プロダクション人力舎

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株式会社プロダクション人力舎
種類 株式会社
略称 人力舎
本社所在地 日本の旗 日本
166-0003
東京都新宿区西新宿6−20−7
コンシェリア西新宿ウエストタワー2階
設立 1977年昭和52年)
業種 サービス業
法人番号 6011301018311 ウィキデータを編集
事業内容 芸能事務所
代表者 玉川大代表取締役社長
資本金 1000万円[1]
従業員数 15人[1]
外部リンク http://www.p-jinriki.com/
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プロダクション人力舎(プロダクションじんりきしゃ)は、お笑い芸人専門の芸能事務所

沿革

1977年昭和52年)、19歳からお笑いタレントのマネージャー一筋だった玉川善治が設立。社名は「人の力の在り処」というヒューマンな意味と駄洒落を込めている[2]。設立当初は、劇団東京乾電池が所属、その後もシティボーイズマギー司郎竹中直人中村ゆうじB21スペシャルなどを世に送り出した。またどこの事務所にも所属していなかったとんねるずもデビュー前に誘われたことがあった。設立当初はキャバレーの仕事が多く、お笑いが徐々にテレビ番組へと移行していく端境期だった。玉川は45歳になるまで、所属タレント全員のマネージャーとしてスケジュール管理などを行っていた[3]

1992年平成4年)、シティボーイズやB21スペシャルが独立させた際に戻ってきた資金で[3]、若手芸人育成を目的として東京初のお笑い専門学校「スクールJCA」を設立した。現在、テレビ番組を中心に活動している所属タレントのほとんどが同校出身者である[3]

2010年平成22年)6月に玉川善治が死去し、長男で当時副社長だった玉川大が代表取締役に就任。

社風

プロダクション人力舎があるIKビル

「お昼過ぎにお腹がすいたら出社、六時には退社、土日祝日はきっちり休み」という噂が流れたほど、社風は大らかで緩い。そのためか、所属人数は他事務所に比べて圧倒的に少ないものの、各芸人の自主性・個性が育っており、結果として異彩を放つ芸人を多く抱えている。

この事務所には芸人を売れるように育てようという意識がなく、スクールJCAを出たとしても[4]、更に自力でプロモートをかけなくてはならない。自主性は社員にも求められ、タレントの仕事内容はもとより、単独ライブ等のイベント・企画に関してもタレントと相談して決めていく。 「独立してこそ一人前」という説があるが[2]光浦靖子オアシズ)によれば、「タレントが月1000万円以上稼ぐようになると売り方が分からなくなると社長(玉川)がいう」といい、虻川美穂子北陽)が「大物、稼ぎ頭になったタレントを置く気が無く、大竹まことさんやB21スペシャルも追い出されるように独立させられた」と証言したり、矢作も人志松本のすべらない話で同様の内容を披露したように、売れたタレントには積極的に独立や移籍を奨めていたという。実際、シティボーイズ、B21スペシャルらは独立したが、1990年代以降は売れて移籍した芸人はほとんどいない。ただ、簡単に独立できるわけではなく12ヶ月連続で月収1000万円以上が続く事が絶対条件である。また、マネージャーと共に独立した場合はそのマネージャーの最初の給料は玉川が決めていたという。マネージャーがそのタレントとの独立を望まない場合は人力舎に残ることも可能である[5]

上下関係は先輩に対して「さん」付けしなければいけない程度で厳しくなく、先輩のアンジャッシュアンタッチャブルおぎやはぎはタメ口で話すなど、芸人の間でも先輩後輩としての区切りを意識していない(TV出演時は別だが、先輩が後輩を厳しく注意することはない)。一時、入ったばかりの新人が先輩芸人に必要以上に挨拶をしていたらしいが、おぎやはぎ矢作が「それ(挨拶)をやめさせろ」という発言をしたらしく、最近は以前以上に上下関係がなくなったとの情報もある。これは「必要以上に先輩というだけで気を使わせないため」「恐怖政治のような上下関係は笑いにおける妨げになる」という矢作なりの考えがあってのこと[6]。また、ライブの関係者席に知らずに芸人が座って叱られたり、など、しきたりやマナーについても指導される事があまりなく無頓着である[7]。ただし、他の事務所の芸能人と共演する際は先輩への挨拶・敬語等が不可欠なため、東京03が『オールスター感謝祭』に出演した際、司会の島田紳助から事前に挨拶がなかった事で生放送中に恫喝され、その一件がスポーツ新聞の一面に報じられた事がある[8]。この件に関しては、島田紳助に挨拶に行ける時間がなかったほどの長蛇の列ができていたのが大きな原因であり、結果として、報じられたのも事実である。紳助の同期である明石家さんまは、東京03の気遣いを紳助が誤解したもので「互いに誤解して起きたことだから、仕方ない」とフォローしたほか、ビートたけしは先輩芸人に対する過度な礼儀の強制を、「出番前にタレントがいちいちオレんとこにあいさつに来て、うるさくってしょうがない。」と苦言を呈している。

