橿原神宮前駅

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橿原神宮前駅*
中央口
中央口
かしはらじんぐうまえ
- Kashiharajingu-mae -
所在地 奈良県橿原市久米町618
所属事業者 社章近畿日本鉄道(近鉄)
電報略号 カシ
駅構造 地上駅
ホーム 計4面8線
乗降人員
-統計年度-
18,862人/日
-2015年11月10日-
開業年月日 1923年大正12年)3月21日
乗入路線 3 路線
所属路線 F 南大阪線(橿原神宮西口方)**
F 吉野線(岡寺方)**
駅番号  F42 
キロ程 39.7km(大阪阿部野橋起点)
F27 橿原神宮西口 (1.2km)
(1.1km) 岡寺 F43
所属路線 B 橿原線
駅番号  B42 
キロ程 23.8km(大和西大寺起点)
B41 畝傍御陵前 (1.0km)
備考 ** 南大阪線と吉野線は直通運転実施
* 改称経歴
- 1939年1940年 久米寺駅→橿原神宮駅駅(橿原線が1939年、南大阪線・吉野線は1940年に改称)
- 1970年 橿原神宮駅駅→橿原神宮前駅
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橿原神宮前駅 駅舎
情報
用途 駅舎
設計者 村野藤吾建築事務所
施工 大林組
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橿原神宮前駅(かしはらじんぐうまええき)は、奈良県橿原市久米町にある、近畿日本鉄道(近鉄)の。駅長配置駅である。奈良県中南部、飛鳥地方における主要駅である。

中央口駅舎は初代新歌舞伎座の設計で有名な建築家・村野藤吾の設計。第1回近畿の駅百選選定駅。

乗り入れ路線[編集]

いずれも始終着駅であるが、運転系統上では事実上橿原線のみが始終着駅である。

歴史[編集]

現駅北西の橿原神宮の前に大阪電気軌道畝傍線(広軌、現在の橿原線)の(旧)橿原神宮前駅(終点)があった。1923年(大正12年)12月[1]、狭軌の吉野鉄道は吉野口から北進して(旧)橿原神宮前駅に乗り入れた。1924年(大正13年)[1]、吉野鉄道は省線畝傍駅までさらに北東進し、吉野口・畝傍の双駅で省線と連絡するようになった。

一方、久米寺(寺院)の前の大阪鉄道(現在の南大阪線)線上には橿原神宮駅があり、そこから南東進して、吉野鉄道久米寺駅に乗り入れていた(現4 - 7番のりば)。その後、大阪電気軌道が吉野鉄道を吸収し、(旧)橿原神宮前 - 久米寺間を広狭軌併用の三線軌条に改造して、久米寺駅に乗り入れるようになった。

1940年(昭和15年)の皇紀2600年祭を控え、橿原神宮周辺整備の都市計画事業により[1]、前年に畝傍線を移設して新たに駅(現在の駅本屋と1 - 3・8番のりば、なお、現台車振替作業所の位置にも狭軌用ホームがあった)を新設した上で久米寺駅から改称し、(旧)橿原神宮前駅、橿原神宮駅は廃止された。この際に、橿原神宮駅駅と改称し、駅名に「駅」が含まれる珍しいケースになった[2]。1970年(昭和45年)には(新)橿原神宮前駅に改称され、列車内・駅構内でも「橿原神宮前」と呼ぶようになった。いまでも奈良交通バスのバス停は「橿原神宮駅」を使用している。なおこれとは別に、駅名と同じの「橿原神宮前」バス停が存在するが、駅からは離れた場所にある。

