ・デル・ノルテ国際橋(サンタフェ・ストリート橋)
  • グッド・ネイバー国際橋(スタントン・ストリート橋)
  • アメリカズ橋(コルドバ橋)
  • イズレタ=サラゴサ国際橋(サラゴサ橋)
アメリカズ橋

州間高速道路I-10はダウンタウンのすぐ北を通っている。I-10は南西部南東部を東西に貫いてロサンゼルスフロリダ州ジャクソンビルとを結び、大陸を横断する幹線で、テキサス州内においてもエルパソとサンアントニオヒューストン方面とを結ぶ。また、ラスクルーセスの南でI-25と分岐し、I-10はデミング、ツーソンフェニックス方面へ、I-25はアルバカーキデンバー方面へとそれぞれ向かう。また、エルパソの東約270km、リーブス郡内ではI-20と分岐し、ミッドランドオデッサアビリーンダラスフォートワース方面へと通ずる。I-10の支線であるI-110は、ダウンタウンの東で本線から南へ分岐し、アメリカズ橋でメキシコ国道45号線に接続する。このほか、国道54号線はエルパソ市内で高速道路規格になっており、ノースイースト・エルパソを縦貫してI-10に合流/分岐する放射線となっている。また、州道375号線はダウンタウンの南からリオグランデ河岸を下流へと向かい、ミッション・バレー、イースト・エルパソ、ノースイースト・エルパソを通り、フランクリン山地を貫いてノースウェスト・エルパソでI-10に合流/分岐するコの字型のルートを描いており、エルパソの環状線としての役割を果たしている。

グレイハウンドのバスターミナルはダウンタウン[41]と、パソ・デル・ノルテ国際橋北詰下[42]の2ヶ所にあり、後者はエルパソ・サンタフェ・バスステーションと呼んで区別している。エルパソ・サンタフェ・バスステーションは、アルバカーキ、デンバー方面へのバスの起点/終点となっている。ダウンタウンのターミナルにはこのバスが停車するほか、ロサンゼルス、フェニックス方面とサンアントニオ方面、およびダラス・フォートワース方面とを結ぶバスが停車する。

ユニオン・ディーポ

ダウンタウンにあるユニオン・ディーポには、ロサンゼルスとニューオーリンズとを結ぶアムトラックの長距離列車サンセット・リミテッド号、およびサンアントニオ以西ではこの列車に連結され、サンアントニオで切り離し、北進してシカゴへと向かうテキサス・イーグル号がロサンゼルス方面、ニューオーリンズ・シカゴ方面とも週3便停車する[43][44]。ユニオン・ディーポは1906年に建てられた歴史的建築物でもあり、1975年には国家歴史登録財に登録されている[28]

市内の公共交通機関としては、サン・メトロによって路線バスが運行されている。同局の路線バス網は普通50系統、急行12系統を有し、市内およびエルパソ郡内に加えて、ニューメキシコ州サンランドパークをカバーしている[45]。また、サン・メトロはテキサス州交通局より9,700万ドルの建設費用を調達し、2018年半ばでの開業を目指して路面電車の建設を進めている[46]。加えて、2009年には、ニューメキシコ州交通局により、エルパソとラスクルーセスを結ぶ通勤バスの運行が始まった[47]。また、ニューメキシコ州南中部地域交通局は、州境の郊外都市アンソニーで連接して、エルパソとラスクルーセス、および両市郊外を結ぶ4路線のバスを2016年より運行している[48][49]ほか、両市を結ぶ通勤列車を提案し、その調査を進めている[50]

教育[編集]

