近鉄26000系電車

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近鉄26000系電車
奈良県内の平野部を走行する26000系(尺土 - 高田市間)
奈良県内の平野部を走行する26000系
(尺土 - 高田市間)
基本情報
運用者 近畿日本鉄道
製造所 近畿車輛
製造年 1990年
製造数 2編成8両
運用開始 1990年3月15日
主要諸元
編成 4両編成(全電動車
軌間 1,067 mm[1]
電気方式 直流1,500V
架空電車線方式[1]
最高運転速度 110 km/h[1]
起動加速度 2.5 km/h/s[1]
減速度(常用) 4.0 km/h/s[1]
編成定員 226名[1]
全長 先頭車 20,700 mm
中間車 20,500 mm[1]
全幅 2,800 mm[1]
全高 4,150 mm[1]
車体材質 普通鋼[1]
台車 シュリーレン式ダイレクトマウント空気ばね台車
KD-99[1]
主電動機 三菱電機 MB-3308-A直流直巻電動機[2]
主電動機出力 95 kW (340 V)[1]
駆動方式 WNドライブ[2]
歯車比 3.81[1]
編成出力 1,520 kW
制御方式 抵抗制御
制御装置 日立製作所 MMC-HTB-20U[2]
制動装置 電磁直通式HSC-D
発電抑速保安ブレーキ付)[1]
保安装置 近鉄型ATS[1]
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近鉄26000系電車(きんてつ26000けいでんしゃ)は、近畿日本鉄道特急形車両である。さくらライナーの愛称をもつ。

解説の便宜上、本項では吉野向きの先頭車の車両番号+F(Formation=編成の略)を編成名として記述する(例:モ26101以下4両編成=26101F)。

概要[編集]

大阪阿部野橋吉野を結ぶ吉野特急は1965年に運転を開始して、1990年で25周年を迎えた。これを機にさらなる高品質の輸送サービスを提供するために投入されたのが26000系である[1]。車体をはじめ内装は21000系「アーバンライナー」のデザインを流用するも、飛鳥、吉野路を走行するにふさわしい観光的要素でリファインした。1990年3月15日ダイヤ変更から営業運転を開始した。

本系列は車両構造・技術面において過度期の特急形車両であり、新旧を織り交ぜた構造・機能を多分に有する。つまり、運転台の2ハンドルディスクをはじめ、ドア上部のフリーパターンディスプレイ設置、肘掛内蔵式の座席テーブル、前照灯の4灯化など、今後のスタンダードとなる装備が採用された一方で、抵抗制御方式とシュリーレン式台車をはじめ、折戸式客用扉、簡易リクライニング機構和式トイレ等、特急車両としては本系列をもって採用終了となる装備も多数挙げられ、その意味ではやや中途半端な位置づけとなった。しかし16000系16010系が長らく旧態依然の回転式クロスシートの上にデッキもない設備であった中で[3][注釈 1]、26000系は吉野特急の品質向上に大いに寄与した[3]

1990年グッドデザイン賞を受賞した[4]

SLマーク

本系列充当の特急列車には、近鉄時刻表、および近鉄の駅掲示の時刻表に「SL」を図案化したロゴタイプを表記する。JTB時刻表では「SL」のローマ字を表記する。また、2011年に車体更新を受けた際、普通車1両を特別車両(デラックスカー)に変更した。デラックスシートの設定があるため、時刻表にもその案内が追記された。

16000系・16010系は公式・非公式を問わず愛称が付けられていなかったが(ただし、16010系はごく稀に「サニーカー」と呼ばれることがある)、本系列では南大阪線の特急車としては初めて公式の愛称が付けられている。

電算記号[編集]

電算記号(編成記号)SL を使用する[5]

開発経緯[編集]

開発体制は21000系と同様とされ、1988年秋から開発を開始、メンバーには21000系から引き続いて手銭正道と山内陸平が参加した[6]

