野良犬 (1949年の映画)
野良犬 | |
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監督 | 黒澤明 |
脚本 |
黒澤明 菊島隆三 |
製作 | 本木荘二郎 |
出演者 |
三船敏郎 志村喬 淡路恵子 木村功 |
音楽 | 早坂文雄 |
撮影 | 中井朝一 |
編集 | 後藤敏男 |
製作会社 |
新東宝 映画芸術協会 |
配給 | 東宝 |
公開 | 1949年10月17日 |
上映時間 | 122分 |
製作国 | 日本 |
言語 | 日本語 |
『野良犬』(のらいぬ)は、1949年(昭和24年)10月17日公開の日本映画である。新東宝・映画芸術協会製作、東宝配給。監督は黒澤明、主演は三船敏郎。モノクロ、スタンダード、122分。
終戦直後の東京を舞台に、拳銃を盗まれた若い刑事がベテラン刑事と共に犯人を追い求める姿を描いた、黒澤監督初の犯罪サスペンス映画である。東宝争議の影響で東宝を離れていた黒澤が他社で撮った作品の1本である。第23回キネマ旬報ベスト・テン第3位。昭和24年度芸術祭賞。
あらすじ
ある猛暑の日、村上刑事は射撃訓練からの帰途のバス中でコルト式拳銃を掏られ、犯人を追うも見失ってしまう。拳銃の中には7発の銃弾が入っていたため、事件が起きるのではないかと彼は焦り戸惑う。村上は上司の中島警部の進言で、スリ係の市川刑事に相談し、鑑識手口カードを調べるうちに女スリのお銀に目星を付ける。村上はお銀のもとを訪ねるも、彼女はシラを切るばかり。そこで村上は彼女を執拗に追い回し、とうとう観念したお銀は、場末の盛り場で食い詰めた風体でうろついてるとピストル屋が袖を引くというヒントを与える。
ピストルを探すため復員兵姿で闇市を歩く村上は、ピストルの闇取引の現場を突き止め、ピストル屋のヒモの女を確保するが、先に女を捕まえたためピストルを渡しに来た男に逃げられてしまう。そこへ淀橋で強盗傷害事件が発生し、その銃弾を調べると村上のコルトが使われたと分かった。責任を感じた村上は辞表を提出するが、中島警部はそれを引き裂き「君の不運は君のチャンスだ」と叱咤激励する。村上は淀橋署のベテラン刑事佐藤と組み捜査を行うことになった。
村上と佐藤はピストル屋のヒモの女を聴取して、拳銃の闇ブローカー・本多の存在を突き止める。本多が野球好きだと知り、捜査陣は巨人対南海戦が行われる後楽園球場に向かう。アイスキャンディー売りの男が本多を発見し、二人は場内放送で本多を正面玄関に呼び出して逮捕する。本多の口からピストルは遊佐という男の元にあることが判明。二人は早速遊佐の実家の桶屋へ向かって彼の姉に会い、遊佐が復員のときに帰りの汽車で全財産のリュックを盗まれて、それが原因で道を踏み外したことを知る。また、実家の部屋から発見した便箋より、恋人のハルミの存在をつかむ。二人はダンスホールを訪ね、そこで踊子をしているハルミを訪ねるが、多感な年頃の彼女は遊佐との関係には口を割らなかった。しかし村上はハルミに、自分も遊佐と同じく復員の際にリュックを盗まれた体験があると告げる、
ついに村上のコルトで殺人事件が発生、まだピストルには弾が5発残っている。二人はハルミのアパートへ向かい、村上はハルミが遊佐について白状するのを待つ。佐藤は部屋にあった「あづまホテル」のマッチを手掛かりに遊佐の姿を追い、彼が宿泊する弥生ホテルに辿り着く。佐藤はホテルからハルミ宅にいる村上に電話をかけようとするが、捜査の手が伸びてきたことに気付いた遊佐の凶弾に倒れてしまう。ハルミと村上は受話器越しに2発の銃声を聞き、村上は絶叫する。遊佐はそのまま雨が降る中を逃走した。
翌朝、警察病院で佐藤の回復を待つ村上の元にハルミがやって来て、遊佐が午前6時に大原駅(架空の駅)[注釈 1]で待っていることを告げる。村上は駅へ駆け出し、待合室の人々の中から泥だらけの靴を履いた男、すなわち遊佐を探し出す。村上と目が合った遊佐は逃亡、それを追いかけ、雑木林の中で格闘を繰り広げる。1発の銃弾が村上の左腕を射抜き、残りの2発は外れ、弾丸はなくなった。力尽きた遊佐に村上は手錠をかける。その側を登校する子供たちが「蝶々」を歌いながら通っていくのだった。