  • 1923年大正12年)
    • 3月21日 - 大阪電気軌道畝傍線(現在の橿原線)平端 - 橿原神宮前間延伸時に(旧)橿原神宮前駅開業[3]。当時、八木駅(現在の八木西口駅)以南は現在と異なるルートであった。
    • 12月5日 - 吉野鉄道(現在の吉野線)の(旧)橿原神宮前 - 吉野口間が開業、大阪電気軌道の橿原神宮前駅に接続[4]
  • 1924年(大正13年)11月1日 - 吉野鉄道、省線桜井線畝傍駅への連絡線(のちの小房線。省線畝傍 - (旧)橿原神宮前間)を開業[4]
  • 1929年昭和4年)
    • 3月29日 - 大阪鉄道(現在の南大阪線)の古市 - 久米寺間が開業[4]。このとき大阪鉄道が橿原神宮駅を大和池尻(現在の橿原神宮西口)と久米寺の間に設置[4]。吉野鉄道が大阪鉄道との接続駅として現在の橿原神宮前駅の前身となる久米寺駅を設置。
    • 8月1日 - 吉野鉄道を大阪電気軌道が買収、同社の吉野線とする[4]
  • 1930年(昭和5年)7月10日 - 吉野線の(旧)橿原神宮前 - 久米寺間を三線軌条化し、大阪電気軌道畝傍線の電車が久米寺駅に乗り入れて吉野線に接続をはかるようになる[4]
  • 1939年(昭和14年)
    • 3月1日 - 吉野線の小房 - (旧)橿原神宮前間を、小房 - 久米寺の新線に切替。
    • 7月28日 - 畝傍線の八木西口 - (旧)橿原神宮前間及び吉野線の(旧)橿原神宮前 - 久米寺間を廃止し、八木西口 - 畝傍御陵前 - 久米寺の新線に切替((旧)橿原神宮前駅を廃止し、神武御陵前駅は畝傍御陵前駅に改称のうえ新線上に移転)[5]。同時に、大阪電気軌道の久米寺駅を橿原神宮駅駅に改称し、新線部分を含めた西大寺(現在の大和西大寺) - 八木西口 - 橿原神宮駅を橿原線とする。省線畝傍駅への連絡線は畝傍御陵前駅で分岐するようになる(畝傍御陵前 - 橿原神宮駅間は並走区間の扱い)。
    • 8月15日 - 大阪鉄道の橿原神宮駅を廃止[6][7]
  • 1940年(昭和15年)4月1日 - 大阪鉄道の久米寺駅を橿原神宮駅駅に改称。
  • 1941年(昭和16年)
    • 3月15日 - 大阪電気軌道が参宮急行電鉄と合併[4]。橿原線と吉野線は新発足した関西急行電鉄の路線となり、同社と大阪鉄道の駅となる。
    • 6月 - 吉野線の畝傍 - 橿原神宮駅間を小房線と改称。
  • 1943年(昭和18年)2月1日 - 関西急行鉄道が大阪鉄道を合併し、関急単独駅となる[4]。旧大阪鉄道線は天王寺線に改称。
  • 1944年(昭和19年)6月1日 - 戦時統合により関西急行鉄道が南海鉄道(現在の南海電気鉄道)と合併し近畿日本鉄道に改組[4]。天王寺線は南大阪線に改称。
  • 1945年(昭和20年)6月1日 - 小房線の旅客営業休止[6]
  • 1950年(昭和25年)7月1日 - 小房線休止(その後1952年(昭和27年)4月1日に正式廃止)[6]
  • 1970年(昭和45年)3月1日 - 橿原神宮駅駅が(新)橿原神宮前駅に改称[4]
  • 1995年平成7年)11月 - 西出口と中央出口の連絡地下通路の設置。
  • 1997年(平成9年)12月28日 - 南大阪線のホームを8両分に延伸した部分の供用開始[8]
  • 2001年(平成13年)2月1日 - SF(ストアードフェア)システムの導入および「スルッとKANSAI」対応カードの取り扱い開始に伴い、当駅における「途中下車指定駅」の制度が廃止される。
  • 2007年(平成19年)4月1日 - PiTaPa使用開始[9]
  • 2014年(平成26年)11月15日 - 天皇皇后の奈良訪問(全国豊かな海づくり大会臨席など)に伴うお召し列車が、京都駅から当駅間に運転される(片道のみ。11月17日には近鉄奈良駅から京都駅間にも運転)[10]
  • 2016年(平成28年)4月2・4日:天皇・皇后の奈良視察(神武天皇式年祭参拝など)に伴うお召し列車が、京都駅から当駅間に運転される(往路は2日、復路は4日)[11]

駅構造[編集]

地上駅で2面4線のホームが2つある。西側の4 - 7番のりばは狭軌の南大阪線・吉野線、東側の1 - 3番のりばは標準軌の橿原線である。1番のりばと同一ホームの向かい側にある8番のりばは狭軌となっており、天皇皇后皇太子の行幸啓や、団体輸送での乗換を便利にするために、南大阪線・吉野線の臨時列車や貸切列車が入線することがある[12]。8番のりばの東側の51番線にはトラバーサなどの設備庫があり、南大阪・吉野線の車両が検査のため五位堂検修車庫へ回送する際に狭軌と標準軌の台車履替を行っている。

