都営バス練馬支所

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都営バス北自動車営業所 練馬支所
Tokyo Metropolitan bus Kita bus office Nerima branch
Tobus-nerima-dept.jpg
練馬支所
所在地 東京都練馬区豊玉上2-7-1
所管系統数 3系統(深夜バス等特殊系統除く)
主な運行担当区域 車庫を起点に豊島区・新宿区方面が主
備考 他社の練馬車庫との区別のため、行先表示は「練馬車庫(桜台)」。

都営バス練馬支所(とえいバスねりまししょ)は、東京都練馬区豊玉上千川通り沿いにある、都営バスの営業所である。池袋駅新宿駅周辺にかけての地域を担当している。営業所記号はF

練馬車庫を発着する系統については、行先を判別し易くするためと、国際興業バス練馬北町車庫)、西武バス南田中車庫)の混同を防ぐために「練馬車庫(桜台)」の行先表示で運行される。

目次

沿革[編集]

現行路線[編集]

白61系統[編集]

  • 白61:練馬駅 - 練馬車庫前 - 江古田二又 -(←新江古田駅前 / 東長崎駅通り→)- 目白五丁目 - 目白駅前 - 日本女子大前 - ホテル椿山荘東京前 - 江戸川橋 - 牛込柳町駅 - 曙橋 - 新宿駅西口
  • 白61:練馬車庫前 - 江古田二又 -(←新江古田駅前 / 東長崎駅通り→)- 目白五丁目 - 目白駅前 - 日本女子大前 - ホテル椿山荘東京前 - 江戸川橋 - 牛込柳町駅 - 曙橋 - 新宿駅西口
  • 白61:練馬車庫前 - 江古田二又 -(←新江古田駅前 / 東長崎駅通り→)- 目白五丁目 - 目白駅前 - 日本女子大前 - ホテル椿山荘東京前 - 江戸川橋 → 山吹町
  • 白61:練馬車庫前 - 江古田二又 -(←新江古田駅前 / 東長崎駅通り→)- 目白五丁目 - 目白駅前
  • 白61:練馬車庫前 - 江古田二又 -(←新江古田駅前 / 東長崎駅通り→)- 目白五丁目 - 目白駅前 - 日本女子大前 - ホテル椿山荘東京前 - ホテル椿山荘東京(構内)(土曜・休日のみ)
  • 白61:目白駅前 - 日本女子大 - ホテル椿山荘東京前 - ホテル椿山荘東京(構内) 

新宿駅西口から山手線内の牛込関口目白台地区へ向かい、目白駅前で山手線の外に出て練馬方面を目指す路線である。21系統として設定され、豊島園までの運転であった。72年に白61系統となった。乗客は目白駅前を境に入れ替わる傾向にある。新宿駅西口 - 目白駅前間は南北方向の交通が希薄な牛込地区、坂道の多い目白台地区などから両駅への貴重な交通手段であり、また目白駅前から下落合中落合地区にかけても利用者が多いようである。また、1977年12月15日に橋68系統を短縮した白61乙系統が営業中は、白61甲系統として営業されており、方向幕にもはっきりと「甲」と表示が有り、区間便の練馬車庫前~江戸川橋便も多く運転されていたが、こちらも運転区間こそ乙系統と同じであるが、こちらの方向幕もはっきりと甲の文字が表示されており当時は甲乙両系統共練馬車庫前行(1977年12月15日をもって豊島園行きは廃止となった)となるので、[白61甲江古田二又経由練馬車庫]と表示されていた。※白61乙系統の方向幕には、[白61乙練馬区役所前経由練馬車庫]と表示されていた。まだ、この頃の表記は「池65系統」のみ、池袋駅東口から出発する国際興業バス練93系統練馬車庫行き(※現在は、全て光02系統の光が丘駅行きとなり、途中の練馬北町車庫行きは運転されていない。)表示は[練93練馬北町車庫]との混同を避けるために、[池65哲学堂前経由練馬車庫(桜台)]の表記になっており、白61系統など当時練馬自動車営業所所属の日産ディーゼル製のバスは富士重工業のR12、R13や13E(初期車まで)のボディーを架装しており、(他社製も含め)方向幕はまだ小型の物であったので、(桜台)の表記は表示されていなかった。 ※1977年12月15日までは、新宿駅西口から新宿5丁目(当時の停留所名は三光町)を経由し(便によっては新宿駅東口、新宿追分経由で運転されていたと1972年12月1日現在の当時の路線図に記載されており、実際に乗車経験がある。)、一旦新宿通りを四谷四丁目交差点(停留所名は「新宿御苑前」)まで行き、市ヶ谷富久町の停留所へ出て来ていた。廃止が予定されていた新宿営業所の草79系統が1979年11月23日に都営地下鉄新宿線の開通に伴う路線の整理で、廃止になる為に厚生年金会館前(現在の新宿1丁目北)、花園町経由の靖国通り直進に変更された。(都営バス系統案内図-方面別新旧系統一覧表1972年12月1日現在版、都営交通路線案内図1978年版より)