テキサス大学エルパソ校

テキサス大学エルパソ校(UTEP)はダウンタウンのすぐ北西に、ブータンの建築物を思わせる校舎が建ち並ぶ420エーカー(1,700,000m2)のキャンパスを構えている。同校は1914年に創立した州立総合大学で、テキサス鉱山金属大学、テキサス・ウェスタン大学を経て、1967年にテキサス大学システムに組み入れられて現称に改められた。同校は教養、経営、教育、工学、保健科学、理学、看護、薬学の8学部を有し、学部72、大学院修士課程74、博士課程21の専攻プログラムを提供し、約24,000人の学生を抱えている[51]。中でも工学部は、全米最多のヒスパニック系修士・博士技術者を輩出している[52]。また、同校のスポーツチーム、マイナーズは、NCAAディビジョンI(フットボールはFBSグループ5/旧I-A非BCS)に属するカンファレンスUSAに所属し、男子5種目、女子9種目で競っている[53]1966年、同校の男子バスケットボールチームは、史上初めて先発5人全員アフリカ系の選手を起用し、メリーランド州カレッジパークで行われたNCAAトーナメント決勝戦でランキング1位のケンタッキー大学を72-65で下し、全米優勝した。この試合を契機に、南部の他大学も追随するようにアフリカ系の選手を積極的に起用し始め、この競技における人種隔離の時代は終わった[54]。この試合へと至るシーズンを綴った当時のヘッドコーチ、ドン・ハスキンズの自叙伝は、後に2006年ジェームズ・ガートナー監督、ジョシュ・ルーカス主演の「グローリー・ロード」として映画化された[55]。翌2007年には、このチームがバスケットボール殿堂入りした[56]

テキサス工科大学保健科学センターエルパソ校のポール・L・フォスター医学校

テキサス工科大学システムはエルパソに保健科学センターエルパソ校を置いている[57]。また、ニューメキシコ州立大学は、ラスクルーセスの本部キャンパスから135マイル(217km)以内のテキサス州内に住む、アメリカ合衆国の市民権を有する学生に対して、ニューメキシコ州内生の授業料を適用しており[58]、これを利用して同学に進学するエルパソ出身の学生も多い。

エルパソにおけるK-12課程は主にエルパソ独立学区をはじめ、イズレタ独立学区、ソコロ独立学区、およびカヌティーリョ独立学区の管轄下にある公立学校によって支えられている。エルパソ独立学区は小学校57校、中学校15校、高校11校を有し、約60,000人の児童・生徒を抱えている[59]

エルパソ公立図書館はダウンタウンの本館の他、市内10ヶ所に支館を有している[60]。加えて、同館の移動図書館が週替りで2本のルートを設定し、市内を回っている[61]。また、エルパソ・コミュニティ・カレッジは、市内に5つあるキャンパスのうちの1つ、ノースウェスト・キャンパス内に立地する、ローラ・ブッシュとその母ジェナ・ウェルチの名を冠した図書館を、一般にも公開している[62]

人口動態[編集]

都市圏人口[編集]

エルパソの都市圏および広域都市圏を形成する各郡の人口は以下の通りである(2010年国勢調査)[1]

エルパソ都市圏
人口
エルパソ郡 テキサス州 800,647人
ハズペス郡 テキサス州 3,476人
合計 804,123人
エルパソ・ラスクルーセス広域都市圏
都市圏/小都市圏 人口
エルパソ都市圏 804,123人
ラスクルーセス都市圏 ドニャアナ郡 ニューメキシコ州 209,233人
合計 1,013,356人

市域人口推移[編集]

以下にエルパソ市における1880年から2010年までの人口推移をグラフおよび表で示す[63]

統計年 人口 順位
1880年 736人 -
1890年 10,338人 -
1900年 15,906人 -
1910年 39,279人 -
1920年 77,560人 89位
1930年 102,421人 86位
1940年 96,810人 98位
1950年 130,485人 76位
1960年 276,687人 46位
1970年 322,261人 45位
1980年 425,259人 28位
1990年 515,342人 22位
2000年 563,662人 23位
2010年 649,121人 19位

姉妹都市[編集]

エルパソ・ハデラ姉妹都市提携調印式

エルパソは以下1都市と姉妹都市提携を結んでいる。

参考文献[編集]

  • Hammond, John Hays. The Autobiography of John Hays Hammond. New York: Farrar & Rinehart. 1935年. ISBN 978-0-405-05913-1.
  • Hampton, Benjamin B. "The Vast Riches of Alaska". Hampton's Magazine. Vol.24. Issue 1. 1910年4月1日.
  • Harris, Charles H. III. and Louis R. Sadler. The Secret War in El Paso: Mexican Revolutionary Intrigue, 1906-1920. Albuquerque, New Mexico: University of New Mexico Press. 2009年. ISBN 978-0-8263-4652-0.
  • Harris, Charles H. III and Louis R. Sadler. The Texas Rangers And The Mexican Revolution: The Bloodiest Decade. 1910–1920. Albuquerque, New Mexico: University of New Mexico Press. 2004年. ISBN 0-8263-3483-0.
  • "Mr. Taft's Peril; Reported Plot to Kill Two Presidents". London: Daily Mail. 1909年10月16日. ISSN 0307-7578.