数日後、病室の佐藤を訪れた村上は、遊佐の行状を他人事とは思えないと述懐する。それに対して佐藤は、この町では犯罪は毎日のように起きており、遊佐のことなどいずれ忘れるだろうと諭すのだった。
スタッフ
- 監督:黒澤明
- 製作:本木荘二郎
- 脚本:黒澤明、菊島隆三
- 撮影:中井朝一
- 照明:石井長四郎
- 録音:矢野口文雄
- 美術:松山崇
- 振付:縣洋二(S.K.D)
- 音楽:早坂文雄
- 助監督:本多猪四郎
- 編集:後藤敏男
- 製作主任:平木政之助
- 監督助手:今泉善珠[2]
- B班撮影:山田一夫[2]
- 美術助手:村木与四郎[2]
- 音響効果:三縄一郎[2]
- 現像:新東宝現像所[2]
キャスト
- 村上刑事:三船敏郎
- 佐藤刑事:志村喬
- 並木ハルミ:淡路惠子(S.K.D)
- ハルミの母:三好榮子
- ピストル屋のヒモ:千石規子
- 桶屋の女房(遊佐の姉):本間文子
- スリ係市川刑事:河村黎吉(松竹)
- 光月の女将:飯田蝶子(松竹)
- 桶屋のおやぢ:東野英治郎(俳優座)
- 阿部捜査主任:永田靖(俳優座)
- 呑屋のおやぢ:松本克平(俳優座)
- 遊佐:木村功(俳優座)
- スリのお銀:岸輝子(俳優座)
- レビュウ劇場の演出家:千秋實(バラ座)
- ホテル彌生の支配人:菅井一郎(第一協團)
- 係長中島警部(村上の上司):清水元(第一協團)
- 水撒きの巡査:柳谷寛(第一協團)
- 本多(拳銃の闇ブローカー):山本礼三郎(第一協團)
- 鑑識課員:伊豆肇(第一協團)
- 被害者中村の夫:清水将夫(第一協團)
- アパートの管理人:高堂國典
- レビュウ劇場の支配人:伊藤雄之助
- 若い警察医:生方明
- さくらホテルの支配人:長濱藤夫
- リーゼントスタイルのボーイ:生方功
- チンピラ:水谷史郎
- 老人の町医者:田中榮三
- 佐藤の妻:本橋和子
- あづまホテルのマダム:戸田春子
- 藝者金太郎:登山晴子
- パチンコ屋の女:安雙三枝
- 支配人の妻:三條利喜江
- 梅毒患者:植村謙二郎
以下はノンクレジット
作品解説
日本映画において、ドキュメンタリータッチで描く刑事ものという新しいジャンルを開拓し、画期的な作品として、その後の同系作品に影響を与えた[5][6]。また『醉いどれ天使』同様、戦後の街並みや風俗とその中で生きている諸々の登場人物が生き生きと描写されている。当時、黒澤は東宝争議の余波で東宝での映画製作を断念し、師の山本嘉次郎や本木荘二郎らと映画芸術協会に参加して他社で映画を撮っていた。本作は大映で撮った『静かなる決闘』に続いて他社で撮った2本目の作品で、映画芸術協会と新東宝の提携により製作した。
探偵小説の愛読者でもあった黒澤は、ジョルジュ・シムノンを意識したサスペンス映画を作ろうと企画し、新人の脚本家菊島隆三を共作に抜擢し、彼を警視庁に通わせて題材を集めさせた。そこで捜査一課の係長から、警官が拳銃を紛失することがあるというエピソードを入手、それを採用して熱海で脚本を作り上げた[7][8]。
撮影のほとんどは貸しスタジオの太泉スタジオで行われた[9]。予算が少ない中、警察の鑑識課からどじょう屋、ホテルやヒロインのアパートまで、オープンセットを含めて実に30数杯のセットが造られた[9][10]。警察の鑑識課のセットは実際に警察署を見学し、引き出しのネームプレート一つに至るまで忠実に再現された[10]。美術助手を務めた村木与四郎によると、どじょう屋のシーンでは生簀に本物のどじょうを入れたが、画面には全く映らなかったと、語っている[11]。
本作は淡路恵子の映画デビュー作である。淡路は当時松竹歌劇団の研究生であり、本作に出演した時はまだ16歳だった。並木役の最終候補では淡路ともう一人が残ったが、黒澤が「淡路君の方が意地っ張りで面白そうだ」と決めたという[12]。また、後の黒澤映画の常連俳優である千秋実の黒澤作品初出演作でもある。当初の配役では、並木ハルミ役に桂木洋子、中島警部役に小沢栄(当時の芸名、後の小沢栄太郎)、スリのお銀役に沢村貞子、桶屋の女房役に赤木蘭子だった[13]。