おぎやはぎ所属以前の人力舎は、今のアットホームな雰囲気はなく、芸人同士の会話も皆無であり険悪で荒んでいたと言われていた。彼等が入ってきてから、おぎやはぎ(特に矢作兼)が芸人間を取り持って和やかな雰囲気を保ち、一つに纏め上げた。東京03はそれを「人力舎の三大革命」の一つとして語っている。

所属芸人は、コント専門としているコンビ・グループが多い。そのことから「コントの人力舎」と称される事がある[9]。代表例として、東京03とキングオブコメディがキングオブコントを制覇するなど、実力は高い。その影響か「バカ爆走!」を始め事務所のライブでは普通のライブとは異なり、芸人が登場する際に拍手をしないのが定着している[10]。1990年代はコント番組が人気であったため、1990年代後半以降に多くの芸人が事務所に入っている。また、おぎやはぎがM-1グランプリの決勝に進出してからは、漫才でも活躍する芸人も増えており、アンタッチャブルがM-1グランプリを制覇するなどしている。その後も、はコント中心でありながら、漫才も行う芸人が増加傾向にある。

給料に関してはアンタッチャブルが「笑っていいとも!」(フジテレビ系列)出演時に「事務所がもっていく分は4割ほど」と発言している。他のお笑い専門の芸能事務所と比べると芸人がもらえるギャラの比率が高いようで、松本人志高須光聖によるラジオ番組放送室」2006年10月7日放送分で松本が「吉本ホリプロは低いが、人力舎(のギャラ)はやっぱ凄いらしいで」と発言している。ワイドナショーにて東野が「もともと人力舎も吉本と同じ分配だったのを矢作くんが相当頑張って交渉して5:5にした(人力三大革命の一つ)」と語っている。松本と食事を共にした人力舎所属のある若手芸人は「もうお金はいらない」と豪語していたと語り、松本曰く「吉本であそこまで稼ぐのは相当大変」と事務所間のギャラの配給制度の差に感心していた。ただしコンテストなどの賞金も4割持っていくらしく(他事務所では賞金は全額タレントの取り分という場合が多い)、M-1グランプリで優勝したアンタッチャブルは賞金から約400万円持っていかれ、事務所のリフォーム費用として使用されたと語っている。東京03とキングオブコメディもキングオブコントの賞金を同様に4割引かれた。 また、おぎやはぎ所属前の人力舎は、テレビに出ている芸人が一人もおらず、潰れかけていた。矢作兼はそれを持ち前の営業センスで他事務所と交流を取り(バナナマンなど)合同ライブを行う事でテレビ関係者の目に留まる状況を作り上げた(人力三大革命の一つ)。このように矢作兼が人力舎を立て直したと言っても過言ではないほどの変革を行い、潰れかけていた人力舎は立ち直る事ができたと人力舎の芸人は語る。おぎやはぎもM-1グランプリで決勝に進出し、人気が出るようになった。

年に一度のペースで刑務所慰問も行っている。

不祥事

2010年平成22年)に東京国税局から前年9月までの4年間で約2億4千万円の所得隠しを指摘され、重加算税を含めた追徴税額、約1億円を修正申告した。[11]

主な所属タレント

主なJCAプロモーションタレント

かつて所属していたタレント

他、多数。

関連項目

脚注

  1. ^ a b エン・ジャパン. “プロダクション人力舎”. 2016年2月29日閲覧。
  2. ^ a b 「芸能界を制するのは誰だ?芸能プロ最新勢力図」『日経エンタテインメント!』第11巻第8号、日経BP社、2007年5月、pp.41。 
  3. ^ a b c 第36回杉並人 プロダクション人力舍 社長 玉川善治さん”. リボン館通信「杉並人」. リボン館. 2010年11月23日閲覧。[リンク切れ]
  4. ^ スクールJCAから芸人になれるのは数組程度であるため、JCAの場合はデビューまでが厳しいといえる。JCA卒業後にデビュー機会を求めて他の事務所に移籍する芸人もいる。
  5. ^ 田畑耕一、高橋現 (2004年11月21日). “プロダクション人力舎社長 玉川善治インタビュー”. InnovativeOne. 日本LCA. 2007年5月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年7月3日閲覧。
  6. ^ 柴田英嗣アンタッチャブル)の『JUNK』での発言より
  7. ^ お笑いタイフーン! vol.14より
  8. ^ “「東京03」が初めて語る 紳助激怒騒動の真相”. J-CASTニュース (ジェイ・キャスト). (2009年11月18日). http://www.j-cast.com/2009/11/18054161.html 
  9. ^ 2006年12月号「日経エンタテインメント!」(日経BP社)
    「番組研究 「エンタの神様」人気芸人のつくり方と今後への不安」『日経エンタテインメント!』第10巻第18号、日経BP社、2006年12月、pp.103。 
  10. ^ キングオブコメディ 今すべての『誤解』を解く!?(前編)”. 日刊サイゾー. サイゾー (2009年2月2日). 2009年3月19日閲覧。
  11. ^ “「人力舎」が2億円所得隠し 人件費水増し”. SANSPO.COM (産経デジタル). (2010年11月22日). http://www.sanspo.com/shakai/news/101122/sha1011221351017-n1.htm 2010年11月23日閲覧。 [リンク切れ]

外部リンク