レイバー・デー (アメリカ合衆国)

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レイバー・デー (Labor Day)
レイバー・デー (Labor Day)
レイバー・デーのパレード (1882年ニューヨーク市ユニオン広場)
挙行者 アメリカ合衆国
種類 連邦の祝日、各州の祝日
日付 9月の第1月曜日
2017年 9月4日
2018年 9月3日
2019年 9月2日
行事 パレードバーベキュー
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レイバー・デー(Labor Day)は、「労働者の日」の意で、アメリカ合衆国において連邦政府の祝日の一つで、9月の第1月曜日と定められている。

米国における最初にレイバー・デーが祝われたのは、1882年9月5日、ニューヨーク市においてであった[1]1894年プルマン・ストライキ(Pullman Strike)の際に、陸軍連邦保安官の手で多数の労働者が殺害される事態に至った後、クリーブランド大統領は、労働者陣営との和解を最優先の政治課題とした。労働者たちとの衝突の激化が懸念される中、レイバー・デーを連邦の祝日とする法案は全会一致で議会を通過し、署名され、ストライキが終わったわずか6日後に、法として成立した[2]。クリーブランドは、米国における労働者の祝日を、既に存在していた国際的な労働者の日であるメーデーと揃えるのは、ヘイマーケット事件(Haymarket Affair)に繋がることになると懸念していた[3]アメリカ合衆国を構成するすべてのは、20世紀のうちにレイバー・デーを州の祝日とした。

レイバー・デーの祝い方は、この祝日の最初の提案の中で、パレードを行うことで公衆に「同業者・労働組合の強さと団結精神」を示し、労働者とその家族の祝祭を行う、とその概要が説明されている。これはそのままレイバー・デーの祝事の標準的な形態となった。後には、著名人による演説が加えられるようになり、この祝日の経済的、公共的側面が強調されるようになっていった。1909年には、アメリカ労働総同盟(AFL)の年次大会決議によって、レイバー・デー前日の日曜日を「レイバー・サンデー」とし、労働運動の精神的、教育的側面のための行事が行われるようになった。

多くのアメリカ人にとって、レイバー・デーは伝統的に、の終わりを象徴するものである。レイバー・デーは、休養とパレードの日と見なされていることが多い。演説や政治的示威行動は、他の国々のメーデーのように目立つものではないが、労働団体が組織する行事では、政治的テーマが掲げられたり、選挙の年に候補者が登場したりすることもある。祝事の一環として、ピクニック、バーベキュー、花火、水上スポーツ、芸術イベントなどが行われることもある。学校に通う子供がいる家庭にとっては、夏休み最後の旅行の機会となる。また、若者にとっては、新学年で学校に戻る前の最後のパーティーの機会がある週末でもある。ただし、実際に学校が始まる時期は、近年では多様になりつつある。

米国のスポーツにおいて、レイバー・デーはアメリカンフットボールのシーズンの始まりを告げるものであり、NFLカレッジフットボールがこの前後に開幕する。全米大学体育協会(NCAA)所属のチームは、ほとんどが最初のゲームをレイバー・デーの直前の週に行い、NFLは伝統的にレイバー・デーの翌日にあたる火曜日に開幕戦を行う。

またアメリカの権威あるSF賞のヒューゴー賞は例年レイバー・デーに授賞式が行われるため、賞の常連作家達を称して「レイバー・デー・グループ」と呼ぶことがある。

1950年から2004年までは、レイバー・デーには、NASCARのレースの一つ「Southern 500」が開催されていた。

脚注[編集]

  1. ^ The History of Labor Day”. U.S. Department of Labor. 2011年9月3日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2010年8月30日閲覧。
  2. ^ Origins of Labor Day”. PBS. 2010年8月30日閲覧。
  3. ^ Brendan I. Koerner. “Why do we get Labor Day off”. Slate Magazine. 2010年8月30日閲覧。

参考文献[編集]

  • Green, James (2007). Death In the Haymarket: A Story of Chicago, the First Labor Movement and the Bombing that Divided Gilded Age America. Anchor. ISBN 1400033225. 

関連項目[編集]