復員服姿の村上刑事が闇市を歩く場面では、助監督の本多猪四郎と撮影助手の山田一夫の2人が上野の本物の闇市で隠し撮りを敢行し、本多は三船敏郎のスタンドインを務め、山田がアイモを箱の包に入れて撮影した[14]。黒澤は後に「この作品で戦後風俗がよく描けていると言われるが、それは本多に負うところが大きい」と語り、本多を称賛している[15]。
後楽園球場で刑事2人が拳銃の闇ブローカーを捕まえるシーンでは、実際の巨人対南海の試合映像が使われており、川上哲治・青田昇・千葉茂・武末悉昌ら当時の選手の姿も見られる。『全集 黒澤明』(岩波書店)の第2巻に収録されたシナリオでは、この試合は巨人対阪神戦となっており、別当の名前が見られる。また、「ラッキーセブンでございます」の場内放送に合わせて観客が一斉に立ち上がり、セブンス・イニング・ストレッチをする様子も見られる[16]。
緊迫したシーンにあえて穏やかで明るい曲を流し、わざと音と映像を調和させない〈音と画の対位法〉[17]という手法が本作でも用いられている。劇中の使用例をみると、佐藤刑事がホテルで撃たれるシーンでは、ホテルのラジオから「ラ・パロマ[注釈 2]」が流れ、ラストの村上と遊佐が対決する緊迫感あるシーンでは、主婦が弾く穏やかなピアノのメロディと、最後に子供達が歌う「蝶々」が流れる。
評価
受賞
- 第23回キネマ旬報ベスト・テン 第3位
- 第4回毎日映画コンクール 撮影賞、音楽賞、美術賞、男優演技賞(志村喬)
- 第4回芸術祭賞
- 都民映画コンクール 銀賞[2]
- シナリオ作家協会 シナリオ賞[2]
ランキング
- 1989年:「大アンケートによる日本映画ベスト150」(文藝春秋発表)第62位
- 1995年:「日本映画 オールタイム・ベストテン」(キネマ旬報発表)第52位
- 1999年:「オールタイム・ベスト100・日本映画編」(キネマ旬報発表)第38位[18]
- 2009年:「オールタイム・ベスト映画遺産200 日本映画篇」(キネマ旬報発表)第10位[19]
ギャラリー
その他
- タイトルバックの野良犬が喘ぐシーンは、野犬狩りで捕まえた犬を貰い受け、撮影所の周りを走らせた後で撮影したものである。しかし、アメリカの動物愛護協会の婦人から「正常な犬に狂犬病の注射をした」と告発された。供述書を出してこの出来事は幕となったが、黒澤は「戦争に負けた悲哀を感じた」と語っている[20]。
- 黒澤は、本作を撮り終えた時、俳優やスタッフと別れるのがつらかったと、自伝『蝦蟇の油』に記している[21]。
- 村上刑事が銃弾の線条痕を照合するため鑑識を訪れる場面では、鑑識の担当者が別の拳銃を砂箱の中に撃ち込んでいるが、ここでは本物の九四式拳銃が使われた。
- 2010年(平成22年)に公開された『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』では、本作のオマージュが随所に捧げられており、バスの乗客に本作の志村喬と三船敏郎と同じ格好をした者がいる。
リメイク版
1973年(昭和48年)9月29日公開。松竹製作・配給。監督は森崎東、主演は渡哲也。カラー、ワイド、104分。主役の刑事が拳銃を盗まれる冒頭シーンはほぼ同じであるが、ストーリーが進むにつれてオリジナルとは大きく異なった展開を見せ、クライマックスは在日米軍などで揺れる沖縄問題がテーマとなる。
- スタッフ
- キャスト
テレビドラマ
ドラマ |
2013年(平成25年)1月19日[注釈 3]に、テレビ朝日系にてテレビドラマ化され、「テレビ朝日開局55周年記念 黒澤明ドラマスペシャル 野良犬」として放送された。主なキャストとして江口洋介、広末涼子、中村獅童、柄本佑らを起用。また、映画を主な活躍の場としている永瀬正敏の久々のテレビドラマ出演作である[22]。このテレビドラマは黒澤の『野良犬』を原作としているものの、主人公がバスの中で拳銃を盗まれる場面から盗まれた拳銃の行方を追うという筋回しが共通している以外は、物語、登場人物の設定など大きく変更されており、ほぼオリジナルストーリーとなっている。