[編集]

  1. ^ a b c d American FactFinder. U.S. Census Bureau. 2011年2月4日.
  2. ^ Hueco Tanks State Park & Historic Site: History. Texas Parks and Wildlife. 2018年1月5日閲覧.
  3. ^ Metz, Leon C. El Paso Chronicles: A Record of Historical Events in El Paso, Texas. El Paso: Mangan Press. 1993年. ISBN 0-930208-32-3.
  4. ^ Sumner, Mark. America, the artifact. Daily KOS. 2011年6月30日. 2018年1月5日閲覧.
  5. ^ Timmons, Wilbert H. El Paso, A Borderlands History. pp.74-75. University of Texas at El Paso. 1990年. ISBN 9780874042078.
  6. ^ a b c El Paso, Texas. Handbook of Texas. Texas State Historical Association. 2018年1月11日閲覧.
  7. ^ Orton, Richard H. Records of California Men in the War of the Rebellion 1861 to 1867. p.672. Sacramento: Adjutant General's Office, State of California. 1890年.
  8. ^ Harris (2009), p.1.
  9. ^ Harris (2009), p.15.
  10. ^ Hampton.
  11. ^ Daily Mail, p.7.
  12. ^ Harris (2009), p.16.
  13. ^ Hammond, pp.565-566.
  14. ^ Harris (2009), p.213.
  15. ^ Harris (2004), p.26.
  16. ^ Plan of San Diego. Handbook of Texas. Texas State Historical Association. 2018年1月17日閲覧.
  17. ^ Macías-González, Víctor M. Mexicans "of the better class": The elite culture and ideology of Porfirian Chihuahua and its influence on the Mexican American generation, 1876–1936. University of Texas at El Paso. 1995年.
  18. ^ Texas Triangle. America 2050. 2018年1月21日閲覧.
  19. ^ OMB BULLETIN NO. 15-01: Revised Delineations of Metropolitan Statistical Areas, Micropolitan Statistical Areas, and Combined Statistical Areas, and Guidance on Uses of the Delineations of These Areas. Office of Management and Budget. 2015年7月15日.
  20. ^ a b Historical Weather for El Paso, Texas, United States of America. Weatherbase.com. 2018年1月22日閲覧.
  21. ^ Rincón, Carlos A. "Solving Transboundary Air Quality Problems in the Paso Del Norte Region". Both Sides of the Border. Ed. Linda Fernandez and Richard Carson. Springer. 2002年. ISBN 1-4020-7126-4.
  22. ^ Rogash, J., M. Hardiman, D. Novlan, T. Brice, and V. MacBlain. Meteorological Aspects of the 2006 El Paso Texas Metropolitan Area Floods. Santa Teresa, New Mexico/El Paso, Texas: NOAA/National Weather Service, Weather Forecast Office.
  23. ^ Wells Fargo Plaza. Emporis. 2018年2月3日閲覧.
  24. ^ Chase Tower. Emporis. 2018年2月3日閲覧.
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  26. ^ Plaza Hotel. Emporis. 2018年2月3日閲覧.
  27. ^ Aloft El Paso Downtown. Emporis. 2018年2月3日閲覧.
  28. ^ a b c TEXAS - El Paso County. National Register of Historic Places. 2018年2月3日閲覧.
  29. ^ Manning, Patrick. El Paso's City Hall Demolished, Making Way For New Ballpark, Revitalization. FOX News. 2013年4月15日. 2018年2月8日閲覧.
  30. ^ City Form of Government. City of El Paso. 2018年2月8日閲覧.
  31. ^ Powers and Duties of the Mayor. City of El Paso. 2018年2月8日閲覧.
  32. ^ City of El Paso Representative Districts. City of El Paso. 2018年2月8日閲覧.
  33. ^ Resolution Canvassing Results of the 2004 City Charter Amendment Election And Declaring Adoption To Amendments of City Charter. p.2. City of El Paso. 2004年2月7日. 2018年2月8日閲覧.