南大阪線・吉野線沿線の名所旧跡

南大阪線、吉野線の特徴は、歴史的名所、旧跡が豊富であることで、古墳をはじめ、日本書紀の舞台である飛鳥、そして白鳳時代南北朝時代ゆかりの土地、吉野が沿線に並ぶ。また、沿線は自然にも恵まれており、吉野山千本桜をはじめ、吉野杉が林立し、ほか田園や渓谷等、日本の伝統的風景が展開する。

そこでこのような路線の特徴を設計に反映させるべく、以下のデザインポリシーを設定した[6]

  • 日本の伝統的美意識の車両展開
  • 乗ること自体を楽しめる車両

また、開発にあたっては、「さくらコンセプト」(=さわやかデザイン、=くつろぎ車内、=らうんど展望)[7]を打ち出して設計に反映した。なお、26000系は表向き観光列車であるが、人口密集地帯の南大阪線を走行することから、通勤輸送のニーズにも対応した設計となっている[8]

オリジナル車[編集]

1990年1月竣功当初から2011年5月まで存在したオリジナルスタイル車両について解説する。車体更新車は「リニューアル車」の節で解説する。

外観・車体構造[編集]

リニューアル前の26000系(布忍駅)

車体断面など主な仕様は21000系に準じているが、軌間が異なるほか、外観も独自のものとなった。車体幅は標準軌系特急車と同様の2,800mmに拡大されている[注釈 2]。前面も21000系同様の流線型非貫通式としたが、傾斜角は21000系の43度に対して60度と緩やかにし、スピード感を抑えた形状としている[7]。前面窓上には前照灯として、角型シールドビームを4灯配しており、本系列以降の特急車はこの4灯式前照灯が採用されている[7]。なお、前照灯を覆うポリカーボネートの熱対策として、灯具前面に熱線吸収ガラスと排熱ファンが設けられた[2]。また、前面窓下には発光ダイオード (LED) 式の標識灯尾灯が1+9(上下2段)+1列で設置されている。増備車の配列は上下11列である。また、非貫通式ながら併結運転に備え、電気連結器を装備する。このほか前面下部には排障器に加え車体色と同色のスカートも装備されている。

側窓は21000系と同構造の外付け式連続窓である。ただし、観光特急として眺望性を優先するため、21000系比で+60mm上下が拡大された[9]

客用扉は近鉄特急伝統の折戸であるが、採用されるのは本系列が最後となった。客用扉はモ26300形が2か所、ほかは1か所ずつの設置である。また、新しい試みとして車内販売準備室のあるモ26200形の業務用ドアはプラグドアとなっており、気密性に優れ、戸袋不要で車体外板と平滑になるなど、今後の特急車のエクステリアを考える上での新しい方向性を与えるものとなった[10]。それから2年後、22000系の客用ドアと正面貫通扉において、プラグドアが実用化されている[11]

車体塗装は「日本的美しさの表現」をテーマとしてプランニングされた。全体は白を基調に窓周りをうすずみ色(グレー)として、「雲海に煙る吉野山」のイメージを表現した。車体裾部にもえぎ色の濃淡5色によるグラデーションのラインが引かれ、沿線の環境に溶け込むイメージとした[6]。このグラデーションラインのうち、最下段の緑のみ塗装とし、他は粘着テープによった。さらに、「さくらライナー」の略称「SL」をデザインしたピンクのロゴが車体に付けられている[6]

車両性能[編集]

21000系に準じ全ての車両が電動車である[1]

主要機器[編集]

電装品[編集]

主電動機三菱電機MB-3308-Aを各車に4基搭載する。運用状況に合わせ、端子電圧340V時における1時間定格出力は95kWに抑えられている。歯車比は標準軌線特急車同様の3.81とした[12]。最高速度は120km/h