南長崎二丁目 ← 江古田二又の一部が一方通行であることから、練馬車庫前行きと練馬駅行きは落合南長崎駅前・新江古田駅前(目白通り)経由となり、新宿駅西口行きと離れて運行されるのも特徴である。練馬車庫前 → 江戸川橋止まりの便は折返しの都合上、江戸川橋の1つ先・山吹町まで乗車できる様になっており方向幕は「江戸川橋」と表示されていたが、近年LEDの行き先表示器(一部H代車は、方向幕)では、「山吹町」と表示されており、時刻表も、山吹町行きと案内が変わった。

午後にはホテル椿山荘東京(21系統の設定時は関口3丁目) - 目白駅前を運行する折返し便が運行し、ホテル椿山荘東京構内まで運行する。長年JR山手線と椿山荘フォーシーズンズホテル(現ホテル椿山荘東京)を結ぶメインのアクセス手段の役割を担ったが、2004年より池袋駅への無料シャトルバス(国際興業バスによる貸切運転)が運行されるようになり、状況は変わりつつある。

練馬車庫前 - 目白駅前便は目白駅前発着系統の出入庫運用を兼ねたもので、学05の出入庫便は日本女子大休校日が運休となる。1964年~1970年代のR12,R13、R13Eでの運転当時の入出庫便は、方向幕表示は[学05練馬車庫-江古田二又-南長崎二丁目-目白駅]と表示されていた。現在は白61系統と表示されている。朝設定の目白駅前行は、白61折り返し系統として運転される。

2013年4月1日より、一部の便がかつて豊島園まで運転されていた一部分が練馬車庫前から練馬駅まで延伸されているが、大半が練馬車庫前止まりのままで、下りの桜台駅前の停留所は設置されず本数は1時間に1~2本と少ない。上り新宿駅西口行での練馬駅と桜台駅前の停留所は、新江62系統の物を使用し、下りの練馬車庫前の停留所は、池65系統池袋駅東口行きと(旧)新江62出庫便が使用していた物を使用している。

池65系統[編集]

  • 池65:練馬車庫前 - 桜台駅前 - 豊玉中2丁目 - 江古田2丁目 - 哲学堂前 - 落合南長崎駅前 - 目白5丁目 - 目白駅前 - 東京音楽大学前 - 池袋駅東口
  • 池65:江古田2丁目 - 哲学堂前 - 落合南長崎駅前 - 目白5丁目 - 目白駅前 - 東京音楽大学前 - 池袋駅東口
  • 池65:目白駅前 → 東京音楽大学前 → 池袋駅東口

池袋駅東口から明治通り千登世橋まで南下した後、目白通り新青梅街道を哲学堂公園前・中野区江古田町・練馬区豊玉中町方面へ西進する路線である。新青梅街道沿いのやや鉄道利用が不便な地域をカバーし利用客は多いが、都営大江戸線の開通により乗客は減少方向である。