  34. ^ Maxwell, William Earl, Ernest Crain, and Edwin S. Davis. Texas Politics Today. Thomson Wadsworth. 2005年. ISBN 0-534-60211-8.
  35. ^ Organizational Chart. City of El Paso. 2018年2月9日閲覧.
  36. ^ Olsen, Lise. Ciudad Juárez passes 2,000 homicides in '09, setting record. Houston Chronicle. 2009年10月21日. 2018年2月9日閲覧.
  37. ^ Crime Rate Rankings (City). CQ Press, SAGE Publications. 2018年. 2018年2月9日閲覧.
  38. ^ El Paso Int'l. (Form 5010) Airport Master Record. Federal Aviation Administration. 2018年2月1日. 2018年2月17日閲覧.
  39. ^ Airlines. El Paso International Airport. 2018年2月17日閲覧.
    なお、サウスウエスト航空のダラス便はラブフィールド、ヒューストン便はホビーにそれぞれ発着する。
  40. ^ Horgan, Paul. Great River: The Rio Grande in North American History. Volume 1, Indians and Spain. Vol. 2, Mexico and the United States. Wesleyan University Press. 4th Reprint. 1991年. ISBN 0-8195-6251-3.
  41. ^ El Paso Bus Station. Greyhound. 2018年2月17日閲覧.
  42. ^ El Paso Santa Fe Bus Station. Greyhound. 2018年2月17日閲覧.
  43. ^ Sunset Limited. p.1. Amtrak. 2017年11月5日. 2018年2月17日閲覧.
    なお、本来サンセット・リミテッド号はロサンゼルスとオーランドを結ぶ大陸横断列車であるが、2005年ハリケーン・カトリーナおよびハリケーン・リタの影響により、無期限でニューオーリンズ以西のみの区間運行となっている。ニューオーリンズ以東の復旧のめどは立っていない。
  44. ^ Texas Eagle. p.1. Amtrak. 2017年11月5日. 2018年2月17日閲覧.
    なお、テキサス・イーグル号はシカゴ・サンアントニオ間では毎日運行しており、サンセット・リミテッド号の運転日以外はサンアントニオを起点/終点とした単独運行となる。
  45. ^ Routes and Schedules, Bus System Map. Sun Metro. 2018年2月17日閲覧
  46. ^ El Paso streetcar project on schedule, on budget. El Paso Proud. 2016年10月6日. 2018年2月17日閲覧.
  47. ^ UPDATED: Las Cruces-El Paso Commuter Bus Service Begins. Albuquerque Journal. 2009年9月1日. 2018年2月17日閲覧
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  49. ^ All Lines. South Central Regional Transit. 2018年2月17日閲覧.
  50. ^ Passenger Rail. South Central Regional Transit. 2018年2月17日閲覧.
  51. ^ About UTEP. University of Texas at El Paso. 2018年2月18日閲覧.
  52. ^ UTEP tops national rankings for producing Hispanic engineers. The University of Texas System. 2013年4月3日. 2018年2月18日閲覧.
  53. ^ UTEP Miners Home. University of Texas at El Paso. 2018年2月18日閲覧.
  54. ^ UTEP Celebrates 50th Anniversary of Historic 1966 NCAA Championship Win. University of Texas at El Paso. 2018年2月18日閲覧.
  55. ^ 1966: Texas Western defeats Kentucky in NCAA finals. This Day in History Mar 19. HISTORY. 2018年2月18日閲覧.
  56. ^ 1966 Texas Western. Naismith Memorial Basketball Hall of Fame. 2018年2月18日閲覧.
  57. ^ Home. Texas Tech University System. 2018年2月18日閲覧.
  58. ^ El Paso Resident Tuition. New Mexico State University. 2018年2月18日閲覧.
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  62. ^ The Jenna Welch and Laura Bush Community Library. El Paso Community College. 2018年2月18日閲覧.
  63. ^ Gibson, Campbell. Population of the 100 Largest Cities and Other Urban Places in the United States: 1790 to 1990. US Census Bureau. 2005年.
  64. ^ El Paso Texas and Hadera Israel - Sister Cities and a New Economic Alliance. Israel Trade and Economic Office. 2015年5月22日. 2018年1月22日閲覧.

外部リンク[編集]

座標: 北緯31度45分35秒 西経106度29分19秒 / 北緯31.759722度 西経106.488611度 / 31.759722; -106.488611