主制御器は21000系の三菱電機製に対し、本系列では南大阪線で一般的な日立製作所製のMMC-HTB-20U電動カム軸式抵抗制御器をモ26100形・モ26300形に搭載する。この制御器はパイロットモーター2基でそれぞれ別のカム軸を駆動する2軸操作式で、全界磁最終段と弱め界磁段との切り替え時の衝動緩和を目的として、ノッチ戻し機構を搭載する[7]。電動車2両を1組として合計8基の主電動機を1台の主制御器で制御する1C8M制御方式を採用しており、主電動機4基2群で直列・並列の接続切り替えを行う[7]。この機能を用い、吉野線では直列段主体、南大阪線では並列段主体で運用することにより、トルクが必要な勾配区間と速度が必要な平坦区間での走行性能の両立を図っており、1C4M制御で主電動機を永久直列接続としている16000系・16010系とは走行特性が異なる[7]。ただし、16000系・16010系との併結は可能である。例外として2010年5月27日に落成当初の16600系Aceと連結して連動試運転を行った事がある。

なお、標準軌間各線用特急車との相違点として吉野線の運転条件から弱め界磁制御は低速前進時でも使用できるようにしており、高速運転を行う並列接続時に弱め界磁制御を行う場合には最弱め界磁率を32%、低速運転を行う直列接続時に弱め界磁制御を行う場合には最弱め界磁率を27%に、それぞれ設定可能としている[7]

制動装置[編集]

制動装置はHSC-D発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキを搭載、抑速ブレーキ応荷重装置も装備する。

台車[編集]

台車は21000系に装着されていた円筒案内式(シュリーレン式)の近畿車輛KD-97を狭軌仕様としたKD-99ダイレクトマウント式空気ばね台車を採用しており、固定軸距はKD-97と同様に2,100mmとしている。なお、南大阪線・吉野線向け新造車へのシュリーレン式台車の採用は本系列が最後となり、以後の新型車では円筒積層ゴム式軸箱支持機構を備えたボルスタレス台車へ移行している。また、特急形車両としても本系列で採用終了となり、直後に製造された22000系からは同様のボルスタレス台車化された。

補機・集電装置[編集]

補助電源は21000系と同様に出力70kWの東芝製DC-DCコンバータを採用し、モ26200形・モ26400形に搭載される[7]

パンタグラフは下枠交差形の東洋電機製造PT-4811を採用し、モ26100形・モ26300形にそれぞれ2台設置している[7]

その他機器[編集]

空調装置も21000系と同一の冷凍能力10,500kcal/h、暖房能力8,500kcal/hのヒートポンプ式を各車に3台搭載[7]し、座席下には暖房時の補助ヒーターを設置している。

運転台の主幹制御器・ブレーキハンドルは横軸2ハンドル式を採用し、運転台コンソールを低くしている。近鉄ではHSC系ブレーキ装備の車両は縦軸式主幹制御器とブレーキ弁を採用し、メーターパネルの配列も統一してきたが、本系列のみは例外として横軸式が採用された。横軸2ハンドル式の運転台は以後の特急車で標準となった。

編成[編集]

吉野側からモ26100形 (Mc) - モ26200形 (M) - モ26300形 (M) - モ26400形 (Mc) の4両編成とした。モ26300形の吉野側に入換用運転台を装備している[7]

26000系竣工当初の編成表
項目\編成方向
← 大阪阿部野橋
吉野 →
号車 1(5) 2(6) 3(7) 4(8)
形式 モ26400形 (Mc) モ26300形 (M) モ26200形 (M) モ26100形 (Mc)
搭載機器 SIV,CP,BT ◇,CON,◇ SIV,CP,BT ◇,CON,◇
自重 44.0t 44.0t 43.0t 45.0t
定員 56 56 56 56
車内設備   洗面室・トイレ
公衆電話
洗面室・トイレ
車内販売準備室
 
  • 号車表示の( )は8両運転時の号車番号
  • 形式欄のMはMotorの略でモーター搭載車(電動車)、Mcのcはcontrollerの略で正規運転台装備車(制御車。入換用運転台装備車には冠されない)。
  • 搭載機器欄のCONは制御装置、SIVは補助電源装置、CPは電動空気圧縮機、BTは蓄電池、◇はパンタグラフ搭載位置。
  • 編成定員は224名。

車内設備[編集]