戦後すぐに20系統として開業し、池袋 - サンシャインシティ豊島区役所へ、練馬方面は桜台駅前から、千川通りを左折して、白61・橋68と共に豊島園まで乗り入れていたが、1973年に豊島区役所乗入れと、1977年12月16日から豊島園乗り入れを他の系統共々廃止し下りの終点を丸山一丁目と練馬車庫前行とし、1978年丸山1丁目 - 江古田2丁目間の新青梅街道直進部を廃止するが、同時に池袋サンシャインシティへの乗入れを新設する。だが乗降客が定着しなかったこと、サンシャインシティ構内への乗入れに支払う賃料の観点から、4年後の1982年12月26日に廃止され、現在に至る[2]。練馬車庫前からの運転を続けてきたが、国立療養所中野病院の廃止などで客足が減り続けた為減便が続き、現在は江古田2丁目止まりが殆どである。 大江戸線開業によるダイヤ見直しは行なわれているが、白61と隣接しているとはいえ練馬区南部・中野区北部と目白駅前を別ルートで結び、乗換えなしで池袋駅東口へ向うことが出来るため、かつては営業係数がワースト20に入る赤字路線であったが需要は大きい。一時期、宿62(現・新江62)、白61折返(ホテル椿山荘東京構内)と共通運用で中型車が投入されていたが、中型車の廃車並びに需要増に伴い、大型車での運用に再変更され現在に至る。

江古田1丁目付近には丸山営業所停留所(京王は丸山車庫)があるが、停車するのは関東バス京王の各系統で現在都営バスは停車しない。※かつて杉並営業所の担当の中77は関東バスとの相互乗り入れだったために停車していた。(※当時の杉並自動車営業所担当の都営バス中77系統の案内も京王と似ていた、丸山車庫前となっていて、京王との違いは案内放送などで‘前’が付く事である。路線図等では前は省略されている)此の系統は、関東バスの中41として中野駅から北の部分は現在でも運転されているが、中77系統は中野5丁目経由であったため少し異なっている。中77系統の中野区役所前~江古田駅前間当時の廃止、代替系統の案内チラシ(藁半紙で、手書きである)にも、中41系統が代替系統と案内されていた。中41系統は、元々有った中40系統中野駅~新井小学校~新井薬師駅~哲学堂~丸山営業所~江古田2丁目~江原町2丁目~江古田駅~豊玉北~茂呂郵便局(現小茂根;中40系統は現在廃止)と合わせられたため、中野5丁目経由だった中77系統とは異なる。哲学堂前から江古田3丁目まで、池65系統と中77系統は被って居た。(丸山車庫前は、中77系統のみ)この近辺から都営バスは減って来ている。平成13年のダイヤ改正は、かなりの減量ダイヤとなっている。

また、橋68系統~白61乙系統の廃止後余裕ができ、代わりに担当を開始した中63が運行されていた時は、まだ国立療養所中野病院が有った為この区間内にも乗客が有り、同系統用の出入庫便が途中の停留所に「国立療養所中野病院南口」が有った為、乗客が有り池65系統として練馬車庫前 - 江古田2丁目間を営業運行していた。病院が廃止され、停留所が「合同住宅前」となった後は乗客が減り、バスの便数も減らされた。(江古田2丁目~下田橋折り返し場間は回送していた)その為、上りは朝の出庫と昼頃に休憩を終わった乗務員の出庫、交代した乗務員の出庫が昼から14:00位迄で、下りは11:00頃から昼前位迄の乗務員の交代、休憩、バスへの給油の為の入庫と、夜の終業の為の入庫のみに減っている。しかし、わずかな乗客が居るが、殆んどの便が、江古田2丁目~練馬車庫前は空気輸送に近い。もう少し便数が有れば、乗客も帰ってくると思われるが残念である。

学05系統[編集]