改札口は3ヶ所で、橿原線ホーム東側に東改札(自動改札機4台)、橿原線ホームと南大阪・吉野線ホームの間に中央改札(自動改札機3台)、南大阪・吉野線ホーム西側地下に西改札(自動改札機4台)がある。橿原線ホームと東改札および中央改札は構内踏切、南大阪・吉野線ホームと中央改札および西改札は地下道で連絡している。橿原線のりばと南大阪線のりばとは中央通路(コンコース)で結ばれており、通路北側に中央改札が位置し、駅長室が隣接している。中央通路両側には、各種駅構内施設が入居している。中央通路西側(南大阪線線路手前)から地下通路への階段となり(エレベータあり)、南大阪線ホームへは、それぞれ階段とエレベータで結ばれている。地下通路の先に西改札が位置する。西改札が地下化される前は、中央通路から直接構内踏切で結ばれており、当時の改札には当駅唯一自動改札機が設置されていた。

東改札と橿原線ホーム、中央通路を結ぶ構内踏切は車止め側にあり、橿原線の普通や急行は到着後そのまま折り返し運転するため踏切を通過しない。また、他の一部の駅で見られるような、過走時の保安のためホーム入線時に、列車が通過しないにもかかわらず踏切が閉まるようなこともない。そのためにこの踏切はあまり頻繁に遮断機が降りるわけではないが、橿原線特急は到着後この踏切を越えて南側の車庫で座席転換作業などを行うため、特急到着時は電車の入出庫のタイミングで踏切が作動する。

なお、自動改札機はオムロン製が設置されている。赤い自動改札機(U-PG)は、出場時2枚一括処理、PiTaPaICOCAに対応する。

乗場[編集]

のりば 路線 行先
橿原線ホーム
8 (貸切列車などのみが使用し、通常は南大阪・吉野線系統の留置、および八木方面からの電車と吉野方面の臨時列車との乗換えホームとして機能)
1 - 3 B 橿原線 B 大和八木大和西大寺京都方面 H天理方面
A 奈良大阪上本町大阪難波尼崎神戸三宮方面 M伊勢志摩方面 E名古屋方面
南大阪線・吉野線ホーム
4・5 F 吉野線 F 飛鳥壺阪山下市口大和上市吉野方面
6・7 F 南大阪線 F 古市大阪阿部野橋方面 P 御所方面 O 河内長野方面

当駅乗降人員[編集]

近年における当駅の1日乗降人員の調査結果は以下の通り[13]

  • 2015年11月10日:18,862人
  • 2012年11月13日:18,551人
  • 2010年11月9日:19,960人
  • 2008年11月18日:20,615人
  • 2005年11月8日:21,780人

利用状況[編集]

  • 橿原神宮の参拝客の他は、主として通学・通勤用に利用される。
  • 橿原神宮前駅の利用状況の変遷は下表の通り。
    • 輸送実績(乗車人員)の単位は人であり、年度での総計値を示す[14]。年度間の比較に適したデータである。
    • 乗降人員調査結果は任意の1日における値(単位:人)である。調査日の天候・行事等の要因によって変動が大きいので年度間の比較には注意を要する。
    • 表中、最高値を赤色で、最高値を記録した年度以降の最低値を青色で、最高値を記録した年度以前の最低値を緑色で表記している。

特徴[編集]