客室[編集]

車内(1号車)(リニューアル前)
前面展望(リニューアル前)

客室は全車普通車とされた。

妻仕切りは吉野の山々をイメージした「やまなみ模様」をシルク印刷した化粧板とし、カーテンには「吉野かすみ」をデザインしたものを採用している[7]。また、妻仕切り扉の上にはLEDスクロール式車内案内表示器が取り付けられており、最高速度で巡航する地点を通過するときに現在の走行速度を表示する。仕切扉脇にはLED式の号車番号、禁煙、トイレ使用表示灯が設けられたが、21000系よりも薄くして見付の向上を図った。

21000系で採用された音楽サービス(車体リニューアル時に廃止)に代わり、AMラジオの再送信装置を設置した。受信アンテナはモ26400形に設置されている。

客室照明は、天井は21000系と同一の間接照明で、荷棚下の照明は枕木方向に1座席間隔で直接照明を配した。荷棚下照明は乗客のスイッチ操作によるON/OFFが可能である。21000系のようなカーテンライトはない。荷棚にはスリットが設けられ、登山客(大台ヶ原山方面など)の利用も考慮して、大きなリュックサックを載せても充分な強度がある。

観光輸送に配慮し、先頭車両の客室は前面眺望がよく利く構造で、運転台後方には客用扉を設置せず、運転台の側開戸を非常用として使用できるように拡大しているのは、デビュー当時はほかの近鉄特急車には見られない特徴であった[13]。吉野行きの列車は4号車53番 - 56番、大阪阿部野橋行きの列車は1号車1番 - 4番が展望席となっている。運転台は客席からの眺望を良くするためにできるだけ低くされた。また、客室イメージと調和させるために、カラーリングもライトグレーやローズグレー等のやさしい色でまとめられた。ほか、運転席についても、背面が美しく見えるようにデザインされた。側窓は眺望性を優先して21000系より下方に拡大されている。

座席は21000系と同様にシートピッチを1,050mmとしている。座席表布にはをイメージしたピンク系の「アンティック・チェリー」と名付けられたモケットを採用した[2]。また、背もたれ上部に丸みを持たせて花びらの雰囲気に、またテーブルは近鉄特急初採用の肘掛け内蔵式、背面の小物入れは「カンガルーポケット」と称する独自のものとなっている。このポケット形状が増備車では若干変更され、色も座席背面と同じベージュとなった。足乗せは21000系と同様のタイプが装備されている。ヘッドレストカバーには当該系列のイニシャルである「SL」ロゴタイプがプリントされた。座席は近鉄特急車としては最後の採用例となる背起こし回転式、フリーストップの簡易リクライニング式であるが、前述の肘掛内蔵式テーブルの新採用も併せた新旧混合の座席となった[1]

デッキ・車内販売準備室・サニタリ[編集]

車内販売基地(のちに吉野特急での営業は廃止)はモ26200形に設置され、車販基地への荷物搬入用にプラグドアを設置している。設備は給湯ユニットやシンク、アイスクリームストッカーを備える[1]

トイレはモ26200形が和式男性小便器ブース、モ26300形が洋式と男性小便器ブースの組合せとし、独立した洗面台をそれぞれ1台設置している。水栓は21000系と異なり、適温水の出る光電式自動水栓とした[1]。トイレの床材に天然石を使用する点は21000系と同じである。本系列のトイレはバリアフリー対応とはならず、一般的なタイプが採用されている[注釈 3][1]

モ26300形の吉野側デッキにはテレホンカード式の公衆電話を設置している[1]

リニューアル車[編集]

概要[編集]

南大阪・吉野線の看板車両である本系列も初期車の製造から21年が経過したことから、4億円をかけてリニューアルを実施し、2011年4月2日より営業運転が開始された[14]

リニューアルにおいては内装を22600系16600系で確立されたスタンダードを踏襲する傍らで、観光特急としての特色を前面に押し出し、随所に吉野らしさを表現した。外観も同様であるが、床下機器においては変更なしとされた[14]