目白駅から日本女子大学構内まで運行される。関係者以外も乗車可能で、休校日は運休する。日本女子大前停留所は、白61が通る目白通り上にも専用の停留所がある。

廃止・移管路線[編集]

学05系統[編集]

  • 学05 : 目白駅前(川村学園)- 日本女子大前 - 独教学園

※55系統として設定された。72年に学バス系統として、学05系統となった。地下鉄有楽町線の開通に伴い、廃止された。(目白駅前 - 日本女子大 間は学05折り返しであった).学校名と停留所名の独と獨で違っている。

王40丙系統[編集]

  • 王40丙:王子駅 → 豊島五丁目団地 → 宮城二丁目 → 江南中学校 → 宮城二丁目 → 豊島五丁目団地 → 王子駅(循環)

2003年4月1日、北営業所へ再移管された。

白61乙系統[編集]

橋68系統が長距離で定時運行が不能になったために1977年12月16日に短縮されたもので、方向幕にも白61乙と表示された。これに伴い、当時の白61は「白61甲」となった。勿論こちらの方向幕にも、江戸川橋折り返しの区間便も「白61甲」と表示された。しかし結局「白61乙」系統は後に1979年11月22日迄で廃止となった。「白61乙」系統の練馬車庫前行きの方向幕には、[白61乙練馬区役所前経由練馬車庫]と表示されていた。この時には豊島園に行くものは、橋68系統の廃止と共に1977年12月15日をもって廃止されており、東京都交通局豊島園操車所は西武バスに所属替えとなったが、西武池袋線が高架になり、練馬駅前にバスターミナルができると西武バス豊島園操車所は廃止された。廃止される当時の白61乙系統は表記の通り練馬車庫前~練馬駅前~練馬区役所前~西落合三丁目~目白駅前~護国寺前~江戸川橋となっていた。現在の様に山吹町までの乗車は出来ず、回送で廻っていた。橋68系統を短縮して誕生したこの白61乙系統は、2年足らずで廃止となった短命の系統である。

新江62系統[編集]

  • 新江62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅北口 - 桜台駅通り - 新江古田駅
  • 新江62:大泉学園駅前 - 東大泉二丁目 - 三原台一丁目 - 谷原二丁目 - 中村橋駅入口 - 練馬区役所前 - 練馬駅北口
  • 新江62:練馬車庫前 → 練馬駅北口 → 練馬区役所前 → 中村橋駅入口 → 谷原二丁目 → 三原台一丁目 - 東大泉二丁目 - 大泉学園駅前
  • 新江62:練馬車庫前 → 豊玉北四丁目 → 練馬区役所前 → 中村橋駅入口 → 谷原二丁目 → 三原台一丁目 → 東大泉二丁目 → 大泉学園駅前
  • 新江62:大泉学園駅前 → 東大泉二丁目 → 三原台一丁目 → 谷原二丁目 → 中村橋駅入口 → 練馬区役所入口 → 練馬駅(南口) → 桜台駅前 → 練馬車庫前

132系統以来の宿62系統のから都営地下鉄12号線(現大江戸線)と重なる部分を廃止してできた系統で。2009年3月31日ではとバス委託路線となる為、同日をもって開業時からの担当であった練馬支所での運行が終了し、4月1日から杉並支所へ移管された。

中63系統[編集]

1979年11月23日に橋63を分割したことにより誕生した路線。分割されたもう一方は橋63を参考にされたい。分割前は橋68系統(豊島園~練馬区役所前~護国寺前~四谷駅西口~新橋駅前)→白61乙系統(練馬車庫前~練馬区役所前~護国寺前~江戸川橋)を担当していた為この路線は担当していなかった。同系統の廃止で余裕が出来たため、代わりに担当を開始した路線である。