  • 大和八木駅と共に橿原から大阪、京都方面へ向かう列車が出ている。橿原線の列車は全て始発列車で、大和西大寺駅行き普通(各駅停車。一部の普通は京都駅行き・新田辺駅行き)、京都駅行き急行(一部の急行は大和西大寺駅行き)、京都駅行き特急(深夜に大和西大寺駅行きが2本ある)が出ている。南大阪・吉野線は特急・急行が直通運転で普通と準急の大半は当駅が始発となっている。
  • 南大阪線で吉野方面からの列車はラッシュ時を中心に増解結作業を行う。またこの駅止まりの準急(または普通)が種別を替えて吉野線に直通する列車もある。(逆のケースもある)。
  • 吉野線を吉野方面から真っ直ぐ進むと、8番線ホームに達する。南大阪線の4 - 7番線は、左方向に分岐し、カーブを描く形状となっている。
  • 南大阪線系統狭軌車両の全般検査・重要部検査時に五位堂検修車庫を使用するので、この駅東側に台車振替場(標準軌狭軌台車取り替え施設)があり、その台車振替場の前後は4線区間になっている。この台車振替場では、車両をジャッキで支えて台車部分の床面を下降・移動させることで仮台車に載せ替え、前後を事業用車両で挟んで五位堂まで牽引する。この時、狭軌の台車は事業用車両(電動貨車)に積載して運ばれる。
  • 大阪輸送統括部が上本町営業局と天王寺営業局に分かれていた頃は、当駅が両局の境界駅となっており、駅構内は天王寺局側の管轄となっていた。その名残で、元々上本町局管轄であった橿原線のホームの自動放送も、南大阪線主要駅と同じ様式のものとなっている。
  • 駅名が長いため、電車の行き先表示では「橿原神宮前」と、「神宮前」を小さく表記する(特急形車両・シリーズ21は除く)。
  • 橿原神宮前駅長は、奈良南管区支配人も兼務している。その為、同駅には副駅長が配置されている。駅長としての管轄は、南大阪線・吉野線の坊城駅 - 葛駅間である[15]
  • 大阪難波駅経由の阪神電鉄線連絡乗車券が購入できる。

駅構内施設[編集]

駅周辺施設等[編集]

西口

中央口

東口

バス[編集]

のりばは西口、中央口、東口の3か所に分かれる。すべて奈良交通により運行されている。詳細は奈良交通葛城営業所などを参照。

(※2014年10月1日現在)

西口のりば

  • [26][28]:南妙法寺町経由 南白橿行
  • [28]:畝傍御陵前・医大病院前経由 八木駅
  • [53]:近鉄御所駅
  • [53]:医大病院玄関口経由 八木駅行

中央口のりば

  • [28]:畝傍御陵前・医大病院前経由 八木駅行
  • [28]:南妙法寺町経由 南白橿行

東口1番のりば

  • [8]:小房・医大病院前経由 八木駅行
  • [51][52][53]:小房・医大病院玄関口経由 八木駅行
  • [51]:大淀バスセンター
  • [53]:近鉄御所駅行

東口2番のりば

  • [2]:飛鳥大仏前経由 岡寺前
  • [5]:菖蒲町四丁目経由 岡寺前行
  • [7]:菖蒲町四丁目南行(18時以降運転)
  • [8][9]:菖蒲町四丁目行
  • [11]:岡寺駅・朱鳳台・菖蒲町四丁目経由 橿原神宮駅東口行(2010年9月1日新設)[17]
  • [12]:菖蒲町四丁目・朱鳳台・岡寺駅経由 橿原神宮駅東口行(2010年9月1日新設)[17]
  • [15] 明日香周遊バス(赤かめ):明日香小山・飛鳥資料館・万葉文化館・石舞台・岡橋本・高松塚・飛鳥駅経由 檜前行
  • [16] 明日香周遊バス(赤かめ):飛鳥資料館・万葉文化館・石舞台・岡橋本・高松塚経由 飛鳥駅
  • [17] 明日香周遊バス(赤かめ):飛鳥資料館・万葉文化館・石舞台経由 岡橋本行
  • [18]:菖蒲町四丁目・岡寺前・飛鳥大仏前経由 橿原神宮駅東口行
  • [19]:飛鳥大仏前・岡寺前・菖蒲町四丁目経由 橿原神宮駅東口行
  • [23] 明日香周遊バス(赤かめ):明日香小山・飛鳥資料館・万葉文化館・石舞台・岡橋本・高松塚経由 飛鳥駅行
  • [文]:健康福祉センター行(学校休校日運休)

南大阪・吉野線 乗車・降車専用ホーム[編集]

かつて南大阪・吉野線ホームは、乗車専用ホームと降車専用ホームに分かれていた時代があった。

当時は地下通路ではなく構内踏切で、多数の橿原神宮参拝旅客に備え構内踏切を挟んで阿部野橋方と吉野方それぞれにホームが設けられていた。吉野方面(現4・5番のりば)の場合、一度阿部野橋方ホームで停止し降車客を取り扱い、その後吉野方ホームへ移動し、そこで乗車客を取り扱っていた。阿部野橋方面(現6・7番のりば)の場合は逆に、吉野方が降車・阿部野橋方が乗車の取り扱いとなる。