  車体更新 転落防止幌設置工事出場
26101F(SL01)
2011年3月 車体更新時
26102F(SL02)
2011年9月[15] 車体更新時[15]

外観[編集]

車体塗色は白を基調とすることはリニューアル前と同様だが、車体裾部のグラデーションは吉野の桜をイメージしたピンク色に変更され[14]、前面は窓周り・前照灯周辺を黒く塗装したデザインとしたほか、スカートの形状も変更している。ロゴマークはリニューアル前の「SL」から、新たに制定した桜の花びらをイメージしたシンボルマークが貼り付けられている[14]

車内設備[編集]

客室[編集]

デラックスカー
デラックスカー
レギュラーカー
レギュラーカー

モ26200形(3号車)はデラックスカーに変更され、「MADE IN YOSHINO」をテーマとしてデザインされた。荷棚下部に吉野産ヒノキ、照明カバー内部に吉野産漉き和紙、仕切扉の合わせガラス内部に吉野産スギによる網代組みを使用している[14]。さらに床面全体にはブラウンを基調色とするストライプ入りの絨毯が敷かれている[14]

座席は独立性の高い1人掛け「ゆりかご型リクライニングシート」を採用し、通路を挟んで横1+2席配置としているが、シートピッチはレギュラーカーと同じ1,050mmである。そのほかの3両はレギュラーカーであり、木目調の壁紙・床材を採用し、座席もリニューアル前の花びらをイメージしたものを継承しつつ、16600系と同様の「ゆりかご型リクライニングシート」に交換した[14]。車内は全車禁煙としたため、モ26100形(4号車)の大阪阿部野橋側のデッキと客室間に喫煙室が設置された[14]

ACコンセントは、デラックスシートが1席ずつ肘掛に内蔵され、レギュラーシートは座席背面中央に1箇所設置した。

化粧室・デッキ[編集]

モ26100形(4号車)とモ26400形(1号車)は運転台後部にデッキが増設され、この部分にはフリーの展望スペースが設置された[14]。これに伴い、座席に座ったままの前面展望は不可能となった。

モ26300形(2号車)にはバリアフリー対応設備が集約され、客室の大阪阿部野橋側端部には車椅子対応座席を2席設置し、既存のトイレは車椅子対応の多機能トイレに改修されるとともに、大阪阿部野橋側の乗降扉はプラグドアに変更された[14]。そのほかの乗降扉は先頭車運転台後部の増設分も含めて折戸式である。また、すべてのドアにはドアチャイムが設置された。

3号車にあった車内販売準備室は、吉野特急においては車内販売が既に廃止されているため、自動販売機コーナーに改造された。

トイレはすべて洋式に統一され温水洗浄便座が設置されている[14]。汚物処理方式は真空式に改造されている。

運転席には22600系・16600系と同様のモニター装置が装備された。

26000系リニューアル車の編成表
項目\編成方向
← 大阪阿部野橋
吉野 →
号車 1(5) 2(6) 3(7) 4(8)
形式 モ26400形 (Mc) モ26300形 (M) モ26200形 (M) モ26100形 (Mc)
座席種別 レギュラー レギュラー デラックス レギュラー
搭載機器 SIV,CP,BT ◇,CON,◇ SIV,CP,BT ◇,CON,◇
定員 48 48+2(車椅子対応席) 42 40
車内設備 展望スペース 洗面室・トイレ
車椅子対応設備
洗面室・トイレ 喫煙室
展望スペース
  • 号車表示の( )は8両運転時の号車番号
  • 搭載機器欄のCONは制御装置、SIVは補助電源装置、CPは電動空気圧縮機、BTは蓄電池、◇はパンタグラフ搭載位置。
  • 編成定員は180名。

運用[編集]

1990年1月24日と25日未明に26101F(SL01編成)がメーカーから高安検車区に陸送され、25日付で竣功となった。2月9日に五位堂検修車庫から橿原神宮前に回送された。同月14日から南大阪線で試運転を開始し、営業運転日までに試乗会、見学会も併せて実施された[16]