国立病院医療センター構内(国立病院医療センター正面玄関そば)を起終点とし、状況によっては発車までバス車内で座って待つことが可能であったり、わざわざ大久保通り上の橋63系統大久保駅前行のバス停まで徒歩で往来せずに済む、などのメリットがあった。しかし、分断で都心まで直通しなくなったこと、中野駅南口の京王バスターミナル又は北口の関東バスのターミナルに乗入れずに運行し、中野駅以北において京王中92、中91.関東バス各路線(中20、中23、中24、中40、中41;当時)との併走系統と歩調を合わせたダイヤが組まれなかった事と、渋64(中野駅~中野坂上~渋谷駅)、宿05(野方駅~中野駅~大久保駅前~新宿駅西口)系統の京王と関東バスが中野駅から東中野2丁目、大久保駅前まで被っており此方でもダイヤがうまく組まれておらず団子運転状態が痛手となり、乗客数が伸びず1988年10月16日に廃止された。これで、京王帝都電鉄の路線バスが国鉄(現;JR)山手線の東側へ行くものが終了した。

橋68系統[編集]

練馬自動車営業所で、唯一都心部へ直通していた路線であった。8系統として設定されて、72年代に橋68系統となったが、長距離であったので次第に乗用車が増えだすと交通渋滞などで、定時運行が困難となり、1977年12月7日に廃止が発表され、1977年12月15日を持って廃止され、翌16日に「白61乙系統練馬車庫前~江戸川橋間(練馬区役所前、護国寺前経由)」に短縮されたが、乗客は既在の白61系統(この時の「白61甲」系統日本女子大前、江古田二又経由)と重なっていたために増えず、結局約2年後の1979年11月23日に廃止となったのである。此の「橋68」系統の入出庫便は、練馬区役所前からの運転、及び終点となっており、練馬営業所の車庫内に[橋68練馬区役所]の方向幕を表示したまま入庫した車両が見られた。[回送車]の表示をしなかったためで、同時に方向幕が[白61豊島園]、[池65哲学堂経由豊島園]、[橋68豊島園]の表示で駐車している車両が良く見られた。現在の様にワンタッチではなく、電動でも目的の表示が出るまで、ボタンをずっと押していないと切り替えられなかった為である。旧年式車は手動ハンドルの物もあった。その為乗務員が切り替えを怠っていたのである。この路線系統の廃止により余裕ができ、中63系統を練馬自動車営業所が担当することが出来た。

王78系統[編集]

練馬車庫前 - 豊玉北は回送で出入庫を行っていた。とはいえ、豊玉北の停留所は、練馬車庫のほぼ横であり、回送と言う程の距離ではない。当営業所担当時は、志村自動車営業所担当時以来日産ディーゼル+富士重工業のバスがこの路線に返り咲いた。2003年4月1日よりはとバスに委託の為に、3月31日をもって練馬自動車営業所は担当を外れ、同時に入出庫系統であった豊玉北の発着が廃止された。

備考[編集]

指定車種日産ディーゼル(現UDトラックス)

音声合成レゾナント・システムズ

開設当初から日産ディーゼル車を投入し続けていたが、2009年にいすゞエルガ1台を投入した後、新宿支所の縮小に伴いさらに新宿支所からいすゞ車が転属して来た。R代ではいすゞと共通モデルの日野ブルーリボンⅡが配置された。T代ではブルーリボンシティハイブリッドが配置された。さらに2010年は2台、三菱ふそうLKG-MP37FKFが納車された。是により、練馬自動車営業所時代から続いていたUDオンリーであったのが、ディーゼル大手4社全てが揃った。しかし、UDはバス製造を止めており、今後此のまま造らないのであれば、経年廃車でUD車が無くなると、日産ディーゼル時代からずっと配置されてきたUDトラックス製のバスは無くなる。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 東京都交通局『東京都交通局70年史 再建10年の歩み』1981年
  2. ^ 現在は、平成エンタープライズによる送迎バス路線がサンシャイン - 池袋LABI(豊島区役所西側にあるNTTラパルク内乗場)として運行中。

 ※参考文献;都営バス系統案内図、都バス担当(系統)営業所一覧表、方面別新旧系統一覧表1972年12月1日現在版。都営交通路線案内図1978年版。

関連項目[編集]