キャスト
〈 〉内は設定年齢。
- 村上翔一〈39〉:江口洋介
- 遊佐英〈39〉:永瀬正敏
- 遊佐アキ〈35〉:広末涼子
- 重山浩介〈40〉:中村獅童
- 村上美佐〈33〉:ミムラ
- 柳下銀次〈38〉:柄本佑
- 佐藤正賢〈50〉:大杉漣
- 羽田礼文〈49〉:嶋田久作
- 福本隣太郎〈45〉:でんでん
- 野田強:本田博太郎
- 川畑正一:千葉哲也
- 城北署長:阿藤快
- 警備員:山中聡
- 澄田ミドリ:筒井真理子
- 辻浩市:大西武志
- 貴山侑哉、潟山セイキ、森下能幸、六車勇登、富永凌平、松田佳祐、西本銀次郎、斉藤春貴、篠川桃音、谷口誠、本庄義弥、古川真司、東加奈子、安福毅、酒井善史、足立智充、坂本三成、淵上泰史、西田清史、有山尚宏、廣瀬善樹、木村智早、青木都、萩野梨奈、永井努、柳川公輔、岩瀬和樹、松田篤史、奥山ばらば、小田直哉
- 中野勇介(トランペット)、ハタヤテツヤ(ピアノ)、安達貴史(ベース)、能村亮平(ドラム)
スタッフ
- 原作:黒澤明監督作品 映画『野良犬』
- 監督:鶴橋康夫
- 脚本:黒澤明、菊島隆三
- 脚色:池端俊策
- 音楽:仲西匡
- 特殊メイク:松井祐一
- 技斗:二家本辰巳
- ガンエフェクト:納富貴久男
- 技術協力:バスク、ビデオスタッフ、ジースタッフ
- 美術協力:テレビ朝日クリエイト
- 照明協力:嵯峨映画
- 音響効果:スポット
- VFX:IMAGICA
- 編集・MA:ザ・チューブ
- チーフプロデューサー:五十嵐文郎(テレビ朝日)
- プロデューサー:黒田徹也(テレビ朝日)、飯田爽(テレビ朝日)、秦祐子(ROBOT)
- 制作協力:ROBOT
- 制作著作:テレビ朝日
脚注
- 注釈
- 出典
- ^ 小学館2011、p.14
- ^ a b c d e f g 小学館2011、p.16
- ^ 西村雄一郎『黑澤明 音と映像』、立風書房、1990年、p.82
- ^ 藤川黎一『黒澤明vs.本木荘二郎 それは春の日の花と輝く』、論創社、2012年、p.240
- ^ 小学館2011、p.4
- ^ 野良犬、キネマ写真館、2015年5月16日閲覧
- ^ 都築2010、p.157
- ^ 小学館2011、p.12
- ^ a b 丹野1998、p.28
- ^ a b 黒澤明 人生を映画に捧げた男・第三部、キネマ写真館、2015年5月16日閲覧
- ^ 丹野1998、p.29
- ^ 小学館2011、p.15
- ^ 黒澤明デジタルアーカイブ、2015年5月17日閲覧
- ^ 岩本憲児『黒澤明をめぐる12人の狂詩曲』、早稲田大学出版部、2004年、p.25
- ^ 小学館2011、p.5
- ^ 伊東2002、p.173
- ^ 岩宮眞一郎『図解入門 最新音楽の科学がよくわかる本-音楽と人とのかかわりを科学的に考察する-』、秀和システム、2012年、p.154
- ^ 『キネマ旬報ベスト・テン85回全史 1924-2011』、キネマ旬報社、2012年5月23日、p.588
- ^ 「オールタイム・ベスト 映画遺産200」全ランキング公開、キネマ旬報映画データベース、2015年5月15日閲覧
- ^ 小学館2011、p.12
- ^ 都築2010、p.161
- ^ イントロダクション|野良犬、テレビ朝日開局55周年記念 黒澤明ドラマスペシャル 野良犬 公式サイト、2013年1月11日参照
参考文献
- 、丹野達弥(編) 編『村木与四郎の映画美術「聞き書き」黒沢映画のデザイン』フィルムアート社、1998年。ISBN 4845998858。
- 都築政昭『黒澤明 全作品と全生涯』、東京書籍、2010年。ISBN 9784487804344。
- 『黒澤明MEMORIAL 10 別巻+1「野良犬」』、小学館、2011年。ISBN 9784094804515。
- 伊東一雄,馬立勝『野球は言葉のスポーツ』中央公論新社、2002年。ISBN 978-4122040984。