1990年3月15日ダイヤ変更から1日4往復体制で運用を開始した。1編成のみの運用であったため、毎週木曜日は検査のため在来車が代走した[注釈 4]

1990年12月に26102F(SL02編成)が竣工し、同年12月31日の大阪阿部野橋14:40発吉野行き特急から運用を開始した。翌1991年3月19日ダイヤ変更までは4往復体制が維持されたが、毎週木曜日は26102Fが運用に入ったため毎日運転となった[17]。ダイヤ変更後は8往復の運用となったが、毎週水・木曜日は16000系・16010系・16400系(1996年より)で代走した。

平日朝の通勤時間帯には橿原神宮前 - 大阪阿部野橋間で2本を連結した8両編成として運行する列車も設定されている。26000系で運行する列車は基本的に決まっている。16000系など、他の車両とは併結できない。また、8両編成での運転時は近鉄で唯一編成間の通り抜けができない連結となる。

2010年10月に26101Fが車体更新のため運用を離脱し、2011年3月にリニューアル工事を終えて出場し、4月1日に事前応募制の乗車体験ツアーを実施した[18]。翌2日より営業運転を開始した[19]

従来から実施されていた平日朝の本系列同士の重連運用も再開されたが、更新前と更新後の新旧併結とされ、26101Fは吉野寄りに連結された[19]。それも5月中旬をもって終了し、26102Fも更新工事のため運用を離脱した[19]

南大阪線の建設の経緯のほか、沿線自体に古墳の多い地域を含み、特に吉野線内では山岳地帯も通過するためにカーブが多く、営業運転時の最高速度は大阪線よりやや遅い110km/hで、今川 - 河内天美間、二上山 - 磐城間および高田市 - 橿原神宮西口間の平野部で設定されている。

配置検車区[編集]

2017年4月1日現在、4両編成2本8両全車が古市検車区に配置されている[20]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 1967年に12000系がデビューして以来、近鉄特急車はリクライニングシートを採用してきた。しかし、16000系は1965年が製造初年で、この時点では回転クロスを採用する分には合理的理由があったにせよ、その後の増備車は12000系や12200系が製造された後でもなお回転クロスが採用された。それというのも、当初は回転クロスで製造された11400系が1969年に増備された際、ク11520形がリクライニングシートに改められたことで、この点で吉野特急は明らかに標準軌線の特急車とは意図的に差が付けられていた。さらに1981年、12410系とほぼ同時期に製造された16010系でも10100系から転用した中古の回転クロスシートを取り付けた。16010系はデッキも設置されなかった。よって26000系の出現は吉野特急にとって設備面の一大躍進であった。
  2. ^ 16000系は当時の南大阪線系統の車両限界の制限により車体幅2,740mmであったが、その後車両限界を標準軌線区と同一に拡大した結果、1986年に車体幅を2,800mmに拡大した6400系通勤車が運用を開始していた。
  3. ^ 26000系のデビュー前年、JR東日本の「スーパーひたち」用651系電車において車椅子対応トイレが新幹線以外では日本で初めて採用されたが、それが直ちに全国の車両に普及したわけではなかった。JR東海のキハ85系(1989年製)、京成AE100型(1990年製)、小田急20000形(1991年製)等、26000系とほぼ同時期に新造された特急電車は一様にバリアフリー対応ではない。
  4. ^ ただしダイヤ変更実施日の1990年3月15日は木曜日であったが26000系が運用され、大阪阿部野橋駅では発車式も実施された。