その後、乗客増により列車編成増大が行われホーム別の乗降分離ができなくなり、上記のホーム別による乗降分離の取り扱いは廃止された。構内踏切吉野方に設けられていたホームのうち、吉野方面行ホームは取り壊されたが、阿部野橋方面行ホームはその後も長く残されていた。しかしながらホーム入り口に柵だけでなく特急券券売機が設置され、ホームの半分以上の面積に花壇が作られるなど旅客の利用が困難な状態であった。

橿原神宮前駅改良工事の際、その残っていた阿部野橋方面行旧降車ホームも取り壊された。

隣の駅[編集]

近畿日本鉄道
F 南大阪線・F 吉野線
急行(吉野線内は各駅に停車)
高田市駅 (F24)(南大阪線) - 橿原神宮前駅 (F42) - 岡寺駅 (F43)(吉野線)
区間急行
橿原神宮西口駅 (F27)(南大阪線) - 橿原神宮前駅 (F42)
準急・普通
橿原神宮西口駅 (F27)(南大阪線) - 橿原神宮前駅 (F42) - 岡寺駅 (F43)(吉野線)
B 橿原線
急行・普通
畝傍御陵前駅 (B41) - 橿原神宮前駅 (B42)

初代橿原神宮前駅[編集]

大阪電気軌道
畝傍線
神武御陵前駅 - 橿原神宮前駅(初代)
吉野線
小房駅 - 橿原神宮前駅(初代) - 久米寺駅(現・橿原神宮前駅)

画像ギャラリー[編集]

関連項目[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ a b c 徳永慶太郎 『近鉄線各駅停車(Ⅱ)京都・橿原線』、大阪市: 保育社〈カラーブックス〉、1984年11月5日ISBN 4-586-50659-8。659。 
  2. ^ 類似の例として京阪電気鉄道新京阪線(現阪急電鉄京都本線)の上牧桜井ノ駅駅(1934 - 1939年、現・上牧駅)、桜井ノ駅駅(1939 - 1948年、現・水無瀬駅)がある。こちらは古代の駅家制度の史跡である桜井駅跡に由来しており、意味合いは異なる。現存する例に一畑電車北松江線湖遊館新駅駅(1995年開業)。
  3. ^ 『歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』3号 11-13頁
  4. ^ a b c d e f g h i j 『歴史でめぐる鉄道全路線 大手私鉄』3号 26-27頁
  5. ^ 『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』 155-156頁
  6. ^ a b c 今尾恵介(監修) 『日本鉄道旅行地図帳』8 関西1、新潮社2008年、26-27頁。ISBN 978-4-10-790026-5
  7. ^ 『近畿日本鉄道 100年のあゆみ』 387頁では同年7月28日(新線切り替えと同日)。
  8. ^ 鉄道ピクトリアル』第48巻第4号、電気車研究会1998年4月、 87頁。
  9. ^ “平成19年4月1日から、近鉄主要路線でICカードの利用が可能になります” (pdf) (プレスリリース), 近畿日本鉄道, (2007年1月30日), http://www.kintetsu.jp/news/files/iccard20070130.pdf 2016年3月5日閲覧。 
  10. ^ 行幸啓について (PDF) - 奈良県ホームページ(2014年11月22日閲覧)。
  11. ^ 行幸啓について (PDF) - 奈良県ホームページ(2016年4月4日閲覧)
  12. ^ この8番のりばが狭軌でなかった頃は、南大阪線のホームから構内を徒歩で移動して乗り換えた。
  13. ^ 駅別乗降人員 奈良線 橿原線 天理線 - 近畿日本鉄道
  14. ^ 奈良県統計年鑑
  15. ^ 『HAND BOOK 2010』、近畿日本鉄道総合企画部編、2010年9月
  16. ^ 駅店舗等のご案内 - 近鉄電車ご利用案内 2011年10月30日閲覧
  17. ^ a b 朱鳳台地区への運行開始について - 奈良交通、2010年8月25日

参考文献[編集]

外部リンク[編集]