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v 『鉄道ファン』(第349号)1990年5月号、62 - 66頁
  2. ^ a b c d e 近畿日本鉄道編集『南大阪・吉野線特急 SUKURA LINER KINTETSU26000』(解説書)19頁
  3. ^ a b 藤井信夫 『車両発達史シリーズ2 近畿日本鉄道 特急車』144 - 146頁
  4. ^ 『信頼のネットワーク 楽しい仲間たち きんてつの電車』 近畿日本鉄道 13頁
  5. ^ 『鉄道ファン』(第473号)2000年9月号、55頁
  6. ^ a b c d 『鉄道ファン』(第352号)1990年8月号、68 - 73 頁
  7. ^ a b c d e f g h i j k l 三木理史「特急車両のあゆみ 補遺と21000系以後」『鉄道ピクトリアル』1992年12月臨時増刊号(第569号)、270 - 272頁
  8. ^ 『鉄道ジャーナル』(第283号)1990年5月号、22 - 27頁
  9. ^ 『鉄道ピクトリアル』(第527号)1990年5月号、59頁
  10. ^ 『鉄道ピクトリアル』(第527号)1990年5月号、40 - 41頁
  11. ^ 藤井信夫 『車両発達史シリーズ2 近畿日本鉄道 特急車』142 - 143頁
  12. ^ 16000系・16010系6000系通勤車と共通の6.13である。
  13. ^ 後述の通り、現在は運転台後方にデッキを増設したため客室内から直接前面眺望は望めない。なお、近鉄が保有する特急用車両ないし団体専用車両で運転台後方にデッキを持たないのは、「」と「しまかぜ」のみ。
  14. ^ a b c d e f g h i j k 奥山元紀「近鉄26000系リニューアル車」『鉄道ファン』2011年7月号(第603号)86 - 89頁
  15. ^ a b 鉄道ファン』2012年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2012 車両データバンク」
  16. ^ 『鉄道ピクトリアル』(第527号)1990年5月号、40 - 41頁
  17. ^ 『鉄道ファン』(第360号)1991年4月号、123頁
  18. ^ 『鉄道ダイヤ情報』(第326号)2011年6月号、72頁
  19. ^ a b c 『鉄道ダイヤ情報』(第326号)2011年6月号、64 - 65頁
  20. ^ 鉄道ファン』2017年8月号 交友社 「大手私鉄車両ファイル2017 車両配置表」

参考文献[編集]

書籍・パンフレット[編集]

  • 『南大阪・吉野線特急 SAKURA LINER KINTETSU26000』 近畿日本鉄道、1990年
  • 藤井信夫 『車両発達史シリーズ2 近畿日本鉄道 特急車』 関西鉄道研究会、1992年ISBN 4-906399-02-9
  • 近畿日本鉄道技術室車両部 『信頼のネットワーク 楽しい仲間たち きんてつの電車』 近畿日本鉄道、1993年

雑誌[編集]

  • 鉄道ピクトリアル
    • 三木理史「特急車両のあゆみ 補遺と21000系以後」、『鉄道ピクトリアル』第569号、電気車研究会、1992年12月、 270-272頁。
    • 高松由和「さくらライナーが走りだすまで~近鉄南大阪線の新車搬入風景」、『鉄道ピクトリアル』第527号、電気車研究会、1990年5月、 41頁。
  • 鉄道ファン
    • 今池芳章「アーバンライナーを超えるニューフェイス 近鉄さくらライナー登場」、『鉄道ファン』第349号、交友社、1990年5月、 62 - 66頁。
    • 今池芳章「近鉄26000系さくらライナー そのデザインプロセスを追って」、『鉄道ファン』第352号、交友社、1990年8月、 68 - 73頁。
    • 「大手私鉄車両配置表」、『鉄道ファン』第473号、交友社、2000年9月、 55頁。
    • 奥山元紀「近鉄26000系リニューアル車」、『鉄道ファン』第603号、交友社、2011年7月、 86 - 89頁。
  • 鉄道ジャーナル
    • 湖東幸弘「近畿日本鉄道「吉野特急」26000系 さくらライナー」、『鉄道ジャーナル』第283号、鉄道ジャーナル社、1990年5月、 22 - 27頁。
    • 三浦衛「花咲け!吉野特急さくらライナー」、『鉄道ジャーナル』第285号、鉄道ジャーナル社、1990年7月、 67 - 73頁。
  • 鉄道ダイヤ情報

関連項目[編集]

外部リンク[編集]